後藤貴子の 米国ハイテク事情

AMD対Intelの反トラスト法訴訟
~棄却の黒星は想定内か





●門前払いのAMDは、練りが浅かったのか

 AMD対Intelの反トラスト法訴訟で、9月末、AMDが米国の法廷から、“門前払い”を食わされた。おまえの訴えの大部分は、話を持って行く場所が違うし筋違いだから、その部分は聞かないと却下された。この却下によって、AMDがIntelに法廷で大勝ちする見込みはいったん小さくなった。しかしそれはAMDにとって想定内だったかもしれない。

 “門前払い”の内容をざっくり言うとこうだ。

 AMDは、2005年から米連邦地裁に訴えていた。Intelが独占状態を悪用し、世界の顧客がAMDに乗り換えづらいようにしているせいで、AMDは本来得られるはずのシェアや正当な競争力を得られない。だからIntelにそのやり方をやめさせ、AMDへの賠償(懲罰的な3倍賠償)を請求してほしい、と。

 それに対し、この9月末、米連邦地裁が第一の答えを出した。外国であるドイツで作ったマイクロプロセッサを外国である日本のPCメーカーに買ってもらえないといった類の話は外国での損失の話で、米反トラスト法(シャーマン法)が扱う米国市場への影響という観点から見ると、直接的でも重大でも予見可能でもない。よって米連邦地裁の管轄ではなく、またAMDも反トラスト法で救済を求める資格がないので、その部分は棄却する。米国内での反トラスト法行為の訴えに限れば、聞きましょう、と。

 これでAMDが米国で勝ち取れる賠償の範囲はずっと小さくなった。

 むろん、AMDはこの棄却に対する再審請求を出している。だから、この件で再審が行なわれ、AMDに有利な結論に変わる可能性もまだある。また、米国内での損害に限られても、なにかAMDに決定的に有利な状況が生じる可能性もある。それから、海外での訴訟も別に進行しているから、そちらで勝つ可能性もある。でも、今、米国での裁判に限っていえば、これはAMDの黒星だ。日本などでのIntelの“卑劣”ぶりを訴状に書き連ね、突進しようとしたAMDを、Intelがさっとかわして土俵の外に投げ出した形。法廷で何回も戦っている両社なのだが、今回はIntelの技のほうが決まっていた。

 だが、何度も戦っているからこそ、AMDはこうなる可能性くらい、予測はつかなかったのだろうか。地裁の「意見書」を読むと、Intelや地裁の論理はなるほどもっともに思える。でも、そういう論理が出てくるのを見越して手を打っておくのが、訴訟のプロというものだろう。それをこうあっさり門前払いを食うとは、よほどAMDの練りが浅かったのか。

 それともあるいは、これはAMDの訴訟の戦略の1つなのかもしれない。相撲の押し出しだって、同じ調子で押し続けるわけではない。押して、ちょっと引いて力を溜めて、また押す。今回の件もそれと同じで、すぐさま再審請求を出した点から見ても、Intelが一押ししてくるのはわかっていたのかもしれない。だとすれば、それは次のような戦略のためかもしれない。

(1)訴状は最初の“突き”だから、法の救済範囲逸脱との指摘を予測しながら、裁判への効果を考えて、あえてインパクトを求めた可能性がある。

 裁判所の判決は、法律だけに照らして語らなければいけないが、訴状は、相手がこんなに悪いんだと不平を述べ立てる(訴状と不平は英語では同じcomplaintだ)ためのものだ。相手の悪いところを述べられるだけ述べ、世間や陪審員や裁判官の心証をできるかぎり自分に有利にしておこうというのは作戦の1つになりうる。とすれば、米反トラスト法で扱える範囲外だと、あとで指摘される可能性があったとしても、初めは海外の例も並べて、“こんなに悪いヤツだ”と強調した方がよいと判断したとしても不思議はない。特に日本では公正取引委員会に反競争的行為を認定されているわけだから、日本の例を引くのは強調の目的には適している。

