なお先週のコラムで、Am386がIntelからのセカンドソースであると書いたが、これは間違いではないかとの指摘を読者から受けた。筆者もうっかりしていたが、AMDがIntelのセカンドソースになっていたのは286時代が最後だったことを思い出した。AMDに確認したところ、やはりAm386は独自設計だという(以下でAm386がセカンドソースではなくなった経緯も吉沢氏が話している)。
AMDとIntelの激しいライバル関係。その背後には突然のセカンドソース打ち切りや、単にAMD製品を市場から排除するための訴訟などもあったが、AMDはIntelに対してあまり直接的な行動は取らず、むしろIntelへの激しい感情をそのまま製品開発のエネルギーへと繋げてきたようにも見えた。 それが今回、司法の場へと訴える判断をしたのはなぜなのだろうか。 吉沢氏「我々がIntelの非競争行為を訴えたのは、賠償金を取る事が目的ではない。現在ゆがめられている市場の競争原理が是正される事を願っての訴訟です。」 具体的に、どの点が訴訟を起こす最も大きな理由だったのか。 吉沢氏「最も大きな理由は、Intelの行為が技術イノベーションを阻害する事だ。本来、プロセッサはエンドユーザーにパーツ単位で提供する製品ではありません。エンドユーザーが購入するのはパソコンです。しかしそのパソコンメーカーが、Intelからの圧力を受けてIntel以外の製品を採用しにくくなれば、せっかくプロセッサレベルで起こっている技術革新も製品として顧客には届きません。 つまり、良いプロセッサが存在しても、その間にあるPCベンダーに対する圧力があって採用されないとなると、エンドユーザーが性能の良いプロセッサの製品を選択する自由が著しく阻害されてしまいます。北米での事例では、流通に対して圧力をかけたこともありました。」 今年春には公正取引委員会がIntelに対する排除勧告を行ない、Intelは応諾しましたが、状況は好転しているようには見えません。もう少し具体的に訴訟に至った経緯について伺えますか。 吉沢氏「プロセッサ市場をIntelが独占しているのは数字上、明らかなことです(80%以上)が、もちろんこれは問題ではありません。しかし、独占を乱用してAMDが市場に入るのを阻害するのは問題です。しかも個々の営業の現場で問題になっているだけではなく、世界的に同様の問題が起こっているのです。 日本の公正取引委員会も、独占の乱用を行なっていないか調査しました。彼らが調べていたのは、AMDのビジネスがある時点から急激に落ちていった原因を調査していたようです。公正取引委員会がなぜ調査を行ない、どのようなデータを持っているのか、その詳細は私も知りません。しかし、公正取引委員会が出した結論は“Intelが独占を乱用した”というものです。さらに欧州でも、EC委員会がIntelの独占乱用について同じように調査しています。ワールドワイドのIntelの乱用が世界的に問題になって顕在化しているとも言えるでしょう。言い換えれば、世界中でそうした調査が開始される、あるいは独占乱用が問題になるほど、プロセッサ市場に歪みが出ていたと言えます。」 訴状には具体的な非競争行為についても書かれているが、Intelはすべての件について「コメントを差し控える。」とした。また公正取引委員会が出した排除勧告についても、応諾はするが事実関係は認めないという、(Intelがシロかクロかに関して)実に曖昧な応諾のしかたをしている。 Intelが勧告を応諾して以降、変化は見られたのだろうか。 吉沢氏「現時点では、勧告以降の明らかな競争阻害行為はありません。しかし、市場独占をフルに活用したマーケティング手法に何ら変わりはありません。 そもそも、勧告に対してIntelは“世界中でIntelは市場を独占しているが、日本だけでこうした勧告が出るのはおかしい。何ら不正は行なっていない”とコメントしています。今回の訴訟に関しても、米Intelのポール・オッテリーニ氏は営業手法を変える必要はないと言っています。勧告を応諾したということは、Intelは独占乱用の事実が存在したと認めた、ということになります。ところが実際には“日本だけがおかしい”という。これは日本の法システムに対する挑戦ではないでしょうか。日本が特殊というならば、なぜEC委員会は立ち入り調査を開始したのでしょう。