第304回

IntelとMicrosoftはPC業界の牽引車であり続けているか



 先週はIntel Developers Forum Fall 2005の話題が本誌を埋め尽くした。このイベントの中で個人的に最も興味深かったのは、「Merom」でも「Conroe」でもない。これらプロセッサの電力あたりパフォーマンスが向上することは、あらかじめ予想されていた事だ。

ポール・オッテリーニ氏

 Intelは2000年半ばにプロセッサの省電力化に特化した設計チーム-後のBaniasを生み出すイスラエルの設計チーム-を編成していた。Intelは結果的にNetBurstアーキテクチャのライフタイムを読み損ない、さらに90nmプロセスの開発方針でもやや方向を見誤ったようで、現在は消費電力にパフォーマンスの上限を抑えられるという状況に陥っている。しかし2006年後半には、やっと自分のペースを取り戻すことができるのかもしれない(あくまでも可能性でしかないが)。

 しかし彼らは、自身がすでに“マイクロプロセッサ企業ではなくなっている”と考えているという。IDF初日の基調講演でIntel社長兼CEOのポール・オッテリーニ氏は、市場の変化に対応し、Intelがマイクロプロセッサ企業からプラットフォーム企業へと変化したと話している。

 こうしたIntel自身の変化は、すでに「Centrino」の成功により既定路線として確定していたものだ。

 ではIntelの企業としての変化は、PC市場にどのような影響を与えるのだろうか。

●使い方ごとに特化した提案でPCの浸透率を向上させようとするIntel

 Intelの言う“プラットフォーム企業”という言葉の捉え方はさまざまだろうが、筆者はこれを用途ごとにPCテクノロジをカスタマイズして提供し、さらにその用途での使い勝手を向上させるために市場環境を整える企業と捉えている。

Intelはマイクロプロセッサ企業からプラットフォーム企業に

 Intelはかつて、プロセッサ動作クロック周波数や設計上の優位性を企業の力として前面に押し出す戦略を採っていた。圧倒的なシェアと半導体技術の急速な進歩を背景に巨額のキャッシュフローを生み出し、そのキャッシュフローを半導体技術に再投入するサイクルを繰り返すことで、市場拡大のスパイラルを自ら生み出していた。

 その頃のIntelは、まさにプロセッサ企業というにふさわしい企業だったと言えるだろう。しかしPC市場の拡大に陰りが見え始め、さらに半導体製造技術やプロセッサ設計の面でも消費電力やパフォーマンス向上のアプローチといった面で問題が出始めたことで、そのサイクルも以前ほどにはうまく回らなくなっていたように思える。

 もっとも、半導体技術やプロセッサアーキテクチャに関しては、躓きはあったとしても、今後もさらに新しいアプローチを見いだしていくだろう。問題はPC市場の拡大ペースを取り戻し、再び消費者からの注目を集める製品にPCを仕立て上げていくことだ。

 '90年代後半、PCはソフトウェアにより無限の可能性を見せる魔法の箱だった。世代が新しくなるごと、新しいアプリケーションをユーザーに提案し、人々はその“可能性”に未来を見たからこそ投資をした。言い換えれば、その可能性に行き詰まり感を感じれば、潮が引くように人々はPCに対する興味を失い、一気に成熟市場へと突き進む事になる。現在のPCは、まさにその状況に陥っている。

 Intelがプラットフォーム企業への転身を図ったのは、自らがプロセッサ企業としてイニシアチブを執りながら、業界全体で前に進むだけでは、未来への可能性やビジョンをハッキリと示せなくなってきたからだろう。ならばIntel自身が、ニーズに応じてベストなソリューションを提供し、マーケティング予算を投入して市場の創出を行なおうというわけだ。

 多様化しているPCの用途に合わせ、プロセッサ、チップセット、ネットワーク、ソフトウェアなどの各構成要素をハードウェア製造者にプラットフォームとして提供する企業への大変革だ。プラットフォームが活用しやすいよう市場環境整備に投資することで市場拡大を行ない、市場の地盤固めもIntel自身が担う。それが現時点でのIntelのやり方だ。

 その最初の例は、2003年にIntelが立ち上げた携帯型PCのプラットフォームCentrinoだった。豊富な資金を投入したCenrino戦略は無線LAN内蔵ノートPCと公衆無線LANアクセスサービス、企業内での無線LAN設備などの普及を促し、PCを携帯しながら利用するビジネスツールとして定着させる事に成功させた。

 個人的にはその手法に関して、やや強引とも思える部分も感じているが、結果だけを見れば公衆無線LANアクセスポイントの急増や無線LAN内蔵ノートPCの普及、企業や家庭への無線LANの浸透という意味でプラスの効果を挙げている事は間違いない。

 同社は同様の手法で家庭向けデスクトップPCの付加価値を高める「Viiv」プラットフォームを発表。ViivでIntelは家庭内ネットワークやインターネットを通じたコンテンツ配信基盤構築のイニシアチブを執る。

