北海道・旭川市の旭山動物園は、今や、東京・上野動物園をしのぐ入園者数を誇る日本一の動物園だ。動物の生態を従来の形態展示ではなく、自然の中で生活しているのと同様に見せる行動展示への取り組みで有名になり、小菅正夫園長が「奇跡」とする閉園危機からの復活を遂げた日本最北端の動物園である。そして、今回は、その積極的な取り組みが、Webコンテンツとして具現化された。 ●新しい刺激を人々に与える点で動物園とマイクロソフトは同じ 旭川市旭山動物園、旭川ICT協議会およびマイクロソフトがWebコンテンツ構築で協力 し、旭山動物園のWebサイトにおいて、WPF(Windows Presentation Foundation)を活用した Webコンテンツ「Mother Earth ~母なる地球」を公開した。動物の生態を立体的、直感的かつリアルに表現するリッチなコンテンツだ。 マイクロソフトがこのプロジェクトに関わるきっかけになったのは、実に、マイクロソフト日本法人の代表執行役社長ダレン・ヒューストン氏の興味であったらしい。 にわかには信じがたいが、毎日の通勤に電車を使うことも多いという庶民派であるヒューストン氏は、日本全国の同社拠点を足繁く訪問し、顧客や自治体、学校法人などと対話する並外れた積極性と行動力でも有名だ。そのヒューストン氏が、以前、北海道に赴いたときに、旭川市関係者と名刺を交換し、その名刺にホッキョクグマのイラストを見つけたことに端を発する。そのイラストが気になったヒューストン氏が、旭山動物園の存在を知り訪問した。同動物園のWebサイトをのぞいてみたヒューストン氏は、実際の旭山動物園の楽しさ、おもしろさとの落差をなんとか補完できないものかと考え、協力体制を敷くに至ったというのが事の顛末らしい。 4月25日に旭山動物園で開催された、Webサイト開設に伴うプレスイベントに出席したヒューストン氏は「マイクロソフトのような会社が、なぜ北海道でサイトの立ち上げに協力したのか疑問に思う方もいるだろう。だが、執行役社長に就任したときに、3年間の日本における基盤経営方針として発表した『Plan-J』では、地域経済に革新をもたらし、産学の連携を深めることも視野に入っている。今回の試みはまさにそれ」と経緯を説明した。 また、なぜ、マイクロソフトが動物園なのかという疑問に対しても「動物園とテクノロジーは相反するものととらえられるかもしれない。だが、テクノロジーを使うことで、人間と動物の距離を埋めることを考えた。人に対して動物とどのように共生すればいいのかを考えてみてほしいと訴えかけたい。旭山動物園では、動物たちととても近い位置で対峙でき、新しいテクノロジーによって、人々に対してもっとも新しいレベルの体験を提供している。つまり、この動物園と、マイクロソフトが提供する新しいテクノロジーには強い類似性がある。人々に対して新しい刺激を与えられるという点ではまったく同じだからだ」とヒューストン氏はコメントする。 ●テクノロジーが支える動物園 テクノロジーと動物園の関係については、小菅園長も同様の考え方を持っているようだ。たとえば、この動物園では空を飛べない鳥類の代表であるペンギンが、水中をまるで空を飛ぶかの如く、驚くようなスピードで水中トンネルを通り抜ける様子が見られる。透明な水中トンネルを設置するというアイディアそのものは、動物園によるものだが、それは新技術として曲面のアクリルがこの世にできたからこそ実現できたことだという。動物園は動物のことしか考えていないから、好き勝手なことをいうが、それを新しい技術が支えてくれるのだと小菅園長は考える。 小菅園長は、地球には人間だけではなく、いろんな生き物が暮らしていて、みんなが共生していることをなんとかして伝えていくこと動物園の使命だという。そういうことを人間はまったく考えていない。だから、実際には、地球、自然環境の中でともに生きているのだということをしっかり伝えたい。それを伝えるにはどうしたらいいかを考えたときに、人間の感情にどう訴えるかが重要になってくる。野生の動物はこんなに素晴らしいんだと感じてもらうことが大事で、共生していることがきわめて幸せで、だからこそ、守らなければならないし、そのためには環境ごと守らなければならない。動物たちが自らの意志で生きていることを動物園の中で見せたいし、そのことを頭ではなく六感で知ってほしいと小菅園長はアピールする。 ●新しい技術が可能にしたスピード開発 今回のコンテンツを制作するために要した期間は2カ月。WPFを活用することで大幅な開発期間の短縮が可能になった。