そこで日本と同様の結論が出た時、Intelはまた同じように欧州は特殊だと言うのでしょうか。 (公正取引委員会がIntelに対して排除勧告を行なったことで)Intelが変わらないのであれば、AMD自身が立ち上がって訴えかけなければ変化は起こりません。賠償金の問題ではないのです。公正で自由な競争環境が何よりも守られるべきだと主張したい。 プロセッサに関して言えば、AMDとIntelは双方ともに米国企業です。にもかかわらず、欧州や日本で独占乱用に対する問題が顕在化しています。なぜだと思いますか。たとえば今後を考えたとき、PC向けプロセッサとしてIntelやAMD以外から、革新的な技術が登場したとしましょう。それは日本や欧州の企業かもしれません。しかし、今のようなIntelが独占を乱用する市場環境では、最終的にエンドユーザーがコスト面や技術面で恩恵を受けることができません。だからこそ米国以外でも問題になっているのですよ。」 吉沢氏はAMDの個数ベースシェアがコンシューマ向けで50%を超え、市場全体でも25%を大きく上回った2002年第2四半期ごろ、実際にマーケティング部門を率いる立場だった。その後、2002年末から2003年にかけてAMD製プロセッサ搭載機はその数が減り、急激にAMDはシェアを落としている。
このころ、いったい何があったのか。 吉沢氏「私自身、日本で起こったその現場でずっと当事者でした。コンシューマ向けで50%を超え、さらに上り調子の中で、何ら合理的な説明もなく突然OEM先がIntel製プロセッサに切り替えるということが、何度も何度も起きたのです。取引相手に理由を訊いても、きちんとした説明はしてもらえませんでした。しかし、今になって思えば、このときからIntelはマーケティングの戦法を変えてきたのだと思います。」 それはどのような変化なのか。 吉沢氏「もともと、AMDとIntelはマイクロプロセッサを共に普及させ、市場を広げる盟友でした。8bitの8080をセカンドソースで生産し始めた'75年から、286時代ぐらいまではずっと良い関係を保っていました。しかし、286時代も後期になると我々の技術の方が進み、16MHz版やPLCCパッケージなどはAMDが先に市場に出してIntelが追うという展開になります。ただし明らかに関係が悪化していたわけではありません。 これが386時代にたもとを分かつことになります。386でIntelは、内部でAMDへのセカンドソース中止を決定していました。しかしそれをAMDには告げず、まずはI/O周りなど周辺チップから始めるように言ってきました。相談した通りのスケジュールで進めていましたが、いつまで経ってもプロセッサ本体の開発にまで進まない。ペリフェラルチップが完成する頃になって、プロセッサのセカンドソース契約は行なわないと通告してきました。 そこでマイクロコードのライセンスを用いて独自にAm386を開発し、ここでもIntelを上回る性能のプロセッサを提供しましたが、マイクロコード使用権が無効であるとの訴えをIntelが行ない(後に和解)、Am486の発売を遅らせざるを得なくなってしまいました。Pentium以降、常に我々が一歩遅れて新世代のプロセッサを提供せざるを得なくなりました。自社プロセッサの市場を広げるために共に歩んだ両社ですが、十分にIntel製プロセッサの市場が大きくなると、今度は逆にAMDがプロセッサビジネスを行なえない状況にしたわけです。 AMDの製品開発が遅れたところで、Pentium、Pentium Pro、Pentium IIと矢継ぎ早にプラットフォームを変え、AMDが追いつく頃にはすでに市場は新世代のプロセッサになってしまっていました。その上でIntelは市場独占を崩さないために、プラットフォームを頻繁に切り替えるという戦法で、AMDやCyrixなどライバルからシェアを守る作戦を採り始めます。バスライセンスを外部には与えず、チップセットも自社で行なえる企業体力と規模を備えるようになっていたからです。 そこで我々はIntel互換のプラットフォームを使わないという決断を行ない、K7では(DECのAlphaプロセッサのプロジェクトで開発されていた)EV6バスを採用し、独自にチップセットやマザーボードを開発し、店頭でAMDの棚も確保するなど、それまでとは全く異なるチャレンジを行ない、店頭市場で50%超のシェアを得るまでになったのです。