●HDDがあることを前提としてPS3を考える ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)は、次世代エンターテイメントコンソール「PLAYSTATION 3(PS3)」での戦略を1点変更した。それはHDDとLinuxについてだ。
これまで、SCEはPS3のHDDにつて「Detachable(取り外し可能) 2.5inch HDD Slot」というあいまいな言い方で、HDDが標準ではないことを匂わせていた。しかし、今回は一歩踏み込んだ言い方で、PS3はHDDありきであるとメッセージを出した。 「我々は1つ、ここではっきりさせたいのですが、HDDがあることを前提としてPS3を考えている。ある場所とない場所があるというのではなく、全部あるとお考えになってソフトの開発をしていただきたい」とSCEIの久夛良木健氏(代表取締役社長兼グループCEO)は3月15日に東京で開催された「PS Business Briefing 2006 March」で語った。 まだ、奥歯に物が挟まったような表現をしているのは、全ての地域の全てのPS3に標準搭載するかどうか、決めあぐねているのかもしれない。
「HDDは、シリアルATAの2.5インチの標準品で、自分で繋ぐこともできる。全部のPS3に入れてしまえとなるかもしれない。マーケット次第だが、プラットフォームとしてはあることを前提として考えている」と久夛良木氏は言う。 SCEがHDDの搭載について、慎重なのは、HDDが固定的なコストになってしまうからだ。「最初からHDDを全部(のPS3)に入れると、我々にとってコストプレッシャーがすさまじい」と久夛良木氏もコメントする。半導体部品は、プロセス技術の微細化によってコストが劇的に下がるが、機械部品であるHDDはコストが下がらない。そのため、最後に100ドルを切る価格に下げなければならないゲームコンソールでは採用が難しい。だが、その反面、PS3の構想ではHDDが必須に近いのも確かだ。 「ネットワークにつながった状態で、HDDがないことは考えられない」、「クリエイタのコミュニティからも、Linuxを載せておいて欲しいという声が多い。PCを意識してというのではなく、開発者を意識してLinuxとHDDを考えた」と久夛良木氏はスピーチした。 ●HDD搭載はイコールLinux OSの搭載につながる
PS3では、オンラインゲーミングだけでなく、コンテンツのダウンロード販売などの「e-Distribution」を視野に入れている。そのためには、HDDが必要というのは、PCの世界から見れば自然な考え方だ。HDDレベルの大容量のデータストレージがないと、ダウンロードコンテンツは難しいからだ。 また、久夛良木氏は2005年春のインタビューでは、PS3をコンピュータとするためにHDDとLinuxが必要という言い方もしていた。 「今回、我々は(PS3は)スーパーコンピュータという位置付けにする。でも、コンピュータとして申請しないとコンピュータとして見ない人がいるから、OSを走らせる。そのためにHDDがいる」 「Linuxもレガシーだけど、最初のきっかけになる。Cellの場合、OSはアプリ。カーネルはCell(Cell OSのハイパーバイザ層のこと)で動いていて、複数のOSがアプリとしてその上に(仮想マシン上に)載るスタイルになる。Linuxは当然載るでしょ。Linuxが載れば、Lindowsでも何でも載っちゃう。Linux載せちゃったら全部オープンに使えるから、(プログラマが)どうとでもできる」 ちょっと冗談めかしているが、この時の言葉からは、HDD=Linux=オープンプログラミングという構図が浮かび上がる。そのため、今回の“HDDを前提(英語だとrequiredになっている)”という戦略は、同時に、PS3がLinuxベースで、比較的オープンなプログラミングが可能なプラットフォームであることも前提にする。 こうした図式を見ると、PS3はもはやゲームコンソールとは言えない、エンターテイメントコンピュータに仕立てられつつあることがわかる。本当に、PS3の上でアプリケーションが花開くかどうかは、まだわからないが、SCE自身はその方向で考えていることがよくわかる。そして、そのためのコストは、なんとかできると考え始めたのかもしれない。 ちなみに、補足すると、PS3のCPU Cellはバーチャルマシン支援機能を備えており、CPUの上で複数の仮想CPUを作り、それぞれの仮想CPU上で異なるOSを走らせることができる。Cellの場合、最深レベルで走るのは「ハイパーバイザ」ソフトウェアで、一般的な意味のOSはその上で走る。Cellには、Cell OSと呼ばれるゲーム向けのOSがあるが、このCell OSのハイパーバイザ層がまず走り、その上で、LinuxやCell OSの上層レイヤが走る仕組みとなっていると推定される。だから、究極的には、Cell OSでゲームを走らせながら、Linuxでその他のアプリケーションを走らせることも、もしリソースに余裕があればの話だが、可能になるかもしれない。 SCEは、PS3だけでなく、同社の新プラットフォーム全体でこうした、プログラミングの拡張を指向している。