 また、AMDは、多くの米国企業にIntelとの取引に関する文書提出の召喚状を送っている。召喚状に異議申し立てをし、協力を断っている企業もあるが、Dellのように協力を約束した企業もある。こうした中から、有利な証拠の材料が出てくる可能性もある。サードパーティの協力をとりつけるためにも、“海外でもこんなに例が”と訴状で強調しておくのは悪い手ではないだろう。

(2)初めに大きく出ておいたほうが、最終的により有利な結果が得られる、と思っている可能性もある。

 状況は時間で変わる。仮に、先に日本などの外国での裁判で一度でも勝てば、陪審員を要求している米国での訴訟が、AMDに有利に傾く可能性はある。世論や陪審員の心情がAMD寄りになった場合、初めから訴える範囲を限定しておいては、その状況を有効に利用できない。和解に持ち込むつもりの場合も同様だろう。値段交渉で、初めに高くふっかけておいたほうが、最終値段も高めに誘導しやすいようなものだ。

(3)因縁のIntelとの争いだから特に大きく出た、という可能性もある。

 AMDから見れば、Intelは、過去に何度もAMDを告訴し、同社のIntel互換製品の販売や開発のじゃまを試みてきた嫌な相手だ。手強いこともわかっている。だから特に初めのはったりを利かせたのかもしれない。

(4)裁判の結着より、裁判をしていることによるアピール効果のほうに期待している可能性もある。

 AMDは、損害賠償やIntelの違法販売行為の差し止めを裁判で勝ち取らなくても、裁判を行なうことそれ自体でも、Intelが今までの販売方法をやりづらくする効果を期待できる。例えばPCメーカーは、今後Intelが、AMD言うところのAMD排他的な条件(Intel言うところの正当な競争的条件)での製品販売を持ちかけてきた場合、いやだったら、裁判でAMDの証人になるとちらつかせることもできる。

 また、外国での裁判ではなく米国での裁判のほうが、米国のマスコミや消費者の注目を集められる。白黒がつくまでの期間、AMDはずっと、“悪のIntel、消費者のためのAMD”と喧伝することができる。これは、AMDにとってはプラスのPRになる。

 AMDがこのように考えているのだとしたら、告訴内容が米国で扱える範囲を超えていると言われる程度の打撃は、想定内。今後も元気に戦うだろうから、注目が必要だ。

●裁判の経緯を整理する

 というわけで、9月末に起きたことを、それ以前の経緯と共に整理してよく見てみよう。

『AMDの論理によれば、Intelベースのシステムをプロモートするためのドイツの小売業者とIntel間の取引は、直接、米国の商取引に影響するという。なぜならドイツ製造のマイクロプロセッサの、AMDドイツ法人によるドイツでの売上が減って、そのために、親会社AMDの収益に影響し、そのために、AMDが米顧客にディスカウントするための資金に影響し、そのために、同社が個々の米国での取引でオファーするディスカウントに影響し、そのために、米国での競争力に影響し、そのために米国での商取引に影響するというのだ』。

 これは、Intelの棄却申請書から地裁が引用した部分の引用だ。そう、IntelがAMDの論理を皮肉った部分を、地裁判事はわざわざ、「自分もそう思う」と引用したのだ。そのほか地裁は、AMDが自分の主張の裏付けのために引用した、過去の多くの判例を、関連法成立以前の判例だったり、今回とはケースや争点が違いすぎたりして、引き合いにできないと、バッサリ切り捨てたりもした。

 上の皮肉の引用が象徴するように、この棄却で、地裁は全面的にIntelの肩を持ったと言っていい。

 一方、9月までの経緯は簡単だ。AMD対Intelの裁判に関しては、AMDがIntelを日本やEUでも反トラスト法(独禁法)違反で告訴しているので一見わかりにくいが、米国での告訴に関しては、裁判所との正式なやり取りの数は実はまだ少ない。主な動きは、第1弾の、AMDの告訴とIntelの反論、第2弾の、Intelの棄却申請とAMDの反論、この2つ程度だ。

