日本でも4月4日に発表になったマイクロソフトの“Origamiプロジェクト”こと「Ultra-Mobile PC(UMPC)」。 マイクロソフトが発表する久々の新カテゴリーの製品、しかも日本人好みの小型のモバイル機器--日本市場を湧かせる要素を揃えながら、マイクロソフト自身の姿勢はきわめて慎重だった。「モバイル製品に最も厳しい目を持つ日本で、さまざまなフィードバックを受けたい。そして、その成果を今後の製品に反映したい」という言葉が繰り返し語られ、逆に華々しい販売目標といったことは一切語られなかった。マイクロソフトはなぜここまで謙虚な姿勢を見せるのか。 ●最新スペックよりも手頃な価格を優先
日本でUMPCを担当するするWindows本部ビジネスWindows製品部 飯島圭一シニアプロダクトマネージャは、タブレットPCの担当者でもある。2005年には、Tablet PCの話題でこの連載にも登場。「前年の10倍の売り上げを目指す」というかなり強気な目標を示した。 飯島シニアプロダクトマネージャにその点を確認すると、「おかげさまでTablet PCの販売は順調に進んでおり、前年の10倍の売り上げという目標はクリアできるものと考えている」と強気な見方は変わらない。 だが、それに比べてUMPCに対しては記者会見同様、「最初の段階では、日本のユーザーの声を聞くのが第一」だという。マイクロソフトは、なぜ、ここまでUMPCに対して慎重で謙虚な姿勢を見せるのか。 もちろん、発表後すぐに100万単位のユーザーを獲得するのは難しいだろう。だが、日本のヘビーユーザーはモバイル製品好きだ。それは2005年12月に発売になったウィルコムの「W-ZERO3」の発売直後の盛り上がりを見れば明らかである。せめてヘビーユーザー向けに、もっとアピールしてもよさそうなものではないか。 それに対し飯島シニアプロダクトマネージャは次のように説明する。 「ヘビーユーザーの皆さんは、最新スペックを求める傾向がある。それに対し、UMPCの基本構成は決して最新スペックを追求したものではない。基本構成の策定を行なう中で、最新スペックを追求しようとすればもちろんできた。その代わり、価格が40万円、50万円になってしまう。今回は最新スペックよりも、価格を優先したため、ヘビーユーザーの皆さんに満足してもらえるような最新機能の追求ができなかった。そのため、今回発表した基本構成では、日本のヘビーユーザーの皆さんの大きな支持を受けることは難しいと考えた」 基本構成ではCPUについては言及されていない。だが、「求めやすい価格」という特徴をもつとされているため、それを実現するためには飯島シニアプロダクトマネージャの指摘通り、最先端のCPUなどを投入することは難しい。 価格を優先したためだろう、バッテリ駆動時間も「2.5時間以上」と、モバイルという割には時間が短い。 「今回は価格を優先したため、汎用的なハードウェアを利用する必要があり、基本構成ではバッテリ駆動時間も最低限のものとするしかなかった。この点に対する意見も色々と寄せてもらえば、それを本社にフィードバックしていく」と飯島シニアプロダクトマネージャは説明する。 今回発表されたものは、「実際に製品を利用してもらって、日本のユーザーからさまざまな意見を寄せてもらうための最初の一歩」ということのようだ。 ●対応ハードが少ないのは準備期間不足が原因 UMPCの記者会見に地味な印象を受けた理由の1つが、UMPCを搭載したハードウェアの発売を表明しているベンダーの数が少ないことだと思われる。Intel CPUベースのものは2006年の第2四半期にFounderおよびSamsung、その後しばらくしてASUS。VIAのプロセッサを使用したハードウェアを搭載すると表明しているのは、2006年第2四半期にTabletKioskとPBJ。合計5社にとどまっている。 マイクロソフトの発表と共に主要ベンダー各社がずらりと対応製品を並べてアピールをする……そんないつもの光景が、今回の発表にはなかった。 特に小型のモバイル製品といえば、日本のハードメーカーの得意分野のはず。にもかかわらず、NEC、富士通、東芝といったマイクロソフトとの協業ではお馴染みのハードメーカーも対応製品を出していない。これには何か理由があるのだろうか? それに対する飯島シニアプロダクトマネージャの答えは、「それは単純に時間的な問題だと考えてもらっていい」というものであった。 