2007年1月30日にWindows Vistaを出荷すると明言した、来日中のMicrosoftスティーブ・バルマー氏。Windows Vistaの出荷を控えた年末商戦に突入するにあたって、精力的にパートナーとのミーティングなどをこなしている。 その中でも興味深かったのが、本誌でもレポートされている「PC Innovation Future Forum」だ。このイベントは日本のPCベンダー8社を集め、意見交換を行なうというイベントである。この中でバルマー氏は「PCベンダーから受け取った意見を、一部は短期的に、それ以外についても中長期的に取り組んでいきたい」と話した。 今回はこのPC Innovation Future Forumで、PCベンダーから提起された話題を取り上げながら、コラムを進めていくことにしたい。 ●対話を重視するMicrosoft
PC Innovation Future Forumは、バルマー氏を囲んで、エプソンダイレクト、NECパーソナルプロダクツ、シャープ、ソニー、東芝、日立、富士通、松下電器の事業責任者が、自社が取り組んでいるPC技術の革新について触れ、さらにはMicrosoftに対して要望を直接出すという会議である。 もっとも、“会議”と言うには時間は少なく、バルマー氏の呼びかけに対して各社が意見を述べ、それに対してまとまったコメントを出すという形式で運営された。筆者がその様子を取材していることからもわかるとおり、何人かの報道陣もこの場に居合わせており、どちらかといえば“外向けの情報発信”という意味合いが強そうだ。 最近のMicrosoftは以前のイメージとは異なり、社外の意見を積極的に取り込むようになってきた。放っておいても性能向上、安定性向上、機能向上さえ継続していれば市場が拡大していく時代を終え、自分たちの経験が不足している分野に関しては、きちんと声を聞いた上で取り組むという方針に転換してきたためだ。 とはいえ、急にMicrosoftの持つ企業文化や製品ラインナップが変化するわけではない。だからこそ、“対話を継続”していくことが大切だと、OEMパートナーや日本のPC産業全体に語りかけることが目的だと言える。 バルマー氏は「ネットワークサービスが充実し、10年後はネットワーク経由でアプリケーションをサービスとして提供し、クライアントはダム端末で十分になるという人もいるが、イノベーションを継続し、製品が進化して行くには、インタラクティブな要素に新しい付加価値を付け加え続けていく必要がある」と話し、ソフトウェアとハードウェアのベンダーが協力して、新しい付加価値を生み出す必要性について触れた。 つまり、今後はOSベンダーとして一方的にMicrosoftの考えだけでPCを進化させていくことはできないと、バルマー氏自身、痛感しているというわけだ。 さらに「日本のPCは米国のものと違うとよく言われる。確かにPCは、伝統的なPCの姿ではなく、将来は“PC+”といった何が別の付加価値が加わったものになるのかもしれない。実際、日本のベンダーが生み出す製品は、自分でも欲しいと思えるハードウェアばかりだ」と日本のハードウェアベンダーを持ち上げ、低コストなPCで利益を生み出すビジネスモデルの構築や、中国やインドといった新興市場から利益を生み出す手法、それにPCに新しい付加価値を加えていく方策について、日本のベンダーとともにイニシアティブを進めていく必要がある。そのために協力をして欲しい、我々は聞く耳を持っていると話した。 ●Windowsに求めるのは柔軟性と低価格 たまたま第352回のコラムでも訴えていたのだが、この会議でもWindows Vistaの構成に関する柔軟性を高めるよう、訴える声がPCベンダーから聞かれた。 実はWindowsカーネルを使用した組み込み用Windowsのライセンスモデルは、ずっと以前から用意されている。これらはNASやゲートウェイサーバー、VPNサーバーなどに用いるアプライアンスサーバーなどでも利用されている。しかし、ここで各社が主張していたのは、コンシューマ向けPCに対するライセンスモデルについてだ。 カーネルとネットワーク、ディスク制御、.NETランタイム、グラフィックスなどなどのサービスを組み合わせ、その上のUIの多くを自前で構築するということも不可能ではないが、特定用途向けの端末以外では実際のところ魅力ある製品を開発するのは難しい。 クライアント用Windowsの持つ機能を取捨選択し、必要なものだけを実装したい。あるいは特定機能のインフラ部分だけ(たとえばMCEのUI部分は不要だが、そのベースとなる機能は欲しいなど)を活用して、より良い製品にするといったことは可能だろう。 あるいは、そこまでは行かなくとも、Windowsがユーザー体験を押し付けるのではなく、PCベンダー側に創意工夫の余地を残すべき。つまり柔軟性をより高める必要があるとの意見が続いた。 