◎第1弾
2005年6月:AMD(とAMD International Sales&Service)が、デラウェア連邦地裁に、Intel(とインテル株式会社)の反トラスト法(とカリフォルニア州法のCalifornia Businessand ProfessionsCode)違反を申し立て、それによるAMDの損害賠償を請求(以下、上記カッコ内の企業や法律名は省略)(=告訴)

2005年9月:Intelが、AMDの請求への答弁を提出(=違法行為の否定)

◎第2弾
2006年5月:Intelが、AMDの「海外生産したマイクロプロセッサの海外顧客への販売に関わる申し立てと請求」の棄却を申請(=訴訟範囲の限定を申請)

2006年5月:AMDが反論提出

2006年9月:デラウェア連邦地裁がIntelの申請を受理(=海外販売に関する訴訟部分を棄却)

2006年9月:AMDが棄却に対する再審請求提出

 あとは米国での証拠集めのためのPCベンダーや流通業者への召喚状があり、企業からの異議申し立てや協力企業の秘密保全のための手続きがあったり、日程協議があったり、が目立つ程度だ。

◎第一弾の内容

 2005年の応酬では、まず訴状でAMDがIntelの反トラスト法行為の数々を述べた。

 AMDによれば、Intelは世界各地のx86マイクロプロセッサ市場において、その支配的な市場シェアを濫用し、PCベンダーやPC小売店などの顧客がAMD製品を排除、制限するように仕向けたり強要したりした。それによりAMDは市場への参入や拡大の機会を抑圧され、Intelは独占と高価格を維持してきた。また、Intelの行なった秘密の差別的リベートや割引き、AMDの将来的経済有利性への干渉は、カリフォルニア州法にも違反する、とAMDは主張。こうした違法行為の差し止めとAMDへの損害賠償を請求した。

 Intelはそれに対し、Intelは自らの投資とイノベーションで優れた製品を作ってきた、PCベンダーへの割引きや流通業者へのサポートは、通常の競争の手段だと主張した。AMDがIntelに勝てないのは自らの経営ミスのせいだ。しかもAMDの訴えは矛盾している。訴状で例に挙げられた企業で、それは違うと言っている企業もある。また、AMD自身もIntelと同様のインセンティブを使っていることは認めているし、投資家に向かっては業績好調を強調しており、それなら訴状で主張するような窮状にないはずだ、と反論した。

 この応酬に続き、Intelと取引のあったPCベンダー、小売業者などに、Intelとのやり取りのメール等を提出せよとの召喚状が出された。異議を唱えて応じない企業もあれば、AMDの指摘は誤りと述べる企業、提出に協力する企業、いろいろだ。

◎第2弾の内容

 第2弾は、2006年5月のIntelの棄却要請で始まった。その主張はこうだ。

 AMDは米連邦地裁に反トラスト法(とカリフォルニア州法)での裁判を要求しているが、AMDはドイツでマイクロプロセッサを生産し、アジアで最終製品にアセンブリし、それを世界各国で販売している。一方、AMDは日本、EC、韓国でIntelの商慣行への賠償を求めている。つまり、AMDが主張する損害は外国で起き、外国でその賠償を求めているにも関わらず、米国でも賠償を求めている。

 さて、外国貿易に関して反トラスト法が及ぶ範囲については、「'82年外国貿易反トラスト改善法(FTAIA)」が定義している。基本的に、反トラスト法は米国への輸入以外の外国との貿易/商取引には及ばない。FTAIAが定義する例外は、外国との貿易・商取引が、国内での商取引や輸入、あるいは米国業者による輸出に、「直接的実質的かつ合理的に予見可能な影響」があるときは例外となる。しかし、AMDの場合、外国での商取引のクレームはこれに当てはまらない。だから外国での商取引のクレームに関しては、米連邦地裁には裁判管轄権(事物管轄権)がなく、AMDにも原告となれる当事者要件が該当せず、その部分は棄却されるべきだとIntelは主張した。

