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匿名希望のEdyが生んだコロンブスの卵




 電子マネーの匿名性は、そのメリットの1つだ。電子的なものであるというだけで、その素性は現金と同じだ。だからこそ、確実に、匿名性が維持される。ところが電子マネーで支払いを受ける店舗側にとってみれば、優良顧客への還元サービスまで、リアルキャッシュと同じ手間がかかる。これは1つのジレンマだ。

●決済方法で相手を選ぶ

 何年前だったかのある日の昼下がり、郊外のとある私鉄駅を降り、タクシー乗り場にたたずんだ。乗り場には数台のタクシーが待機していたが、タクシーに乗りたいのはぼくだけのようで、タクシー待ちの行列はない。並んでいるタクシーは、最初の1台が中型で、次が小型だった。タクシー代を少しでも節約しようと、2台目のタクシーに乗り込もうとしたところ、乗務員に断られた。最初に待っているタクシーに乗って欲しいというのだ。小型車に乗りたいと訴えると、それはできないという返事。彼の言い分では客待ちの秩序を乱すことはできないということらしい。

 だが、流しのタクシーならそれができる。道路脇に立ち、望みのタクシーの空車を見つけたところで手を挙げれば、その車が停まる。たとえば、今、東京乗用旅客自動車協会によると東京のタクシーは個人タクシーも含め、53,434両あるそうだが、その多くで各種カード会社のクレジットカードが使える。だが、クレジットカードでの決済では、降車時の支払いでセンターとの通信などが必要になり、かえって時間がかかってしまうので、電子マネーを使った方が支払いはスピーディだ。特に、初乗り運賃程度の金額ではカードを使うのも気がひける。

 ところが対応している電子マネーは、タクシーごとにEdy、Suica、iDとまちまちだ。iDは正確には後払いでチャージの必要がないクレジットカードだが、少額決済ではセンターとの通信が不要な点で電子マネー的なものと考えていいだろう。

 ぼくが今使っている携帯電話は、Edy、Suica、iDのすべてを使えるようにしてあるのでタクシーを選ぶときの心配はないが、そうでなければ、自分の使っている電子マネーに対応したクルマを選ぶ必要がある。中型、小型を選ぶのみならず、決済方法でタクシーを選ぶ時代がやってきたということだ。そして、その流れに、さらに拍車をかけるサービスが発表された。それがEdyの『Edyハッピー優待』だ。

●ビットワレットに閉じる個人情報

 2007年6月1日、つまり今日からサービスが開始される『Edyハッピー優待』は、Edyで決済した場合に、あらかじめ設定された優待還元を受けることができるというものだ。たとえば、今回のサービス開始にあたり、その導入を発表している中央無線タクシー協同組合のタクシーに乗り、その運賃を月に4回以上Edyで支払えば、500円分のEdyが還元される。あくまでも決済回数なので、初乗り660円を4回でも同額の還元となる。この場合、約19%の割引に相当する。だとすれば、可能な限り、中央無線のタクシーを選びたいと思うようになるだろう。しかも、還元されるのはEdyであり、タクシーの世界に閉じてはいない。タクシーに乗ってゲットしたEdyは、コーヒーショップやコンビニでの支払いにも使えるのだ。

 もし、これと同様のマーケティング施策を、タクシー会社が独自にやろうとすると、たとえば、スタンプカードを用意して、支払いの度にスタンプを押すといった手間が必要になる。そして、5回乗れば、次の1回の初乗り分を割引といったサービスになる。これは実施する方も大変だし、サービスを受ける側も、いつタクシーに乗ってもいいように、常に、スタンプカードを持ち歩かなければならない。

 ただし、このサービスにはちょっとしたハードルがある。完全な匿名性を諦め、Edyを運営するビットワレットに対してサービス登録をして、自分の素性を明かさなければならないのだ。というのも、ビットワレットでは、サービス登録をしたユーザー個々の属性を把握することで、その年齢や性別、居住区域などに特化した優待提供をできる仕組みを作っているからだ。もちろん、その情報がサービス対応事業者に渡るわけではないが、それを気にするユーザー層もいるかもしれない。でも、重要なのは、優待サービスを提供する主体は各加盟事業者でありながら、情報はビットワレット内に閉じているという点だ。

 つまり、60歳以上のみ半額というシルバー優待サービスを提供しようとしている加盟店は、その旨をEdyに対して告げるだけでいいし、60歳以上のEdyホルダーは、加盟店に対して年齢という個人情報を公開せずにサービスを受けることができる。

 どうしても匿名性を維持したい場合は、同時にサービスが開始された『Edyスマイルクーポン』を使えばいい。こちらは、Edyのウェブサイトでクーポンが使える店を検索し、手持ちのEdyカードに記載された16桁のEdy番号を入力する作業が必要になる。つまり、クーポン券を印刷して持参すると割引が受けられるサービスの電子版だと考えればいいだろう。もし、PCにFeliCaリーダーがあれば番号の入力も省略できる。こちらは、個人情報を明かすことなくサービスの提供を受けることができる。もちろん、おサイフケータイを使ってのクーポン入手も可能だ。

 このサービスは、甘太郎や北海道で知られる居酒屋チェーンのコロワイドが導入、1万円以上の利用で2,000円、5,000円以上の利用で1,000円のEdy還元が受けられる。量販店などでは独自のポイント還元サービスが当たり前になってきているが、そうした仕組みを作ろうにも、コスト的になかなか実現が難しい中小規模の加盟店でも、今回開始されたサービスのどちらかを導入すれば、比較的サービス導入の敷居は低くなるに違いない。

●融合するトランザクションとコミュニケーション

 もっとも、ちょっと前なら、こんなサービスに乗る店舗や事業者はそんなになかったかもしれないし、いまだに首をかしげる加盟店も少なくないだろう。ビックカメラで獲得したポイントをヨドバシカメラで使えるようなサービスにはなかなか納得できないにちがいないからだ。ところが、個人情報の漏洩が騒がれることが珍しくなくなってきている今、それを未然に防ぐための対策には多額のコストが必要だ。本当なら、顧客の個人情報など保持したくないというのが店側の本心ではないだろうか。だが、それでは優良顧客に対するサービスによるリピーター獲得を期待するのは難しいし、他店との差別化もできない。でも、この仕組みを導入すれば、そうした懸念を抱くことなく、すべてをビットワレットに任せてしまい、それこそ、おんぶにだっこで低コストで望むサービスを提供できるのだ。

 ユーザーにとってもメリットはある。大きな体積を占有し、サイフを分厚くしている各店舗ごとのポイント還元サービス用カードや、スタンプカードなどを持ち歩く必要がなくなり、Edyカードだけで済ませることができる。しかも、還元はEdyなので、マイルやポイントをEdyに移行するといった手間をかけなくてもいいし、還元額を特定の店舗で消費しなければならないという足かせもない。

 こうして電子マネーは、従来別々だった代金のトランザクションと客対店舗のコミュニケーションを融合し、飲み込もうとしている。ちょっと考えればわかることだが、これは、中小のオンラインショップを統合し、巨大な電子モールを築き上げた楽天などのショッピングサイトがたどってきた手法に通じるものがある。果たしてそれが豊かな未来に直結するのかどうかはわからないが、いずれにしてもサイフの中から現金が消える日は、そう遠くないんじゃないかと思うのだ。現金の入っていないケースを、サイフと呼ぶかどうかは別として。

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【5月30日】電子マネー「Edy」でクーポン・割引サービス開始(ケータイ)
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/34758.html

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(2007年6月1日)

[Reported by 山田祥平]


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