2006年早々、デュアルコア化を果たしたノートPC用プロセッサ「Yonah」が登場する事は、多くの読者がご存知の事だろう。Yonahはデュアルコア化を行ないつつ、バッテリ持続時間の延長を狙ったプロセッサで、回路規模がほぼ2倍になるにもかかわらず、平均消費電力はシステム全体で下がる傾向にあるという。 その理由やYonahの仕組みについては、これまでにもYonahの新機能として伝えられているが、どうやらシステムレベルでの低消費電力化にはチップセットの改良が大きく貢献しているようだ(デュアルコア版Yonah自身の消費電力はわずかに上がるようだ)。Sonomaプラットフォームで問題になっていた、ICH側の消費電力が下がる見込みだからだ。 このためか、次世代Centrinoモバイル・テクノロジ「Napa」に関するノートPC開発者たちの感想は、Sonoma時代に比べてずっとポジティブなものばかりである。Sonomaでは予想を超える消費電力に閉口する技術者が多かったのに対し、Napaでは(消費電力低下に期待していなかったというのもあるだろうが)「デュアルコア化を行なった上で、バッテリ駆動時間を延ばせる。予想よりも消費電力は低い」との意見が聞かれる。 こうしたPCベンダー側の評価に気をよくしたのか、Intelは12.1型クラスの軽量モバイル機にもデュアルコア版Yonahを導入する方策を模索しているようだ。 ●デュアルコアを“付加価値”として売り込みたいIntel 新技術を一気に売り込み、コストを下げて一般PCユーザーへの浸透を高めるには、何らかのシンボリックなキーワードが必要になる。もちろん、プロセッサの細かなアーキテクチャやパフォーマンスの違いをアピールするベンチマーク結果、スペック上の表記などの工夫も有効だろうが、すでに広く一般的に使われるようになっているPC市場での拡販策としては弱い。 もちろん、Intelはそれをよく解っている。
特にIntel本社上席副社長でモバイルプラットフォーム事業部長のショーン・マローニ氏は、市場をよく見ながら方針を決めていく人物だ。一般に無線LANを中心にしたプラットフォーム戦略を推進したのは、前モバイルプラットフォーム事業部長だったアナンド・チャンドラシーカ氏だと思われている。 確かにチャンドラシーカ氏は、Centrino立ち上げ時の営業戦略をうまく舵取りしたが、実はCentrinoそのものの骨子を立案し、マーケティングプログラムとしてまとめたのは、当時コミュニケーション事業部長だったマローニ氏だ。東芝やNECなど日本のPCベンダー幹部との会合で、無線LANをテコにして、個人ごとに携帯するノートPCの使い方の提案をしようと話し合ったのがきっかけだった。 日本でCentrinoが始まる頃には、NTTコミュニケーションズなどが無線LANアクセスポイント事業を既に進めていたが、これも、実はこうしたホットスポット事業者とのネゴシエーションを、無線LAN普及のための背景を整えるために準備を進めていたからだと言われる。世界的に成功したCentrino戦略だが、その発信地は実は日本だったのだ。 そのマローニ氏が、Centrinoの次にシンボリックなキーワードとしてアピールしようとしているのは、もちろんノートPCにおけるデュアルコア化。デュアルコアである事のメリットを徹底して訴えることで、“デュアルコア=高付加価値”の図式を作り出そうとしている。Intelの利益の源泉は、プロセッサの平均販売価格を常識的なシリコンの販売価格よりも高く位置に維持している事にある。付加価値の量が平均販売価格と比例するとすれば、デュアルコアというキーワードの一般化はIntelの生命線へとつながっていると考えられる。 IntelがYonahでプロセッサのブランド名を新しくするという噂が上がっているが、これもデュアルコア世代とシングルコア世代で、明確な違いを打ち出すためだろう。Pentiumブランドはシングルコア時代のパフォーマンスプロセッサだったが、デュアルコア時代では“古い”ブランドになる。 AMDが高付加価値のノートPC市場に食い込めていないという背景を考えると、おそらくこの作戦は成功するだろう。しかし、この(Intelにとっての)美しいマーケティングシナリオにそぐわない、“鬼っ子”とも言えるプロセッサがある。それが超低電圧版(ULV)Yonahだ。 ●10.5WのデュアルコアYonahをオファー 少し過去へ遡ってみると、Intelは2003年秋の段階ではYonahにシングルコア専用マスクを選べるオプションを付けるべきかどうか悩んでいた。 