 これに対してAMDは、こう反論した。

 AMDは“外国での商取引”をクレームしているのではない。x86マイクロプロセッサにとって世界市場は単一。だからIntelの海外での商慣行と、それによるAMDの損害は、反トラスト法が扱う範囲である米国内での反競争的な商取引と、それによるAMDの損害と不可分である。AMDは、米国でエンジニアリングされ設計された製品を売る米国の会社であり、しかも2002年までは米国内で製造もしていたので、当時は輸出をしていた。また、海外で並行して裁判していることは、米国での裁判管轄権に何の影響も与えない。よって、Intelの海外商慣行はFTAIAで定義する米反トラスト法違反に問うことができる。AMDは米反トラスト法の原告となる資格があり、米国で賠償を求められる。

 対立点は多々あるが、最大の対立点は、Intelの海外でのビジネスが米国内のAMDのビジネスに、直接的で重大で簡単に予測できるような影響を与えているかどうかにあった。

◎9月の地裁の棄却理由

 この対立は先に述べたようにIntelに軍配が上がり、次のような理由で今回の棄却判決となった。

 海外からの収入が減るから米国内で競争力が落ちるというAMDの主張する因果関係は直接的でない。なぜなら、その間には、予測不可能で間接的な要因がいくつもある。また、AMDが米国の企業であっても、国内市場での直接的実質的な影響なしには、米国での裁判管轄権があることにはならないが、AMDはIntelが直接的実質的な国内への影響を起こしたとは証明できなかった。海外での行為は、米国市場で“波及効果”以上のものをもたらすとは言えない。だから当法廷が扱うことはできない。同様の理由から、AMDは海外での損失に関して反トラスト法の原告となる当事者要件も欠いている。

●今後はどうなる

 今後、米国での裁判はどうなっていくのか。AMDは再審を求めたが、これの行方はまだ不明。そのため、現在2009年4月に設定されている本審理の争点が、米国内でのIntelの商慣習とAMDの損害に絞られるか、それともAMDの主張するように、海外での商慣習と損害も含まれるかも、まだ不明だ。本審理の時期がずれる可能性もある。

 だが、別の分岐もありうる。再審の行方とは別に、IntelがAMDを逆提訴する可能性や、逆に、2009年を待たずに両社が和解する可能性だ。相手に非常に有利/不利な証拠が見つかったとか、互いに納得できる交換条件を見出したとかの理由で、パッと状況は変わりうる。

Intelに対する独占禁止法違反訴訟に関して説明を行なう米AMDのトマス・M・マッコイ氏(2005年9月、Intel独禁法違反に関するプレスセッションにて)

 その“状況変化”の重要な要素は、恐らく日本での裁判だ。日本AMDはインテル株式会社に対する損害賠償請求訴訟を二段構えで起こしている。1つは東京高裁に提訴したもので、“公正取引委員会の排除勧告で認定された”独禁法違反行為による損害の賠償請求。もう1つは東京地裁に提訴した、“それ以外”の取引、営業妨害行為に対する賠償請求。請求額はどちらも5,000万ドル以上だ。日本では公取委の排除勧告認定という有利な条件があること、にも関わらず二段構えにしていることから見ても、また日本市場の重要性から見ても、日本の法廷での勝敗をAMDが特に重視していることは間違いないだろう。日本で一勝でもすれば、米国での裁判でも一気に強気になるのではないか。

 とはいえ因縁の両社のこと。この先の法廷でどちらが勝とうが負けようが和解しよ うが、それが最後の対戦ということだけは、ないはずだ。


□賠償請求棄却に対するAMDの再審請求(英文、PDF)
http://www.amd.com/us-en/assets/content_type/
DownloadableAssets/Motion_for_Reconsideration.pdf

□関連記事
【2005年9月14日】日本AMD、Intel独禁法違反に関するプレスセッションを開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0914/amd.htm
【2005年7月4日】【笠原】AMDはIntelへの訴訟で何を狙うのか?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0704/ubiq117.htm
【2005年6月30日】日本AMD、インテル日本法人を提訴
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0630/amd.htm
【2005年6月28日】AMD、独禁法違反でIntelを提訴
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0628/amd.htm

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(2006年10月16日)

[Text by 後藤貴子]


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