私自身はIntel互換プラットフォームをやめるなんてとんでもない。これでは商売ができないと思いましたが、なんとか離陸することに成功したわけです。」 しかしAMDはAthlon XPとDuronで拡大したシェアを急速に失う。 吉沢氏「K7前までは、プラットフォームチェンジを急峻に行ない、前世代の製品をあっという間に過去のものとすることで、ソケット形状やバスプロトコルなどの“ルール”を変えることによって、ライバルの進入を防いでいたわけですが、Intel互換プラットフォームではないK7には同じ戦法が通用しません。技術的にライバルがビジネスを行なうスペースを制限することができなくなったからです。Intelが技術的にAMDをコントロールできないと判断した時、彼らは営業的にAMDの進出を阻止しなければならないと考えたのでしょう。Intelの競争阻害行為は、このころから始まりました。」 “Intelに対する訴訟は金銭目的ではない”と言い切った吉沢氏だが、今後、新しい競争環境、秩序を作ることができるなら、2000~2002年当時のように戦えると感じているのだろうか。 吉沢氏「Intelの市場独占は、直接のライバルであるAMDだけでなく、PCに関わるさまざまな企業、そしてユーザーにとって大きな弊害を生み出すようになってきました。良い製品を開発した企業は、その対価を受けられる市場環境で無ければなりません。我々は現在、x86プロセッサとしてもっとも良いプロセッサを提供しているという自負があります。またx86の64bit拡張においても、デュアルコア技術に関しても、我々は優れた実装をしており、この業界のテクノロジリーダーであると考えています。独占の乱用がなくなれば、健全な市場を形成できる自信があります。」 PCに関わるさまざまな企業にとって弊害があるとのことだが、どのような弊害があるのか具体例を挙げてほしい。 吉沢氏「Intelの営業利益率2004年に41%を記録しています。これは同じく独占企業と言われるMicrosoftの25%よりも遙かに大きい。PCベンダーはもっともコスト競争力のあるDellでも8~9%、富士通、HP、IBM、Acerなど代表的なベンダーは、ほとんどがマイナスもしくは1~2%程度の利益しかありません。PCビジネスを俯瞰すると、その市場で生み出されている利益のほとんどがIntelに入る仕組みになっており、ビジネスのスペースはほとんどありません。これはPCの生みの親であるIBMが、20年以上続けてきたPC事業を売却したことからもわかるでしょう。Intelが独占を乱用するたびに、Intelにとって都合の良い市場へと変化してきたのです。」
なぜこのような状態に至ったのか、その一番の要因は何だと考えているか。 吉沢氏「Intelとのマイクロコード仕様に関する係争で、我々が製品を出荷できず、その結果、AMDを振り切って一歩先を走る強力な体制をIntelが築いたからでしょう。Intelは現在、プラットフォーム戦略を推し進めているが、これもIntelへの技術依存度を上げるための戦略です。マーケティング面ではIntelインサイドプログラムへの依存度が上がり、製品開発の面でもIntelへの依存度が上がると、PCベンダーは身動きが取れなくなり、プロセッサのアーキテクチャや性能などを正当に評価して選択することができなくなります。」 Intelの競争阻害行為に関しては、訴状ではよくわからない部分もある。筆者自身の身近な話題としては、訴状の中には出版社への圧力で記事の内容が変えられたという事例もあったが、ベンダーからの修正圧力や事前検閲といった要求を受けたことがないため、今ひとつピンとこない。 いくつかの事例に関しては、事実である確率が非常に高いと確認できたが、もう少し具体的にIntelが不正行為を行なっている例を挙げてほしい。 吉沢氏「記事改ざんの圧力に関しては、おそらくある程度以上、力のある媒体や筆者にはないのでしょう。例に挙げた事例に関しては、媒体名や経緯などは今ここで申し上げるわけにはいきません。今後、裁判が進捗することで、公判の中で明らかになっていくでしょう。他の事例に関しても同様で、公判中のため詳しい内容は公開できません。」 AMDのプロセッサビジネスは、以前はコンシューマが中心で企業向けにはほとんど売れていなかった。