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GDCで公開されたPS3開発ツール




●日本での発表と重なる内容のGDCキーノートスピーチ

Phil Harrison氏
 米サンノゼで、3月20日から24日にかけて開催されたゲームデベロッパ向けカンファレンス「GDC(Game Developers Conference)」。世界中のゲームデベロッパが集まるこのイベントで、Sony Computer Entertainment Worldwide StudiosのPhil Harrison氏(President)は「PlayStation 3: Beyond the Box」と題したキーノートスピーチを行なった。Boxは、筺体ボックスに閉じられた状態を超えるプラットフォームという意味と、Xbox 360を超えるという意味を引っかけていると見られる。

 もっとも、スピーチの内容自体は「PLAYSTATION 3(PS3)」のローンチ(発売)計画の説明が主体。それも、プレゼンテーションの内容はGDC前週の3月15日に東京で開催された「PS Business Briefing 2006 March」とほぼ同じ。目立つ違いは、さまざまな技術デモが織り込まれたことだった。日本の発表は、GDCのスピーチから技術デモなどの飾りを取ったバージョンと言えそうだ。もっとも、詳しく見るとプレゼンテーションの内容には重要な差分もあり、それが揺れるSCEIの内部を表しているようにも見える。

国内でのプレゼンテーション。HDDは必須と書かれている
 日本でのカンファレンスとGDCのキーノートの差分で大きいのはHDDについて。日本の発表では、「HDD is required! (HDDが要求さ れている)」と書かれたスライドが示され、HDDが標準に近い形になることが示唆された。ところが、SCEAのGDCプレゼンテーションでは、HDDについてのスライドが完全に抜け落ちていた。

 ある米国のゲーム業界関係者は、SCEAに問い合わせたところ「HDDを標準で搭載するかどうかは、まだ確定していない」と言われたと語る。日本でのカンファレンスでも、SCEIの久夛良木健氏(代表取締役社長兼グループCEO)は「我々は、HDDがあることを前提としてPS3を考えている。ある場所とない場所があるというのではなく、全部あるとお考えになってソフトの開発をしていただきたい」と、微妙なニュアンスの説明を行なっている。そもそも、HDD is requiredというスライドのサブタイトル自体が、非常にあいまいで微妙な表現だ。このあたりは、SCEI内部でも、まだHDDに対する足並みが揃っていないことを反映している可能性がある。

国内でのプレゼンテーション。インターネット接続に積極的
 インターネットアクセスについても差分がある。日本のカンファレンスでは、HDDのスライドに「Full Internet Access」と記され、ネットワークサービスのスライドでも「Business rollout on open Internet(オープンインターネット上での事業展開)」と謳われていた。インターネットとのシームレスアクセスを予想させる書き方だ。

 ところが、GDCではHDDのスライドはなく、ネットワークのスライドは「'Open Internet' Business Philosophy」と書き換えられていた。額面通りに取るなら、オープンインターネットのビジネス精神となるわけで、かなり雰囲気が違う。この点でも、食い違いがありそうだ。

●急きょ決まったブリーフィングのメディア向け公開

 GDCでの発表内容の大半が日本のPS Business Briefing 2006 Marchとかなり重なるのには裏事情もありそうだ。そもそも、日本のブリーフィングはNDA(秘密保持契約)ベースで一部業界関係者だけに公開される予定だったという。メディアを通じて一般に公開されることは考えていなかったらしい。

 もともと公開イベントでなかったとすれば、発表内容が公開イベントであるGDCとかぶっても不思議ではない。それが、いくつかの事情から急に公開することに決まった。その時点で、日本ではメディアを通じて観測気球的に打ち上げるための内容が加わったのかも知れない。いずれにせよ、日本と米国のこの微妙な差は、国際化が進むPLAYSTATIONプラットフォームで、戦略や認識の差が産まれつつあることを示すのかもしれない。

 キーノートスピーチでは、さまざまな技術デモも行なわれた。内容は僚誌のGAME Watchで紹介されているため省くが、物理や群体のシミュレーションなどのデモに力点が置かれていた。ただし、細かく内容を紹介するというより、ハイライトで流すという雰囲気だった。

 あるデベロッパは「デモの映像を見ただけでは、わからないことが多い。例えば、デモ中の物理シミュレーションは、本当にリアルタイムで演算しているのか、それとも、プリコンピューティングでモーションをつけただけなのか、明瞭にはわからなかった。見せ方の問題かもしれないが、もう少し何か出てくるかと思った。デベロッパにとっては疑問が残る内容だった」と語る。

