●FUSIONへと舵を切った2005年以降のAMDの戦略 AMDはCPU+GPU統合プロセッサ「FUSION」を、モバイルPCから投入して行く。省電力や省実装面積などの利点が大きいからだ。しかし、長期的にはデスクトップPCも含めて、ほとんどのクライアントCPUがFUSIONへと移行すると見られる。また、サーバーCPUも、当面はコプロセッサをHyperTransport経由などで統合するが、将来的にはコプロセッサコアを統合する。AMDは、「CPU+コプロセッサ」へと大きく舵を切った。 AMDがこの決定をしたのは、おそらく2004年頃だ。これは、AMDが汎用CPUコアを数年サイクルで刷新する計画を最終的に取りやめた時期と、ほぼ一致している。「K9」のキャンセルは、おそらく2003年後半から2004年頭で、2005年になるとAMDはオンチップコプロセッサについて明確に語り始めている。汎用CPUコアを倍々に拡張する路線の放棄と、コプロセッサの統合化、この2つの戦略転換は、同時期に行なわれている。表裏一体の関係にある。
「コプロセッサ(Coprocessor)」、「アクセラレータ(Accelerator)」、「xPU」。AMDの表現はさまざまだが意味しているのは同じものだ。汎用CPUとは異なり、特定の処理やアプリケーションに特化したプロセッサだ。AMDは、コプロセッサとしてJava、XML、倍精度(DP)と単精度(SP)の浮動小数点ベクタ演算、メディアプロセッシング、セキュリティなどのアクセラレータを挙げている。サーバーでは、これらのコプロセッサは当面は「Torrenza(トレンザ)」イニシアチブの元、AMD CPUソケット、HTX(HyperTransportの拡張スロット仕様)、PCI Expressなど標準バスで接続される。一方、クライアントでは、FUSIONで、単精度(SP)浮動小数点演算に特化したShader GPUコアを統合する。
●ティッピングポイントを超えた3Dグラフィックス AMDは、なぜFUSIONでGPUコアをCPUに統合するのか。同社は、その理由を明快に説明している。要素は次の3つだ。 (1)高度な3Dグラフィックス機能がクライアントPCに必須の要素となる AMDのPhil Hester(フィル・へスター)氏(Senior Vice President & Chief Technology Officer(CTO))は、次のように説明する。 「PC市場について、我々は数年前に、今後どのように進化するかを熟考し始めた。その時、3つの異なるエリアそれぞれの進化について考えた。クライアント、サーバー、エマージングの3市場で、それぞれに異なる進化が考えられた。 特にクライアントでは、我々は、Windows Vista以降、高レベルの3Dグラフィックスが全てのクライアントPCのスタンダードになると判断した。そして、それは、3Dグラフィックスが『ティッピングポイント(Tipping Point=転換点)』に達することを意味すると考えた。ティッピングポイントに達して、十分な数のアプリケーションが必要とするようになった機能は、プロセッサのスタンダードな機能として統合する条件を満たす。 これは、x87浮動小数点機能に例えることができる。'80年代に、386 PCを買うと、数値演算コプロセッサの387ソケットがあった。浮動小数点演算機能が必要なら、387を買ってプラグインした。しかし、486の時代になると、十分な数のアプリが浮動小数点演算機能を使うようになり、浮動小数点演算がティッピングポイントに達した。浮動小数点演算機能をプロセッサに統合するのが理にかなうようになった。これと同じ進化が、今、3Dグラフィックスで起こりつつある」 Windows Vistaによって一定水準の3Dグラフィックス機能のニーズが高まる。そのため、GPUコアをCPUに統合しても、ユーザーが納得するというのが第1の理由だ。CPUにGPUを統合すると、CPUのダイ(半導体本体)面積のかなりの部分がGPUコアによって占められる。そのため、同じダイサイズ(半導体本体の面積)で、CPUコアだけのCPUと、CPU+GPUのFUSIONを比べると、汎用コンピューティングのパフォーマンスではFUSIONの方がどうしても見劣りしてしまう。