そこが知りたい家電の新技術


東芝 炊飯器「真空圧力炊き V・VIP RC-10VS」
~米どころから生まれた真空減圧機構

RC-10VS

9月20日 発売

価格:98,700円

このコーナーは、メカ好きなPCユーザーの目で、生活家電について取材し、その技術の面白さを探る企画です。(編集部)



 東芝が世界で初めての電気炊飯器をこの世に送り出してから、51年が経つ。

 その東芝が、これまでにない機能を持つ炊飯器を発表した。それが、「真空圧力炊き」というキャッチフレーズの炊飯器だ。これまで、圧力をかけて炊く炊飯器は多数登場してきているが、減圧機構を取り入れた炊飯器はこれが初めてだ。

 では、なぜ炊飯器に減圧機構が必要だったのか。また、これまでの炊飯器とはどこが異なるのか。日本有数の米どころ、新潟県に事業所を構える東芝ホームテクノ株式会社の開発陣に話を聞いた。

●“熱”は加圧で。“水”は減圧で

プレミアム家電らしく、カラーバリエーションも豊富に用意されている

 炊飯器の基本的な仕組みは、内釜に米と水を入れ、外釜に設置されたヒーターで加熱し、米を炊くというものだ。一見、非常に単純な構造のように見えるが、その中に、さまざまな技術が隠されている。

 例えば、当初はヒーターを使って内釜の外から間接的に熱を加えて加熱していたが、'90年代以降、電磁誘導を使ったIHヒーターが採用され、内釜を直接加熱し、より高い火力で炊きあげる、という方式が主流になった。

 また、ここ数年では、炊飯時に内部の圧力を高め、水の温度を100度以上にして米を炊く、圧力炊飯器も増えている。100度以上の熱を加えて炊くことにより、ごはんにより高い粘りと甘みを引き出すことができる。

 現在では、各社とも競って圧力タイプの炊飯器を送り出しており、炊飯器の分野で一種のトレンドともなっている。

 ところで、これまでの進化は、IHヒーターの採用による高い火力、圧力をかけることによる高温での炊飯というように、“熱”についての進化が中心だった。

 しかし、炊飯作業において重要な要素は“熱”だけではない。“水”もある。つまり、“熱”という要素に比べ、“水”という要素に関して、あまり注目されてこなかった。

 そういった中で「真空圧力炊き」というキャッチフレーズで東芝から発表された最新の炊飯器「RC-10VS」は、“水”という要素に正面から取り組んだ炊飯器だという。

 では、どのように“水”に取り組んだのか。

●真空状態で米の中心まで吸水を促す

東芝コンシューママーケティング 家電事業部 クッキングハウスホールドクリエーション部商品企画担当主任の北山浩氏

 「初めチョロチョロ中パッパ」、おいしいごはんを炊きあげるコツとしておなじみの言葉だが、これまでの炊飯器では、「初めチョロチョロ」の過程において、軽く熱を加えつつ米の内部に水を浸透させていた。

 ただこの方法では、水の浸透という点である一定レベルでの壁があったそうだ。米の表面部分はしっかりと水が浸透するが、表面に水が浸透すると、“膜”のようなものが米の表面にでき、中心まで水がなかなか届かないというのだ。

 おいしいごはんを炊くには、この壁を破り、中心部分まで均等に水を吸収させる必要がある。そこで出てきたのが「真空」というキーワードだった。

 真空にすれば、米内部の空気が外に追い出され、そこに水が浸透する。長時間、ぬるま湯に米を浸していても、水分を吸収しているのは外側だけ。真空を使うことにより、はじめて、米の芯まで均等に水を浸透させられる、という理論だ。

 実証実験では、水に食紅を混ぜ、芯まで水が浸透しているか確認した。こうしたさまざまな研究の末、実用化を決めた。

 東芝コンシューママーケティング 家電事業部 クッキングハウスホールドクリエーション部商品企画担当主任の北山浩氏が「お米に対して“水”という切り口ではっきりとした機能を打ち出したというのは、業界に対して、かなりのインパクトがあるはず」と語っており、開発スタッフもかなりの自信を持っているようだ。

水を食紅で赤く染め、吸水状態をわかりやすくしたもの。従来機で吸水させたとき RC-10VSによる、真空状態で吸水させたとき。赤色が強く、中心部まで水分が染みこんでいる

