元麻布春男の週刊PCホットライン

3Dlabs撤退に思う




●3Dlabs、事業縮小へ

 2006年2月24日、シンガポールのCreative Technologyは、傘下の3Dlabsのリストラクチャリングを発表した。今後3Dlabsは、もともと同社の代名詞的事業であったプロフェッショナルワークステーション向けグラフィックス事業を縮小、ハンドヘルド機器向けの組み込み用グラフィックスチップに事業焦点を移すという。このリストラクチャリングを発表するプレスリリースが、CreativeのWebサイトにあることから(3DlabsのWebサイトにはリンクがあるだけ)、この決定が親会社(Creative)主導で決められたことがうかがえる。

2005年8月に発表された「Wildcat Realizm 500」

 Creative Technologyが3Dlabsを買収したのは2002年3月のこと。この当時、Creativeは今よりもずっとグローバルにグラフィックスカード事業を展開しており、グラフィックスチップ技術を持つ3Dlabsを買収することに、それほど大きな驚きはなかった。

 実際、Creativeは3Dlabsがリリースした一般向けのグラフィックスチップのお得意様であった。3Dlabs初の一般向けグラフィックスチップである「GiGi」はCreativeの3D Blaster向けに開発されたもの(外販なし)だったくらいだ。幅広いOEMに採用された事実上最後の一般向け製品である「Permedia 2」も、真っ先に採用したのはCreativeであった。買収発表前から両社は資本関係にあり(Creativeが3Dlabsの発行済み株式28%を保有)、完全子会社化も不自然には感じられなかったのである。

 むしろCreativeの資金力をバックに、この時点では尻すぼみとなっていた一般向けのグラフィックス市場へ、3Dlabsが再参入するのではないか、とささやかれた。3Dlabsがワークステーション向けグラフィックス事業を中心にしている限り、Creativeに子会社化するメリットはないのではないか、と考えられたのである。

 その期待は、当時P10と呼ばれていたグラフィックス技術と、その関連製品にまず向けられた。P10自体は買収以前から開発が進められていたワークステーション向けのものだったが、この頃登場してきたプログラマブルシェーダー(要はDirectX 9およびOpenGL 2.0)に対応可能なアーキテクチャだったため、これをベースに一般向けのチップが出てくるのでは、と期待されたわけだ。

●実を結ばなかった子会社化

 あれから4年。残念ながら期待が現実のものになったとは言い難い。P10の外部バス等を半分に切り詰めた(?) 廉価版のP9がCreativeのコンシューマ向けカード(Graphics Blaster Picture Perfect)に採用されたりはしたものの、再び3Dlabsのチップが一般向けのグラフィックスカードに幅広く採用されることはなかった。このカード自身、ウリが3Dグラフィックス性能ではなく、写真をパノラマ合成すること(Picture Perfectの名前はここに由来する)なのだから、推して知るべしということなのだろう。

 それどころか、親会社のCreativeがグラフィックスカード事業を大幅に縮小してしまった。本国であるシンガポールではATIのチップを使ったカード製品を展開しているようだが、日本や最大市場である米国では、もはやグラフィックスカード事業を行なっていない(少なくともWebページの製品の項目にグラフィックスの文字はない)。会社としても、PC周辺機器の会社というより、Zenに代表されるポータブルオーディオ機器の会社、民生機器の会社というイメージが強くなっている。

 それを考えれば、3Dlabsがハンドヘルド機器向けのグラフィックスチップにフォーカスするというのは自然な流れとも言えるが、すでに多くのベンダがひしめき合っている市場でもある。一般向けグラフィックスチップに加え、プロフェッショナルワークステーション分野でも2強体制を築きつつあるATIとNVIDIAはもちろん、PC/ワークステーション市場からあぶれてしまったメーカーも多数参入済みだ。PC向けのグラフィックスチップとしてもDirectXのサポートが弱かった3Dlabsが、この分野でどこまでやれるのかは未知数だ。

●ワークステーション向け3D製品はATIとNVIDIAの2強に

Diamond Multimediaの「FireGL 1000」に採用された3Dlabsの「Permedia」とDelta」(PCIバスブリッジ兼ジオメトリプロセッサ)

 3Dlabsがプロフェッショナルワークステーション分野から事実上撤退する方向性を示したことで、いわゆるワークステーション向けのプロフェッショナルグラフィックス専業メーカーはほぼ姿を消すことになる。

 旧Silicon Graphicsのグラフィックス事業はNVIDIAが買収したし、ATIの「FireGL」は元々はドイツのワークステーショングラフィックスメーカーであったSPEAのものだ(ATIはFireGL事業を、SPEAを買収したDiamond Multimediaから購入した)。Lockheed Martinから分離したReal 3Dは、Intelが事実上引き取っている。かつてのワークステーションの雄であったSunも、AMDプロセッサを搭載したWindows XPのワークステーションを売っているくらいだ。

 3Dlabs自身も、旧DECのグラフィックス事業にルーツを持つDynamic Pictures(Oxygenシリーズで知られた)とIntergraphのグラフィックス事業が分離されたIntense3D(Wildcatシリーズ)を買収している。AccelGraphicsを買収したEvans & Sutherlandも、グラフィックスハードウェア(チップやカード)のメーカーから、ビジュアルシミュレーションシステムの会社に変わってしまった。残るのは「FireGL」(ATI)と「Quadro」(NVIDIA)の2強と、非3D分野中心にMatroxが少々、という勢力図が固まったようだ。

 3Dlabsの撤退でもう1つ気がかりなのが、OpenGLの行く末だ。OpenGL 2.0の推進役が3Dlabsだったのはよく知られたところだが、その同社が消えてしまう。事実上の2社体制であれば、以前のような標準はもはや要らない(既存のOpenGLに、2社個別のエクステンションで対応して事足りる)、ということなのかもしれないが、一抹の寂しさは否めない。

□関連記事
【2月27日】3Dlabs、プロフェッショナル3Dグラフィックス事業から撤退
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0227/3dlabs.htm
【2002年5月8日】3Dlabs、新ビデオチップ「P10」を第3四半期に投入
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0508/3dlabs.htm
【2002年3月12日】Creative、3Dlabsを買収 買収総額は約1億370万ドル
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0312/creative.htm

バックナンバー

(2006年3月1日)

[Reported by 元麻布春男]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2006 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.