笠原一輝のユビキタス情報局

コピーワンスだけじゃない、
地デジへの移行に残された問題



情報通信審議会より発表された、第3次中間答申に関する報告

 総務省の審議会である情報通信審議会は、8月1日に第15会総会を開催し、2011年のデジタル放送への全面移行を実現するため、現在“コピーワンス”のルールで運用されている録画機能に関して、JEITA(社団法人電子情報技術産業協会)などにより提案されている“EPN(Encryption Plus Non-assertion)”と呼ばれる新しいルールへと移行することを、放送事業者や受信機メーカーなど関係者に対して検討を要請するという中間答申を採択した。

 だが、デジタル放送に絡む問題は、コピーワンスをEPNにしたからといって解決する問題ではない。現在のデジタル放送は、コピーワンス以外にも、受信機メーカーの手足を縛るB-CASカードという問題を抱えているし、今後我が国のコンテンツ流通の仕組みをどうしていくかというもっと大きな問題について、まだまだ考えていくべき余地を残している。


●コピーワンスからEPNへの移行を検討することを促す中間答申

 情報通信審議会が出した「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」についての第3次中間答申については、その概要と本文が総務省のWebサイトで公開されている。また、総務省のWebサイトでは、8月1日の総会の模様をWebキャストで公開しているので、こちらも合わせてご覧になることをおすすめしたい。

 今回の答申のハイライトは、放送事業者と受信機メーカーに対してコピーワンスをEPNに移行させることを促す内容となっている。コピーワンスとは、放送事業者側が番組に対してあらかじめ設定しておいたコピーフリー(自由に録画、コピーできる)、コピーワンス(録画はできるがコピー不可)、コピーネバー(録画もできない)というフラグに応じて、受信機側が動作する仕組みのことだ。現在の地上波デジタル放送ではすべての番組がコピーワンスに設定されており、ユーザーは記録型DVDへのムーブ(移動)のみが許可されている状態。しかもムーブに失敗すると録画番組が消えてしまうなど、さまざまなトラブルと隣り合わせの状態だ。

 そこで、今回の答申では、コピーワンスの仕組みをEPNへの変更を検討することを促している。EPNに関しては詳しくは僚誌AV Watchの記事を参照していただきたいが、簡単に言えば、現行のコピーワンスの仕組みをそのまま利用して、放送番組にEPNのフラグが立っている時には、受信機はEPNに対応した機器でしか再生できない暗号化を施すというものだ。

 重要なことは、コピーの世代制御が無いことで、ユーザーは何回でもコピーをすることができる。つまり、ポータブル機器への転送や対応メディアへのコピーなどは、制限が無くなり、ユーザーの使い勝手が現在よりも大幅に改善される。また、暗号化によりインターネットなどの流出を防ぐことも可能になっており、コンテンツ所有者側の懸念にも配慮されている。

●2011年アナログ停波に向けて“なりふりかまっていられない”総務省

 そもそも情報通信審議会は、総務省で情報通信政策に関するさまざまな検討を行なう審議会なのだが、なぜここでコピーワンス問題が取り上げられたのだろうか。

 それは、現在のコピーワンスの仕組みがデジタル放送普及の阻害要因となってしまっているからだ。前出の“地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割に関する第3次中間答申”では、「2011年のデジタル放送への全面移行の確実な実現」という検討目的と、前項までに示した議論の経緯に照らして考えるに、仮に、デジタル放送の著作権保護の現状と、これに関する視聴者に対する説明のあり方等について、視聴者に目に見える形で、何ら具体的な改善が見られない場合には、今後視聴者の十分な理解を得つつ、デジタル受信機の購入や買い替え等を進めていくことは極めて困難であると言わざるを得ない。」(総務省 情報通信審議会 第3次中間答申 地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割より抜粋)とコピーワンスの仕組みそのものがデジタル放送受信機の普及の阻害要因になっていると指摘している。

 総務省としては何より優先させたいのは2011年に予定しているアナログ停波だ。というのも、これまで総務省は、アナログ停波に向け、アナ・アナ変換などに多額の費用(つまり税金だ)を投入してきた。それで2011年にアナログ停波ができなかったとしたら、非難の矢面に立たされることは容易に想像できる。

