MicrosoftのWindows Vistaが、いよいよ開発の最終コーナーを回った。βサイトには先日、リリース候補第2版がアップロードされた。CD版、DVD版に加え、企業向けボリュームライセンス版、企業向けのマルチランゲージキットなどがあり、英語版だけでなく日本語版、独語版、仏語版など各国用Windows Vistaが一斉に公開された。 現時点で、筆者の手元では日本語版のDVDイメージが半分しかダウンロードできないトラブルが発生している(2度試していずれも同じバイト数で失敗)が、サーバから消されたわけではないようだ。英語版についてはダウンロードが完了した。 とはいえ、あまり積極的にRC2の評価をする気にはなれない。安定性やパフォーマンスなど細かな完成度がRC1より高まっているようだが、根本的な部分、つまり“Windows XPよりも明らかに進んだところ”は存在するものの、決定的なほどの違いを生むとは思えないからだ。 もっとも、Microsoftに今以上に肥大化したOSを望んでいるのではない。肥大化させる以外に、OSの価値を高める方法はいくらでもあるのではないだろうか? Windows Vistaは近く世の中に投入されるが、その先を見据え、このOSをPCユーザーの利益のために技術面でもマーケティングの面でも、自らを正して再構築していくべきだ。 ●Windows VistaのSKU構成はユーザー本位か?
ご存知のようにWindows Vistaには低価格のHome Basic、企業向けのBusinessあるいはEnterpriseから、Home Premium、Ultimate Editionなど、さまざまな出荷構成が採用され、それぞれに含まれる機能やアップグレードの可否関係も異なる。 しかも企業向けSKU(製品)は企業向けSKUにしかアップグレードできず、コンシューマ向けも同じ。Home Premiumユーザーが企業ネットワークに接続しようと思うと、結局、全部の機能を網羅したUltimate Editionまでアップグレードするしかない。 企業向けと個人向けは明確に異なるという考え方は、ある意味正しい。しかし、日本でのPC管理の実情を考えると、必ずしもこうした構成がベストとも言い難い。 加えて筆者が試した範囲では、低位のバージョンから上位バージョンにアップグレードするためには、再インストールが必要となる。Windows Vistaは1つのディスクイメージから全エディションをインストール可能で、どのエディションがインストールされるかはプロダクトIDによって決まる。 インストールディスクのイメージが共通なのだから、プロダクトIDを入力し直すことでアップグレードすることも不可能ではないと思われるが、なぜかそうはなっていない。加えて上位バージョンへのアップグレードは、Webサイトを通じてMicrosoftから直接ライセンスを購入する必要がある(ただし、日本では流通経路でのアップグレード権販売も検討しているようだが)。 Windows VistaのSKU構成は、Microsoftとして売り上げを最大化しやすい構成のように見える。なんだかんだと機能が欲しければ、結局のところ、行き着くのはUltimate Editionしかなく、ユーザー本位ともOEM先本位とも言えない微妙な構成という印象が強い。 だが、本来のOSとはそういうものなのだろうか? ●ハードウェアを活かすことがOSの役目 本来、OSの役割はコンピュータハードウェアの機能を、より簡単にアプリケーションソフトウェアが引き出せるようにすることだ。 Ethernetを使ってIPネットワークに接続するための仲介役となり、その上で動作するメーラーやWebブラウザの動作を助ける。あるいはHTMLレンダリング機能をOS側で備え、アプリケーションはその機能を流用できる。GPUを用いて3Dグラフィックを描画するための仲介者として、GPUの機能や性能を活かしたアプリケーションの開発を促進する。ほかにも考えれば、いくらでも例は思いつくだろうが、OSとハードウェアには密接な関係があることに関しては異論はないのではないか。 ハードウェアの機能を活かすことがOSの重要な役割の1つとするなら、もっと柔軟なSKU構成を採用すべきだ。