米Hewlett-Packard(HP)が、今年で、3回目となるHP Mobility Summitを中国・上海にて開催した。ワールドワイド対象に数百人規模のプレス/メディアを集め、同社のモバイル戦略について披露するというイベントだ。先月のIDFも北京で開催されるなど、このところ、ITベンダーの中国に対する強力なアプローチには、それなりの意図も感じられる。イベントには、Intelからエグゼクティブ・バイス・プレジデントのショーン・マローニ氏も駆けつけ、盛大なイベントにさらなる華を添えた。 ●コンピュータのパーソナル回帰 「コンピュータはもういちど、あなただけのものになる」。これは、HPがここのところ熱心に提唱しているキャンペーンコピーだ。英語では「The Computer is Personal Again」となっている。そして、そのためには、モビリティは欠かすことのできない要素であり、世界最大規模のコンピュータブランドであるHPが、戦略的にモバイルをどのように牽引していくつもりであるかを知ることは、これからのパーソナルコンピューティングを知る上で、とても重要なキーとなる。ぼくは、このスローガンをとても気に入っている。 「プリンタ、サーバー、PCなど、私たちはすべてのマーケットにおいてリーダーになりたいと思っている。そして、今、HPの成功を牽引しているのは、ノートPCのマーケットシェアだ」 オープニングキーノートで壇上に立った同社エグゼクティブ・バイス・プレジデント、パーソナル・システムズ・グループのトッド・ブラッドリー氏は切り出した。同氏はHPのビジネス向け、家庭向けPC、ワークステーション、各種モバイル製品、インターネットサービスの開発およびマーケティングの総責任者だ。同氏はハンドヘルドデバイスが劇的に成長していることを告げ、将来を見据えるためには、人と情報と娯楽をどのようにつなぐことができるかがポイントだという。 さらに、音楽や映画、ビデオなど娯楽のほとんどが電子化されてきている今、それらをリビングはもちろん、飛行機の中やクルマの中など、どこでも楽しめるようになることが求められている点に言及、戦略としてのイノベーションに『いかに簡単につながることができるか』という接続性の容易さは必須だとした上で、これからの製品は、デザインのシンプルさや、使い勝手のシンプルさをかなえることがビジネスチャンスを生むという。そして、製品設計において差別化を図りたいとする同氏は、手に持って使いたいと思いたくなる製品像を、いろいろな角度から分析していく。 キーノート後のインタビューで、ブラッドリー氏は、モビリティが異なるニーズとセグメントによって成立していて、それぞれのセグメントごとに特定の商品を用意することが重要なのだと説明してくれた。同社では、現在、日立といっしょにモバイルシンクライアントの開発を始めているが、シンクライアントというのは「パーソナル」という点では、ちょっと視点が異なるコンピュータの使い方で、iPAQなどとは対局にあるといえるだろう。だが、ブランドとしてのHPは、安全なインフラを提供するために、CCIのようなソリューションを考えていく必要があるとする。 HPがここまで成長してきた理由として、ブラッドリー氏は複数の要因を挙げる。質の高い製品の提供を維持できてきたこと、顧客に対して多くの選択肢を提供できてきたこと、流通のバリエーションを確保できたこと、そして、徹底的なコストの削減などだ。HPでは、3年ごとに戦略を見直すそうだが、質問してみたところ、これまでの10年間にやってきたビジネスのスタイルは、これからも大きく修正することはないと言い切る。ただ、この2年でわかったことはHP規模の巨大企業であっても、経営にスピードが必要なことであり、それを実現するためには、人材がとても重要だとした。実に当たり前の優等生的な回答であり、ちょっと拍子抜け。ビジネスのスタイルが、本当に今後も変わることがないのかどうかは、今の時点ではベールに包まれた状態だ。 ●今後20年間で何が起こるか 一方、同社のバイス・プレジデント兼CTOであるフィリップ・マッキニー氏のキーノートでは、今後、どのようなインパクトが製品やサービス、ネットワークに起こるのかといった、モビリティの方向性が詳細に語られた。反論もあるだろうが、そこから対話が始まるのだと念を押した上で、同氏は今後20年間の展望について話し始めた。 20年後といえば2027年。過去20年間に、ITの世界でどのような革新的な出来事が続いたのかを考えると、途方もない未来に感じる。 