「通常の製品に比べ、UMPCの準備期間は遙かに短く、1年弱の準備期間しかなかった。そのため、発表段階では準備が出来ていないところも多かった。マイクロソフト側から発表することはできないが、今後各社からアナウンスがある予定となっている」 日本のハードメーカーが製品を用意しなかったのは、すでにTablet PCやWindows CEの機器を販売しているので、競合を避けるためなのかなど、うがった見方もしていたが、「そういった事実はない」という。 既存のTablet PCやWindows CEがビジネスマーケットを狙っているのに対し、UMPCはコンシューマ市場をターゲットとしている。 「もちろん、UMPCの発表後、特定業種向け等に販売したい、使いたいといった要望もたくさんもらっている。そういう用途にも応じていくが、それと共に、コンシューママーケットを狙っていくのが、UMPCの戦略」 コンシューママーケットを狙うといっても、通常のPCの「なんでも使える」というアプローチだけでなく、「この用途に最適」とある特定の用途を意識したハードウェアが登場する可能性もあるそうだ。 例えば、UMPCに標準搭載されている数字パズル。熱心な数字パズルファンもいるため、このゲームをやるための専用機としてUMPCを購入してもいいという反応もあった。 「紙とは違い、正解がすぐに出るところに価値を見出してもらったようだ」(飯島シニアプロダクトマネージャ) こうした用途別の製品を揃えていくことで、マーケットを広げていくというのがマイクロソフトの計画だ。価格を抑え、サイズを小さくしたことで、思い切ったターゲティングをするという発想も生まれているようなのだ。 ●常識にはとらわれない小学生の自由な使い方に期待 特定用途の1つといえるのが、発表会で大きく取り上げられた教育マーケット。 日本での活用事例として立命館小学校での導入を決定したのも、「小学生の利用という事例を作っていくことと共に、UMPCを自宅に持ち帰って、家族がどう活用していくのか、それを現場で確認したい」という狙いがあるからだという。 大人はともかく、小学生がUMPCをうまく利用できるのか? と考えてしまうのは大人の発想。生まれた時からゲーム機が存在している小学生は、PCに臆することがないそうだ。 「UMPCではなくTablet PCの事例だが、小学生は上手にペン入力機能を利用する。おそらく、マイクロソフト日本法人の誰よりも上手に利用しているのではないか」 例えば、小学生は、Tablet PC上に線を引くため、画面に定規をあてて入力用のペンを使っていた。それを見た飯島シニアプロダクトマネージャは、「知っているこちらからすれば、定規なんか使わなくても線は引けるんだと言いたくなるところだが、実は固定観念がない小学生の方が、Tablet PCの新たな活用法を生み出す可能性がある」と感じたそうだ。 こうした実感を得ているからこそ、「UMPCも小学生に使ってもらうことで、我々には見えなかった新しい可能性を見出してくれるのではないかと期待する」ということになる。 ただし、小学生が持ち歩くとなると、利用環境はかなり過酷になる可能性がある。大人のように、「PCを持ち歩いているから……」といった配慮もしないだろう。PC入りのカバンを振り回したり、下手をすればPCに砂がかかるといった事態だって考えられる。 「確かに利用環境は過酷になるかもしれない。持ち歩きの際の衝撃対策としては、サプライメーカーと協力し、衝撃を和らげるケースの開発も検討している。ただ、そういった点も含めて、実際にどう利用されていくのか、フィールドワークこそ重要だと認識している」 ●自由な発想で利用する小学生への期待 記者会見には、この4月から立命館小学校の副校長に就任した陰山英男氏が登場。100マス計算を代表とする反復学習による「陰山メソッド」をPC上で実現した「電脳陰山メソッド」が紹介された。記者会見の席で見せてもらったのは、ペン入力ができるUMPCの特徴を生かし、PC上で正しい書き順で漢字を書く練習。 PCで漢字の書き順を学ぶことができるのか? とも思ったが、PCには、練習の記録を蓄積していくことできるという特性がある。この特性を生かすことで、紙の練習帳では難しい、利用者の傾向にあわせた問題を出題できる。陰山氏は、その点を以前から評価していたそうだが、「手で書く」機能がなかったため、学校でPCを利用することができなかったのだという。