いや、そもそも、そのほとんどが箱売りされず、プリインストールにより商品の機能の一部としてOEM提供されているWindowsならば、もっと積極的にPCベンダーによるカスタマイズの幅を広げるべきだろう。ソフトウェアとはいえ、最終製品の一部として販売されるのだから、採用するPCベンダー側に必要な機能と不必要な機能を選ぶ権利ぐらいはあっていい。 小型のモバイルPC、たとえばソニーの「VAIO type U」のような製品を活かすには、それ専用に構成されたOSの方がフィットするに違いない。インストールで消費されるHDD容量だけで10GBもあるような巨大なOSが必要とは、誰も思わないはずだ。 現在のWindowsがOEMを基本としたビジネスを今後もしていくのであれば、PCベンダーが作りたい、開発したいハードウェアに合わせて柔軟な構成を取れるOSへと、Windowsを変化させていく必要がある。
実際、組み込みOSであるWindows CEは、モジュールごとに細分化され、必要なOS機能だけを製品の中で利用可能なライセンス形態になっている。たとえば、カーナビ用OSとしてはWindows CEが圧倒的に高いシェアを持っていると言うが、それがWindows CEだと意識しているユーザーは少ないのではないだろうか。 MicrosoftはWindows CEを組み込む機器に関して、いくつかの有望なカテゴリに絞ってOS機能だけでなく、その上で動作するアプリケーションセットも作り、特定のモジュールの組み合わせをもってHandheld PCやPocket PCといったエディションを作っていた。しかしこの方針を転換し、より柔軟な構成を採用可能になって、Windows CEは伸びたのである。これは単にライセンス料金の問題ではなく、カーナビベンダーの作りたいハードウェアに沿った適切なOSが得られるようになったことも大きい。 ●たとえばモバイルユーザーには 古くからのPCユーザーはご存知だろうが、実はMicrosoftは、上記のようなハードウェアのコンセプトに合わせた特殊なWindowsを過去に開発したことがある。 ヒューレット・パッカードが'92年に発売した「Omnibook 300」というノートPCは、フルサイズキーボードを装備しながら1.3kgと、当時としては驚異的に軽量なボディを実現。さらに9時間のバッテリ駆動時間をも実現していた。 そうしたモバイル性能を実現できた理由は明快。反射型モノクロ液晶を搭載し、さらにフラッシュメモリをストレージとして採用していたからだ。コンパクトフラッシュスロットを2基備え、片方にROM化されたWindows 3.1とWord 2.0、Excel 4.0、Laplink(ファイル転送ソフト)を収めていた。 Microsoftは10MBのフラッシュメモリでも、これらのアプリケーションが動作するよう、不要なファイルや機能を削減した特別製のソフトウェアを供給したのである。 Omnibook 300は動作速度こそ遅かったが、しかしオフィス外での作業を強いられるビジネスユーザーに根強い人気を誇った。ファイル同期やデータの可搬性といった考え方が定着していない当時に、きちんとLaplinkまでをセットでインストールし、携帯機の使い方を明確に提案していた点もユニークだ。 今となっては昔話に出てくるクラシックなマシンだが、ビジネスユースで本当に使えるモバイルPCを作りたいというHPの企画に対してカスタムOSを提供できたからこその製品である。 Windows Vistaは、確かに個別の機能を見ていけば、それぞれに優れた部分が少なくない製品だ。しかし、すべてのユーザーが、すべてのシチュエーションで、すべての機能を必要としているわけではない。 Omnibook 300の時代より、遙かにユーザーの幅が拡がってきた現在、ユーザーニーズの細分化に対してハードウェアとソフトウェア、両面からユーザーシナリオにぴったりとはまる製品を作るために必要なのは、すべての機能を1つのバイナリで提供するメガOSではない。コンセプトに柔軟に対応できるソフトウェア環境を構築するための仕組み作りに、“OSベンダー”としてMicrosoftには取り組んで欲しいものだ。
□関連記事 (2006年10月12日) [Text by 本田雅一]
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