ところが、マッキーニ氏の話は、それほど夢物語ではないのが意外だった。同氏は、20年後の未来をソシアル・ダイナミクス、パーソナルエンタテイメント、インテリジェントネットワーク、ガジェット、ユビキタスコンテンツという5つのカテゴリに分けて説明していく。 現実世界と仮想世界が、どんどん関わるようになり、その境目が曖昧になるソシアル・ダイナミクス、スマートハウスと呼ばれる家庭内でのデバイス間連携、デバイスベンダーとネットワークプロバイダが連携していくことによるインテリジェントネットワークの登場などを挙げ、さらに、2020年には現在は複数のデバイスに分散しているデジタル体験が、1つのデバイスに集約されることになるだろうとする。 実際に、本物の本と同じように機能する電子ブックリーダーのプロトタイプや、4MBの容量を持つ次世代RFIDを使い、声やフルオーディオを再生する写真や名刺大のカードなどを実現するメモリースポットなど、ビジョンをカタチにした実稼働するコンセプトモデルを次々に見せながら、未来を語っていった。 同氏は、デバイスの接続性がよくなればなるほど、今でも重要なプライバシーの問題が、将来はもっと重要なものになっていくだろうし、通信の過剰なオーバーロードも問題になっていく可能性があるとした。いずれにしても、将来は予測できても、それがそのまま実現されることはあまりなく、うまく軌道を修正しながらプランニングと研究開発をしっかりとやっていくことが重要だとした。いずれにしてもさまざまな業界に、さまざまなプレーヤーがいて、チャンスは限りなく存在し、業界間での協力のもとに、多彩な課題を解決していこうと話を締めくくった。 ●日本の今日は、世界の未来を牽引する ブラッドリー氏はHP規模の企業にも、経営のスピードが求められるというが、CTOのマッキーニ氏が語る今後20年間の展望は、ひょっとすれば、日本国内では明日にでも実現できそうなことばかりだ。なにしろ、携帯電話ひとつで、写真は撮れる、機種によっては生体認証でセキュリティも確保、電車やバスに乗れるし、買い物もできる、バンキングやチケットの申し込みなどの電子商取引から、テレビ視聴、音楽鑑賞、動画鑑賞、GPSによる位置情報取得、毎朝の目覚ましまで、その守備範囲の広さが驚異的なデバイスが、現実のものとして使われている国だ。 個人的に、中国という国がどんな国で、今、どのような状況にあるのかを語れるほど、この国について多くを知らないが、たとえてみれば、今の中国は20年前の日本のような状態にあるんじゃないかと思う。そうはいっても、今は、2007年の現代であり、街を歩けば、多くの人々が携帯電話でコミュニケーションをし、電脳街の店舗には、PCが所狭しと並んでいる。MicrosoftのWow!看板もVistaの登場をアピールしている。まあ、西暦2112年から現代にやってきたドラえもんのポケットから出てくる、不思議道具をのび太が当たり前のように使いこなすようなもんだろうか。これから伸びる市場としての中国を考えたとき、ビジネスのスタイルが従来通りであり、そこで現実味を帯びる未来が、想像の範囲内に収まっていることは、たいして驚くべきことではないのかもしれない。 このイベントに同席した日本HP執行役員、パーソナルシステムズ事業統括、マーケティング統括本部長の松本光吉氏は、米国本社の戦略について「作ってほしい製品を作ってくれないジレンマは常に感じている」ともらす。 コンピュータの歴史本をひもとけば、必ず出てくる逸話のように、かつて、巨人IBMが、PC事業に果敢に取り組み、さらにコンパックが互換機ビジネスを成功させ、1つの業界ができていき大きな成功を収めるようなストーリーがもう一度繰り返されることはありえないのだろうか。ぼくはそれを期待したい。だからこそ、以前にも書いたようが、日本HPには、アドバイザリーを設置したり、トレンドを牽引する組織としてリサーチ部門を設置するなど、ほぼ5年未来を先取る日本の状況を積極的に米国本社に伝える努力を怠らないでほしいと思う。モビリティこそ、コンピュータのパーソナル回帰の原点であることは紛うことなく事実なのだから。
□米Hewlett-Packardのホームページ(英文)
(2007年5月11日)
[Reported by 山田祥平]
【PC Watchホームページ】
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