●高性能ポンプと圧力調節弁、圧力保持機構の開発に苦心

東芝ホームテクノ 家電技術部部長の田中和博氏

 減圧機構の技術的なポイントは、大きく分けて2点ある。1つ目は、真空ポンプ。もう1つが、減圧・加圧の双方に対応する気密性だ。

 RC-10VSが減圧する仕組みは、簡単だ。炊飯のはじめの段階にあたる吸水作業の際や、保温時にフタの部分に搭載された真空ポンプで内釜内の空気を逃がし、0.6気圧まで減圧するというものだ。

 キーデバイスは、当然真空ポンプとなる。

 原理的に、減圧能力の高い真空ポンプを作ろうとすると、ある程度の大きさが必要となる。実際、開発当初では、要求される能力を持つ真空ポンプは、本体に内蔵できないほど大きかったという。

 実際に搭載されている真空ポンプのサイズは、単1乾電池程度。小型化のために、「ダイヤフラム」という吸引機構を3つ搭載する設計にした。釜の中の空気を抜く弁を3つ用意し、小型化によるパワー不足を解消したのだ。

 それだけではない。稼働回数が多くても耐久度を保ち、かつ、水や熱にも強くするため、素材から見直した。駆動部のないダイヤフラムの採用と、内部素材に潤滑剤を練り込んだことにより、長期間使用しても壊れないよう、耐久性も維持している。

 「これだけの真空ポンプをフタの内部に詰め込めたということが技術を最もアピールできるところ」とは、東芝ホームテクノ 家電技術部部長である田中和博氏の言葉だ。

蓋に「FRESH VACUME SYSTEM」と書かれた部分があるが、ここに真空ポンプが搭載されている RC-10VSの蓋内部。ソレノイドが2個見えるが、それぞれ2つの弁を開けるためのもの。また、上部の黒い部分が真空ポンプだ 真空ポンプの構造。小さいながら、空気を引く「ダイヤフラム」が3個用意され高い能力を発揮。また素材には潤滑剤が練り込まれ、長期間安定した稼働を実現している

●新開発のL型パッキンで、空気の流入を防ぐ

 ポンプで減圧した後は、その状態を維持するための密閉機構が重要となる。

 減圧と加圧。片方だけに対応するのは簡単だ。

 減圧だけに対応するなら、外からの空気流入を防ぐ機構さえ備えればよい。一方、加圧だけなら、内側から空気が逃げるのを防げばよい。

 炊飯時に1.4気圧、吸水時、保温時に0.6気圧になる内釜を密閉するには、これまでとは全く異なるパッキンを開発しなければならなかった。

 釜内部を加圧し、その圧力が外に逃げないようにするには、釜内部に密着するパッキンをフタに取りつければいい。しかし、釜内部に密着するパッキンでは減圧時に外からの空気の流入を防げない。

 そこで、パッキン自体をL字型に加工。外釜と密着する部分を設けたことにより、減圧時の外部からの空気の流入を防いでいる。

 ところで、RC-10VSでは、吸水時だけでなく保温時にも減圧する仕組みが取り入れられているが、内部が減圧されていると、そのままではフタを開けられなくなる。

 フタを開けるときには内部を一気に1気圧に解放する必要がある。RC-10VSにも、一般的な圧力炊飯器と同じように、金属ボールを利用した圧力調節機構が用意されており、そこから圧力の解放が可能となっている。

 しかし、減圧時にフタを開けようとした場合、ボールの調圧だけでは不十分。フタを開けるのに何秒も待たなくてはいけなくなってしまう。

 それを防ぐため、減圧時の圧力解放専用に専用の弁が用意されている。減圧保温時にフタを開けようとしてボタンを押すと、金属ボールをずらすとともに、減圧解放用の専用弁も開き、一気に圧力を戻す仕組みになっている。

蓋のパッキンはL字構造となっており、内釜を内・外からシーリングして加圧・減圧時の釜内の圧力を保つよう工夫されている

●減圧によって保温能力も向上

減圧保温時に蓋を開けようとボタンを押すと、弁が開き、圧力が解放され、ボタンのLEDと音によって知らせてくれる

 RC-10VSで減圧機構が取り入れられた最大の理由は、米の芯まで水を浸透させるというものだった。しかし、保温能力を向上させるためというものも、減圧機構を取り入れた大きな理由となっている。

 余談だが筆者は、残ったごはんは温かいうちにラップに包み、冷凍保存するようにしている。読者にも冷凍保存している人は、多いだろう。

 では、私も含めて、そういう人はなぜ、炊飯器の保温機能を使わないのか。

 保温したごはんは、時間が経てば経つほど黄ばみやニオイが増えるからだ。これは、ごはんが酸化することによって起こる。これまで筆者は、多くの人が保温機能ではなく冷凍でごはんを保存していると思っていた。しかし、話を聞いてみると、実際には炊飯器の保温機能を使って保温しているという人の方がはるかに多いそうである。