例えば、PSPの開発ツールの価格も、現在の75万円から50万円に引き下げる。ゲーム業界以外のアプリケーション開発者へ向けたアプローチだ。 ●猛スピードのネットワークサービス開発 PS3とHDDの文脈の中で、もう1つ重要な要素はネットワークだが、これも、先週のカンファレンスで明らかにされた。もっとも、今回発表されたPS3関連のサービスや環境の中で、もっともクリティカルに見えたのがネットワークだった。 SCEはPS3のローンチと同時にネットワークサービスも開始するという。ベーシックサービスは無料で提供する。しかし、その内容とスケジュールは、どう見ても、SCE側の膨大な努力を必要としそうだ。 下がサービスオーバービューのチャート。この内容は、どこかで見たことが……。Xbox Liveのサービスによく似ている。Xbox Liveの売りの1つのMicro Payment決済システムもちゃんと入っていて、よく見ていることがわかる。Xbox Live張りのコミュニティサービスも提供する予定で、共通インフラを構築しようとしていると推測される。「およそ皆さんが想定されているようなネットワークの基本機能は盛り込む」と久夛良木氏は言う。ネットワークサービスを、PLAYSTATIONユーザーのハブに仕立てる構想だ。
内容が盛りだくさんであるだけではない。SCEのネットワークサービスは、猛ダッシュのスケジュールがすごい。最初のSDKを3月末、SDKのセカンドリリースを4月末、サーバー側のフル機能の実装の完了は6月末、そして7月からライセンシー向けにフル機能のテストをスタート、9月には本番環境への移行をスタートさせるという。現段階で、通常のライセンシーのデベロッパには何も提供されていないことを考えると、異例のハイペースだ。SCEは、これまでネットワークは弱かったことを考えると、当然、実現性には疑問符がつく。 久夛良木氏も、その点は承知しているようで、「そうは言ってもそんな実力があるのかと思われるかもしれない。PS2で(ネットワークを)やりたいと思いながら、体が動かなかった」と前置きを入れる。SCEが、今回のネットワーク戦略で勝算がありとする理由の1つは、SOE(Sony Online Entertainment)との共同プロジェクトに仕立てた点。久夛良木氏は、SOEが積み上げたノウハウに、さらに開発努力を加えることでPS3向けのサービスインフラを構築するという。「今、われわれが1番弱いところをきちんとしようと」(久夛良木氏)し始めたわけだ。
●e-DistributionとCellコンピューティングへと続く道 対するMicrosoftでは、Xbox 360の舵取りをしたJ Allard(Jアラード)氏(Corporate Vice President and Chief XNA Architect)が、元々Microsoft内のネットワークの専門家だった。WindowsへのTCP/IPスタックの実装などを担当し、Windows NTのネットワークチームにも加わっていた。その関係で、旧Windows NTネットワークチームの人材がXbox部隊に加わり、その結果、Xbox 360でのネットワークサービス同時ローンチと、Xbox 360 OSとネットワークのシームレスな融合が可能になった。そのレベルに対抗するのは、非常にハードルが高い。 Xbox LiveとSCEネットワークとの大きな違いと見られるのは、PS3のプレゼンテーションにある「オープンインターネット上での事業展開(Business rollout on open Internet)」という点。この言い方が、また微妙だが、わざわざオープンとつけたのは、Xbox Liveのような閉じた環境にはしないというニュアンスに取れる。Microsoftが仮想的に閉じたネットワークを採用している一因はセキュリティで、SCEはそのあたりをどうするのか疑問は残っている。 とはいえ、SCEのネットワーク戦略発表はポジティブな面も多い。同社が危機感を持ってネットワークに本気で望むという姿勢が明らかになったからだ。ネットワークサービスがドライブされると、PS3ではオンライン配信という新しい展望が開けてくる。 久夛良木氏は、Blu-ray Disc(BD)などディスクメディアのパッケージにこだわっているように一般には見られているが、実際にはそうではない。7年前の'99年の10月の「Microprocessor Forum」で、久夛良木氏は、すでに、ネットワーク経由のコンテンツ配信「e-Distribution」を、PS2構想の将来像として強調していた。ビジョンは、ネットワーク配信にあるが、現実はまだディスクメディアにあるというのが本音かもしれない。 もちろん、この道は、さらにその先では、インターネット経由の分散処理のCellコンピューティングへも繋がっている。つまり、道のりは、まだまだ長いということだ。 □関連記事 (2006年3月20日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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