6月7日夕刻――。レノボ・ジャパンの荒川朋美執行役員をはじめとする同社ビジネス開発事業部の社員は、会議室で熱い議論を繰り広げていた。 テーマは、「期間限定のプライスアクション」。デルや日本ヒューレット・パッカード(日本HP)が、新聞広告などで積極的に展開している台数限定、あるいは期間限定のキャンペーン価格による販売手法に、レノボも参入するかどうかというものだ。 荒川執行役員は、「最低価格の製品レンジでは十分な価格競争力がある。だが、その上のクラスの製品ではどうか」と切り出した。 会議室では、いくつもの意見が交わされた。その結果、荒川執行役員は、特定モデルに限定して、プライスアクションを開始することを決定した。
110,250円で販売していたLenovoブランドのA4ノートPC「Lenovo 3000 C100(NL612BJ)」を、6月26日までの期間限定ながら、89,880円で販売するというのだ。 しかも、驚くことに、翌日となる6月8日から、これを開始するというのである。 午後7時過ぎに、この結論を聞いた社内関係者は、自らの会社のことながら、そのアクションの素早さに度肝を抜かれた。 「本当に明日からできるのか」――。 夕刻の決定事項を、翌日から実施に移すというのは、これまでのレノボ・ジャパン、ましてや旧日本IBMの体質を知る者にとっては、信じがたいものだった。 同社では明らかにしていないが、このキャンペーン価格は、近日中に新聞に広告の形で掲載されることになる可能性が強い。 つまり、レノボ・ジャパンは、デルや日本HPが得意とするキャンペーン価格による施策に対しても、真っ向から対抗していくことを、この時、決定したともいえるのだ。 ●いきなり価格を表示した記者会見 この会議が行なわれる前日の6月6日に開かれたLenovo 3000ファミリーの新製品発表の会見で、荒川執行役員は、プレゼンテーションの最初のスライドに、いきなり価格を表示して見せた。 「CoreDuo搭載B5ノートが129,990円!」と書かれたスライドを指しながら、「レノボが、会見の最初に価格に触れたのは今回が初めて」と前置きしたあとに、具体的な仕様や製品の狙いなどの説明を開始した。そして、製品説明が終わったあとに、もう一度価格のスライドを表示してみせながら、「前日の段階で、競合他社のサイトを見て価格を比較してみた。この価格は、残念ながら、デルの同等性能の製品と比べて35円高い。なぜ、あと35円安くできないのか、と社内に言いたい」とまで言い放った。
レノボが、ここまで価格にこだわる発言をしたのは初めてのことだ。それだけ、レノボは、Lenovo 3000ファミリーの価格戦略に対して意欲を見せているのだ。 ●ビジネスモデルを2つに分割 レノボは、先頃、ビジネスモデルを大きく2つに分割した。 その2つの異なるビジネスモデルをそれぞれ担う組織が、エンタープライズ事業部(Relationship Sales)とビジネス開発事業部(Transactional Sales)である。 エンタープライズ事業部は、従業員数で500人以上の企業を対象とするビジネスを担当するチームだ。ここでは、旧日本IBMの業種営業部門による直販を中心に、ThinkPadシリーズなどを核としたBTOによるビジネスを担う。 「購入の稟議を通すのに、2週間以上かかるといった企業からは、その間、PCの価格を変更しないでくれと言われる。また、長期間に渡って、サポートして欲しいといった要望や、企業の要求仕様にあわせたスペックで納品して欲しいといった声に対しても、競合他社の動きにあわせて仕様や価格を変更したり、モデルチェンジを頻繁に行なうのは困るという声も聞かれる。こうしたユーザーに対するビジネスがエンタープライズ事業部の対象になる」と、レノボ・ジャパンの石田聡子執行役員は説明する。 一方、荒川執行役員が担当するビジネス開発事業部は、従業員数500人以下の企業を対象に、パートナーを通じた販売を行なうというものだ。同事業部での取扱量では、まだThinkブランド製品の比率が高いが、この分野に最適化したのはLenovo 3000ファミリーだと、荒川執行役員は位置付ける。