Tablet PCやUMPCの手書き機能を利用すれば、その問題点がカバーできる。 ところでこの電脳陰山メソッド、小学生の学習用に利用できることはもちろんだが、大人でも十分に利用できそうだ。漢字の書き順学習は、学習目的にも利用できるが、自分がどの程度しっかり書き順を覚えているのか、ゲーム感覚で楽しむこともできるのではないか。また、高齢者が利用すれば、計算などの作業はボケ防止にも効果的……という指摘もある。そういった広がりを考えると、教育分野への注力は、学校マーケットだけではなく、任天堂のニンテンドーDSが開拓した、「脳を活性化するゲーム」を意識しているようにも感じられた。 「そういう意識は全くなかった。もちろん、レドモンドでは日本で任天堂製品が流行っていることは知っているだろう。ただ、それを意識して今回の発表に臨んだということは全くない。陰山先生とは、昨年末から意見交換をさせてもらっていた。陰山先生が推進する反復学習にはPCが最適という考えられていたようだが、その一方で手書き機能がなければ学校では利用できない。そこでTablet PCには発売当初から興味を持たれていたそうだ。今回、脳のトレーニングへの注目度があがったこと、陰山先生の立命館小学校の副校長就任、UMPCの発表のタイミングが偶然合った」 意図していなかったものの、飯島シニアプロダクトマネージャも、「UMPCのロケーションフリーという特徴は、高齢者にもプラスになるかもしれない」と感じているそうだ。 「実は実家の父にUMPCを使わせたところ、『コタツで使えるのがいい』と言い出した。実家のPCは廊下に置いてあるので、冬は寒くて使う気にならないという。UMPCはコタツに座って使える上、指で操作できるので、将棋ゲーム好きの父親は指で画面に触れて楽しめる点を評価した。もちろん、画面サイズが高齢者が利用するには小さいという問題もあるが、小学生同様、実際に利用した感想を聞くと、新たな可能性を感じる」 ●実は会見に登場していた「ハイク」 最後にUMPCが目指すゴールを紹介したい。 会見でも、マイクロソフトコーポレーション Windows Mobile Platform Division担当のビル・ミッチェル コーポレートバイスプレジデントが、「今回の発表は第一歩」という点を強調していた。しかし、目指すゴールがどんなものになるのかについては、言及を避けた。しかし、ユーザーの立場としては、今後に期待するためにマイクロソフトがどんなゴールを描いているのか知っておきたいところだ。
「そういう意味では、会見の時に出して見せたモックアップ『ハイク』が一番わかりやすい目標といえるのかも」(飯島シニアプロダクトマネージャ) 「ハイク」は、「オリガミ」と共に、UMPCの開発コードネームとして候補にあがったと紹介された。だが、それだけでなく、現行のUMPCよりも一回り小さいモックアップが、社内では「ハイク」と呼ばれていたようだ。ハイクは厚さ1センチ、ポケットから取り出せることができるくらいのサイズ。価格も500ドル程度を想定しているという。 「今回の発表は、こうした目標に行き着くための第一歩。目標に到達していくためには、まだまだ技術的な壁をクリアすることに加え、フィールドワークの中でどんな声があがるのかを真摯に聞いて、製品開発に反映させていく必要があると考えている。そのため、UMPCには目標出荷数といったものを設けていない」(飯島シニアプロダクトマネージャ) 実際に飯島シニアプロダクトマネージャの周囲の人に、現行製品を使ってもらってみただけで、予想とは違う反応があった。 例えば、画面に表示して使うことができるキーボードダイヤルキーは、PCのキーボード操作に慣れた飯島シニアプロダクトマネージャには使いにくいものだったが、PCのキーボードよりも、携帯電話を使い慣れていた人にとっては、「使いやすい」と大好評だった。 マイクロソフトとしては、「色々な声を聞く用意はある」というので、UMPCの今後に期待するユーザーは実際に現行製品を使ってみて、その感想をマイクロソフトにフィードバックしてみてはいかがだろうか。 □マイクロソフトのホームページ (2006年5月1日) [Reported by 三浦優子]
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