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いい音が心地よいとは限らない




 デジタルオーディオプレーヤーは、もともと、カセットやMDといったメディアの代わりに、シリコンやHDDに収録し、音楽を外に持ち出すことを目的としていたように思う。すなわち、ポータブルが主であった。ところが、最近では、その周辺にちょっとした変化が起きている。

●オーディオは力業

 コンポなどとスピーカーをつなぐケーブル。ACコードに毛が生えたような細いケーブルを、思い切って1万円/m程度のゴージャスなコードに交換すると、びっくりするほど再生音が変わる。これだけの価格だと、長さにもよるが、コンポそのものが買えてしまうようなこともあるかもしれないが、その効果は絶大だ。取り回しが億劫なほど太いケーブルになるが、試してみる価値は十分にある。それがオーディオの楽しみだ。個人的にも、昔は、お金も時間もかけて、あれこれ試行錯誤を繰り返したものだ。

 オーディオは、再現ではなく再生なので、セットから自分の好みの音が出てくればそれでいい。そして、音の心地よさは、かけた金額に比例するとは限らないところがまた奥が深い。

 デジタルオーディオプレーヤーを使うようになっても、それなりのこだわりを持って楽しんできたつもりだ。たとえば、最初からついてきたヘッドフォンを使うのではなく、自分の好みのヘッドフォンに交換して、音の変化を楽しむわけだ。

 先日、原音に忠実なピュアサウンドを謳うソニーのウォークマンSシリーズを試用する機会があった。PCに転送用ソフトのSonicStage CPをインストールし、手元に届いた実機をUSBケーブルで接続、iTunesにため込んだ約2万曲を取り込んだ。起動には時間がかかるが、いったん起動してしまえば、iTunesと遜色がない程度には軽快に使える。ユーザーインターフェイスは好みにもよるだろうが、そんなに悪くもない。そして、iPod用のAACファイル100曲程度を、そのままウォークマンに転送して再生してみた。

 付属のヘッドフォンは、専用のノイズキャンセル機能つきのもので、本体から電源が供給されるようになっている。本体のヘッドフォンジャックは、通常のミニタイプのものと兼用となっている。付属のヘッドフォンプラグは多極タイプのもので、これを装着したときだけ電源を供給する仕組みだ。したがって、別のヘッドフォンを調達して、プラグをここに装着すれば、問題なく再生ができる。

 付属のヘッドフォンで音を聞くと、確かに、音は良いように感じる。重低音というほどではないが、まろやかな印象だ。少なくとも、こういう音作りをするデジタルオーディオプレーヤーは、今まであまりなかったように思う。ノイズキャンセル機能も功を奏しているようだ。

 ヘッドフォンを、普段、使っているカナル型のものに交換して再生してみると、ちょっとチグハグしたイメージの音になった。どうやら、ノイズキャンセルON時の付属ヘッドフォンに最適化した音作りになっているようだ。ヘッドフォンは、試用機とはいえ、新品だと思う。新しいヘッドフォンは、少なくとも、数十時間は音を再生してエージングしないと実力がわからない。クルマでいうなら慣らし運転だ。試用期間が短かったので、完全なエージングはできなかったが、もう少しがんばれば、さらに心地のいい音が作れたかもしれない。

 オーディオは力業だ。たいていの場合、軽いよりも重いもの、細いよりも太いもの、小さなものよりも大きなもののサウンドを気に入ることが多い。でも、デジタルオーディオプレーヤーのボディに、まともなアンプを載せ、大電力で駆動するのは無理だ。ヘッドフォンケーブルを極太に交換するわけにもいかない。となると、デジタルデータの時点で、いろいろな細工をしてアンプの力不足を補う必要がある。DSPの技術は、こうした細工を可能にしたが、やりすぎると、不自然さが出てくる。こうした点に目をつぶっても、今回のウォークマンは、よくやったという印象を持った。