従来の手作り感にあふれるコンテンツと置き換わるものではなく、それを補完していくものと位置付けられている。 URLを開くと、最初に約8MBのデータがダウンロードされ、画面のクリックで、地球をモチーフにしたメインメニューが登場する。ギャラリーの写真や動画を見ようとすると多少は待たされるようだが、それ以外は、最初のダウンロードさえ終わってしまえば、回線帯域が十分に広ければ、まるでローカルのコンテンツであるかのように操作ができる。 メインメニューの地球は3Dオブジェクトで、マウスの右ドラッグで自由に向きを変えられる。また、勢いよくドラッグすれば地球の回転は加速する。ただし、自転方向には加速回転するが、逆方向に回そうとすると、すぐに止まる。太陽が西から昇ることはありえないという小菅園長の要望によるものだそうだ。 地球上の各ポイントには、動物のアイコンが置かれ、それぞれの動物が、本来は地球上のどこに生息しているのかという正しい価値観を提示する。そして、アイコンをクリックすれば、その動物の詳細情報を知ることができ、体の部位をクリックすることで、さらに詳しい説明を読める。ギャラリーでは、ビデオと静止画が同様に扱われ、その違いを意識する必要がないなど、WPFの特徴がきちんと活かされている。欲をいえば、コンテンツサイズがXGAよりも一回り小さいサイズに固定されていて、最大化することができないことだろうか。せっかくのコンテンツなのだから、最大化して画面いっぱいに表示し、その世界に浸りたいものだ。 できあがったコンテンツに対して小菅園長は、 「本当は、こういう画面を通じてよりも、ホンモノの動物を見ていただいたほうがずっといいのはわかっている。ただ、多くの人々に動物園のメッセージを伝えることは、実際に来てもらうしかないのかというと、決してそうではない。来たことのない人に対しても、メッセージを伝えることができるようになるのは、新しい社会の特徴だ。 自分としては、太陽の方向に絶対に地軸は斜めにならないし、それを垂直にするのは絶対ダメだと思う。地球が逆回りするのはありえない。これをやったら、太陽が西から昇ってしまう。自然を扱う以上、絶対にずらしてはいけないことがある。それは自分にとっての思いこみかもしれないが強く主張させてもらった。特に、人間の目線で動物を見るのは絶対ダメだと、こだわるところにはこだわりすぎるほどこだわった。 担当者はいやがったかもしれないが、オランウータンは、こんな腕の使い方をしないとか、クマは手で肉をつかんで食べないとか、北極の極地にはホッキョクグマはいないなど、いろいろ言わせてもらった。だが、間違いを指摘すると、その日の夕方には直ってくるなど、アッという間に訂正されてくる。それが新しい技術というものだろう」と感心する。 ●リアルな動物たちに逢いたい 小菅園長の著書である「<旭山動物園>革命―夢を実現した復活プロジェクト」(角川書店、2006年)では、高価なパネルより飼育係が直筆で書いたパネル、手書きポップの効用が言及されている。予算がなかったからしっかりしたパネルが作れず、手書きして定期的に最新情報に書き換えるようにしたものだが、新しい情報を随時更新できるという点でメリットを生んだというのだ。これは、まさに、Webやブログに通じる考え方だ。 だとすれば、今回公開されたようなコンテンツはどうだろう。WPFがいかに制作期間を短縮するといっても、動物園スタッフがおいそれとコンテンツを更新できるような代物ではない。そういう意味で、動物園のコンテンツが手の届かないところにいってしまい、それが新たなジレンマを生むことにはならないのだろうか。 小菅園長はこの疑問にも明快な回答をくれた。 「われわれのところには、ホンモノの動物がいる。その生きているホンモノを見せられる。それが最大の強みだ。表面的なところをどんなに繕っても、絶対にホンモノにはかなわない。ホンモノは、どんなにリッチなコンテンツでも表現できない。だから、今回のコンテンツは、これでいい。とにかく、人々が動物園を訪れるきっかけになってくれればそれでいい」と。 ちなみに、今回のプレスイベントは現地で開催されたものの、4月9日~27日は、28日からの夏期開園に向けた準備期間で、残念ながら動物たちと対面することができなかった。話を聞けば聞くほどホンモノが見たくなる。 バーチャルは、常に、リアルへの誘いであるということか。
□マイクロソフトのホームページ
(2007年4月27日)
[Reported by 山田祥平]
【PC Watchホームページ】
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