逆に、同程度の汎用コンピューティングの性能にするなら、GPUコアの分だけダイが大型化してしまう。その分、高コストなCPUになり、そのコストは最終的にはエンドユーザーにかぶさってくる。だから、グラフィックスがティッピングポイントに達するかどうかが重要だというわけだ。 「統合のコストについては、面白い議論がある。CPUに何かを統合する場合、必ず機能に対してコストを払わなければならない。不利は、エンドユーザーの誰もが、そのコストを払う必要があることだ。その一方で、消費電力的に効率がよくなるといった利点もある。だから、統合には、一種のティッピングポイントがあると考えている。アプリケーションのうち、多くのパーセンテージがその機能を使うようになると、ほとんどのユーザーはコストを払ってもいいと考え始める。我々は、3Dグラフィックスはそのテストに合格したと考えている。ティッピングポイントを超えつつある」
●より汎用的なストリームコンピューティングへと応用を広げる AMDの認識では、3Dグラフィックスは、このティッピングポイントを超え、必須の機能になりつつある。だから、x87のように統合できるというわけだ。そして、もう少し先を見通すと、第2の理由が重要となる。 「いったんGPUが統合されると、GPUを汎用化して、より広いメディアプロセッシングや科学技術コードなどのかなりの部分を扱うことが可能になるだろう。グラフィックスだけでなく、より汎用的なアプリケーションを実行できるようになると考えている」とHester氏は語る。 実際には、Shader GPUを非グラフィックス処理に広げようという動きは、数年前から大きなうねりになっている。ビデオのエンコードに代表されるメディアプロセッシングの一部や、物理シミュレーションのようなHPC的なタスク、データマイニングや音声などの合成など、応用できる範囲は広い。こうしたアプリの大半は、ストリームプロセッシングと呼ばれるタイプで、Shader GPUで効率よく処理が可能だ。 現在のShader GPUコアは、単精度の浮動小数点SIMD(Single Instruction, Multiple Data)型演算に特化し、特にストリームプロセッシングに最適化されている。GPUコアと同様に単精度の浮動小数点ベクタ演算を強化して、ストリーム型のプロセッシングを高速化することは、トレンドになりつつある。Cell Broadband Engine(Cell B.E.)の演算コア「SPE(Synergistic Processor Element)」はその好例。x86系CPUも、Core 2のように汎用CPUコアの中のSSE系浮動小数点ベクタ演算ユニットを強化する方向へと進んでいる。AMDも、今年中盤の「Barcelona(バルセロナ)」世代から汎用CPUコアの浮動小数点ベクタ演算機能も強化するものの、ストリーム型プロセッシングについてはGPUコアの応用に注力しているようだ。 「今、コンピュータ業界では、CPUの浮動小数点ベクタ演算機能を強化するトレンドと、GPUの浮動小数点ベクタ演算機能をもっと汎用的に使うトレンド、この2つのトレンドが育ちつつある。そのため、GPUベンダーが今後対応しようとしているアプリケーションと、CPUベンダーが対応しようとしているアプリケーションの領域は、それぞれ広がり、重なり合いつつある。CPUとGPU、それぞれが互いの方向へ向かって領域を広げている。 しかし、我々は、CPUとGPUがそれぞれ無理矢理に領域を広げても、いいシステムの最適化にはならないと考えている。CPUとGPUのどちらも、両プロセッサの分野にまたがって最適化できないからだ。だが、CPUとGPUそれぞれの機能を統合すると、システムレベルで最適化が可能になる。 やらなければならないのは、システムレベルでのトレードオフを明らかにし、命令セット拡張を定義し、どのアプリがCPUにとってベストで、どのアプリがGPUにとってベストなのかを判断することだ」(Hester氏) AMDも、現在のCPUとGPUが同じ方向へ向かっていることは認識している。それを承知した上で、CPUをストリームプロセッシングに最適化する方向は、あえて取らなかったわけだ。また、GPUコアを過度に汎用化してCPUコアとオーバーラップさせる路線も取らないことも示唆している。あくまでも、CPUとGPUそれぞれの構造から出発したコアを統合するというスタンスだ。これは、GPUコアよりもずっと汎用的なSPEを統合したCell B.E.と大きく異なる点だ。 「GPUの命令セットやシステムトレードオフなどを明確にできれば、GPUの機能をある意味で汎用化することが可能になる」 「より汎用的なGPUの利用。これをストリームコンピューティングと呼んでいる。ストリームコンピューティングは、汎用性の高いGPUの性質を顕在化させる、重要なソフトウェアプラットフォームだ」とHester氏は語る。