いくつかの発言をピックアップしてみよう。 ・シャープ情報通信事業本部 本部長 大畠正己氏 「Vistaは幅広いラインナップがあるが、家電製品化したパソコンテレビに対してニーズがミートしているとは思わない。一般家庭で普及させるには、少し機能が過剰だ。コストも含め、いくつかの不要な機能がある。もっと家電製品との親和性が高いシンプルなOSのサポートをお願いしたい」 ・ソニー コーポレートエグゼクティブSVP VAIO事業部門長 石田佳久氏 「加えてソニーでは、プライド・オブ・オーナーシップ(所有することの歓び)を考えた製品を開発してきた。設計や見た目だけではなく、操作性、操作感、質感に関してユーザーに満足してもらえるものを提供していきたい。そのために、PCのOSも、さらなるAPIの公開やプラグインのサポート、機能的な拡張性をPCベンダーに与えてもらう必要がある。また、地域ごとに必要な機能のサポート。たとえば日本のデジタル放送などに関して、もう少しプライオリティを上げて対応して欲しい」 ・日立製作所 ユビキタスプラットフォームシステムグループ・ユビキタスシステム事業部 事業部長 金子徹氏 「それらの機能を各社が独自に作り込んだ上で、顧客が買いやすい価格も実現する必要がある。ハードメーカーの努力も必要だが、Microsoftにもデジタル放送への対応を早期に実現して欲しい。加えてPCがデジタルリビング内でホームサーバーとして機能するには、インターフェイスの標準化と“つなげること”による新しい価値の創造が必要。PCのパワーと柔軟性を用い、高いレベルのサービスをPC上で提供する。家電は必ずしもパワフルではないため、PC側で家電機器がハンドリングしやすい規格とすべき」 ・富士通 経営執行役 パーソナルビジネス本部長 山本正己氏 「PC業界はリモコンだけで使える世界、老若男女、誰でも使えるUIを学ばなければ。また、10年使っても安心して使い続けられる安定したクオリティも家電業界にはある。Microsoftには、PC向けにデザインオープンな姿勢を続けて欲しい。PCの分野でも、日本メーカーが新しい波、イノベーションを起こしている。Microsoftも、米国市場一辺倒のOS開発だけでなく、日本メーカーの話もきちんと聞いてOSを開発して欲しい」 ・松下電器 パナソニックAVCネットワークス社 システム事業グループ ITプロダクツ事業部事業部長の高木俊幸氏 「また、高機能化と高性能化を進める中で、PCベンダーそれぞれが創意工夫するためにも、ある種のカスタマイズは準備してほしい。たとえば、PCに常に問われている要素としてインスタントオンがある。これはずっと以前から言われているにもかかわらず、いまだにきちんと実現できない。こうした部分は、ハードウェアベンダー自身が独自に工夫を凝らせるようにするべきだ」 ●Microsoftの“やる気”に期待 こうした意見に対するバルマー氏の答えが、冒頭で紹介したものだった。 これらのうち、早期に実現しそうなものとは、おそらく日本のデジタル放送への対応だろう。これに関しては2005年の早い段階から、Microsoft社内での動きもあったからだ。携帯機器向けの安価なデバイスを実現させるためのプランについても、Microsoftは既にIntelと共同で作業を進めており、何らかの成果を出すことだろう。 ただし、それらが日本のPCベンダーが切望する、本当の意味での柔軟性、カスタマイズ性に繋がるかと言えば、短期的には難しいと言わざるを得ない。Windows Vistaのアーキテクチャが、そこまで柔軟に対応できるほどのモジュラー性を持っているとは思えないからだ。 とはいえ、Microsoftが(プレス公開のデモイベント的なものとはいえ)日本のPCベンダーに、PCがより進化するために何が必要かを会議で問うたことは、大きな前進だとも言える。 なぜなのか、その背景はわからないが、Microsoftはさまざまな分野で独自路線を転換し、各企業とのパートナーシップを重視した融和政策へと転換しているように思う。 Windows Vistaは、かつてLonghornと言われていた時代ほどには、根本的な部分からOSを見直す製品にはならなかった。しかし、こうした対話を経た後に、何らかの基礎工事を行なう機会があるとすれば、あるいはVistaで基礎工事が中途半端に終わったことが吉と出る可能性もある。 Microsoftが今後の成長の一部を、PCのさらなる進化と、PCに新しい付加価値を加えたPC+の世界に委ねるというのであれば、今度こそ、本当にハードウェアベンダーと二人三脚での進化も望めるかもしれない。Microsoftに、どこまでの覚悟があるのか。その“やる気”に期待したい。
□関連記事 (2006年11月7日) [Text by 本田雅一]
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