AMDは、日米でほぼ同時にIntel Corprationとインテル株式会社を訴えるという行動に出た。その内容に関しては「AMD、独禁法違反でIntelを提訴」、「日本AMD、インテル日本法人を提訴」などの記事により、すでにご覧になった方も少なくないだろう。 筆者がこのニュースに関するリリースをAMDから受け取った時の正直な感想は「なぜ今、しかも日米同時にどうして?」というものだった。IntelとAMDが激しい競争を繰り広げてきたのは今に始まったことではないし、もしAMDが主張するようなことをIntelが行なってきたとするならば、なぜこれまでAMDは訴訟しなかったのだろうか? 一体、AMDはこの訴訟で何を狙っているのだろうか? ●なぜ今なのか 「なぜ今」ということには、ある程度の答えが出せるかもしれない。むしろ、日本AMDにとって今は訴訟を起こしやすいタイミングといえる。それは、4月1日にインテル株式会社(以下インテルKK)が公正取引委員会の排除勧告を応諾したからだ。 インテルKKは、公正取引委員会の排除勧告に対して「主張には同意できないが、応諾」という返答をしており、インテルKKが納得しているかはともかく、公正取引委員会の注意を受けますという姿勢を明らかにしているからだ。 公正取引委員会の勧告というのは、サッカーで言うところのイエローカードのようなもので、その勧告を応諾し、その後それに従っていれば、特に法的な罰則などは用意されていない。 ただし、民事上の責任は別の話しで、形の上ではインテルKKが自らのミスを認め“応諾”したというタイミングをとらえて、インテルKKの不正行為により被害を受けたと日本AMDが訴えるのは十分ありえる。 それが現実になったというのは、特に不思議な話ではない。 ●技術的な観点からも興味深い米国での訴状 だが、それだけでは日米同時に訴訟を起こすだけの理由にはならないだろう。やはり何らかの狙いがあると考えたくなるところだ。 米国での訴訟に関しては、訴状が公開されているので、興味がある読者はぜひ読んでみるとよい。もっともその訴状は50ページ近くもある、かなり長いものなので、英語が苦手な人は日本AMDのWebサイトに公開されている要旨の翻訳を読んでみるといいだろう。 ただ、英文の訴状には、読んでみると意外と興味深いことが書かれている。訴状の中でAMDは、そもそもx86プロセッサ業界がどのようにできあがっていったかが、AMDの視点から説明されているのだ。 IBMがIntelアーキテクチャのプロセッサを採用し、MicrosoftがIBMにOSを提供し……というx86の歴史がつらつらと書かれているほか、その後IntelがAMDに対して起こしたx86アーキテクチャの知的所有権を巡る訴訟の経緯なども書かれており、このあたりの経緯をあまりご存じない若い読者であれば一読の価値はある。 それ以外にも、興味ある記述はいくつかある。例えば、36ページからのADT(Advanced Dram Technology)のくだりも一読の価値がある。ADTとは、IntelとDRAMベンダ5社が結成した次世代DRAM技術を開発する業界団体で、RDRAMの試みが失敗した後、PC用のDRAM技術を話し合う場として結成されたものだ。 AMDはこのADTを“属していないメンバーが情報にアクセスできない団体”と糾弾している。AMDはADTにおいてIntelがやろうとしていたことは、AMDがコミット出来ない団体でメモリインターフェイスを決めようとする試みだったと非難している。 さらに、JEDEC(メモリインターフェイスの標準化団体)における、DDR3のノートPC用モジュール規格策定での一件についても興味深い。 AMDの訴状によれば、JEDECでの話し合いで、DDR3のモジュールに関してはDDR2とピン互換でいく予定であったのに、Intelが突然ノートPCのモジュールに関してはピン互換ではないものを提案してきたという。結果それはJEDECで否決されたとのことだが、AMDによればそれはAMDのプロセッサがメモリコントローラを内蔵していることで、簡単にメモリの仕様を変えられないことを逆手にとったIntelのいやがらせであるとしている。 そうしたIntelの提案がいやがらせであるかはともかくとして、このようなプロセス自体が表にでることは多くないため、なかなかおもしろい内容だと言える。 ●“IntelはAMDにスペースを残しておくべきだった”と指摘するPC業界関係者 話がやや脱線したが、AMDはなぜ、こうした訴訟を起こしたのだろうかに戻ろう。 筆者はPC業界の関係者にいろいろ聞いて回ってみたが、この訴訟に関して最も多かった意見は「Intelはやりすぎた、AMDに余地を残してあげるぐらいの余裕を見せていればこんなことにならなかっただろう」というものだった。 