現在もクライアントに関しては同様のようだが、一方でサーバー向けは大手ベンダーの採用も進み、シェアを伸ばしている。 AMD製プロセッサのビジネス概況と今後をどのように考えているか。 吉沢氏「決算では良い数字を出すことができました。ひとつは利益を確保しやすいサーバー向けの分野でOpteronが好調という面があります。」 Opteronを採用する大手サーバーベンダーの存在が、K8のプラットフォームに対する信頼感を挙げているという印象がある。エンタープライズ向けの製品は、ユーザーが多く良くテストされているIntel製品の方が信頼感が高いと言われてきたが、そのイメージが改善されてきたのも大きいのではないか。 吉沢氏「Opteronのサーバーをきっかけに、クライアントもエンタープライズ市場に入ることができています。それまではほとんどゼロだっただけに、ビジネスとしての伸びは非常に大きいものになっています。サーバー向けソリューションがなければ、クライアントのビジネスもないというのが、エンタープライズ市場のルールになっているため、従来はコンシューマばかりだったのです。 PC向けプロセッサの市場は、エンタープライズとコンシューマで半分半分ずつに分けることができます。これまでのAMDは、市場全体の半分しか顧客がいませんでしたが、対象市場が一気に2倍になったわけで、とても大きなインパクトがあります。現在、OpteronはライバルのXeonに対し、性能面で明らかな優位性を引き出せていますから、今後、エンタープライズ市場へのAMD製プロセッサの出荷は伸びると思います。ただし、コンシューマ市場におけるシェアが大きく下がったとは言え、エンタープライズ向け製品の比率はまだまだ多くありません。」 今後、良いプロセッサを作りさえすれば採用PCベンダーも増える、という環境を作ることができたとして、その時点で現在のK8ファミリほどの優位性を保てるでしょうか。たとえば来年の終わりにIntelは、アーキテクチャのドラスティックなチェンジをねらっている。 現在、IntelがデスクトップPC向けプロセッサの総合力で劣勢に立たされている原因は、64bit対応で後手に回ったことやNetBurstアーキテクチャの限界が発熱が原因で早く訪れたといった見込み違いもあっただろうが、加えてIntelの90nmプロセスのデキがイマイチだからではないかと見ている。一方、AMDの90nmプロセスは消費電力の面でも好調だ。 しかし競争環境が整ったとしても、勝負は65nm世代に移り変わり、上記のような優位性をAMDが保ち続けていないかもしれない。また世界的にビジネス向けPCとしてモバイル機が増えているというトレンドもある。 省電力性やモバイル向け機能がより重要視される中で、AMDはどの位置に自らの居場所を見つけられるだろう。 吉沢氏「彼らは省電力をキーワードにしたデスクトッププロセッサを開発しているようですが、我々の競争力に問題が出るとは思いません。K8の次のアーキテクチャももちろん開発が進められていますし、我々は何よりも顧客中心主義であることを重要視していますから、魅力的な製品になると確信しています。そもそもクロック周波数の上昇が、電力問題から限界が訪れることはずっと以前からわかっていました。だからこそモデルナンバーをいち早く導入し、プロセッサ評価を行なうためのルールを変えたのです。 また現在のTurionの改善も進めます。現在のK8は比較的省電力なプロセッサですが、バッテリ持続時間をのばすために作り込んでいるわけではありません。まずはK8をベースに徹底した省電力化を行なうプロセッサを開発します。その次には、スクラッチからモバイルを意識して設計している新プロセッサが控えています。 これらのデザインには、世界中のAMDの開発者が関わっています。北米だけではなく、日本だけでもなく、欧州、アジア、そしてアフリカにまで広がります。特にモバイル系のアプリケーションは日本が先行していることもあり、日本のデザインセンターが重要な役割を果たしていますから、特定の考えに固まってしまった製品ではなく、真の顧客主義の製品になるでしょう。」
□関連記事 (2005年7月19日) [Text by 本田雅一]
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