三菱電機 炊飯器「本炭釜 NJ-WS10」 |
NJ-WS10 |
発売中
価格:115,500円
このコーナーは、メカ好きなPCユーザーの目で、生活家電について取材し、その技術の面白さを探る企画です。(編集部)
開発を担当する埼玉県深谷市の三菱電機ホーム機器 |
新しい技術進化によって、次々と機能が付加されていくのが電化製品のセオリーだ。工業製品の中でも、特に家電は陳腐化による価格下落が激しいため、毎年、新たな機能を謳った新商品が発売され、モデルチェンジが繰り返されていく。
だが、ごくまれにそのセオリーに全く当てはまらないものがある。機能をたくさん盛り込むのではなく、ある機能を際立たせることで、「高くてもいい」と消費者に判断させるような商品群である。
今回ご紹介する、三菱電機の「本炭釜」はまさに、その代表格だ。その名前からわかる通り、炭で作った内釜で米を炊くことで、他の炊飯器にはない付加価値を生み出しているのである。
●「リリースせず、CMせず、大量生産せず」。異例づくめの商品
三菱電機ホーム機器 調理技術部 ジャー炊飯技術グループ 久保田哲正氏 |
量販店の炊飯器売り場において、三菱電機の「本炭釜」は、なんともいえぬ存在感をたたえて、陳列されている。
実売価格で100,000円前後。炊飯器にしては、かなり高めの価格設定であることにも要因があるのだろうが、真っ黒の外観といい、どことなく他の商品を寄せ付けない雰囲気を持っているのだ。
今回、「本炭釜」を開発した三菱電機ホーム機器を取材して、売り場で感じた存在感通り、この商品がユニークな存在であることがよくわかった。
まず、機能だが、通常は高額商品といえば最も機能が豊富というのが一般的。しかし、この商品は機能の豊富さをアピールポイントとはしていない。
「実は、今年発売した他の炊飯器につけている超音波吸水や圧力炊飯といった機能は、炭炊きには入っていないんですよ」と三菱電機ホーム機器の調理技術部ジャー炊飯技術グループ・久保田哲正氏は苦笑いして説明する。
高価格の商品だから、色々な機能がついているのだろうと勝手に思っていたが、そうではなかった。
三菱電機ホーム機器 営業部 商品企画課 調理家電グループ グループリーダーの赤石都良氏 |
しかも、「発売したのは3月ですが、ニュースリリースは出していません。当然、宣伝活動も行なっていないんです」と三菱電機ホーム機器 営業部 商品企画課 調理家電グループ グループリーダーの赤石都良氏は説明する。
普及価格帯の商品ならまだしも、高級機でニュースリリースがないというのは、大変珍しい。発表しない理由も、家電製品としては異例といえるものだった。
「実は大量生産ができないんです。1日、50個程度しか生産ができないんですよ」
半導体のように生産ラインが安定するまで生産量が限られるものもあるが、炭炊き炊飯器の生産量が限られている理由は、半導体とは大きく異なる。
「内釜を造るのに手間と時間がかかるのです。どちらかというと、職人芸が必要なので、生産数が限られているといった方が正しいかもしれません」(赤石氏)
その内釜は、炭からできている。確かに商品名が「本炭釜」となっているので、炭が使われているのはわかる。しかし、「内釜に炭の素材を混ぜたとか、炭でコーティングしているとかそういうレベルではないんです。炭そのものを削りだして内釜を作っているんです」という赤石氏の言葉を聞いて、改めて驚いた。
確かに三菱電機のホームページを見ると、「炭素材量99.9%の、贅沢な削り出し釜です」という説明文とともに、大きな炭の写真が掲載されている。取材に行く前は、この写真はイメージ写真だろうと勝手に考えていた。なぜなら、炭というのは、火をおこすのには使っても、炊飯器の内釜に適した素材とは思えなかったからだ。
「そうなんです。ご存知のように炭というのは、もろいし、顕微鏡で見ると穴が空いた、通気性のよい素材です。その炭を内釜として作ることは容易ではありませんでした。それを実現することがこの商品を開発する上でのポイントでした」(久保田氏)。
この商品の最大の特徴である炭で作られた内釜。内釜にはシリアルナンバーが刻印されている |
●炭釜の基材生産だけで3カ月
外観はシルバーとキッチン家電には珍しい黒。黒の採用にも賛否両論あったそうだが、和を感じさせるカラーということでこの色とデザインを採用した |
