そこが知りたい家電の新技術


ナショナル シェーバー「ラムダッシュ ES8196」
~“優しい深剃り”を支えるステンレス刃とリニアモーター

ES8196

発売中

オープンプライス

このコーナーは、メカ好きなPCユーザーの目で、生活家電について取材し、その技術の面白さを探る企画です。(編集部)




ナショナル ウェルネスマーケティング本部 商品グループ ビューティケア商品チームの山上剛氏

 世の男性の多くが、毎朝頬ずり、いや、頬剃りする家電製品がある。そう、シェーバー(電気カミソリ)だ。

 シェーバーの目標は1つ。いかに肌を痛めず、深剃りを実現するか、というものだ。しかし、この一見シンプルな目標も、いまだ完全には実現されていない。1人1人異なる個性を持つ肌とヒゲ、すべてに1台で対応することは、極めて困難であるからだ。

 この困難な命題に挑戦し続ける企業の1つが、ナショナルだ。同社は'55年からシェーバーの製品化をスタート、昨年50周年を迎えている。

 ナショナル ウェルネスマーケティング本部 商品グループ ビューティケア商品チームの山上剛氏に、シェーバーに採用されている技術、特に現在のハイエンドモデルであるラムダッシュに採用されている技術についてうかがった。


●外刃で押さえ、内刃で刈り取るシェーバーの仕組み

ラムダッシュシリーズ

 複雑な曲面で構成されている男性の顔に生え、最大で針金に匹敵する硬度を持つヒゲ。しかも、ヒゲ剃り効果を持続させるためには、皮膚の表面から数十ミクロン下に隠れているヒゲまで剃る深剃りが必要になる。

 この深剃りを実現するために、安全カミソリを使ったウェットシェーブでは、手で皮膚を引っ張ることでヒゲを毛穴から引き出し、カットする。床屋さんのヒゲ剃りを思い出してもらえば、イメージしやすいかもしれない。

 だが、この方法による仕上がりは、剃り手の技量と道具に大きく依存する。床屋さんのようなプロであれば、剃り心地も良く、仕上がりも良いが、普通のユーザーが毎朝できることではない。

 シェーバーは、肌を傷つけない深剃りを、誰もが簡単にできることを目標に開発されている。「基本的なメカニズムは、稲刈りと同じです」と山上氏は語る。

 稲刈りは、稲の茎をつかみ、鎌で根元を切り取る。同様に、ヒゲを網状の外刃の穴に誘導し、穴に入ったヒゲを絞り出す。そして、それを内刃でカットするというものだ。

 つまり、深剃りのためには、いかに外刃を肌に密着させるか、いかに内刃でシャープにヒゲをカットできるか、がカギになる。

 また、外刃が肌を押さえることで、内刃が肌を傷つけるリスクを減らすことにもつながっている。

●ステンレス鍛造で作られた刃は、まさに職人技

ラムダッシュの外刃

 ナショナルは、シェーバーの開発にあたり、もっとも根本的な要素となる刃を最重要視している。

 まず、「ヒゲをとらえる」外刃だ。

 シェーバーを使っていて、特に剃り残しが多いのが、アゴの下だ。これは、顔の表面に比べて、皮膚が柔らかい上に、曲線が多く、外刃がきちんとヒゲをキャッチできていないからだ。

 マルチフィットアーク刃と呼ばれるラムダッシュの外刃は、アゴの複雑な曲面に密着できるよう、わずかに中央がふくらんだ独特の形状を持つ。外刃を曲線にすることにより、くぼみのあるアゴ下にも外刃の全体が密着し、ヒゲをキャッチすることが可能になる。

 ただ単に曲線にすればいいというものではない。「最適な弧を探し出すために、試行錯誤し、半径21cmを割り出した」(山上氏)という。

 また、外刃の網の目状の模様も、どうやればもっとも効果的にヒゲをつかむことができるのか研究した。網の目は、すべて均一にはなっていない。中心部分と、両端では圧力のかかり具合が違うため、それぞれの特性に合わせて、形も変えているという。

