あと、何回、ビル・ゲイツのスピーチを聞けるのか。いずれにしても、残り少ないであろう機会の1つとして、米ロスアンゼルスで開催されているWinHECに来ている。ハードウェア開発者向けの会議ではあるが、ほぼ毎年、定期的にMicrosoftの方向性を探ることができる貴重なカンファレンスだ。 ●ゲイツ氏引退までのカウントダウン WinHEC初日に登壇したゲイツ氏の基調講演は、拍子抜けするほど淡泊なものだった。極端にいえば、もう、自分はこれからのMicrosoftの戦略や、ビジネスの方法論に関しては影響力を持たないのだぞと、自分で自分に念を押しているように感じた。 ゲイツ氏がMicrosoftでやりたかったことの多くは、実際に形になり、同社を世界一のソフトウェア会社に成長させた。同社の企業理念である“Infomation at Your Fingertips”も、着実に現実のものに近づいている。 MS-DOSのあと、Windowsを成功させたゲイツ氏が取り組んだパーソナルコンピューティングのスタイルとして、タブレットPCがある。本当は、このタブレットPCや、ウルトラモバイルPCを軌道にのせてから引退したかったんじゃないのかなというのは、ぼくの想像だ。だから、今のMicrosoftにとっては、UMPCを成功させることは、意外に重要なミッションとなっているんじゃないだろうか。 WinHECでは、そのウルトラモバイルPCに関するテクニカルセッションを探して出席した。 ●デジタルライフスタイルのトレンド 近年のPC周辺テクノロジの進化は、PCをオフィスのデスクや家庭に浸透させたあと、次第に、1人1台のモバイルPCを持つデジタルライフスタイルのトレンドへと推移させつつある。そこでは、ハードウェアのテクノロジーやアプリケーションの変遷によるユーセージモデルの多様化はもちろん、社会的背景の変化も大きな要因となっている。 Micorosoftとしては、Windowsモバイルを使ってそのトレンドを追いかけてきたわけだが、ここにきて、フォームファクタとしてのUMPCに熱心に取り組んでいるのはご存じの通りだ。スマートフォンやPDAなどのWindowsモバイルと、モバイルPCとの中間に位置付けられるUMPCは、その両者のいいとこ取りをするためのものだといってよい。 そのビジョンは、フルファンクションのWindows PCを、気軽に持ち運び、いつでもどこでも使えるようにしようというものだ。もちろん、そのためには、Windows Vistaがきちんと稼働しなければならない。格好こそ、デジタルアプライアンスに近いものだが、その実態はまさにPCそのものだ。だが、何でもできる汎用機としてのPCではなく、ある程度、用途を絞ったシングルファンクションデバイスとして位置づけている点で、通常のモバイルPCとは、目指す方向性がちょっと異なる。 フォームファクタが成功すれば、そこにはエコシステムが生まれ、ハードウェアやソフトウェア、周辺アクセサリ、サービスなどのビジネスが成立する。 セッションではMicrosoftが規定するUMPCのリファレンスデザインが説明された。それによると、・Windowsが稼働する100%コンパチブルPC これは基本中の基本で、このくらいのスペックなら、いくらなんでもUMPCとは呼べなくなってきている。すでに市場には「origami」のコードネームで知られるリファレンスデザインを採用した製品がいくつか登場しているが、2007年は、それをさらに推し進めたセカンドウェーブを起こすというのがMicrosoftのもくろみだ。 セカンドウェーブでは、7型ディスプレイに加えて、5型など、さらに小さなディスプレイ、それでいて1,024×600ドットなどの高解像度化、また、さらなる接続性を想定し、WiMaxなどのサポートが求められている。また、ThumbQWERTYキーボード、すなわち、親指でタイプできるキーボードの装備推奨もポイントだ。 PCとしてのUMPCを見ると、1GB以上のメモリを積み、WDDM、DirectX 9サポートのグラフィックスアクセラレータを装備する。バッテリは3セルのもので、3~4時間稼働を目指し、重量は1.5lbs、つまり、679g以下を実現する。ストレージとしては、100%ソリッドステートも視野に入っている。これらの要件は、勝手にMicrosoftが規定したものではなく、Origamiユーザーからのフィードバックを元にしたものだという。 ●UMPCがVistaを選ぶ理由 UMPCにはVistaが欠かせない。Vistaに搭載された数々のモバイルを想定した機能は、UMPCを視野にいれたものであるともいえる。