楽天によるTBSの統合問題は、“和解”という言葉こそ使われているものの、楽天側が経営統合提案を取り下げるという形で、明らかにTBS側の勝利に終わった。2月に起こったライブドアによるフジTVの買収問題に続き、今回も放送事業者側の勝利となった。 筆者の正直な感想として、TBSが今回の楽天の提案に乗らなかったことは、長期的に見てTBSの関係者(特に社員)にとってよくない選択だった、ということになるだろうと思っている。というのは、今回の楽天によるTBSの買収が実質的に失敗したことで、IT業界は今後、行政に対して“放送行政の見直し”を働きかけて行くと思われるからだ。 ●放送免許の要件となっている“ソフト・ハード一体” 放送行政の見直し、というのは一体何か、ということになるが、以前のコラムでも述べたとおり、簡単に言えばコンテンツと放送の分離ということだ。 現在の放送法のスキームにおいて、総務省は放送免許に“ソフトとハード一体”という条件を付けている。つまり、放送局が自前でコンテンツを作ることができ、かつ放送のハードウェア(つまり電波を送信するための設備)を所有しているという2つを満たさない限り放送免許を与えないという方針だ。 これは放送法には明記されていないが、総務省の方針として過去に大臣談話などの形で明らかにされている(昨年7月の朝日新聞の報道によれば、麻生総務大臣(当時)が「今のところ分離は考えていない」と発言したという)。 このソフトとハード一体という条件自体は、TV放送が始まった時代には致し方ない面があった。というのも、当時は動画コンテンツを作る会社というものはほとんど存在しておらず、放送事業者が作るしかなかったからだ。だから、これが放送免許を与える条件になっていたのは妥当な判断だったと言える。 ●放送とコンテンツ一体化による弊害 だが、すでに時代は大きく移り変わろうとしている。TV放送が始まった時代には、ユーザーにコンテンツを届けるパイプを果たすのは、TVやラジオ放送、そして映画くらいしかなかったので、コンテンツと放送が一体でも特に大きな問題はなかった。 しかし、現代では放送以外にも、さまざまなパイプ(提供形態)がすでに整備されている。例えば、パッケージメディアだ。古くはビデオテープで、現在はDVDとなっており、さまざまなコンテンツがパッケージとして販売されている。そして、最近注目を集めているインターネット配信もその1つと言えるだろう。つまり、現在では大きく言って放送、パッケージメディア、映画、インターネットと4つのパイプが存在している。 こうした状況の中、本来のあるべき姿は、それぞれのパイプが競争している、という姿だ。
実は、米国ではすでにほぼこうしたモデルになっている。米国ではハリウッドという強力なコンテンツホルダーがコンテンツ制作会社として存在しており、ハリウッドが自らの意向でコンテンツを映画に流したり、TVに流したり、ネットに流したり、DVDとして販売したりしている。どのパイプを使うかは、端的に言えばどのパイプが一番儲かるか、ということが基準になっている。つまり、資本主義の原則である“競争原理”が働いている訳だ。どのパイプが生き残るかは競争原理によって決まっている。 日本では、以下のようなモデルになっている。
コンテンツ作成会社の多くはTV局の資本が入っており、ほとんどのコンテンツはTV局のために作られる。まずTV局向けに使用された後で、再配信という形でDVDで販売されたり、インターネットで配信されたり、映画に作り直されて公開される、という形になっている。こうした状況では各パイプ間で競争は働かない。 ●放送免許要件の見直しで起こる競争の促進 楽天が自前で放送免許を取得する可能性はどうだろう。これは無理だ。というのも、電波の周波数帯は有限で、すでにUHF帯では開放できる電波がないからだ。だから新規参入を認めるのは難しく、既存の放送事業者が破綻でもしない限り無理なのだ(だからライブドアや楽天は既存の放送事業者を買収しようとしたわけだ)。 やはり、もっとも現実的な解は、放送におけるソフトとハードの分離だ。その実現のためには、放送行政を司る総務省自身がこの考えに立つ必要がある。 放送免許の要件からソフト・ハード一体の件を外した時、現在の放送事業者を待ち受けるのは何か? 例えば国が政策としてソフトとハードを一体で事業としてやることを禁止するなどの強硬な政策にでた場合、放送業者は事業をかなりの速度で分割する必要がでてくる。そうした時には、楽天がTBSに提案したような現在の人事制度や給与体系を維持するという条件はもはや出てこない。 もし、楽天がTBSとの経営統合に成功していれば、こういった強硬な意見がIT業界からも出てくる可能性は低くなるだろう。これが、筆者が冒頭で述べた、TBSの関係者にとっては楽天との経営統合がうまくいっていた方がよかったという理由だ。 ●総務省に求められる放送行政の早急なる見直し、竹中大臣に期待 今後IT業界は、現在の放送事業のあり方について政府に変更を働きかけていくと思われる。実は、状況的にはそうした方向に向かいつつある。 この前の選挙で、日本の国民がした選択はヨーロッパ型の大きな政府で競争の少ない社会から、米国型の競争の激しい社会だというのは多くの識者が指摘している通りだ。そうした考え方の下、放送免許という参入障壁に守られた放送事業が現在のままでよい、というのは日本が向かおうとしている競争社会という観点からもおかしいと思われる。 筆者は、日本の放送事業者とその資本下にあるコンテンツ作成会社が作るコンテンツは世界的に見ても競争力があるものだと思っている。例えば、米国の家電量販店などに行くと、DVD売り場に日本のアニメ専門コーナーができている。現在はこうしたビジネスは小さい規模にとどまっているが、本気で取り組めばハリウッドに対抗できるような規模の大きなビジネスになりうると思う。 だが、現在の放送事業のあり方は、放送事業者にとっても一種の足かせになっている。放送とコンテンツを切り離せば、新しいビジネスモデルが展開できるはずで、むしろ放送事業者(すでにその時点では放送事業者ではなくなる訳だが)にとっても大きなチャンスだと筆者は考えている。 そうした意味で、放送行政を司る総務省の大臣に竹中平蔵氏が就任したことは、注目すべき動きだと筆者は期待している。今のところ郵政民営化のばかりに注目が集まってしまっているが、これまで永田町の常識を変えたきた竹中大臣だけに、ぜひとも放送行政や放送法そのものの見直しにも手をつけて欲しいものだ。 □関連記事 (2005年12月1日) [Reported by 笠原一輝]
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