 次は、とらえたヒゲを“刈り取る”内刃だ。

ラムダッシュの内刃

 ラムダッシュの内刃には、30度鋭角内刃と呼ばれる刃を採用している。

 一般に使われる刃は、90度刃と呼ばれるもの。鋭角でないため、ヒゲは切るというより、外刃と内刃で挟んで引っ張られ、ちぎり取られる形になる。

 これでは、ヒゲの切断面がザラつき、ヒゲ剃り後も触感がザラついてしまいがちだ。

 刃物はもちろん、鋭角の方が切れ味はよい。鎌で刈り取るように切ることで、ヒゲを切るだけでなく、その切断面を水平に近づければ、剃った後も肌がザラザラしない。

 このように、剃ることだけを考えると、鋭角であればあるほど、切れ味は良くなる。

 しかし、鋭角刃は刃先がすぐに薄くなってしまう。つまり、切れ味が良くても、その切れ味を長い間維持するのが90度刃より難しくなる。このため、鋭角の刃が切れるのはわかっていても、従来のシェーバーにはなかなか採用できなかった。

 この欠点を克服するために、ラムダッシュではステンレス刃物鋼(安来鋼)による鍛造で外刃と内刃を製造することにした。

内刃はアーチ状に成形されている

 特に外刃のステンレス刃物鋼の鍛造は、現時点でナショナルだけが実用化した独自技術であり、従来品(ニッケル電鋳刃)の約3倍の耐久性を実現している。

 職人が1/1,000mm単位で金型を調整。その金型にステンレスをスタンプ加工して、薄く、かつ半径21cmの弧を描いた形を作り出す。

 精度が必要なのは、内刃も同様だ。28枚の刃はすべて一体加工のステンレスを折り曲げて成型されたもの。こうすることで、部品点数が少なくなると同時に、刃がアーチ型に構成され、より強度を高められる。

 山上氏によれば、「ステンレスの加工はニッケル電鋳よりも圧倒的に難しい。50年の積み重ねと、電機メーカーであっても刃を製造する部隊を社内に抱えていることによって可能になったこと。この鍛造技術こそが、ブラックボックス技術。詳しく聞かれても、表面的な説明しかできない」という。

 現在、シェーバーの組み立ては、下位ブランドのものを中心に中国で行なわれているが、このステンレス刃物鋼の外刃と内刃だけは100%国産である。

 ちなみに、この鋭角30度内刃の採用がラムダッシュの商品名の元、ギリシャ文字のΛ(ラムダ)となっており、2002年に発表された際には、最上位機種だけの独自技術だった。

マルチフィットアーク刃の仕組み(資料提供:松下電器産業) 30度鋭角内刃の仕組み。一体成形のステンレスを折り曲げてアーチ状にする(資料提供:松下電器産業)

●毎分13,000回の往復運動を行なうリニアモーター

リニアモーターの原理。磁石の反発力を利用する(資料提供:松下電器産業)

 もちろん、外刃と内刃がどんなに素晴らしくても、駆動力が弱くては、硬いヒゲを剃り上げることはできない。刃を駆動する「エンジン」が必要だ。

 そこで、ラムダッシュでは内刃の駆動に振れ幅2.5mm、毎分13,000回の往復運動を行なうリニアモーターを採用している。

 通常の軸が回転するモーターだと、モーターが生み出す回転運動を刃の往復運動に変換しなければならないため、どうしてもパワーロスがあった。

 一方、磁石の反発力を使ったリニアモーターは、もともとの動きが往復運動であるため、ロスなく内刃にモーターの力を伝達できるのが特徴だ。

 一般的なシェーバーと異なるのは、ヒゲを剃る際に抵抗を受けても、常に毎分13,000回の往復運動を維持することだ。

 これは、単に毎分13,000回転できるパワーを用意するだけでは不可能。

 通常、ヒゲを剃っていると、ヒゲのあるところとないところで、モーター音が変わることが少なくない。これは、ヒゲを切断するという「抵抗」により、モーターのトルクが落ちていることから起こる現象だ。