そもそも、「炭で内釜を作る」という発想に至ったきっかけは、「三菱電機の研究所の技術者が、大阪府高槻市にある一寸法師という焼肉屋さんで、炭で作られたお釜で炊いたご飯を食べたのがきっかけでした」(赤石氏)。
その店で食べたご飯のあまりのうまさに、「こんなご飯を炊く炊飯器を開発すれば、売れる」と確信し、ラボでの研究がスタートした。
1年間の研究期間を経て、商品化のための開発作業に着手した。しかし、開発は困難を極めた。
「通常の炊飯器の内釜は、プレス加工して製造しています。しかし、炭で内釜を作るとなると、金属ではないのでプレス加工はできません」(久保田氏)。
我々がよく知る「炭」、例えば備長炭は、どこをどう削っても、複数のものを貼り合わせても、炊飯器の内釜には、加工できそうにはない。まず、内釜に加工できる、炭の素材作りから取り組まねばならなかった。
実際に炭釜に加工している素材は、ある素地を焼き固めて焼成したものだという。焼成に利用した素地が何かは企業秘密。取材の間、しつこく聞いても教えてもらえなかった。
操作パネル。液晶画面の下に、毛筆体の「本炭釜」のロゴが光る |
取材の場に、素地を焼成した加工前の基材が置いてあったが、触ってみると確かに炭。手が真っ黒になった。
「素地を見つけることはできたものの、焼成のための時間が思いの外かかることが、その後、判明しました。基材となるまでにほぼ3カ月かかるんです」(久保田氏)。
基材を作るために時間がかかるのは、素地を焼き固めていく行程に3カ月という時間がかかってしまうから。焼き固める行程でゆっくりと温度をあげなければならず、どうしてもこの時間を省くわけにはいかなかった。
時間をかけ、でき上がった基材は1つ1つ、手作りで内釜の形に削り出しをする。その行程は中国で行なわれる。きちんと寸法通りに削りだしが行なれているのか、熟練工がノギス(ものさし)で何度も確認しながら作業が進められる。
「1つ1つが手作りです」(同)。
完全な手作業に頼った家電製品というのは、あまり聞いたことがない。内釜の生産にこれだけ時間がかかるとなると、量産は難しいだろう。価格も通常商品に比べ、高価になることは明らかだった。
「内釜作りに、予想以上に時間がかかることがわかった段階で、本当に商品化すべきかどうか、社内で色々な意見がありました。でも、炭釜で炊いたご飯がとにかく美味しかった。これなら、価格は高くなっても受け入れてくださるお客さまがいる、という自信があったからこそ、なんとしても商品化させて欲しいとリクエストしたのです」(同)。
結局、量産はできなくとも、品質のよさが評価され、発売が決定した。ただし、その販売方法は、これまでの炊飯器と同じというわけにはいかない。幅広く流通させるのではなく、少量生産で、高価であるという、コンセプトを理解してくれる販売店にだけ、製品を紹介した。品不足など、混乱を防ぐため、ニュースリリースも、積極的なCM展開も行なわない、特例とも言える体制で、販売がスタートされることになった。
価格決定にも、非常に悩んだ。「希望小売価格で115,500円というのは高すぎるのではないか」(赤石氏)という議論もあった。しかし、「他にはないオンリーワン商品。100,000円を超える価値を認めてもらえるはず」(同)と考え、予定通り、希望小売価格115,500円で発売することが決定した。
いざ、発売されると、予想以上に反響が大きかった。そして、他社も仕様は全く異なるものの、80,000円以上する高額の炊飯器を発売し始めた。
「正直なところ、おっかなびっくりで発売しましたが、予想以上の反響でした。他社さんも良いものを出せば、高くても受け入れられると、気づくきっかけになったのではないでしょうか」(同)。
これが内釜のベースとなる基材。これを削りだして、内釜の形に削りだしていく。原材料がなんなのかは、企業秘密 | 基材を指で触ってみると指が真っ黒になる。これこそまさに、基材が99.9%炭でできている証といえるだろう | 基材を削りだしたもの。この段階ではフッ素加工をしていないので、商品化されている内釜と比べると、同じ基材で作った物とは思えないくらい印象が異なる |
●「ラインナップ中の最高機種」ではない「ただひとつの特別な機種」
IHヒーターは、底の部分の1つだけ |
