第298回

AMDの訴訟、僕なりの見解



 先週、AMDが生々しい描写を含む訴状(公開されたのは概要)と共に、Intelに対して非競争行為による損害の賠償訴訟を起こした。IntelとAMDは長年のライバル関係の中にあり、営業の現場ではさまざまな諍いがあっただろうとは想像していた。しかし、ここまで具体的な営業妨害の指摘を行なうというのは、AMDとしてもよほどの事があったのだろう。

 筆者は基本的にCPUに関しては、ベンダー自身が発信する情報やエグゼクティブが語る戦略を記事として伝えたり、時にはその方針に対して意見を書いたりといったことはあるが、実際のメーカー営業の現場と接することはまずない。我々が普段接することができるメーカー担当者も、おそらくは訴状に含まれる内容が真実かどうかを判断できる人は非常に限られている。

●AMDのIntel損害賠償訴訟について

 読者向けメールアドレスで「この件について、Intelの取材をよく行なっている人間としてどう考えているのか」あるいは「巨大なIntelがAMDを押しつぶそうとしているのを、なぜそのまま見過ごすのか」といったメールをいただいた。

 しかし、私事ながら僕はこの件の記者会見には所用があって出席しておらず、直後から休暇に入っている事もあり、訴状にある内容がどこまで真実なのかも全く判断材料がない。現段階において、情報がないためそれが真実なのかどうかも含めて記事として書くことはできない。

 現時点でわかっているのは、公正取引委員会の排除勧告に対してIntelが応諾したという事実のみである。しかもIntelは勧告に対して納得はしないが応諾するという、ややわかりにくい……もう少し突っ込んで言えば、結論を曖昧にした決着をさせているので、よけいに何が真実なのかが読みにくい。

 僕の基本的なスタンスは、損害が発生しているのであれば、司法手続きを経てしかるべき機関が判断を下して賠償されるべきというものだ。すでに訴状が提出されている以上、Intelが本当に違法だったのかどうかを追求するのは僕の役割ではなく、司法機関の役割だと考えている。

 また、製品のアーキテクチャや性能、あるいは将来のビジョンに関するレポートに、今回の訴訟が影響すべきではないとも思っている。Intelが不正な営業行為を行なっていたとしても、製品そのものの性能に変化があるわけではないからだ。

 ただし双方に対して取材、あるいは両者の作ったプロセッサが搭載されるPCを評価する事も多い身としては、立場上、全くの無関係とも思わない。両社の競争関係が今後どうなるかは、PC向けプロセッサの進化そのものにも影響を及ぼす。いずれかが不正な行為を働いているとしたら、つまり良い製品を作っても報われない構造があるならば、良い意味での競争による正常な進化は望めない。これは業界の行方にも影響する大きな問題だ。

 今回の訴訟に関しては門外漢だが、せめて双方の言い分だけは聞いておきたいとは思う。そこでAMDとIntelの双方に、今回の訴訟に関する取材を求めている。すでにいくつかのインタビューは掲載されているようだが、筆者も日本AMDに対しては近く吉沢俊介取締役に話を伺う予定だ。なお、Intel広報からは今回の件について「コメントは差し控えさせていただきます」との返答のみで、正式な取材を行なう予定は今のところ立っていない。

●AMDがIntelを敵対視する理由

 AMDのIntelに強いライバル心を燃やしている理由は何なのか? いずれもフェアチャイルドを起源とするAMDとIntel。AMDの創業者でもあるジュリー・サンダース氏の闘争心に関しては、さまざまな本やWeb上の情報にも記されているので、ここではあまり触れない。

 しかし、AMDが怒るのも無理もない、おそらく原因はこれだろうと思った事件は過去にあった。だから、今回の訴訟に関して(事実関係は現時点ではわからないが)僕自身はAMDに対して同情的だ。また、AMDのIntelに対する怒りにも似た強烈なライバル意識がAMDのエネルギーの源になっていた部分があるとも考えていた。両者は単なる商売敵以上の敵なのだ。