マスクとはシリコンに対して回路を光学的に露光するためのマスクの事。デュアルコアのYonahは回路規模が大きく、リーク電流も大きい事が予想されていたため、片方のコアを非動作にしたシングルコアのULV版を作ったとしても、平均消費電力があまり下げられないと考えている、と初代Pentium Mの設計を率いた事で知られるムーリー・エデン氏は話していた。 結局、IntelはULV版の省電力性を重視し、シングルコア専用マスクのオプションを、Yonahの仕様に付け加えた。シングルコアマスクオプションのYonahは、デュアルコアYonahよりも後に投入され、Celeronブランド向けとパフォーマンスを重視した新ブランドのULV版へと振り分けられる。 ところがここで矛盾が起きる。ULV版Yonahはシングルコアマスクによって5.5WのTDP(熱設計電力)を実現しており、BaniasやDothanと同じように小型ノートPCの開発を継続できる。この点はメリットだが、デュアルコアを高付加価値のキーワードとして全面展開する上で、デュアルコア用新ブランドと同じ名前でシングルコアのULV版Yonahも展開せねばならない。 “これからはノートPCでもデュアルコア。デュアルコアで省電力ならIntel”というシンプルな呪文を唱える場合でも、その横で小さな声で“でもミニノートだけは別ね”とささやかなければならない。加えてシングルコアとなれば、プロセッサの平均販売価格もデュアルコアより低くせざるをえない。 今後もIntelは同様のジレンマを抱えながら前へと進まねばならない。低消費電力(正確には低TDP)を実現するためにシングルコアマスクオプションは不可欠なものだ。ただし、それはモバイル機のメインストリームには食い込んで欲しくない。これがIntelの本音ではないだろうか。 そこで最近は日本以外の市場でも人気が高まってきている12.1型の軽量モバイルPCに対して、シングルコアのULV版Yonahではなく、低電圧版(LV)のデュアルコアYonahを搭載するようPCベンダーにオファーしているという。 LV版Yonahの12.1型クラス搭載は、すでにLenovoのXシリーズ開発チームがその意向を表明しているが、他のPCベンダーはシングルコア版を予定している。あるベンダーは薄型化、あるベンダーはファンレス化、あるベンダーは熱設計の簡素化、あるベンダーはプロセッサ単価の低さなど、それぞれ目的は異なるが、今のところキャッチアップできている中で、LV版Yonahを搭載する軽量モバイル機を開発しているのはLenovoだけだ。 LV版Yonahは、後藤氏のレポートでも明らかにされているようにTDP 15Wとなる。これはDothanの10Wの1.5倍で、今からなんとか12.1型薄型ノートPCなどに搭載して欲しいと言っても無理。そこで動作クロック周波数と電圧を落とし、デュアルコアでTDP 10.5WとなるYonahの別バージョンを、Intelはいくつかのベンダーにオファーしているという。 ●それでもシングルコア版が主流に? もっとも、TDP 10.5Wでは、今の12.1型機には採用できないとするPCベンダーばかりだ。ULV版の2倍近いTDPになることで、冷却用の補機類が増えたり、そもそも筐体内の空間を増やさねばならないなど、大幅な設計変更を伴う事が1つ。しかし、もっとも大きな理由は、10.5Wでプラットフォームを作ったとしても、その先のモデル展開が行ないにくい事に問題があるという。 現在のIntelのモバイルプロセッサロードマップには、10.5Wという熱設計電力の枠は存在しない。つまり、Yonahの立ち上げ時に10.5W版で製品を設計しても、その先、クロック周波数を向上させていく余地があるのかないのか。Merom世代ではどうなるのかといったビジョンが見えないのだ。 日本のPCベンダー以外から、10.5W TDPのデュアルコアYonahを採用するモデルが出てくる可能性はあるが、日本では採用される可能性は低い。日本製のモバイル機は、あくまでバッテリ駆動時間を徹底的に追求した機種へと収斂していくだろう。来年の12.1型クラスは、6セルバッテリ搭載で10時間前後の駆動時間となる製品も出てくる。 しかしODMなどで10.5W版Yonah搭載機が登場する可能性は残っており、12.1型クラスでデュアルコアという選択肢が広がるかもしれない。
□関連記事 (2005年11月14日) [Text by 本田雅一]
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