10月13日に発表された新しいiPodの出荷がいよいよ始まったようだ。直営のアップルストア、一部の量販店に20日には並んだようだが、すでに完売している。 質感的には前モデルになるiPod photoの方が若干良かったようにも思うが、軽さと薄さには代えられない。残念なのは、発表前にウワサになっていた80GBモデルの設定が見送られたことで、あったらそちらにしたと思う。まだ筆者のライブラリは40GBを超えたところ(基本は128kbpsのMP3、後述のクリエでも持ち運ぶ必要があるため)だが、新しいiPodが動画に対応していることを考えれば、余裕を持たせた方がベターなハズだ。 とはいっても、iPodの動画機能に大きく期待しているわけではない。これまで、クリエやPSPも含め、動画プレーヤーを使ってみたことはあるが、結局、習慣として定着しなかった。これは、筆者が毎日定時に出勤する生活をしていない、ということも大きな理由で、もしそうならクリエとメモリースティックビデオレコーダは、もうちょっと活躍していたような気もしている。 そうは言っても、歩きながら動画を見るというのはほとんど不可能だし、混んだ電車の中でつり革につかまって見るのも快適ではない。音楽に比べて動画の視聴はシチュエーションが限られる。動画を見ることが許されるシチュエーションであれば、もっと大型のディスプレイを持ったプレーヤーの利用も可能になる確率が高い。 Appleも今回の動画機能はオマケと考えているようで、その証拠に製品名はiPodのまま。iPod videoでもなければVideo iPodでもない。意図的に動画に注目が集まり過ぎるのを避けている印象だ。あまり大きな期待はしないで、ちょっと気の利いたクリップがiTMSにあったらダウンロードしてみるか、というくらいのつもりでいた方が幸せになれるということだろう。 もちろん、非常に高い浸透率を持つことになるであろうハードウェア(iPod)と、広く普及したサービス(iTMS)の合体だから、ひょっとすると瓢箪からコマ的なアクシデントもあるかもしれない。そして、もしこれでビデオの配信までAppleの手中に入ったら(ビデオ配信の標準DRMがFairPlayになったら)、IntelやMicrosoftはどうするんだろうなぁ、とも思う。現時点におけるインターネット動画配信のデファクトスタンダードはWMVだと思うが、まだそれほど磐石の地位だとは思えない。この1~2年が勝負だろう。 というわけで、まだ「待ち」の状態の筆者なのだが、ボーッと待っているのも何なので、iPodの歴史みたいなものを表にまとめてみた。 【表】iPodの歩み
この表でまず思うのは、初代iPodが出てまだ4年しか経っていない、ということだ。たとえばソニーの初代メモリースティックウォークマンが発表されたのは'99年9月。実に2年先行したことになる。しかも初代iPodはMacintosh用であり、シェアの高いWindowsを正式サポートしたのは2002年7月の第2世代iPodから。ここからカウントすると、ソニーには3年のリードタイムがあったことになる。 この間ソニーをはじめとする他社は、64MBや96MBといったチマチマした容量のフラッシュメモリベースのプレーヤーや、メモリースティックやCFといったフラッシュメモリカードを用いたプレーヤーをリリースしていた。発想としては、それまで長年使われてきたメディア交換型プレーヤー(カセットプレーヤーやCDプレーヤー、MDプレーヤー)を、フラッシュメモリで再現しようとしていたわけだ。 この交換可能なメディアを用いたプレーヤーによる、過去の成功体験の呪縛というのはそうとう根深い。10月18日に松下が発表したSDカードベースのデジタルオーディオ(D-Snap Audio)も、同時に128MBという小容量の3色SDカード3枚セットを発売していることからみて、まだこの呪縛にとらわれているようだ。 すべてのユーザーがそうだと言うわけではないが、過去においてユーザーは持ち出したくても、自分の音楽ライブラリを丸ごと持ち出すことができなかった。だから、仕方なくライブラリの中から、泣く泣く選んで持ち出していた、という側面があることを日本のメーカーは理解する必要があるのではなかろうか。メディアを交換しないで済むなら、それに越したことはないのである。 iPodが正しかったのは、メディアの交換が過去の必要悪だったと見抜いた点にある。日本の家電メーカーと異なり、AppleはポータブルAV機器について、過去の成功体験を持っていない(もう1つ、系列のレコード会社のしがらみもない)。それがかえって幸いした格好だ。
iPodのうち現時点で最も容量が小さいのはShuffleの512MBだが、これはちょっと特殊なプレーヤー(ディスプレイなしでオートシャッフル再生が基本)。それでも128kbps程度でエンコードすれば、ポピュラーのアルバムが10枚くらいは楽に入る。通常タイプのiPodで最小容量はnanoの2GBで、これなら50枚近いアルバムが入る。それだけの音楽をメディアを交換せずに楽しめるのである。 もう1つのエポックとして、第3世代iPodがリリースされたのは2003年9月のこと。ここでiPodはMP3プレーヤーから、MP3も再生可能なデジタルオーディオプレーヤーに変貌を遂げる。DRMを付与可能なファイルフォーマットを採用し、コーデックにはAACを採用する。DRMというちょっと苦い薬を、MP3より新しい進んだコーデックというアメでくるみ、簡単に利用できる便利なオンラインミュージックストア(iTMS)というオブラードで包んだわけだ。この辺り、無理やりDRMを押し付けなかったのが、iPodが成功したもう1つのポイントだろう。
