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PS3の次の課題はローンチタイトル




●SCEIが開発環境とツールのロードマップを発表

 11月上旬の発売が決定されたソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)の「PLAYSTATION 3(PS3)」。PS3の残る疑問は価格とローンチタイトルだ。おそらく次の節目である5月のゲーム関連ショウ「E3(Electronic Entertainment Expo)」では、こうした項目も、ある程度見えてくると推測される。

 Xbox 360は、ローンチ時にハードの実力を発揮できるタイトルを十分に揃えることができなかったことが、日本市場でのつまづきとなった。そのため、PS3のハードルも、はたしてPS3らしいタイトルを、ローンチ時に揃えられるかどうかという点になる。つまり、タイトル開発が順調に行くかどうかが、最大の課題だ。

 実際、PS3の開発ツールと開発環境については、これまで、ゲーム開発者側の期待より供給が遅れていた。2月の段階で、複数のゲーム開発者が、現在のツールと開発環境では、コンテンツを間に合わせることは、到底できないと語っていた。PS3に対する危機感が、じわりと広がっていた。

 3月15日に東京で開催された「PS Business Briefing 2006 March」で、ソニー・コンピュータエンタテインメントの久夛良木健氏(代表取締役社長兼グループCEO)は、そうした不安の声に一応の回答を出した。PS3向けタイトル開発の要となる開発ツールとSDK(ソフトウェア開発キット)についてのロードマップと説明を行なった。

 「(BDやHDMIの)規格化の遅れを待っている間、この機能はいらない、これを追加するといったさまざまな仕様の変更を行なってきた。また、生産性を高めるために、チップをさらに小さくしようとした」

 「そのため、色々なバージョンのLSIが存在してしまっている。今まで出ているツールは、途中のもので、機能が足りなかったり、スピードが遅かったり、ライブラリが成熟していなかったりした」

 「そこで、5月の中旬には、ほとんどファイナルのツールを皆様に配布させていただく。7月くらいに安全基準をクリアして販売するが、5月の段階で(仕様的には)ほとんど最終になる」

 下がツールのロードマップだ。3月末の「DEH-R103X」で、CellとRSXの最終仕様版が乗り、BDドライブとコントローラのプロトタイプもつく。5月中盤の「DEH-R104X」が久夛良木氏の触れていると見られる最終版で、ドライブやコントローラも含めて最終仕様になる見込みだ。

ツールのロードマップ

 「PS3のツールの価格は、PS2の導入の頃のツールの価格のイメージと、それほど大きく違わないだろう。7月に価格を決めて案内したい」と久夛良木氏は語る。

 ツールと同様に重要なのは、ライブラリを含むSDKだ。プログラミングモデルが複雑なCellでは、ほとんどの開発者にとって、開発労力を減らすためにライブラリが必須となる。

 SDKのロードマップは下の通り。3月末の「Ver. 0.82」で、物理エンジンの最終とネットワークプラットフォーム層のアルファなど。4月に入ると、Epicから「Unreal Engine 3」のサブライセンスがスタートし、「Ver. 0.83」ではマスタリングツールも加わる。駆け足で完成度を高めて、6月の初めには最終版「Ver. 1.00」へと持って行く予定だ。また、現状でのツール&ミドルウェアの供給元15社のリストも公開された。

SDKのロードマップ

●スケジュール的には厳しいタイトル開発

 ただし、ある開発者は、このSDKのスケジュールはSCEIにとってかなりきついのではないかと指摘する。広汎なライブラリ開発に必要な労力は膨大なものだ。スケジュール通りに行くのか、成熟度はどうなのか、まだ疑問は残っている。SCEIは、開発者のサポートのために、全力を挙げてソフトウェア開発を続けることになる。

 事情は、ツール&ミドルウェアも同じだ。ゲーム機(PS3はエンターテインメントコンピュータを目指しているが、ここではゲーム機で統一する)がPCなどと異なるのは、ハードの発売よりも前のタイミングで、全てが揃う必要があることだ。ハードのローンチに向けたタイトルを開発するには、開発ラインを走らせる段階で、ツールやミドルウェアも揃っている必要がある。それも、一定以上の完成度で。そのため、リストにある各社が、どのタイミングでどれだけの品質のものを供給できるかが、重要なカギとなる。

 また、スケジュール通りに進んだとしても、SDKが完成するのは6月。一方、ローンチタイトルのリリースは11月上旬。その間のインターバルはわずか5カ月しかない。もちろん、開発者側はSDKのファイナルを待たずに作業を進めるわけだが、作り込むという意味では、余裕はあまりない。

