先週、ロジクールが発表した新型マウス、デスクトップ機向けの「MX Revolution」とモバイル機向けの「VX Revolution」は、“ラチェットレンチ風”の特徴的なホイールメカと、新しいエルゴノミックデザインを採用した、ロジクールの新しいフラッグシップモデルである。MX Revolutionには、ジョグダイヤル風(実際にはジョグシャトルと同様の機構)のスイッチも親指部分に新設された。
初のレーザーセンサーを装備してヒット作となった「MX1000」の後、ゲーム用マウス市場に参入。2005年はフラッグシップモデルの更新を行なっていなかったロジクールにとって、久々のモデルチェンジだ。成功作の後だけに、デザイン、機能の両面で厳しい評価にさらされる立場だが、果たしてどのような製品に仕上がっているのか。 Revolutionシリーズの工業デザインを担当したデザインパートナーズ、新シリーズのホイールメカ開発を担当したLogitech・アイルランド法人コーク事業所への取材成果を交えながら紹介しよう。 ●複合的なニーズを満たした外観デザイン マウスというデバイスは、毎日コンピュータを使う上で欠かせない道具である上、価格も手ごろだからだろうか、マウスの新製品の記事を書くと、毎回、意外なほどに大きな反響がある。 ではマウスに注目するユーザーが皆、同じようなニーズを持っているかと言えば、これが実に多様だ。ある人は持ち上げやすさ(マウスを持ち上げて位置を移動させるなど)を重視する人、小型ボディをつまむように使いたい人、手のひらにピッタリフィットしてほしい人、軽いマウスが好きな人、適度な重さが必要という人。そのすべてを満足させる製品はもちろん無理だ。 たとえばロジクールは2005年、ゲーム用マウスシリーズを発売した時、MX1000のボリューム感のあるデザインをやめ、一世代前のMX700などと似たフォルムを採用した。ユーザーから以前の形状の方が使い慣れている、使いやすいという声があったからだ。 その一方で、MX1000の形状にも別のファンがいる。個人的には手のひらにピッタリフィットするボリューム感や、親指と薬指で挟むようにホールドした時の持ち上げやすさなどが好みでMX1000を好んで使い、ゲーミングマウスのG5やG7は使わなかった。 こうした多様なニーズに対して、デザイナーはどのようなことを考え、MX Revolutionのデザインを生み出したのだろうか?
'94年からLogitechのマウスデザインを担当してきたデザインパートナーズのピーター・シーハン氏は「一切の無駄がなく、なおかつ機能的なことが重要。加えて快適性を備えていなければならない」と話す。 今回の製品に関しては、手のひらがフィットする部分がやや狭く、親指と薬指で挟み込む時の引っかかりが良くなっている。前後方向のボリューム感はそのままに、手の小さい人でも持ちやすい形状だ。 加えて左手前に伸びた翼のような突起は、決してデザイン的な付加物ではなく「親指の付け根から第1関節までをサポートすることで、長時間の操作でも疲れにくいことを意識した」という。 実物に触れてみると、細かな造形やデザイン、それに親指のサポートなどに違いはあるが、持ちやすさという点ではMX610と似ている。コンパクトで持ちやすい。それでいてフィット感もありと、多様なニーズにうまくフィットさせている。 ●多数のアプリケーションを同時起動しているハイエンドユーザーに 実はロジクール(米Logitech)は今年設立25周年を迎えたのだとか。今回発売された2製品は、いずれも2年前からコンセプトを煮詰めてきた、25周年モデルとして企画されたものだという。それだけに、フラッグシップとして相応しい機能性とデザインを目指した。 ロジクールによると、同社製品のユーザーは特にコンピュータへの興味が強く、新技術や新機能に対して(その機能が良いものであれば)投資を惜しまない人たちが多い。加えて同時に起動して利用するアプリケーション数が多く、6つものアプリケーションを切り替えながら利用する顧客が多い。つまり、コンピュータに関してエキスパートのユーザーが多いということだ。 こうしたロジクール製マウスのユーザー層と重なる人たちに、マウス操作のログを収集する特別なドライバを組み込んでもらい、その使い方の特徴をロジクールは調査した。その結果、毎日8時間程度もの間、PCを使い、Office文書を作成したり閲覧、あるいは電子メールを読み、Webブラウザを使う。アプリケーション1つあたり8mに相当するホイール回転を使用してスクロールさせ、50秒ごとにアクティブウィンドウを切り替えているといった傾向があった。 そこで、MX1000よりも手で持ちやすいコンパクトな筐体が欲しいという声とともに、ユーザーの傾向をシーハン氏に提出し、生まれたのが“MicroGearプレシジョンスクロールホイール”という新しいホイールと、アプリケーション切り替えを親指操作で行なうドキュメントクイックフリップという親指位置にあるジョグシャトルの装備だ。 またホイールボタンの手前に配置されたボタン(ホイールの奥側のボタンは指が届きにくいためか、廃止されている)も機能が変更され、デフォルトでは検索機能の呼び出し(あるいは選択文字列の即時検索)が割り当てられている。