AMDは最近になって、「Generalized xPU(汎用化xPU)」と「Dedicated xPU(専用化xPU)」と区分をつけ始めている。前者のGeneralized xPUは、ある程度汎用に使うことができるコプロセッサだ。汎用化され、多用途に応用が可能となるShader GPUコアが、これに当たる。GPUコアは、汎用化という点でも、テストをパスしつつあり、統合する意味は、将来的にはさらに増すと観られる。 一方、後者のDedicated xPUは、用途が狭い範囲の処理やアプリに限定されるコプロセッサだ。例えば、クライアントサイドでは、HD解像度のビデオストリームのハードウェアデコードなどに、こうしたDedicated xPUを搭載するという。その方が、Generalized xPUで処理するより、コストや電力面で効率がいいからだという。従来のATI GPUも、ビデオについては専用ユニットを載せていたが、それをCPUにも統合して行くというストーリーだ。
●省電力やセキュリティもFUSION世代の利点 3つ目のポイントは、チップの統合化によるさまざまな利点だ。Hester氏は次のように語る。 「CPUとGPUを統合すると、電力的により効率的になる。電力を食う外部バスでCPUとGPUを接続する必要がないからだ。そのため、CPUとGPUの統合は、ノートPCで利点が大きいと考えている。 また、CPUとGPUが省スペースのシングルチップになることで、より小さなフォームファクタの機器も実現できる。例えば、PDAとノートPCの中間のようなデバイスが想定できる。さらに、CPUとの統合によってGPU内部のデータは全く外部バスに出ることがなくなる。そのため潜在的にはDRM(デジタル権利マネージメント)とセキュリティの向上も助ける」 実際、AMDはCPUとGPUを統合したFUSIONを、まずモバイルPCから投入しようとしている。省電力を大きなベネフィットとできるためと見られる。また、モバイルでは、要求されるGPUパフォーマンスもデスクトップより一段低いため、最初のFUSIONの試金石として丁度いいという判断だろう。モバイルでは、通常、グラフィックスの拡張も考慮する必要がないため、FUSIONは向いている。 もっとも、Hester氏はCPUとGPUの統合が、クライアントPCでの方向性だと位置付けている。FUSIONはモバイルに特化するわけではなく、デスクトップもカバーする。メインストリームクラスのグラフィックスはFUSIONへと移行して行くと見られる。ただし、FUSIONはデスクトップでのGPUニーズを全て置き換えてしまうわけではない。AMDはFusion世代でも、ビデオカードによるグラフィックスの拡張は継続されると説明する。 「GPUの統合は、ハイエンドのグラフィックスアクセラレータを全くなくしてしまうことを意味しているわけではない。我々は、依然としてハイエンドグラフィックスの必要性があると信じている。特にデスクサイドシステムでは、グラフィックス拡張のためのスロットは継続されるだろう」 つまり、ビジネスPCのようにWindows VistaのAeroを使えるレベルのグラフィックス性能だけを求めるなら、Fusionの内蔵GPUコア。ゲーマーのように、より高レベルのグラフィックス性能を追求する場合にはビデオカードを使うといった棲み分けを想定していると見られる。FUSIONは、現在の、グラフィックス統合チップセットのGPUコアと同レベルの位置付けと考えればいいだろう。 □関連記事 (2007年1月26日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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