第354回
日本的モバイルノートは生き残れるか



 ここ数カ月、いや今年前半、IntelのCore Duoを搭載したノートPCが発売されて以降だろうか。

 この連載でもっとも多く話題にしてきた“モバイルPC”というカテゴリに、対して、今後も“日本的な”モバイルPCが存在し続けることができるだろうか、と疑問を感じるようになってきいた。

 “日本的”とわざわざ断ったのは、ワールドワイドの市場におけるモバイルPCと、日本でのそれは若干、位置付けが異なるからだ。日本以外でも12.1型XGA液晶パネルを搭載するノートPCの人気は高いが、市場の主流はより大きなサイズ。14型クラスでも薄型軽量ならばモバイルPCだし、極端に言えば可搬性の高さがあれば、どんな大きさでもモバイルPCだ。

 Ultra Mobile PC(UMPC)というコンセプトがあるのでは、という意見もあるだろう。しかし、UMPCは一般的なノートPCとはコンセプトが大きく異なる。どちらかといえば、x86ソフトウェアが走るPDA向けプロセッサといった位置付けになりそうだ。

 少し現時点での情報や動向を整理してみよう。

●5W枠が広げた軽量モバイル機のバリエーション

VAIO type G
 Intelは現在、TDP(熱設計電力)が最大5Wと決められた超低電圧版プロセッサをメニューに用意している(シングルコアの場合)。この5Wという数値は、超低電圧版Pentium IIIと同じだから、かなり頑張った数字だと言える。

 しかし今後もこの数字を保証できるかと言えば、時代によって移り変わる可能性がある。Intelは現時点においては、消費電力をむやみに大きくするようなことはしないと話しているが、コンピュータ業界のトレンドや技術的な限界、制限に逆らってまで製品をコントロールできるわけではなかろう。

 かつてBaniasの開発プロジェクトを率いたムーリー・エデン氏は、現在でもことあるごとに小型機向けの低TDPプロセッサが今後も提供され続けると話している。実際に超低電圧版のCore Soloとして5W枠の製品も投入されている。Core 2に関しても、将来、超低電圧版や低電圧版などのバリエーションを揃えると約束しており、近い将来にわたって約束が守られることは間違いないだろう。

 しかし、5W枠の低消費電力版プロセッサはAMDからのプレッシャーが少ない分野であり、今後も継続して提供され続けるかどうかは、今後のトレンド次第と見積もるのが良いかもしれない。

 たとえば11月1日に、ソニーは「VAIO Type G」という12.1型XGA液晶パネル採用で900gを切る製品を発表しているが、同様に12.1型クラスで1kgを切った製品を発売しているのは日本のメーカーだけだ。

●UMPC向けプロセッサの位置付けは?

IDFで公開された次世代UMPCの例
 一方、低消費電力の方向に向けては、すでに0.5Wのプロセッサを作るとIntelが宣言しているではないか、という声もあるだろう。これは、今年春のIntel Developers Forumで初めて0.5Wという数字が発表されたものだ。

 まず2007年前半に現在よりもダイサイズで1/4、TDPで半分の製品(つまりTDPは2.5W)が登場し、2008年にはダイサイズを1/7に縮小してTDPを1/10(0.5W)にしたコアが投入される。このプロセッサを用いれば、確かに現在よりもはるかにメーカー側の設計自由度は上がる。

 しかし、UMPC向けに開発されているこれらのプロセッサは、エデン氏はXScaleプロセッサの置き換えを狙ったものであり、一般的なPC向けではないと話している。つまりx86との互換性はあるが、利用形態としては組み込み用RISCプロセッサに近いものになる。製造プロセスも高速化を狙ったものではなく、低消費電力を重視したものが用いられるため、そもそもクロック周波数が低い。

 UMPC向けプロセッサを用いてノートPCライクな製品を開発することも可能だが、その場合はパフォーマンスが問題になる。

 モバイル専用機ならば、さほどパフォーマンスは必要ない?