「中小企業やSOHOといったユーザーに対して、ちょうどいい機能と、ちょうどいい価格を実現した製品を用意し、これを当社が在庫して即納する。中小企業の担当者が、機種の選択に迷わないように、ラインアップ数を絞り込むのもLenovo 3000ファミリーのビジネスモデルの特徴だ」と語る。 そして、このビジネスモデルにおいては、価格戦略が重要な柱のひとつだと語る。 荒川執行役員は、ビジネス開発事業部の中に、こうした価格戦略に柔軟に対応するためのチームを新設した。 ここでは、4Pと呼ばれる検討を行なうという。 4Pとは、「プロダクト」、「プライス」、「プレイス」、「プロモーション」であり、どんな製品を、どんな価格で、どの流通ルートを通じて、どのようなプロモーションによって販売するか、を検討するのだ。 「競合他社の動きを見て、迅速に価格を変更する。それを決定できる権限をこのチームには持たせている」 翌日対応どころか、場合によっては数時間での価格変更まで可能にするという。 今回、プライスアクションの開始を会議で決定した翌日に、実際に価格変更に踏み切れたのも、このチームの存在が見逃せない。 つまり、すでにレノボ・ジャパンの中には、価格を柔軟に変更し、それを即日に行動に移せる体制が整っているのだ。 ●中国市場から学んだ営業施策 荒川執行役員は、2005年5月のレノボ・ジャパンの立ち上げ時にブランド&マーケティング担当役員としての役割を担ったあと、2005年7月から、アジアパシフィック地域のマーケティング担当として、自らの活躍の場を、中国市場を含むアジアパシフィック全体へと移した。 ここで荒川執行役員は、中国においてレノボが成功している理由を目の当たりにしたという。 中国市場は、全世界で唯一、デルが苦戦を強いられている市場でもある。直販モデルのデルの強みは、価格変更が容易に行なえるという点だ。これに対して、レノボをはじめとするPCメーカーの多くは、パートナー戦略を展開していることから、価格改定を決定したしても、それが末端の販売店に到達し、実行に移すには時間がかかり、結果として、十分な競争力を発揮できないという状況に陥る。裏を返せば、デルが全世界で通用させている勝ちパターンが柔軟な価格戦略ということになる。 だが、中国でのレノボの展開を見て、荒川執行役員は驚いたという。パートナーによる販売を中心としながらも、末端の販売店まで情報が一気に流れる仕組みができあがっており、直販のデルと対抗できる柔軟な価格戦略を打ち出せるというのだ。つまり、柔軟な価格設定と、それを展開できる仕組みこそが重要なのである。 「最初は、中国企業の流通施策に、果たして学ぶところがあるのか、という高慢な考えもあった。だが、実際に、身を置いてみて、そのなかから多くのことを学んだ」と、荒川執行役員は語る。 そして、その経験の結果が、今回の迅速なプライスアクションにつながっているというわけだ。 ●価格対応はタイムリーに、そしてシビアに レノボ・ジャパンは、いよいよ価格戦略を本腰を入れて打ち出し始めたといえる。 もちろん、同社のビジネスの基本は、ThinkPadを中心とした付加価値戦略であり、Lenovo 3000ファミリーにおいても、価格訴求よりも、「ちょうどいい」という付加価値を加味した戦略が、これからも前面に出ることは間違いがないだろう。 だが、価格訴求にも柔軟に打って出られる体制を作ったレノボ・ジャパンは、これまでとは異なるPCメーカーに生まれ変わったのは間違いない。 「競合他社との価格コンぺティションに対しては、タイムリーに、そしてシビアにやっていきたい」と荒川執行役員は言い切る。 レノボ・ジャパンは、今日(6月8日)から始まったプライスアクションを皮切りに、矢継ぎ早に手を打ってくるのは間違いなさそうだ。
□レノボ・ジャパンのホームページ (2006年6月8日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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