ツール&ミドルウェア

 もっとも、PS2と比べればマシという見方もできなくはない。PS2では、当初はライブラリがほぼ提供されず、その代わりハード仕様を公開して直に叩けるようにした。そのため、力のある開発者が、自力でライブラリをゼロから開発してローンチに間に合わせた。それと比較すれば、環境が整っているという見方もできる。

 しかし、PS3の場合は、プログラミングモデルの変革を求めるCellのために、ハードルが高い。また、現行世代との差を明瞭に見せるために、タイトルにそれなりのクオリティも求められる。Cellの複数のCPUコアのうち、PowerPCコアのPPE(Power Processor Element)だけを使ってプログラムすることもできるが、それではパフォーマンスの利点はほとんどない。データ演算CoreであるSPE(Synergistic Processor Element)をどこまで使いこなせるかが、パフォーマンスのカギとなる。そして、そのハードルは非常に高い。

 もう1つの要素として、開発者が、Microsoftの洗礼を受けてしまっていることも大きい。

●開発環境で支持を集めつつあるMicrosoft

 開発環境の構築を最得意とするMicrosoftは、Xbox/Xbox 360向けに、レベルの高い開発環境を提供して来ている。Microsoftが約束したプログラミングフレームワーク「XNA」は、依然として遠いものの、環境の充実度は現時点でも高い。そのため、SCEIは開発環境に注力しなければならなくなっている。格差が大きいと、開発しやすいプラットフォームへと開発者が流れる可能性があるからだ。Xboxの衝撃は、裏方ではハードウェアそのものだけでなく、開発環境にもあった。

 もっとも、ゲーム機の場合、難しいのは開発し易いだけでは、ゲームベンダーが向いてくれないことだ。普及しないプラットフォームに向けてタイトルを開発しても意味がないため、ハードの普及を成功させる戦略も重要となる。特に、エンターテイメントマシンは、夢を抱かせないと買ってもらえないため、うまいビジョンを示す必要がある。

 誰もが知っている通り、Microsoftは意外とこれが苦手で、日本ゲーム市場では、そのためにつまづいている。逆にSCEIは、日本企業ではダントツにビジョンを示すのが得意で、うまく戦略を組み立てている。

 あるゲームデベロッパは「Microsoftの開発環境と、SCEIの戦略の組み合わせが最高」と冗談を言っていたが、それが開発サイドの本音だろう。誰もがSCEIに感じる不安は、開発環境をどこまで整えられるかという点にある。もっとも、ポジティブな要素もある。Cellを共同開発したIBMや東芝の協力がある点で、IBMのコンパイラ技術などがSCEIにとっての武器になると思われる。

●PCから見ると異常なゲーム機の立ち上げ

 それでも、Xbox 360の例を見てもわかる通り、新ハードのローンチにそれなりの実力のタイトルを揃えることは難しいだろう。理由の1つは、ハードウェアの複雑度がどんどん上がっていることだ。Xbox 360、PSP、ニンテンドーDSなど、最近の新ハードの初期タイトルが、いずれも衝撃度が薄いのは決して偶然ではない。ハードを理解し、開発環境に慣れ、ハードの機能や特性を活かしてタイトルを開発するには、これまでより時間がかかるようになりつつある。特に、明確に新ハードを差別化できるタイトルには、手間がかかる。

 そもそも、通常のコンピュータの世界から見ると、従来のゲーム機のソフトウェアのモデルは、かなり異例だ。ゲーム機では、ハードウェアが登場した時点で、そのハードの性能をある程度活かしたアプリケーションソフトウェアが存在しなければならない。これは、PCでは、考えられない世界だ。PCでは、DirectX 9ハードが出た時点で、DirectX 9を使ったタイトルは存在しない。ゲーム機は、そうした常識を無視したモデルで立ち上げを図ってきた。

 もっと大きな視点で見れば、ますます異常さがよくわかる。新命令セットアーキテクチャのCPUができてから2年で、そのCPUを使ったコンピュータプラットフォームを、OSやアプリケーションまで含めて、まるまる立ち上げる。PC業界の常識では、到底考えられないことを、ゲーム業界では5〜6年置きに繰り返しているわけだ。それだけ、ソフトウェア開発では無理をしてきたことになる。

 そのため、ソフトとハードの複雑度が増えるにつれて、このモデルがほころんでくる可能性はある。もし、ソフトウェアタイトルの充実に、より時間がかかるようになって行くと、ますますビジョンでゲーム機の魅力を語りユーザーを引っ張る必要が出てくる。

□関連記事
【3月16日】【海外】久夛良木健氏が語ったPS3遅延の理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0316/kaigai252.htm
【3月15日】SCEI、「PLAYSTATION 3」発売を11月上旬に延期(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20060315/scei1.htm

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(2006年3月17日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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