 ラムダッシュではまず、トルクに余裕を持たせた設計をとった。さらに、センサーで抵抗を検知した場合、トルクを上げて13,000回転を維持するようマイコンで制御されている。このため、ヒゲを剃っていても、モーター音の変動がほとんどない。

 これこそマイコン制御されたリニアモーターの威力だ。


●リニアモーターを小型化し、さらに深剃りへ

【動画】アゴのカーブに対応するため、外刃を前後に分割し、それぞれが独立で沈み込む形式になっている(WMV / 1.62MB)

 ちなみに、リニアモーターを世界で最初に採用したのは、'95年に発売された「リニアスムーサー」である。開発に4年半を要したというリニアモーターだが、その後も技術開発は続いている。当初はモーターがヒゲ剃りのヘッド部いっぱいを占めるほど大きかったが、今では小指の先ほどの大きさまで小さくなっている。

 実は、このモーターの小型化も深剃りにつながっている。

 小型化により部品レイアウトの自由度が向上。モーターをヘッドにより近づけた結果、可動式ヘッドの軸も、外刃の表面に近づけることができた。

 ヘッドを支える支点が、外刃の近くになったことで、ヘッドのコントロールがしやすくなったのだ。さらに、フロート式ヘッドを組み合わせることで、ヘッドの追従性が大幅に上がった。こうしたアプローチで、外刃がより肌に密着しやすくなり、さらなる深剃りが可能になったというわけだ。

 ちなみにラムダッシュでリニアモーターの電力源となっているのは、充電式のリチウムイオン電池だ。

 エネルギー密度の高いリチウムイオン電池は、同じパワーを得るのに小型の電池で済む。電池が小型になれば、それだけシェーバーは、軽量になるし、デザインの自由度も増す。

 ラムダッシュでは、握ったときに手のひら全体に圧力が分散し、持ちやすい新エルゴカーブデザインを採用するが、これもリチウムイオン電池の恩恵といえるだろう。

 リニアモーターの採用後、1つ悩みがあるという。それは、あまりにも音の変動がないため、深剃りしているにもかかわらず、利用者に深剃りしているという音響的なフィードバック(深剃り感)を与えられないことだ。

 このあたりは、改善する余地がまだあるかもしれない、ということだったが、これは剃る性能とは直接関係のない問題だ。かなり高度な悩みに違いない。

モーターの小型化により、支点をより刃の近くに置くことが可能になった。支点が刃に近くなると、肌への追従性がよくなる(資料提供:松下電器産業) がっしりとした深剃り感が欲しい場合は、ヘッドを固定させて剃ることもできる

●洗浄、乾燥、除菌、充電、注油まですべておまかせの自動洗浄充電システム

充電器に本体をセット

 シェーバーの命とも言える外刃と内刃、駆動する強力なリニアモーターと、充電容量の多いリチウムイオン電池。これでシェーバーのすべての要素が出そろったように思うかもしれないが、まだ完全ではない。そう、メンテナンスの問題が残っている。

 最高のスペックを持ったシェーバーであろうと、刃物である以上、こまめに汚れを落とさなければ切れ味は鈍る。第一、毎日の顔の手入れに使う道具が汚れっぱなしというのでは、気持ちが悪いではないか。

 ラムダッシュの上位モデル(ES8196、ES8195)には、全自動洗浄充電システムが用意されている。

 全自動洗浄充電システムは、シェーバーをセットするだけで、その洗浄、除菌、乾燥、充電を行なうことができるものだ。

 携帯電話と充電台、PDAやデジカメとクレードルのような関係だが、洗浄機能を持っていることもあり、ユニットは本体より一回り大きい。

 利用法は簡単で、全自動洗浄充電システム背面の水タンクに水道水を入れ、底部に洗浄剤カートリッジを装着。シェーバーを逆さにセットし、セレクトボタンを押せば、自動的に「洗浄→除菌→乾燥→充電」というメンテナンスサイクルが始まる。