 最近、PCに興味を持った人は知らないかもしれないが、286、386の時代はIntelよりもAMDの方が多くのプロセッサをメーカーに供給していた。AMDはIntelから正式なライセンスを受けてIntelアーキテクチャのプロセッサを製造する、いわゆるセカンドソースだった。当時は半導体製造能力を互いにカバーしあうため、他社に生産ライセンスを与えて作らせる事が多かったのだ。

 ところがAMDはタダのセカンドソースではなかった。本家Intelよりも高クロック周波数のバージョンを出したり、価格面や供給面でのアドバンテージなどもあり、特に日本では大成功を収めていたと言える。対するIntelはセカンドソースの台頭に、自社が設計したプロセッサであるにもかかわらず、営業面では苦戦を続けていた。

 しかし486の時代に入ると、Intelが市場を独占し始める。セカンドソースのライセンスを他社に与えなくなったためだ。十分にIntelアーキテクチャの市場は大きくなり、その先の大きな成長も望める以上、他社に生産させるよりも、自社で先行投資を行なって独占供給できる体制を整えた方がいい。

 これに対してAMDは、Intelから受けていたマイクロコード(プロセッサ内部の動作を決めるプログラムコード)を用いて486互換プロセッサ「Am486」を開発。ところがIntelは訴訟という形で、AMDのマイクロコード使用が不正なものであると訴え、なんとAm486は出荷差し止めの仮処分を受けてしまう。

 この訴訟こそが、AMDがIntelを憎む最大の原因になっているように思う。

●Intel時代の幕開け

 486からPentiumへ続いた時代、ちょうど僕がこの仕事を始めたばかりのころだが、“PCのプロセッサ=Intel”の法則が定まったのがこの時期である。

 Intelが起こしたマイクロコードのライセンスに関する訴訟は、その後、両社による和解に至っているが、もし裁判が継続していたなら、AMDは間違いなく訴訟に勝っていただろう。AMDのマイクロコードライセンスはPentium世代までは有効な契約であることは明らかだったからだ。

 ではなぜ訴訟を起こしたのか? それはAMDの486互換プロセッサの出荷を遅らせ、市場から締め出す事が目的だった。両社による和解の頃、すでに時代は486からPentiumへと移り変わりつつあり、AMDがAm486を出荷し始めても価格はすでに下落した後だった。

 ご存知のように、半導体の製造には大規模な投資が必要となる。常に他社にリードして優れた製品を大量に供給するには、適切な投資サイクルを毎年守っていかなければならない。しかし486世代での利益を遺失したAMDは、製造技術・設備への十分な投資を守ることが難しかった。

 その後、AMD自身の失敗(K5の失敗やオースチンの新工場における歩留まりの問題など)もあり、AMD対Intelで見たときの力の差は埋めがたいほどのものに広がっていた。一度差が開いてしまうと、その差を企業努力だけで埋めるのは難しい。

 Intel最強時代はこうして幕を開けた、と僕は考えている。だからAMDに対して同情的なのだ。K5のデキがあまり良くなかった(ちなみにK5には2バージョンあり、初期のバージョンは特に性能が出なかった)ことや、全く製品供給が行なえなくなっていた事(つまり製造ベンダーとして納入できる数量を確約できない状態に陥っていた)など、AMD自身の問題もあったとはいえ、あの訴訟がなければ……という思いは、当事者のAMD自身が最も強く感じていたはずだ。

 以前、まだCOMDEX/Fallが華やかりし頃、現日本AMD代表取締役会長の堺 和夫氏(当時は日本AMD代表取締役社長)がプレスを招待した食事会を主催した事がある。このとき、たまたま隣に座っていた僕は、堺氏に上記の件について話を伺ったことがある。堺氏は日本AMDの辣腕営業マンとして活躍し、286、386時代に日本メーカーに大量のAMD製プロセッサを売り込んだ事でトップに上り詰めた人物だったからだ。