 だが、現実にはアナログ停波はかなり難しいと言わざるを得ない。実際、情報通信審議会の臨時委員で今回の審議会で説明を行なった慶應義塾大学の村井純教授は「2011年にデジタルへの完全移行を果たすには、なりふりかまわずやることがあるだろうという状況だ」と述べている。だからこそ、そうしたデジタル放送への移行に障害になるものが1つでもあるなら、それを取り除きたい、それが総務省の意志と考えていいだろう(審議会が官僚の意志を反映したものであるのは常識と言っていいだろうし……)。

 なお、公開された答申の中では、コピーワンスの仕組みが策定された経緯などにつき「当審議会としては、視聴者や著作権者という、デジタル放送の受益者や、コンテンツ制作にも直接関与する立場の者から、現在の著作権保護のあり方についての検討過程等に不透明な部分がある旨の指摘があったことは、放送のデジタル化に係る行政をはじめ、放送事業者、受信機メーカー等関係者が特に重く受け止める事項と考える。」(同、抜粋)という指摘がされているが、まったくもってその通りだ。

 これはARIB(社団法人電波産業会)などにおける規格策定のプロセスが、透明性が足りないと明白に指摘されているということであり、今後、ARIBなどで規格策定を行なう際には、視聴者を参加させるなど、改善策を望みたいものだ。

●地上デジタル放送でのB-CASカードの取り扱いに関しても見直しが必要

 総務省がこうした方針を打ち出した以上、コピーワンスからEPNへという方向性が揺らぐことはないだろう。総務省が放送免許の許認可権という放送事業者の“生殺与奪権”を握っている以上、放送事業者の側がその意向に反対するということはあり得ないからだ(むろん、EPNを提案してきた受信機メーカーが反対することも経緯から考えてあり得ないだろう)。

 だが、コピーワンスに代えてEPNを導入したからといって問題がすべて解決ではない。もう1つ地上デジタル放送の大きな問題として残っているのが、B-CASカードの問題だ。B-CASカードはビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ(以下、ビーエス)が発行するICカードで、地上/BS/CSデジタル放送はいずれもこのB-CASカードを利用して暗号化の解除を行なうので、機器ベンダはこのB-CASカードをビーエスから供給されて機器に添付する必要がある。

 B-CASカードの問題は、その発行プロセスだ。現在のところ、日本において地上/BS/CSデジタル放送を受信する機器を販売するには、ビーエスの審査を受けてカードを販売してもらわなければならない。問題となるのは、その審査の内容だ。機器ベンダの関係者が口を揃えて言うのは、ビーエスに対してその機器を説明し、ビーエスの承認を得た機器に対してだけカードが発行される仕組みになっているという。つまり、どの機器にB-CASカードが発行されるかはビーエスの胸積もりだということだ。

 よく言われることだが、なぜPC用のデジタル放送受信チューナカードが単体で発売されないのかと言えば、マザーボードとの組み合わせでないと認可がされないためB-CASカードが添付できないからだと言われている(実際に、TVチューナベンダはそうした説明を行なっている)。

地上デジタルTVチューナを搭載したVAIO type R。B-CASカードスロットが背面に用意されている

 おそらく、ビーエスの側にも言い分はあるだろう。彼らとしてもきちんとARIBで規定されている仕様を満たした機器にだけB-CASカードを発行するという大義名分がある。だから、それをチェックしている、そういうことだと思う。あるメーカーの関係者によれば、実際にはビーエスは機器の正当性をチェックする機能は持ち合わせていないので、何かあった時に責任をとるという念書のようなものをとるだけだということなのだが、B-CASカードをどのメーカーに対して発行するかをビーエスが判断することで、コピーワンス体制を担保している、そういうことだろう。