●ヘッドフォンをとっかえひっかえ

 ぼくが常用しているヘッドフォンは3種類ある。もっともよく使うのは、電車の中で他人に迷惑をかけにくいカナル型のもので、Etymotic Reserch社のER-4Sという製品だ。いつもポケットに入っていて、各種のプレーヤー、PCなど、いろいろなデバイスの音を聴く。個人的にはいろいろな点で満足度の高い製品だ。欠点があるとすれば、ケーブルが固めなので、洋服などをこすったときに盛大なタッチノイズが発生する点だ。また、キノコ型のイアーチップは、遮音性が高いのだが、長時間、装着していると、やはり耳に負担を感じる。

 もう1つのヘッドフォンはウォーキングのときに使っているaudio-technicaのATH-RE3という製品だ。ウォーキング時は屋外を歩くので、さほど音漏れを気にする必要はない。それよりも、ある程度は外の音が聞こえないと、安全上好ましくない。だから、オープンエアーのできるだけ軽いものをと思って物色して購入した。特に音にこだわることもなかったが、開放感のあるオープンエアならではの再生音はわりと気に入っている。なにしろ、軽いかけ心地が負担にならないのがいい。ジョギングならもう少しきちんと固定できた方がいいのだろうが、ぼくがやっているのはウォーキングだ。そんなに激しい運動をするわけではないので、これで特に不便を感じない。'79年夏の発売時にとびついて入手した初代のウォークマン(もちろんカセットテープ再生用のTPS-L2)に付属していたヘッドフォンを思い出させるレトロなデザインも悪くない。

 もうちょっと懐かしがっておくと、初代のウォークマンにはAとB、ヘッドフォンジャックが2つついていたのが印象的だった。2人で音楽を楽しめるようになっていたわけだ。ぼくが買ったときにはA、Bではなく、記憶は定かでないのだが、BOYとGIRLだったか、DOLLとGUYだったか、そういう刻印になっていた。今から考えると、音楽を外に持ち出してカップルで楽しむという発想の元、本当にそれを商品にしてしまったというのは画期的だった。

 さらに、もう1つの愛用ヘッドフォンは、BOSEのQuietComfort2で、こちらはノイズキャンセルヘッドフォンだ。音が最高に気に入っているとはいわないが、ノイズキャンセル機能に関しては満足している。だから、海外出張時など、長時間飛行機に乗るときに持参したり、ちょっと集中したいときに、タワー型のPC数台に囲まれた仕事場の環境では、ファンのノイズが耳障りなときに、音楽を再生せず、ノイズをキャンセルするためだけに使うこともある。ノイズキャンセル機能をOFFにできず、バッテリが切れるとヘッドフォンとして機能しなくなる点は惜しいが、そういう思想で作られた製品と言うことであきらめている。また、ぼくの頭の大きさでは、ちょっと圧迫感が強く感じられ、メガネをかけて長時間装着していると、耳の根本が痛くなりがちだ。

 これら3つのヘッドフォンの他に、手元にある数種類のデジタルオーディオプレーヤーに付属してきたもの、ノベルティなどでもらったものなどをあわせれば、手元にあるヘッドフォンはけっこうな数になる。モノとしての品質はまちまちだが、音の質感はそれぞれ違い、その変化を楽しむためにも、たまに、ヘッドフォンを交換してみたりしている。

 結局のところ、デジタルオーディオプレーヤーの再生音を決めるのは、こうしたアナログ的な部分の比重が高く、購入した機種の音が気に入らなかったとしても、別のヘッドフォンを使ってみるだけで、音は大きく変わり、満足できるようになるかもしれない。もちろん、音楽のジャンルも、ヘッドフォンを選ぶ。その、とっかえひっかえが楽しいのだ。

●TPOと再生環境

 自宅でヘッドフォンを使って音楽を聴くということはあまりない。メインに使っているPCのサウンドは、デジタル出力をDAコンバータ経由でアンプに入れ、コンパクトなバスレフ型の2ウェイスピーカーで再生している。スピーカーは国産のものではないが、すでに生産が完了してしまった製品で、ずいぶん長く使っているが、特に不満を感じてはいない。