AMDが主張するように、日本市場においてAMDのシェアが下がり続け、Intelのシェアが上がっていったことは事実だ。それが、IntelがAMDを圧迫することで得たことなのか、それとも正当な競争で得たことなのかは、今のところはわからない。むろん、AMDの訴状にはそうだと書かれているわけだが、これはあくまで一方の主張であり、今後インテル側の反論が出てこなければ、公平に評価するのは難しいだろう。 ただ、厳然たる事実としてあるのは、AMDのシェアが下がった、ということだ。AMDの訴状にあるように、2002年には約22.2%あった国内におけるAMDのシェアは、2004年には10.4%まで低下している。 この件で、筆者が思い出したのは、今年の春にトヨタ自動車の奥田会長が「ビックスリーの経営が苦しいなら、米国において自動車の価格をあげるなどの対応が必要かもしれない」という発言をしたというニュースだ。トヨタにしてみれば、米国においてトヨタのシェアが上がり続けたのは、トヨタがいい仕事をしたということの裏返しだと思っているのだろうが、相手を追いつめれば日米自動車摩擦再燃、ということになりかねないという懸念があるから、相手に猶予を与えようというものだろう。 これをIntelとAMDに当てはめるとどうだろうか? 仮にIntelが正当な手段で今のシェア向上を実現したとしても、“窮鼠猫をかむ”の諺の通り、シェアが下がったAMDにとっては、何らかのアクションを起こす必要があった、その1つが今回の訴訟という動きなのだろう。だから、日本のPC業界の関係者は「Intelがもう少しAMDに対してスペースを与えていれば、こんなことにはならなかったはずだ」と指摘するわけだ。 もっとも、前述の奥田会長の発言は日本企業のトップだからこそ許される発言であり、仮に米国の企業のトップがこんな発言をしたら株主から激しい攻撃にさらされることになるだろう。“競争”を是とする米国と、“和”を是とする日本の違いだといってしまえばそれまでなのだが。 ●裁判の過程においてIntelの手足を縛ることが目的か? PC業界の関係者が指摘するとおり、それが違法であったか適法であったかはともかくとして(それはこれから裁判で争われることになる)、Intelの攻勢によりAMDのシェアが低下し、それがAMDを追いつめてしまったことが原因でAMDはこの訴訟を起こさざるを得なかったというのが今回の出来事の構図だ。そうした構図の中で、AMDは何を狙っているのだろうか。 今回の訴状に書かれていることを見ても、裁判が短期間で終わるような単純な内容ではない。例えば、AMDは米国の訴状の30ページで、IntelがCPUだけでなくチップセットなどをバンドルして販売しており、それによりAMDが競争上の不利を被っているということを指摘している。 AMD側にたって考えれば確かにAMDが持たないチップセットを安価にバンドルするのは不公正だとなるのかもしれないが、Intel側から考えれば、じゃあAMDもチップセットを自社で製造して販売すればいいではないか、ということになる。Windowsへのブラウザのバンドルが合法だったか、違法だったかの議論と同じように、この問題1つとっても容易には答えがでないだろう。 そうしたことを考えていくと、容易に想像がつくのは、この訴訟の間、Intelの手足を縛り、Intelを萎縮させる効果を狙っているということだろう。'90年代にMicrosoftは独占禁止法違反で、司法省との裁判を戦ってきた。業界関係者がよく指摘するのは、その裁判が行なわれている間、それまでアグレッシブだったMicrosoftの姿勢が、やや保守的な方向へと変化していったという。要するに、裁判中に危ない橋は渡ることができないので、会社の方針が安全策へと舵が切られたというのだ。 同じことが、Intelに起こっても不思議ではない。今後は、いくらIntel側で合法だと思っていることでも、ちょっとでも危険性があるようなことなら躊躇してしまい、さまざまなことが保守化していく可能性は十二分にある。 果たして、このことがIntelに、AMDに、そしてPC業界にとって良いことなのか、それとも悪いことなのかは、これからの状況次第と言える。とりあえずAMDからのボールは投げられた、それを受ける側のIntelはどんなアクションを起こすのだろうか、次の焦点はそこになるだろう。 □米AMDが公開した訴状(英文、PDF) (2005年7月4日) [Reported by 笠原一輝]
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