そのVistaとコンパチビリティを保持することで、市場にあるさまざまなアプリケーションや周辺機器がUMPCで使えることが保証され、その上で、モバイルPCに最適化したアプリケーションが新たに登場されることが期待されている。現状のアプリケーションは、そのままの状態で十分に運用できるが、フォームファクタの違いにより、多少の付加価値が必要だ。 たとえば、重要なこととして、小さなディスプレイや、標準とは異なる解像度やアスペクト比への対応が求められている。画面の回転への対応や、フルスクリーン使用への配慮などもポイントだ。もちろん、パワーマネジメントを十分に考慮したソフトウェアデザインが必要となる。 3時間程度しかバッテリで運用できない以上、ユーザーは、UMPCで頻繁にレジューム/サスペンドを繰り返す。そのスピードに影響を与えないようにソフトウェアを作っておくことが求められているのだ。そして、その同じソフトウェアが自宅の一般PCでも稼働し、UMPCとの間でデータを自由にやりとりすることができる。 とまあ、Microsoftが現状で考えているUMPCというのは、こんなイメージだ。 ●携帯電話Plus すでに、携帯電話は、多くの市民が日常的に持ち歩くデバイスとなっている。もはや、これを持ち歩くのをやめようというストーリーは無理だ。つまり、UMPCは、携帯電話に加えて持ち歩く、もう1台のデバイスを目指さなければならない。 方法としては、現状の携帯電話から既存の機能をそぎ落とし、多くをUMPCにまかせてしまうという選択肢が考えられる。そうすれば、携帯電話は現状の半分以下の重量、体積にできるかもしれない。つまり、通話とメール着信程度がわかるようにして、そのあとの作業はUMPC側にゆだねてしまうわけだ。ディスプレイだって、モノクロの反射型液晶程度でいいし、極端にはなくてもいい。そうすれば、分厚いクレジットカードくらいの携帯電話も不可能ではないかもしれない。UMPCに装着しておけばバッテリが充電され、取り外して使っているときだけバッテリが持てばいいのなら、さらに薄くできるかもしれない。UMPCで通信が必要な場合は、Bluetoothなどで携帯電話の通信機能を使えばいい。つまり、UMPCにとっては、通信機能装備のカード型ヘッドセット的なイメージだ。 UMPCの居場所はカバンやデイパックの中であってはいけない。ポケットは無理にしても、ウェストポーチなどにいれて、常時身につけていても負担にならないくらいの存在にならなければならない。女性の場合なら、ハンドバックということになりそうだが、果たしてそれは可能かどうか。 セッションを聞きながら、いろいろと妄想をふくらませてみるものの、なかなか具体的なイメージがわいてこない。個人的には日常的に通常のPCを持ち歩いているし、その重量は1kgをはるかに下回る。でも、そのアドオンとして700gが加わるのには抵抗がある。だとすれば、すでにPCを持ち歩いていいるユーザーにとっては、1kg弱のPCの置き換えでなければ成立しない。でも、それは、なかなか難しそうだ。 1kg弱のPCの携帯をためらっているユーザー層に、700gのPCではどうですかと、新しいアプローチをするのがUMPCだとすれば、現状で100g前後の携帯電話へのアドオンとなり、多少は現実味を帯びてくる。 ぼくの場合であれば、カバンの中にはしっかりしたキーボードを入れておき、必要なときに取り出して使えるオプションがあれば、もしかしたらノートPCとの置き換えも可能かもしれない。キーボードはワイヤレスが理想だが、3時間程度というバッテリ稼働時間を補完するために、バッテリ内蔵キーボードにして、高速タイプが必要なときにはUMPCをドッキングさせ、本体の消費電力を抑制するような機構もありかもしれない。 UMPCを成功に導くには、単に軽くてコンパクトなPCを作るというだけではダメで、さまざまなユセージモデルを想定し、それぞれのニーズを満たせるように環境を整備していく必要がある。そのためには、Microsoftにも、PCのパーソナル回帰へのアプローチが求められるだろう。それが今のMicrosoftにできるのかどうか。UMPCは、ゲイツ氏が目指したある種の桃源郷に到達するための最後の試金石となる存在なのかもしれない。
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(2007年5月18日)
[Reported by 山田祥平]
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