元麻布春男の週刊PCホットライン

期待の無線通信規格UWBの迷走




●争いの場はIEEEから市場へ

 2003年から3年余に渡り行なわれていた、IEEE 802.15.3aタスクグループにおけるUWB物理層の標準化が、プロジェクト認可要求(PAR: Project Authorization Request)の取り下げという形で頓挫した。

 1月にハワイのワイコロアで開かれたIEEEの会合で、PARの取り下げと、802.15.3aプロジェクトの解散勧告の申請が承認されたことで、IEEEにおけるUWB標準化活動は終焉を迎えた。

 '90年代の後半から注目されてきたUWBは、その名前(Ultra Wide Band)の通り、幅広い周波数帯の微弱電波を利用して、短距離だが広帯域のデータ通信を行なおうというもの。当初は23種類ほどあったといわれる物理層の技術方式が、IEEEでの標準化をめぐる作業によって2つの方式に収斂した。1つはIntelやTIが中心となったWiMedia陣営(MB-OFDM Allianceが2005年3月にWiMediaと合併)、もう1つがMotorolaとFreescaleを中心とするUWB Forum陣営だ。

 この2つの陣営は、電波の利用形態、変調方式、利用する半導体プロセスなど、さまざまな点で克服しがたい技術的な違いがあった。一時期、IEEEのタスクグループにおける投票において、MB-OFDM方式(現在のWiMediaが支持する方式)が70%を超える得票を獲得し、一本化への期待が膨らんだこともあったが、議決に必要な75%にはついに達することはなかった。逆に、DS-UWB方式(Direct Sequence UWB、UWB Forumが支持する方式)が巻き返し、このところはほぼ互角の態勢で膠着状態が続いていた。

両陣営のロゴが入った共同プレスリリース
 しかし、この状態をいつまで続けていてもキリがないというわけで、両陣営が合意してIEEEにおける標準化をあきらめたわけだ。両陣営が合意しなければ、円満な取り下げもできなかったハズで、両陣営は標準化の取り下げに際して、共同でプレスリリースまで出している。

 そのプレスリリースは両陣営が、「現時点でのUWB市場発展段階においては、複数のUWB技術の商品化によって市場をさらに成長させていくという選択肢の多い行動が必要である」という合意に達したと述べている。つまり、IEEEでの標準化は断念し、市場での殴り合いで決着をつけようじゃないか、というわけだ。標準化作業が頓挫することは、何もこれが初めてではないが、このようなプレスリリースが共同で出されることは、結構珍しいことではないかと思う。

 IEEEの標準は、法的強制力のあるものではない。この分野における強制規格を定めるのは米国の場合FCCであり、両陣営ともFCCの認可を受けているから、それぞれの方式に準拠した製品を販売することができる。少なくとも米国においては、互換性のない2つの方式のUWB製品が市場に投入され、そのどちらが売れるかで決着がつけられることになる。わが国では、今のところUWBの利用には免許が必要で、いずれの方式のUWB製品も市場で販売することはできない。おそらく総務省はIEEEでの標準化を踏まえて、標準規格を支持する形で電波法を改正するつもりだったのではないかと思われるが、もはやそれは望めない。MB-OFDM、DS-UWBの両方式が製品化できる形での法改正を強いられることになるだろう(そうでないと、また日米間の政治問題化する可能性が出てくる)。

●2つの規格が争うメリットとデメリット

 このように、かなり注目されていた技術の標準化があからさまに頓挫したのは、最近では比較的珍しいことだ。PC業界は標準で動くなどとも言われており、確かにそれは間違ってはいないと思う。だが、同時にPC業界はMicrosoftとIntelが牛耳ってしまっており、両社が合意してしまえば、他はほとんど反対できない状況にある。MicrosoftやIntelに逆らえる会社はことごとく駆逐されてしまった。標準ができやすい環境にある。

 それを考えれば、UWBのように話がPCの世界で完結できない技術になると、PCでの技術標準のようにすんなりと行かないのも当たり前かもしれない。UWBは車載情報機器など、必ずしもPCとは限らない分野で実用化が始まりつつあり、PCと直接関係しない企業も、UWBについて利害関係を持ち始めている。利害関係の異なる多くの企業が参加すればするほど標準化は難しくなるわけで、そういう意味では標準化ができないことも、一種の健全さの証である。Blu-rayとHD DVDに分かれて一本化ができない次世代光ディスクも、別に恥じる必要はない。

 このように標準化ができず、複数の方式が対立した場合、良く言われるのは、一番迷惑するのは消費者だ、ということだ。確かに複数の異なる方式が並立すると、何かと不便なことも多いし、後にどちらかが撤退すると、撤退した陣営の製品のユーザーは、まず悲しい思いをする。MB-OFDMもDS-UWBも、UWB方式には違いがないから、特徴は似ている。MB-OFDM陣営がUSBの無線化で「Wireless USB」を謳えば、DS-UWB陣営は「Cable-Free USB」を唱えるという具合で、紛らわしいのも事実だ。もちろん、Wireless USBとCable-Free USBで相互接続はできない。

Freescaleにより最初に製品化されたUWBチップセット(XS110)を用いたDS-UWBモジュール MB-OFDMに準拠したWisairのPHYチップ(右)とアンテナ

 だが、すべての製品が最初から1つの規格に準拠して出てくるというのも、かなり気持ちの悪い世界ではないか。最初から1つの規格で登場するということは、言い方を変えると、消費者に技術を選択する権利がない、ということでもある。1つの標準規格の上で、製品間の競争をすればよいではないか、ということも言われるが、それでは技術レベルでの競争がなくなる。紙の上で技術間の優劣を議論してみても、製品を実際に市場に出してみなければ分からないことも沢山あるハズだ。

 MB-OFDMとDS-UWBのスペック上の差異はともかく、実際の製品としてどちらがつながりやすいか、どちらが帯域がとれるのか、どちらが安価なのか、それとも消費者に分かるような部分での違いはないのか、現時点では何とも言えない。が、もし違いがあるのであれば、どの部分を重視して、どの部分をあきらめるのか、その選択に消費者が全く関われないのもどうかという気がする。

 肝心なことは、複数の規格が並立している状況を認識すること、消費者自身がどちらかを選ぶことが市場での標準化プロセスに関与する行為であること、標準の座を射止められなかった製品を選択した場合に悲しい思いをするリスクを負わねばならないこと、などを承知して製品を買うことだ。納得して買えば、後悔も少なくなる。それがいやなら市場での趨勢が見えるまで、製品に手を出さないことだろう。

□UWB Forumのホームページ(英文)
http://www.uwbforum.org/
□ニュースリリース(英文)
http://www.uwbforum.org/index.php?option=com_content&task=view&id=121&Itemid=2
□WiMedia Allianceのホームページ(英文)
http://www.wimedia.org/
□ニュースリリース(英文,PDF)
http://www.wimedia.org/imwp/idms/popups/pop_download.asp?contentID=7532
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【1月7日】【CES】世界初のワイヤレスUSB対応HDDをデモ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0107/ces06.htm
【2003年4月16日】【元麻布】次世代の超高速無線通信技術UWB
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0416/hot257.htm

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(2006年1月30日)

[Reported by 元麻布春男]


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