 確かにそうかもしれない。しかし、エンドユーザーが利用するOSのほとんどがWindowsとするなら、それは無理な相談だろう。Windows Vistaが出荷されはじめれば、コンシューマ向けPCのOSは必然的にVistaへと移行していく。企業向けはWindows XPも残るだろうが、いずれはVistaになっていく。

●小型PCへの悲観的な見方とは

 もっとも、IntelやPCベンダーが、製品トレンドを作れるものでもない。量産効果を得て、低価格に高性能な製品をユーザーの手元に届けるには、まとまったユーザー数が必要だ。

 CPUベンダーやPCベンダーは、製品をよくユーザー層で分類する。ハイエンド、メインストリーム、バリュー。各セグメントの違いとは何だろうか。もちろん、ユーザーの質の違いと答えるだろうが、しかしユーザーの質は、人それぞれ全く異なる。初めて自分のPCを購入する人であっても、高いプロセッサ速度が必要かもしれないし、逆にエキスパートユーザーでも利用の範囲が限定的で処理も軽いなら、エントリークラスの製品で十分かもしれない。

 こういった場面でのユーザー層というのは、そうした細かい事情は無視して、とりあえずユーザーを何らかの切り口で分類し、売り側の都合に合うように並べているに過ぎない。そうやっていくつかのグループに分けて、各グループに属するユーザー向けに量産効果の高い手法で製品を売り込める。

 さて、そうしたことを踏まえた上で市場を俯瞰してみると、サブノートPCの出始めの頃と今とでは、サブノートPCという製品の使われ方が変化しているように思えてならない。機能やパフォーマンスは劣るが、しかし携帯しやすい軽量ボディ。こうしたサブノートPCに求められていた要素は、実は携帯電話やPDA、スマートフォンといったデバイスに奪われてしまっている。

 超小型化の流れとPCの流れというのは、実はその間にある壁が相当に高く、簡単には混じり合わないものだ。

 UMPC向けプロセッサを、コストに厳しいIntelが専用に開発しようというからには、必ずその先に確実だと(彼らが思っている)市場が横たわっている。今回の場合、それはXScale搭載機のPCアーキテクチャ化にあるわけだ。PCアーキテクチャではあるが、決してPCではない。だからパフォーマンスは組み込み用RISCレベルでもかまわない。

 ところがノートPC向けプロセッサは、もっとも低消費電力のプロセッサが、今後、どこまで主流のプロセッサとして継続できるか、ギリギリのところだ。ソフトウェアのトレンド次第では、すぐに使い物にならなくなってしまうかもしれない。これだけ急速にデュアルコア以上のプロセッサが普及してくれば、当然、その上で走るソフトウェアも、デュアルコア以上のプロセッサを搭載したPCで動作させることを考えて開発するようになるからだ。

 Intel最大のライバルであり続けているAMDが、超低電圧版と同様の低消費電力プロセッサに興味を示さないのも、やはり同じ理由だろう。効率を考えるならば、大きな売り上げが臨めるところに経営資源を投入すべきだ。

 果たしてUMPC向けプロセッサというカテゴリに進出した後も、日本のPCベンダーしか興味を持たないシングルコアの超低電圧版プロセッサが供給され続けるだろうか。

●意外にポジティブな軽量PCの開発者たち

 ところが、なぜか5W枠の存続に対して、Intelの関係者やPCベンダーの開発者は楽観的な見方をしている。あるいは45nmの世代では、この熱設計電力枠にデュアルコアプロセッサを持ち込んでくるかもしれない。

 そうなってくれば、と捕らぬ狸の皮算用をしたくなるのは、この分野で日本の各メーカーがしのぎを削ってくれるおかげで、我々の鞄の中に収まる仕事道具は確実に改善してくれているからだ。

 かつてはLet's Noteだけの特殊技能だった超軽量、超低消費電力、それに丈夫さといたモバイル機の3要素も、各社が同じ方向で追いかけたことで、選択肢の幅はどんどん拡がっている。年末までにはまだ新機種が登場してくる見込みだ。

 携帯型のPCは、当然ながら携帯し続けていなければ意味がない。たまに持ち歩くだけでは、活用の幅が狭くなってしまう。常に携帯してもらうためには、どんな要素が必要なのか。軽量マシンは、どれも同じような特徴を持っていると思われがちだが、実はよく見るとどれも個性的だ。

 なぜなら、軽量化と機能のバランスを取るため、取捨選択を様々な部分で判断しなければならないからだ。その取捨選択における判断こそが、各モバイルPCの個性なのだ。細かなAV機能の有無を比べるよりも、何を削り、何を諦めなかったかを見る方が、良い買い物ができるだろう。

□関連記事
【11月1日】ソニー、12.1型モバイルノート「VAIO type G」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1101/sony.htm
【10月23日】【海外】Intelのもう1つの次世代CPU「LPP」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1023/kaigai313.htm

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(2006年11月2日)

[Text by 本田雅一]


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