2004年1月に発表されたiPod miniは、容量を初代に近いレベルまで逆戻りさせる代わりに、小型軽量化と低価格化を実現したモデルだ。4GBあれば100枚近いアルバムを収録できるが、マニアではないカジュアルなユーザーにはこれで十分だと見たわけであり、それは正しかった。iPod miniは台数的には最大のヒット商品となった。 また、miniは第4世代iPodの操作系を先取りする格好にもなっているが、デザインの先行テスト的な色合いはnanoと第5世代iPodの間にも感じないわけではない(実際はnanoを売り出した時には第5世代の量産は始まっていただろうから、単なるデザインの統一、ということだと思うが)。 このiPodの系譜を見てもう1つ思うのは、どうやらAppleはプライスポイントを維持して、機能アップでお買い得感を出す、という基本方針であることだ。たとえば2002年7月から2003年9月まで、iPodのハイエンドモデルの価格は59,800円で一定だが、この間に容量は20GB、30GB、40GBと10GB刻みで増えている。また、2004年10月に発表したiPod photoは価格が非常に高かったが、このプライスポイントでは消費者がついてこないと見るや、わずか4カ月でマイナーチェンジを実施、実質的な値下げを断行し、以前のプライスポイントに価格を戻している。 最新の第5世代iPodの場合、上位モデル、下位モデルともにほぼ価格は据え置きとなっている(円安傾向を考えれば据え置きといってよい)。上位モデルは、容量据え置きだが、薄く軽くなったこと、動画再生機能が加わってお値段据え置き、というのがセールスポイントとなる。下位モデルはこれらに加え、前世代より10GB容量アップのボーナスが加わる(上位モデルの1,000円アップに対し、こちらは2,000円上がっているが)。60GBモデルよりさらに薄いことと併せ、お買い得感が強いのはこちら。ライブラリの容量が30GBで十分おさまる、というユーザーはこちらを選ぶべきだろう。 今回はハイエンドモデルの容量アップが見送られたとはいえ、iPodは一貫して容量の拡大につとめてきた。実に4年間で、5GBから60GBまで増大している。たとえばソニーはHDDタイプのプレーヤーの容量は一貫して20GBで、それより大きなモデルを出そうとはしない。大容量化は、単に曲がたくさん入るだけでなく、より高音質にする(エンコード時のbitレートを上げたり、究極にはロスレスにする)こと、動画のように音楽以外のコンテンツを持ち運ぶことにもつながる。しかし、HDDプレーヤーの大容量化に比較的熱心なのは、Appleを別にすると東芝くらいだ(東芝は大容量HDDプレーヤーに使われる1.8インチHDDの製造元である、という事情もあるだろうが)。 以前このコラムで、筆者は将来のiPodがフラッシュメモリベースに切り替わる可能性について触れた。これについて(メインストリームがフラッシュになること)は今でも意見は変わっていないが、HDDの容量拡大が維持される限り、ハイエンドだけはHDDになるのではないかとも思う。それに応えられるだけの大容量化(記録密度向上)のロードマップが描けないようなら、2.5インチ未満のHDDはおしまいである。 最後にもう1つ指摘しておきたいのは、AppleはiPodのモデル数をかなり厳密に管理していることだ。言い換えれば、AppleはiPodのモデル数が増えすぎないよう、細心の注意を払っている。nanoを出す際にはそれまでのベストセラーだったminiの生産を停止している。新旧両モデルが店頭に並ぶ期間を極力短くすることで、旧モデルの値崩れを防ぎ、プライスポイントを維持しているのだろう。もちろんモデル数を絞ることで、流通管理も行ないやすくなる。 昔のAppleは、こうした管理が得意な会社では決してなかった。どちらかというと、モデルチェンジのたびごとに、旧機種となったMacintoshの流通在庫が問題になる会社だった(その一方で、新モデルの入荷がいつになるのか、誰も分からない)。しかし、これもすっかり昔の話である。 ただでさえiPodはエコシステムとしてデファクトスタンダードになりつつあるのに、流通管理までしっかりやられては、ますます相手にするのが大変だ。他社は、この点までしっかり踏まえて戦略を練る必要がある。もちろん、今のiPodに勝てる製品を作ろうなどと思っていはいけない。2年後のiPodに勝てる製品を1年後にリリースする、それくらいの覚悟で戦わねば、到底牙城を崩すことはできないだろう。 □関連記事 (2005年10月21日) [Reported by 元麻布春男]
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