第300回

Windows Vistaが描く風景の完成度



Windows Vistaのロゴ

 先週、Windowsの次期バージョンで、これまでは“Longhorn”というコードネームで呼ばれてきたOSが、「Windows Vista」と名付けられた事が発表された。発表されたのは、わずかに名称および8月3日からのβテスト開始の2点のみである。

 すでにβテスト希望の登録を済ませているユーザー向けには、マイクロソフトのWindows Vista βサイトに登録するための招待コードがメールで配布されている(WinHECで登録していた筆者の元にも届いた)。βテストの募集はMSDNに加入している開発者はもちろん、それ以外のユーザーからも広範に募集が行なわれるようだ。筆者が登録したWinHECでの受付も、特別な条件なく誰でも参加できるというものだった。

 さて、実に新しい事実がないニュースではあるが、Longhornの正式名称発表に伴い、さまざまな追加ニュースやコラムが公開されている。その中には批判的あるいはマイクロソフトを揶揄する記事も少なくないが、Windows XPのリリースから4年が経過し、PCに対して新しい性能、新しい用途があまり求められなくなってきている現状、それだけWindows Vistaへの期待が高いことの裏返しとも言えるだろう。

 だがWindows Vistaが、本来我々に見せようとしていた“眺望”を描いてみせるまでには、まだ若干の時間がかかるのかもしれない。Windows Vistaのリリースが遅れるだろうと予測しているからではない。Windows Vistaはリリース後も、次々にアップデートされる計画があるからだ。

●その景色はハリボテなのか?

Windows Vistaの製品情報ページ

 映画スタジオの現場には、背景を専門に描く職人が数多く働いている。巨大なキャンバスに対し、絵の具で背景を描いていくのだが、実際にその現場を見学してみると、あるいは撮影スタジオの壁沿いに吊された背景を見ると、緻密さとは全く縁遠い、大まかな絵柄である事がわかる。

 しかし実際にライティングを行ない、あるいは夜景などでは透過光などのテクニックを用い、カメラの被写界深度をコントロールすると、実際にフィルム上に映る映像では、実にそれらしく本物のように見える。ハリボテでもテクニック次第で実物のように見えるわけだ。

 Longhornに関しては、PC Watchでも何度も紹介されてきている。筆者も何度も飽きるほどLonghornの事を聞かされてきた。そしてLonghornについての話の中で、必ずマイクロソフトが強調するのが「今回は絶対に妥協しない」という事だ。

 Windows Vistaにはさまざまな側面があるが、ある切り口で見れば「Windows .NET」を具現化したものと言えるし、別の切り口ではWindows 3.0以来はじめて行なうAPIレベルの大幅整理とも言える。

 Windows 3.0時代のWin16 APIは、その後のWindows NTでWin32 APIとして32bit化された。しかし互換性を重視するため、APIの基本的な考え方はWin16のものを引き継いでいる。現在のWindows XPが採用するWin32は、もちろん、それ以降に数多くの機能が追加されているが、その基礎はずいぶんと古いものだ。

 だからこそマイクロソフトはWindows Vistaを、これまでのWindowsとは異なる、新しい領域に踏み込む第1歩として位置付けている。

 最近のWindowsの派手な機能追加を見てると忘れそうになるが、OSのもっとも基本的な役割は、ハードウェアとソフトウェアの間を取り持ち、ソフトウェアが各種ハードウェアの機能に対し、標準的なアクセスの手法を提供することだ。このためかつては想像しえなかったような進化をハードウェアが遂げたとき、OSは新しいハードウェア環境を存分に活かす、あるいは将来のハードウェア進化を妨げないために、基礎部分からの見直しを迫られる。

 やや登場が遅すぎる感はあるが、Windows VistaはPCが次のステップに踏み出すための基礎固めを行なうためのWindowsと言える。そう“基礎固め”だ。Windows Vistaがきちんと当初のコンセプト通りに実装されれば、次の10年を支えるプラットフォームになれるだろう。

 Vistaとはイタリア語が語源の「眺望」を意味する言葉だという。Windows Vista本来の目的が達成されれば、将来のPC像が見通せる偉大なるソフトウェアプラットフォームに進化し、パーソナルコンピューティングの未来を見通すことが可能だ。

 しかし、Windows Vistaが見せようとしている景色は、決して実体が最初からすべて揃っているのではなく、その多くがハリボテではないかとの意見もある。

●すでに開発計画が存在する「Plus X」

 記憶に新しいところでは、Windowsのファイルシステムと連動し、メタ情報やリポジトリ管理を行なうための「WinFS」が、Windows Vistaから取り払われたというニュースがあった。WinFSはWindows Vistaのリリース後、別モジュールとして提供される。WinFSは統合的なユーザープレゼンテーション機能を提供する「Avalon」、安全で柔軟性の高いプログラミングが行なえるネットワークAPIの「Indigo」とともに、Windows Vistaの重要な要素のひとつだった。

 その代わりにマイクロソフトは、新しいWindowsのシェルにWinFSによって実現されただろう機能の一部(デスクトップ検索、多様な角度からファイルの発見を手助けするなど)を、WinFSのようにあらゆるWindows Vista対応アプリケーションに対してクラスライブラリで提供するのではなく、直接シェルへと機能を実装する事で実現している。