 そのためか、最近の炊飯器では、保温能力をアピールする製品も増えてきているようだ。

 さて、RC-10VSに話を戻そう。保温時に釜の中を減圧するということは、釜の空気を抜き取るということ。空気が抜き取られれば、当然、釜の中の酸素も減る。酸化しにくくなり、長時間保温しても炊きたてに近い状態を維持しやすくなるというわけだ。

 保温開始後、1時間おきに0.6気圧に減圧する。釜の中は、密閉されているとはいえ、そのまま放置すると、気圧は徐々に1に近づいていく。そこで、一定時間おきに減圧し、釜の中の気圧を低く維持する仕組みを採用している。

 RC-10VSでは、32時間保温した状態でも、炊きたてとほとんど変わらない品質が維持できるとされている。発表会では、実際に32時間保温した状態のごはんを出したそうだが、「美白保温」と謳うとおり、黄ばみやパサつきがほとんどなかったという。

 ちなみに、この保温能力は、単純に保温時に減圧すれば得られるものではないのだという。

 一般的な炊飯器で炊いたごはんは、周辺部は過剰なほどに水が浸透している一方、中心部はあまり吸水していないらしい。そういったごはんを保温した場合、周辺部の水分が飛び、ごはん全体の水分が一気に失われ、食感も失われてしまうという。

 それに対しRC-10VSでは、炊飯前に減圧して米の中心まで均一に水を浸透させることで、炊きあがったごはんも外周部から中心部まで均一の含水率となる。そのため、保温時に一気に水分が失われず、炊きたてに近い食感が維持できるのだそうだ。

 つまり、炊飯時に、減圧して吸水を促し、さらに保温時にも減圧する「Wの減圧効果」で、32時間保温を実現しているということになる。

 田中氏が「保温だけでは減圧機構が盛り込まれることはなかったでしょう」と語る通り、浸しと保温、双方で高い効果が得られるからこその減圧機構なのである。

操作パネル 金属ボールのある部分が、通常の圧力調節機構で、その左にあるのが減圧時に釜内の圧力を素早く解放させるための弁だ

●従来どおりの炊きあがり時間を守るため、0.6気圧に

 RC-10VSでは、「真空」というキャッチフレーズが前面に押し出されているが、釜の中が0気圧になるわけではない。実際には、最も圧力が下がった状態で0.6気圧だ。ではなぜ0.6気圧なのか。

 答えは、「早炊きコース」にあった。

 早炊きコースでは、時間短縮のため、米を水に吸水させると同時に、炊飯行程に備えて熱を加えていく必要がある。

 ところが、RC-10VSでは、減圧した状態で吸水作業を行なっている。減圧していれば、水の沸点は下がる。沸騰してしまっては、吸水作業もおざなりなまま、炊飯作業に移行してしまうことになる。

 早炊きコースであっても、減圧による吸水効果を引き出すため、「減圧しつつ、従来機と同じスピードで炊飯できる」バランスに調整した。

 これ以上減圧すると低温で水が沸騰してしまい、逆に減圧が少ないと水の浸透が悪くなる。まさに絶妙のバランスとなるのが0.6気圧だったわけだ。

 ちなみに通常コースでは、0.6気圧に減圧した状態で、温度が60度を超えないように火力を調整しつつ、13~20分ほどの時間をかけて浸し行程が行なわれるそうだ。

 その後の行程は、基本的に東芝の圧力炊飯器と同じ。炊飯行程に入ると、6~7分ほどで一気に沸騰させ、圧力を調整しつつ行程が進む。その後、蒸らし行程を経て炊きあがりとなる。もちろん、通常コースも、全行程にかかる時間は、同社の従来製品と同じだ。

減圧機構を搭載するため、フタの形状も異なる

●銀コーティングと溶湯鍛造が特徴の内釜

 RC-10VSは、内釜も変わっている。どこが変わっているのかは、一目でわかる。色が、白いのだ。

 この白い内釜の正体は、銀のコーティング。内部のフッ素コーティングにはダイヤモンド粒子を含有する。世の中に存在する物質の中で最も高い熱伝導率を誇る物質がダイヤモンドで、その次が銀。

 つまり、釜にダイヤモンドや銀を混入させることによって、従来以上の熱伝導率を実現し、従来にも増して激しい対流が生まれりようになり、炊きムラを抑える、ということらしい。