そして最後に「ホイールの機能性をデザイン面からアピールするため、自動車やバイクをインスピレーションにデザインした。特にホイールやメカが露出するバイクはもっとも参考になった」とシーハン氏。 ホイールは回転慣性の強い金属製で、指が滑りにくいよう滑り止めのゴムを周囲に貼り付けてある。確かに“バイク”を思わせるメカニカルなデザインエッセンスを、曲面を多用した本体の端々に配置。MX1000よりもシャープな印象を受ける。 ではそのホイールの使い勝手はどうだろうか? ●試行錯誤でホイールメカニズムを構築 シーハン氏からホイールまわりの機能について提案を受けたロジクールは、その実装をどのようにするのか、かなり悩んだという。 MicroGearプレシジョンスクロールホイールは、カリカリとクリック感のあるスクロールモードと、クリック感なく回転慣性で回り続ける“ハイパーファストスクローリング”の2つの操作性をモーターにより自動的に切り替える(VX Revolutionはレバー切り替えによる手動)。 いずれも万能な操作感ではなく、1コマずつ正確に動作させたい場合はクリックのあるモード、高速に長距離のスクロールをさせたいアプリケーションではハイパーファストスクローリングで、というように場面によって切り替えて使いたい。 そこでスクロールホイールが作用するウィンドウを検出し、ドライバ側でマウスの動作モードを自動切り替えする機能を組み込んだ。アプリケーションごとに機能を指定できる。加えて普段はクリックのあるモードにしておき、急峻にホイールを加速させるとハイパーファストスクローリングに移行。スクロールが終了するとクリック感が復活する自動モードも加えた。
コーク事業所の開発担当者は「回転慣性でエネルギーを蓄えて走る、おもちゃの車にインスピレーションを受けて、シーハン氏のアイディアを実装しました。実際に既存のマウスにおもちゃから取り出した小型のフライホイールを取り付け、操作感がどうなるかを試したり、あるいはモーターでの自動切り替え機構などを試作したりしました」と話す。
ただしメカとしての仕組みが決まっても、実際にはどうやってコンパクトにまとめるかという問題が残る。マウスという製品の性格上、コストは限られている。また小型で手でつまみやすいデザインを低コストで……となると、何かをあきらめるのが普通だろう。 実際に完成したホイール部のメカを見ると、狭い場所によく押し込んだものだと感心する。「我々はマウスの開発で伸びた企業です。現在はさまざまな製品を出荷していますが、マウスの機能では妥協できません。僅かなコストで妥協するよりも、よりよいマウスが欲しいと思っていただいている、我々のマウスのファンに対してベストな製品を提供することを考えて、ここまで複雑な製品としました。技術的なハードルを低くするよりも、ユーザーの使い勝手を重視して、オリジナルのデザインコンセプトを活かす方向を選択したのです」とは設計者の弁だ。
●日本人にはピッタリのVX Revolution 実際の使い勝手だが、MX RevolutionはMX1000よりも持ち上げやすくホールドしやすくなった。スリムな筐体は手の小さなユーザーにもフィットするだろう。 肝心のホイールの使い勝手や親指部のジョグシャトルも、指が触れる滑り止めのゴムの触感がいい。クリック感のあるモードは、一般的なホイールマウスよりもクリック感が明確でラチェットレンチのような感覚だ。一方、フリーに回転するハイパーファストスクローリングモードは、回転が始まると14gの重量がある金属製ホイールが数秒間は回り続ける。なるほど、これは新しい感覚だ。ドライバ側でスクロール速度の加速機能を用いれば、回転速度に応じて超高速スクロールを“楽しめる”。 またドライバ側でホイールモードを「手動」にセットしておけば、ホイールクリックで両モードを行き来することも可能だ。さらに前述した自動切り替えを用いれば、自在に両スクロールモードを操れる。こうしたホイールの設定、あるいはボタンの機能などは、作用するアプリケーションごとに個別に設定できる。 また細かなことだが、滑りを良くするソールの材質がゲーミングマウスと同じテフロンソールになり、その面積も大きめなためか、実に安定感があるのだ。 MX1000、あるいはMX700の正常進化版を求めるならば、MX Revolutionは良い選択肢だ。しかし、個人的には日本ではVX Revolutionの方が受けが良いと予想している。 VX Revolutionは2モードのホイールアクションは同じだが、切り替えはモーターによる自動切り替えではなく、裏面にあるレバーを操作することで手動で切り替える。また親指位置のジョグシャトルはなく、その代わりに人差し指で操作するスライド式のスイッチが加えられている。検索ボタンは同じだ。 しかし適度なサイズや指の付け根から先のフィット感はMX Revolutionよりも良好。モバイルユーザー向けのコンパクト筐体のため、手のひらのサポートはないが、軽量で手で持ち上げやすく、特に手の小さい人はモバイル用ではなく普段使いのマウスとして良い。モバイル用としてはやや大きめの筐体が、逆に普段使いのマウスとしての良さを繋がっている印象だ。レシーバを内蔵可能(電源とも連動)な点など、使いやすさのポイントはしっかりと押さえている。 各社がフラッグシップに置く高機能マウスは、いずれもサイズが大きすぎる。そう思っている人には、MXではなくVX Revolutionを勧めたい。小型マウスに関してはマイクロソフトに使い勝手やデザインの面で一歩譲っていた感もあるが、機能的にもデザイン的にも、使いやすさの面でも、従来のロジクール製モバイルマウスよりも進歩している。 なお、2製品のドライバだが、Windows用に新型ホイール対応のSetPoint 3.01が付属する。Mac OS X用ドライバはCDでの添付はないが、WebからLogicool Control Centerの新バージョンをダウンロードすることで対応。Windowsと設定ユーティリティの操作性は異なり、検索ボタンもSpotlightとの連動になるが、大きな機能面での違いはない。現在はβ版でWebでの配布も開始されていないが、製品出荷時には正式版が公開される。
□関連記事 (2006年9月4日) [Text by 本田雅一]
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