 関係者によると、Centrinoよりも多くの予算をかけ、Viiv対応PCの開発をPCベンダーに促し、さらにハリウッド映画スタジオや放送局、音楽出版社などにViiv向けコンテンツの配信サービス開始を促すようだ。PCをブロードバンドネットワーク時代におけるエンターテイメントの中心に仕立て上げようというわけだ。

 Viivプラットフォームの戦略に、一部を除いてほとんどのPCベンダーが参加するようだが、その成功は決して約束されたものではない。米国市場での立ち上がりの可能性は高いと見るが、日本での成功に関してはマイナス要因も多い。

 また、プラットフォーム戦略自身へのIntelに対する批判もある。PCベンダー自身が創意工夫をして用途提案を行ない、ニーズにマッチした製品を届けることで、新しいアプリケーションが自然に生まれていくというのが本来の姿だからだ。Intelがプラットフォームを提供し、みんながそれに乗っかるだけであれば、基本的なニーズを満たすための機能を、どんなに小さなPCベンダーでも簡単に満たすことができる。そうなるとPCベンダーは、どのような独自性を出していくのか?

 もっとも、PC市場に関しては、すでにPCベンダー自身が独自性を打ち出すのは難しい時代になっている。ならば、Centrinoの成功例をひな形として、用途ごとに浸透率を高めるというやり方の方が前向きと言えるのかもしれない。

●テクノロジに対する熱意はまだあるか?

 個人的には、Intelのプラットフォーム戦略に対してやや批判的な立場を取っていたのだが、Intel自身がプラットフォーム企業であるという宣言を行なった後、実はさほど強い嫌悪感を抱かなくなってきた。その理由は前述したように、PCが今以上に使いやすく、幅広い用途でベストなツールになるには、そのやり方しかないように思えるからだ。その手法はともかく、技術を基礎に業界全体を前に進めようという意識は評価したい。

 企業としてのあり方は、周りの環境によって大きく変わってくるものだ。たとえば、PC業界における巨人と言えばMicrosoftとIntelが真っ先に挙げられる。両者とも分野は異なるものの、テクノロジ(とその売り込み)によって生きてきた企業である。

 しかし、技術のイノベーション速度がほぼ同時期に保てなくなってきて、両社はやや異なる方向に進んだように思える。

 Microsoftはソフトウェア技術を前進させ、新しい提案の中でPCの用途を拡大することを諦めた(と言えば言い過ぎかもしれないが)ようにも見える。ある意味、普通の大ソフトウェア企業になり、あれもできる、これもできると、周りの事を考えず、次々に製品を投入していたやんちゃさはなくなった。テクノロジを使って面白い事をやってやろうという熱意が薄れてきたように思えるのだ。

 それによってMicrosoftは、以前よりもずっと大人な企業になっている。良きにつけ、悪きにつけ、テクノロジに対する熱意やどん欲さが感じられたMicrosoftも、今や純粋にビジネスとしてソフトウェアを売る企業になってきた。企業としての前面に立つ人間に、技術系ではなく経営寄りの視点を持つ人物が増えてきた事も、その変化を示している。

 もちろん、それが悪いという意味ではない。ソフトウェア産業が成熟してくれば、Microsoftもその軸足を移さざるを得なくなる。ただ、あらゆる面を経営視点により数値で判断するようになってくると、やはりつまらないとは思う。

 それと同時に聞こえてくるのは、「Longhorn」改め「Windows Vista」に関するあまり良くない噂である。詳しくは9月13日からロサンゼルスで開催されるProfessinal Developers Conferenceで明らかになるだろうが、これまで当たり前のように進化されると思われていた部分がカットされているという話を、あちこちで聞くようになってきた。

 願わくは単なる噂であって欲しいものだが、もしWindows Vistaが単に見た目や付加機能のアップデートに力を入れただけのバージョンアップになるのだとしたら、なんとも寂しい話ではないか。PCの未来が開けている事を証明できる企業は少ない。その1社であるはずのMicrosoftは、PCソフトウェア企業である自身の企業価値を高めるためにも、業界全体の牽引車でなければならない。

 それともその意志さえなくなってしまったのだろうか? Windows Vistaの詳細が語られるとき、あるいはMicrosoftの今後の舵取りの方向がハッキリと見えてくるのかも知れない。

【お詫びと訂正】初出時に「InterConnect」の開発が中止されたという記載がありましたが、誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。

□関連記事
IDF Fall 2005レポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/link/idff.htm
【7月27日】【本田】Windows Vistaが描く風景の完成度
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0727/mobile300.htm
【2004年6月14日】【三浦】「日本発」でOfficeアプリを開発したマイクロソフト
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0614/miura014.htm

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(2005年8月31日)

[Text by 本田雅一]


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