 当時の悔しい思いをたっぷりと聞かせていただいたが、一方ですでに和解が成立している(おそらく和解条件の中には、この件でIntelに対するネガティブキャンペーンを張らないようにとの合意があったのだろうが)案件だけに、自らIntelの手段について批判することは避けていた。

 冒頭で「AMDとしてもよほどの事があったのだろう」と書いたのは、Intelの採った手法が正しくないと信じていながら直接的な批判を避けてきたAMDが、いよいよ直接的にIntelの営業手法に対して損害賠償訴訟を起こした事に断固たる決意を感じたからだ。

●懸念される今後の製品への影響

 AMDのシェア低下がIntelの営業妨害によるものだとすれば、事態は手遅れかもしれない。現行製品の性能が悪いと言っているのではない。筆者はプロセッサ単体のベンチマークテストと評価を行なわなくなって久しい(依頼があった時のみ行なっている程度)ため、正確な数値は把握していないが、現行のデスクトッププロセッサでベストは何かと問われれば、おそらくAthlon 64(およびその派生製品)だろう。特に64bit命令とデュアルコアの実装はIntel製プロセッサよりも優れていると思う。

 しかしAthlon 64の搭載製品は、AMDが主張するように極端に少ない。実力比から言えば(企業向けではIntelプラットフォームで揃えるメリットも小さくないとはいえ)家庭向けPCにはもっと多くのAMD採用例があってもおかしくない。

 本来ならばAthlon 64の採用例が増え、AMDのキャッシュフローが増えて次世代製品への投資が行ないやすくなり、一方、Intelもより良いプロセッサを作って失地回復を狙うといった競争関係が形成されるのが望ましい。だが、今から是正が進んだとしても、果たして以前と同じようにAMDとIntelが戦えるかどうか。次の世代での戦いは、今世代のビジネスが大きく影響する。

 たとえば来年の終盤、IntelはYonahの次となるモバイルプロセッサ「Merom」の出荷を予定している。そのMeromのアーキテクチャが「Conroe」というデスクトッププロセッサにも使われる事は、PC Watchを読んでいる読者ならご存知だろう。ややアンバランスで現在の半導体事情に合わないNetBurst系ではないConroeのデキが良ければ、パフォーマンス面でAMDを追い越す可能性もある。

 日本AMD 吉沢氏は以前「これまで何度も“もうAMDもダメかもしれない”と思う事があった。そのたびに日本AMDを去ろうとも考えたが、ここまで来れば最後まで戦いたい」と話したことがあった。ちょうどAthlon XPがモデルナンバー導入を発表した直後の事である。そして「モデルナンバーの戦略が成功しなければ、もうAMDはこれ以上戦えない状況なのだ」と続けた。

 もし今回の世界規模での訴訟が、AMDの体力低下を端に発したものであれば、たとえIntelへの監視の目が厳しくなり、AMDの採用例が増えたとしても、その次の世代で良い競争関係を築けない可能性もある。それは業界にとって大きなマイナスだ。しかし(AMDが考える)公正な競争環境さえ整えば、十分に戦っていけると考えているならば、この訴訟をポジティブに考えることができる。

 吉沢氏へのインタビューでは、このあたりの事を突っ込んで聞いてみたい。

 また、この件は“ノートPCしか買わない”ユーザーにとっても無関係ではない。現在のモバイルPC向けプロセッサにおけるIntelの独走が続けば、進化の速度が将来的に鈍る可能性があるからだ。長期的に見ればTurion 64のようなIntel以外の製品プラットフォームが一定以上の成功を収めた方が、製品バリエーションの広がりや価格競争といった面でプラス効果が大きいからだ。

□関連記事
【6月30日】日本AMD、インテル日本法人を提訴
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0630/amd.htm
【6月28日】AMD、独禁法違反でIntelを提訴
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0628/amd.htm

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(2005年7月7日)

[Text by 本田雅一]


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