取材の現場に、炭釜で炊いたご飯を持ってきていただいたが、炊きあがったご飯はかなりさらっとしていて余分な水分が飛んだ仕上がり。
「炊きあがったご飯をシャモジで混ぜてもらうと、『通常の炊飯器で炊いたご飯を混ぜる時に比べ、ご飯が軽い感じがする』という感想がありました。熱伝導率が高く、沸騰する際に発生する大きな泡により、ご飯に適度なスキマが形成され、余分な水分が飛んで、軽く仕上がるようです。食べた人の感想としては、『飯盒や土鍋で炊いたご飯を思い出した』という意見が多いですね」(久保田氏)。
確かにご飯を混ぜると、ベタっとした感じがない。炊きたてはもちろん、ご飯が冷たくなってもお米の美味しさを感じる仕上がりだった。
従来の多層釜では、IHコイル直上の釜の表面、0.2~0.3mmの厚さで局部的な発熱をする。一方、炭素材料は、その特性により、釜の厚み全体で発熱する。さらに、熱伝導率が高いので、釜の中心から側面まで、均一に加熱。お米1粒1粒にしっかりと熱を伝えることで、おいしいご飯を炊きあげる。
金属の内釜と加熱特性が異なるため、IHヒーターも、炭釜用に調整されたものを使っている。
実際にご飯を炊いたあと、電源を切り、30分以上経った段階で炭釜に手を触れてみた。思わず「熱い!」と言ってしまうほど温度が高かった。熱伝導率が高い上に、冷めにくいという特質を炭釜はもっているようだ。
普通の高級機と違うのは、釜だけではない。いまや高級機では当たり前になりつつある圧力機構も、同社のウリとなっている超音波も、本炭釜には使われていない。
「圧力にしても、多段のIHヒーターにしても、そもそもの目的は内釜内の温度を上げて、強火で米を炊くこと。本炭釜では、釜自体が高温になるので、そういった機能は必要ないのです。多機能なモデルに炭釜を足した、“ラインナップ中の最高機種”ではなく、“ただひとつの特別な機種”なのです。この機種が成功したからといって、この炭釜を下位モデルにも、という考えは、まったくありません」(赤石氏)。
●家庭で使える強度の実現にも苦心
炭で作った内釜と、炊飯のための構造を説明した店頭展示。炭で炊いたご飯の特性を紹介する内容となっている |
しかし、家庭用炊飯器の場合、ご飯が美味しく炊けるだけでは商品としては成立しない。日常的な利用の中で、トラブルがない堅牢さが求められる。金属に比べ、明らかに壊れやすい炭という素材を使って作った内釜の堅牢性は、どんなものだろうか。
「正直なところ、大きな鍋を上から落としてしまうと厳しいですが、茶碗ぐらいなら大丈夫です」(久保田氏)。
また、炭釜でお米を研いだりすることには問題はないという。テストでは、60万回使用できることが実証されている。
炭にこれだけ強度を持たせたのは、フッ素加工のたまものだ。炭釜の表面にフッ素加工を施すことによって、水が漏ることなく、一般的な使用に耐える堅牢性が加わった。
「実は、開発段階では、フッ素加工をしていない炭釜でご飯を炊くという実験も行ないました。最初のうちはご飯が真っ黒になってしまうんです。数回炊くと、そういうことはなくなりますが、これでは家庭では使い物にはならないですね」(同)。
ただし、フッ素加工などをしてしまうことで、「炭ならではの良さを100%生かし切れていないんじゃないかとも思います。例えば、炭の特性として、穴がたくさん空いている構造により、ニオイを取るという機能があります。この性質を、保温の際に生かせたらいいと思いませんか? 水が漏れてしまうという欠点と、背中合わせではありますが、もっと炭の良さを生かした商品作りができないか、というのがこれからの課題です」(同)。
炭釜を使った炊飯器は、まだスタートを切ったばかり。今よりさらに、「炭の力」を生かした炊飯器が登場する日が、いつかやってくるかもしれない。
□三菱電機のホームページ
http://www.mitsubishielectric.co.jp/
□製品情報
http://www.mitsubishielectric.co.jp/home/suihanki/lineup_wclass_index_b.html
「この製品の新機能、どういう仕組みになってるんだろう?」というものについて、メーカーに取材し、“技術のキモ”をお伝えします。取り上げて欲しい生活家電がありましたら、編集部までメールを送って下さい。
(2006年9月13日)
[Reported by 三浦優子]