 具体的には、まず、タンクの水に洗浄剤を溶かし込み(カートリッジ交換後の初回のみ)、その水をヘッド部に循環させる。この時、ヘッド内の内刃は、こびりついたヒゲくずや皮脂を振り落とす、洗浄専用のモードで駆動されている。

 内部のヒゲくずは外刃の隙間から外部に排出され、洗浄カートリッジのフィルタで濾過される。濾過後の洗浄液だけがタンクに戻され、またヘッドの洗浄に使われる。

 洗浄カートリッジの洗浄剤には、抗菌剤と潤滑剤が入っており、外刃や内刃に注油する手間を省いている。また、洗浄剤は生分解性になっており、使用後の古い洗浄液は、そのまま下水道に流しても、環境への影響はない。

 洗浄が終わったシェーバーは、内蔵のヒーターとファンによる温風で乾燥され、あとは満充電まで待つばかり、という仕組みだ。

 なお、1つのカートリッジ(直販サイト「パナセンス」では、3個入りで1,838円)で約40日間利用できる。

 洗浄充電器が大きいのが気になるが、洗浄液を循環させるというメカニズム上、どうしても大きさは、やむを得ない部分ではある。

 ただ、洗浄充電器にセットすれば、すべてのメンテナンスが自動的に完了し、自分のヒゲくずと格闘しなくてすむのは気分が良く、スペースに余裕があればぜひ試してみたい機能だ。

 ちなみに、ラムダッシュは、全モデル丸洗い可能な防水構造を持っている。刃の部分でなく、グリップ部分なども清潔に保てる。

 特に汚れのたまりやすい刃部の洗浄は、ハンドソープと水を外刃に垂らし、音波洗浄モードで駆動すると、内刃にこびりついた付いたヒゲくずが、石けんの泡とともに浮き出てくる仕組みになっている。

カートリッジとタンクの水を混ぜ合わせ、洗浄するため、ある程度のスペースが必要になる 充電もこのサイクルで行なわれる 【動画】洗浄中の様子。ヘッドが洗浄液に浸っているのがわかる(WMV / 676KB)

●「ヒゲ剃りを、やりたくなるようにしたい」

 内刃、外刃、駆動部、全自動洗浄充電システムと、全方位に渡って作り込まれたラムダッシュは、ナショナルが販売するシェーバーのトップブランドであり、いわばフラッグシップの位置づけだ。

 言い換えれば、ナショナルがシェーバーで培ってきた技術のすべてが注がれたモデルということになる。

 このところ、100,000円を超える電気釜など高額な家電製品が話題になっている。それに対して、シェーバーは下は数千円から、ハイエンドモデルでも30,000~40,000円台が相場。価格帯のレンジは決して広くない。

 将来の技術革新により、たとえば50,000円前後のシェーバーが誕生する可能性はあるのだろうか。最後にそのことについて尋ねてみたが、「現状の価格帯がいいところではないか」という控えめな答えが返ってきた。

 山上氏には今後、取り組みたいテーマがある。

 「現状では、やらなければならないからやるヒゲ剃りという行為を、少しでも楽しい経験、やりたくなる経験に変えることができないのか、考えていきたい」という。

 そんな「夢のシェーバー」が、世に出ることを期待したい。

□ナショナル(松下電器産業)のホームページ
http://national.jp/
□ラムダッシュ専用サイト
http://national.jp/product/beauty_health/mens_shaver/lamdash/
□ニュースリリース
http://panasonic.co.jp/corp/news/official.data/data.dir/jn050826-1/jn050826-1.html
□製品情報
http://ctlg.national.jp/product/info.do?pg=04&hb=ES8196


 「この製品の新機能、どういう仕組みになってるんだろう?」というものについて、メーカーに取材し、“技術のキモ”をお伝えします。取り上げて欲しい生活家電がありましたら、編集部までメールを送って下さい。

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(2006年8月15日)

[Reported by 元麻布春男]

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