 さらに、釜自体の加工にもこだわっている。東芝の炊飯器では、「溶湯鍛造」という工法で作成した内釜が使われている。金型にステンレスを入れ、そこに高熱で溶かしたアルミを注入し、高圧でプレスするというものだ。

 この工法の利点は、釜の厚みを自由にコントロールできるという点にある。実際に、東芝の炊飯器では、内釜の底と上部とで厚みが異なっている。

 釜の厚みが均一になっていると、熱が均一に釜全体に伝わらず、釜に近い部分の米と中心部分の米とで熱の伝わり方に差ができ、炊きムラが発生しやすくなってしまう。

 それに対し、東芝の炊飯器で利用されている内釜は、底の部分が周辺部の2倍ほどと極端に厚くなっている。これにより、IHヒーターの熱が釜全体に伝わり、釜の内部で激しい対流が起こる。対流で米がしっかり撹拌され、米全体に均一に火が通り、炊きムラのないおいしいごはんが炊けるというわけだ。

 「溶湯鍛造の内釜、アルミニウムとステンレスの接合技術、内釜の形状や角度などは、ずっとこだわり続けている部分」と田中氏は強調する。

 「東芝が鍛造厚釜を作ってブームを作ったが、他のメーカーも追従し、釜を厚くして同じような訴求をしてきた。本来の意図がわかりづらくなっていたので、もう一度、内釜の意義を考え直した」と北山氏。必要なところは厚く、必要でないところは薄く。

 「厚さ競争」ではなく、炊きあがりを一番に考えるという、基本に立ち返った結果が、この内釜だった。

内釜は内部フッ素コーティングにダイヤモンドが、外部に銀が練り込まれ、高い熱伝導率を実現。内釜の外側が白というカラーリングも目を引く部分だ

●行程やメニューに応じて圧力を細かくコントロール

 現在の炊飯器のトレンドは、圧力をかけて米を炊く、というもの。もちろん東芝も、圧力タイプの炊飯器を多数送り出しており、このRC-10VSでも加圧機構は採用されている。

 しかし、炊飯時の圧力制御は、メーカーによって大きく異なる部分である。例えば、高い気圧を1回だけかけるというものもあれば、加圧と減圧を数回繰り返して炊くものもある。

 東芝のアプローチは、炊飯過程で圧力を変化させるだけでなく、メニューによっても加圧レベルを変化させている。

 RC-10VSでは最高1.4気圧となっているが、実際に1.4気圧を使うのは、玄米などの堅い穀物を炊く時や、白米を短時間で炊く「早炊きコース」を選択した時のみ。白米を通常コースで炊く場合には1.1気圧を利用している。

 フタと鍋底の2カ所に温度センサーが取りつけられており、その双方の情報から内部の状態を検知し、その状況に応じて圧力を制御している。そして、上位モデルでは32bit DSPを搭載することで、温度や圧力をより細かく制御できるようになっているそうだ。

 「圧力はかければいいというものではない。適度に圧力をかけ、粘りと甘みを出しつつ食感を損ねない、という部分がポイント。むしろ圧力をうまく使い分けるのが重要」と北山氏が指摘する通り、圧力に関しては、東芝はきわめて柔軟なスタイルを取っている。

●今後は各メーカーの思想や価値観を前面に押し出した製品が増える

 熱を極め、圧力を極め、釜も極めた。そして真空を取り入れた。では次は何なのか。その点をうかがったところ、「そこはちょっと言いづらいところなんです」(田中氏)とはぐらかされてしまった。どうやら、すでに新たな構想が練り上がりつつあるようだ。

 ただ、北山氏から次のような話が聞けた。

 「相手(他社)の顔色を見ながら開発するというのが、ある程度一巡したというのが2005年までの感想。今後は、各メーカーの思想や価値観が前面に出た製品展開がされてくるのでは。今後も独自性を高めた商品展開を進めていきたい」。

 「真空」に次ぐ、サプライズはどんなものになるだろうか。今後の進化が楽しみである。

□東芝コンシューママーケティングのホームページ
http://www.toshiba.co.jp/tcm/
□ニュースリリース
http://www.toshiba.co.jp/tcm/pressrelease/060719_2_j.htm
□製品情報
http://www.toshiba.co.jp/living/rice_cookers/index_j.htm
□関連記事
【7月19日】【やじうま】東芝、世界初の真空状態で保温する炊飯器
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0719/yajiuma.htm


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(2006年9月5日)

[Reported by 平澤寿康]

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