 またWindows Vistaに実装するべく個々に開発が進められてきた各種新機能も、実際に最初のWindows Vistaの中に入るのかどうかは、βテストを終えて出荷候補版が登場するだろう2006年の春ぐらいにならなければわからない。今年WinHECで提供されてきた開発者向けバージョンは、開発途中のシェルや新しいAPIであるWinFXの呼び出しエントリは揃っていたが、機能の中身は存在していなかった(個別に開発しているためOSとしては統合されていない状態)。

 WinFSは良い例だろうが、実装が遅れるので表向きには似たような体験ができるように作り込んでおく、というのでは、基礎部分の工事を主眼としているハズのWindows Vistaの趣旨には合わない。それこそ、見た目だけの体裁を整えたハリボテでしかない。

 マイクロソフト関係者によれば、Windows Vistaそのものを次世代を担う基礎工事として位置付け、簡単にスケジュールを守るという理由だけでは妥協できないという考え自身は変わっていないという。ただし市場からの要求もあり、これ以上はOSのリリース間隔を空けられない(これ以上空ければハードウェアの進化を著しく妨げる)という理由から、来年末の商戦期には最初のバージョンを提供しなければならない。その狭間でマイクロソフトが選んだのは、段階的な工事を施すという手法のようだ。

 まだWindows Vistaのβテストも始まっていない段階だが、既にLonghorn Plus1、Plus2、Plus3といった開発スケジュールがタイムテーブルに乗っており、Plus1とPlus2に関してはマイクロソフト社内に具体的な動きもあるようだ。

 Windows Vistaの最初のバージョンでは、後から入れ替えが行ないにくい、あるいは新OSとしてどうしても入れなければならない要素を盛り込み、他システムとの連携を行なわなければならない部分や、Windowsチーム単独で仕様をフィックスできないような機能に関しては、後からアップデートを行なう。

 手法としては、アップルコンピュータがMac OS Xで採ったアプローチに似ているという印象だ。Mac OS Xの最初のバージョンは、さまざまな面で整合性がまだ取り切れていない、ユーザーインターフェイスもこなれていない製品だったが、毎年のように行なわれるバージョンアップでユーザーインターフェイスや機能、バックグラウンドで動作するサービスが改善され、現在の"Tiger"に至っては、10.0とほぼ同じ顔を持ちながら、はるかに高い完成度のOSへと進化した。

 Windows Vistaも、バグフィックスなどを中心としたサービスパックとは別進行で、Plusという形で(大きく基礎は変えずに)改良を積み重ねていく。5年も全く進化しないまま放置されたに近いWindows XPの轍は踏まないといったところだろうか。

 いずれにせよ8月3日からのβ1(この段階では実装されていない機能もまだ多いだろう)、そして9月に行なわれるProfessional Developers Conference 2005の動向に注目したいところだ。

●浮かんでくるXbox 360との関係

 以前、Xbox 360にはMIL(Media Integration Layer)が実装されるという話を書いたことがある。MILとは2D、3Dグラフィックだけでなく動画や音声も統合するソフトウェアレイヤで、Avalonの下位に存在するものだ。Windows VistaのシェルはMILの上に構築されているという。

 Xbox 360の上にMILがあるということは、その上に必要に応じてAvalonを載せてAvalonベースのネットサービスにXbox 360から直接接続して利用する事も(やろうと思えば)できるということだ。またMILから下のレイヤへの接続をネットワーク透過にすれば、Windows Vista上で動作するアプリケーションのプレゼンテーション部分をXbox 360上で再生させるということも可能になる。

 実際にはWindows Vistaの最初のバージョン、およびXbox 360の最初のファームウェアでは、上記のようなWindows VistaとXbox 360のプレゼンテーション機能まわりをシームレスに統合する機能は盛り込まれない。現時点では、それぞれの製品を個別に改善する事が優先されている上、両者ともに仕様が確定できない段階での密な統合は不可能だからだ。

 しかし前述したLonghorn Plus1には、両者を密に結合する機能が含まれる可能性が高いという。Xbox 360のアップデートとPlus1を組み合わせることで、密接な関係になる。

 Xbox 360には最初からMedia Center PCと接続してメディア再生を行なうMedia Center Extentionの機能が内包されているが、MILのレベルで透過的に接続されるようになれば、3Dグラフィックスも絡めたよりリッチなリモート接続の体験が得られるだろう。

 もっとも、問題はどのような美しい実装になっているかよりも、具体的にユーザーがどのような事を達成できるかである。Xbox 360がネットワーク経由でWindows Vistaマシンのパワーを効率的に利用するといっても、それが本当に欲しいと思えるものなのか?

 このところ、マイクロソフトはMedia Center関係の開発者を多数、日本に異動させているようだ。デジタル家電でもっとも競争の激しい日本で、正しい開発の方向を学び、それを製品に反映させていくのが目的とか。

 日本市場には合わないと一蹴された状態のMedia Center PC(理由はもちろん、それだけではないが)だが、本気で聞く耳を持って大きな配置の転換を行なっているのであれば、あるいは数年のレンジで見たときには、大きな進化を遂げるかもしれない。

□関連記事
【7月22日】Microsoft、次世代Windowsを「Windows Vista」と命名
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0722/ms2.htm
【5月3日】【本田】WinHEC 2005版"Longhorn"インストールレポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0503/mobile291.htm

バックナンバー

(2005年7月27日)

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.