 最近は、デジタルオーディオプレーヤーを、直接、接続できるアンプつきのポータブルスピーカーもいろいろと充実してきている。マウスで有名なロジクールは、この分野に熱心なベンダーだが、今後は、AudioStationブランドでの製品ラインアップ展開が充実していきそうだ。

 最近発売されたAudioStation Express Portable Speakers for iPod AS-50EXは、iPodをダイレクトに装着し、AC電源、あるいは、内蔵の単3乾電池で再生ができる。AC運用時は、iPodの充電もされるようになっている。また、ドックコネクタの他に、ミニジャックを装備しているので、iPod以外のプレーヤーを接続することもできる。乾電池6本運用なのだが、電池はたいてい4本セットで売られているし、充電式のニッケル水素電池を使うにも充電器は4本しか充電できないことが多いので、ここのところは、ちょっと気になる。

 初めてその音を聞いたときは、ちょっと勘弁してほしいと思ったのだが、再生を続けていくと、音がどんどん変わっていった。やはり、エージングは重要だ。大仰なステレオセットではなく、こうしたスピーカーの再生音に味を感じることもあるから、オーディオというのはおもしろい。同じ音楽を、また、違った気分で楽しめるのだ。ポータブルをめざしたデジタルオーディオプレーヤーの音を、据え置き型のアンプとスピーカーで楽しむような聴き方が、当初から想定されていたかどうかは定かではないが、音楽を楽しむ1つのスタイルとして着実に定着しているのは確かだ。駒沢のオリンピック公園などをのぞけば、こうしたスピーカーからのサウンドでダンストレーニングしている若者がいるんだろうか。踊りやダンス教室でも使われていたりするのだろうか。いずれにしても、過去においてラジカセが使われていたような現場でのオーディオセットは、こうした製品に置き換えられていくのだろう。

●デジタルオーディオプレーヤーが音楽を変えるかもしれない

 スピーカーによるオーディオ再生は、かつては基本だったし原点だった。だからこそ、ロジクールの製品のようなもののバリエーションも豊富に揃ってきているのだが、その一方で、デジタルオーディオプレーヤーでしか音楽を聴かない層も登場しつつある。PCはあくまでもCDをリッピングするための道具であり、バックアップのためのストレージ、そして、オンラインで音楽を買うための道具だ。音楽を聴くためにPCは使わない。必ずデジタルオーディオプレーヤーに転送して聴く。部屋にはすでにCDプレーヤーの類はないが、DVDプレーヤーがあるのでCDの再生ができないわけではない。でも、テレビで音楽DVDを楽しむことはあっても、そのスピーカーでCDの音楽を聴くことはない。リッピングしたあとは、うちのなかでも、外出時も、もっぱらヘッドフォンで音楽を楽しむ。

 こういう層が世の中の多数派になるのはほぼ間違いないだろう。そして、それは音楽を供給する側の音作りにも影響を与えていくのだろう。かつては、左右2本のマイクでとらえたステレオ音が、音楽のすべてだったが、そのうちに、1つの楽器に、何本ものマイクが向けられ、拾った音にさまざまなDSP処理がなされ、最終的な音をどのように定位させるかが音楽の印象を決めるようになった。これからは、ヘッドフォンで聴いたときに、アーティストの意図がもっとも正確に伝わるよう、音楽のバイノーラル化が進んでいくようなこともあるかもしれない。デジタルオーディオプレーヤーの普及は、音楽そのものにも、さまざまなバイアスを与えていきそうだ。

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【10月13日】ロジクール、映像出力端子搭載のiPod用スピーカー(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20061013/logicool.htm
【10月12日】ソニー、ノイズキャンセリング機能内蔵ウォークマン(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20061012/sony2.htm

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(2006年11月2日)

[Reported by 山田祥平]


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