 実際には、キーノート後のGDC中のセッションで技術内容が公開されたものもあり、必ずしも全てのデモについて疑問が残ったわけではない。例えば、キーノートスピーチの目玉のひとつだった魚の群体シミュレーションは1セッションをあてて詳しく説明された。しかし、キーノートスピーチだけに限れば、デベロッパからはどちらかと言えば肯定的ではない意見が多く、SCEIはデベロッパにアピールし切れていないように見えた。

●GDC会場で開発ツールを公開

 もっとも、GDCの展示会場では、サプライズがあった。SCEIがデベロップメントツール(開発機材)を表に出して展示、いくつかの技術デモをインタラクティブに公開したからだ。

 あるデベロッパは、「デベロップメントツールの展示には驚いた。これまでは、イベントで発売前のゲーム機のデベロップメントツールをしっかり見せて展示するなんてことはなかった」と語る。

現在提供されている開発ツール 現在のツールの背面

 デベロップメントツールを受け取るライセンシのデベロッパはNDA(秘密保持契約)をSCEIと結んでおり、通常、NDAの中にはデベロップメントツールを絶対に見せないことも含まれている。つまり、この時点では門外不出のはずのモノが表に出ていたわけだ。ツールを使ってデモを行なう場合も、ツール本体は隠すのが普通だ。

 例えば、Microsoftは昨年5月のゲーム関連ショウ「E3(Electronic Entertainment Expo)」では、デベロップメントツールを使ってXbox 360タイトルのデモを行なったが、ツールは台の下などに隠していた。まだ実機が量産レベルで完成していなかったためだ。もっとも、この時は、Microsoftの隠し方がいいかげんで、ちょっとカバーをめくればツールが見えてしまうケースがあったが。

 ツールをわざわざ公開したSCEIの対応からは、ツールをしっかり見せて、PS3の準備が進んでいることを印象づけたいという意図が見える。GDCで、PS3タイトル開発が現実的であることを認知させることで、タイトル開発のはずみをつけたいという意図も見える。

●2バージョンの開発ツール

 ちなみに、展示されていたデベロップメントツールは、筺体では2タイプに分かれる。ほとんどのツールは、現在デベロッパに配布されているやや薄型のバージョンだが、1台だけは旧型の機材「CEB-2030(Cytology)」が使われていた。旧ツールで行なわれていたデモは、昨年夏から提供されていた最も古いアヒルのおもちゃのデモ。古いデモだけが旧ツールに載せられていたことは意味深で、古いデモは旧ツールでしか動かない可能性が高い。つまり、新旧ツールの非互換性が、示唆されている。

最初に提供された旧版のツール GDC会場に展示されていた旧ツール GDC会場での旧ツールによるデモ

 ちなみに、現在のボックスも、2005年7月のブリーフィングで発表された筺体とは異なっている。7月時点ではもっと薄型のピザボックスタイプのラックマウント用システムを2005年12月から提供、と計画されていた。しかし、現在使われている筺体は、予定の2倍ほど容積が大きく、大型のエアインテークが前面に開いているタイプ。背面にファンが2基配置されており、排気のノイズはかなり大きいと言われる。

当初予定されていたツール
 筺体サイズの変更や、ノイジーな排熱などは、SCEIがPS3デベロップメントツールの熱設計に苦労していることを暗示している。もちろん、それは最終版のPS3の熱設計でも苦労が大きいことを示唆する。

 現在の筺体のツールは、じつはバリエーションがあり、外観が同じでも内容が異なる版が出回っている。このことは、日本のブリーフィングで久夛良木氏も認めていたが、そのため、開発現場では混乱もあったようだ。しかし、今後は、最終版のCellプロセッサと最終版のRSX(Reality Synthesizer) GPUを搭載したツールへと収束する予定になっている。

 デベロップメントツールのデリバリ状況にも差があり、最新版は最初は限られたデベロッパにしか渡されない。これは、ゲーム機ビジネスでは通例で、ローンチタイトルを開発しているラインに優先的に最新機材が提供される。すでにローンチタイトル組は開発をスタートさせていると言われ、おそらく、佳境にあるデベロッパは忙しくてGDCにも出席できない状況にある。開発者の間では、「○○が来ていないから、○○のタイトルがローンチだろう」といったうわさ話も持ち上がっていた。開発用SDKのロードマップでいくと、現状のPS3用ライブラリはまだ未成熟であるため、こうしたローンチタイトル組は、自前でかなりの労力をかけて力業でゲームエンジンを開発していると推定される。

□関連記事
【3月24日】Game Developers Conference 2006 記事リンク集(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20060324/gdclink.htm
【3月20日】【海外】PS3はHDDを前提としたLinuxマシーンに
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0320/kaigai254.htm
【3月16日】【海外】久夛良木健氏が語ったPS3遅延の理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0316/kaigai252.htm

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(2006年3月28日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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