 誤解しないで欲しいのだが、筆者はビーエスが悪いと言っているわけではない。ビーエスが、どの企業にB-CASカードを販売するかはビーエスの自由であり、民間のビジネスである以上それは当たり前のことだ。問題は、公共の無料放送という、本来は国民の財産である電波を受信する機器を製造する自由を、一民間企業が縛ってしまっているという仕組みにあるのだ(そういう意味では、その仕組みを考え出した人は罪深いが……)。“公共の電波”を受信する機械が発売できるかどうかが、一民間企業の判断にまかされている、やはりこれは正常な状況だとは言えないだろう。

 筆者を含めた受信者は、ビーエスに対してそうした権限を与えた覚えはないわけで、やはりこちらも不透明な仕組みだと言わざるを得ないだろう。有料放送のBSデジタルやCSデジタルに関しては、そうした仕組みがあってもいいと思うが、公共の財産と位置付けられている、無料放送の地上デジタル放送でのB-CASカードの扱いに関しては早期に見直す必要があるだろう。

●もっと大きな観点で放送、通信、コンテンツの位置付けの見直しを

 現在デジタル放送でもっとも損をしているPCユーザーだが、コピーワンスがEPNに見直され、さらに筆者が指摘したように今後B-CASカードに関しても見直しが行なわれるようになれば、かなりの不満は解決されることになるだろう。

 だが、もうちょっとマクロな視点に立ってみると、依然として放送と通信の融合、放送とコンテンツの分離という問題はなにも解決していない。筆者はこの連載の中で、たびたび放送とコンテンツの分離ということを訴えてきた(関連記事参照)。その論点は、放送免許要件のソフト、ハード分離という点にあることも指摘した。要するに、コンテンツと融合してしまっている放送と、コンテンツを今持っていない通信は公平な競争にならないということだ。残念ながら、今回の情報通信審議会の答申でもその点に関しては触れられていない。

 だが、どこかの段階で、このことをなんとかせざるを得ない時期がくると筆者は思う。というのも、我々日本人のライフスタイルも、20世紀とは大きく変わってきているからだ。放送という、大量の機器に一度に情報を配信できる方式は、人々の趣味が多様化していない時代には有益だったと思う。いわゆる“一億総中流”という言葉はすでに過去のものとなりつつあるが、中流意識というのは、収入の面でもそうだったが、ある意味人々の嗜好もかなり似通っているという意味を含んでいたと思う。そうした大衆に対して、放送はマッチする仕組みだった。

 だが、21世紀に入り、明らかにそれは変わりつつある。最近はマスコミでは“格差社会”という言葉が頻繁に使われる(個人的には格差リシャッフル社会だと思うのだが、話の本筋とは関係ないのでそれはおいておこう……)。実際、前回の総選挙で日本の有権者が選択した社会はアメリカ型の自由競争社会ということになると思うのだが、そうした社会では収入にも格差は出るし、ライフスタイルもこれまでよりもさらに多様化していくことになる。

 そうした社会に対して、数チャネルしかない放送はすべてをカバーすることはできないのは明らかだ。だから、通信であるインターネットやその他手段を利用して補完していかなければならない。そうした時に、放送と通信が公平に競争できないような、“放送免許”なる参入障壁は、あってはならないと思う。だから、インフラはインフラ、コンテンツはコンテンツとして分離し、インフラはインフラ同士で、コンテンツはコンテンツ同士で競争すべきだ。競争こそが、産業発展の基本であることはここで筆者が繰り返すまでもないだろう。

 大事なことは、放送はあくまで国内向けだけのビジネスであるけれど、コンテンツは世界に通用するビジネスであるということだ。日本が21世紀に向けて発展していく上で、この点は絶対に避けて通れない問題だと筆者は思う。ぜひとも、総務省の審議会でもそうした議論を展開することを期待したいところだ。

□情報通信審議会のホームページ
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/
□第3次中間答申報告
http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060801_4.html
□第15回総会 審議中継
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/chukei.html
□関連記事
【8月2日】地デジのコピーワンスを見直し。「EPN」運用へ(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20060802/soumu.htm
【1月11日】JEITA、「コピーワンス見直し」について提案内容を説明(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20060111/jeita.htm
【2005年12月1日】【笠原】楽天問題に見る、デジタル時代に合わせた放送免許要件の見直し
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1201/ubiq133.htm

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(2006年8月11日)

[Reported by 笠原一輝]


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