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SCEI 久夛良木社長インタビュー(5)
「PS3の次のステップは、Cellコンピューティング」




久夛良木健氏

●Cellホームサーバーが次の展開

【Q】 PS3は、特定のハードに縛られるのではなく、一種のフォーマットだと、以前伺った。PS3アーキテクチャで、別なフォームファクタの製品、例えばホームサーバーはどうなるのか。

【久夛良木氏】 (PS3は)あれだけやれば、ディスクアレイをストレージに積めば(ホームサーバー用途への対応も)終わってしまうという気もしないでもない。

 でもストレージ側にも、Cellが欲しい。例えば、いろんなモノを高速で検索したり集合化したり。例えば、膨大な動画の中から誰かの顔が入っているデータだけを抜き取るとか。家の中のコンテンツって自宅でもTBの世界になる。そうなったらCellベースのホームサーバーの登場でしょう。Cellでなければできないこと、やりたいことは山ほどある。

 例えば、HDDをパンと積んで、ほとんど(の放送番組を)全部録りして、(録ったデータに)いろんな認識を同時にかける。そうしたら、自由に検索できるようになる。

 また、レガシーのビデオデータがあれば、熟成してビットに落として行く。「熟成」と言っているのは、オーディオでノイズシェービングしていい音にするといった加工。画像からジッターを取ったり、オーディオをフィルタリングしたり、デジカメで撮った写真撮をレタッチするような処理を、サーバーが膨大なスピードで自動的に処理してくれればうれしい。PCでやっていたら膨大な時間がかかる作業になってしまうが、Cellホームサーバーなら熟成を、もっと簡単にできる。

●TVにもCellのカットダウン版が乗る?

【Q】 デコーダ内蔵TVに、CellをCPU&フルプログラマブルデコーダとして載せる可能性はどうなのか。

【久夛良木氏】 Cellサーバーは、Cellでないと絶対にできない、もしくはIntelがCellと同じ以上のものを作らなければ無理だから、こっちはCellで行けるだろう。しかし、TVの方は、今はインチ競争や美しさ競争で、方向が違う。

 だから、TVの方は、PS3が1080pの出力を2つサポートしているから、当面、(PS3を)TVにHDMIでつないでくださいと。PS3からは(データが)100%ピュアデジタルで出るから美しい。もっとも、HDMIインターフェイスは、今インターレースしかない。だから、1080p対応とか、どんどんPS3で引っ張ろうとしている。当面は、TVにはPS3という位置づけ。

 でも、HDTVが当たり前になってしまえば、TVの方にもある程度の機能が欲しくなる。だから、将来的にはTVにもCellが載るようになるでしょう。

 順番としてはPS3、Cellホームサーバ、(Cell搭載)TVかな。

【Q】 TV側にもっとインテリジェンスを持たせたいとなった時にCellが必要になると。

【久夛良木氏】 TVでもすぐ欲しいという人もいる。例えば、BD(Blu-ray Disc)や、ARIB(社団法人電波産業会)の各種フォーマット、あるいはネット配信。こういった多種のフォーマットを、サポートしようという場合。全てASICで処理することも、できなくはないんだけど大変。例えば、BDだけでも、スペック表の全てのアプリケーションフォーマットを(ASICに)載せるとなったら、今すぐには無理だろう。でも、Cellがあればサクッとできる。本来はASICでもいいんだけど、Cellがあれば最もショートカットできるから、Cellに関心を持たれている。

【Q】 プログラム性を持たせたASSP(特定用途向け標準製品)、あるいはCPUコア+専用ロジックというソリューションもありうるのでは。

【久夛良木氏】 放送だけならASSPですむかもしれないけど、ネットが来る、プログレッシブ(データ)が来るとなった時、すべての処理に対応するのは(フルプログラマブルな)プロセッサでないと無理だと思う。

【Q】 フォーマットが増えると、柔軟な対応ができるプロセッサでないと処理が難しいのはLSIの常だ。でも、コスト的にはどうなのか。

【久夛良木氏】 Cellは、最初は、ちょっと部品としては高いかもしれない。でもほかに方法がなければしょうがない。また、12チャネル表示とか、サムネイル1,000個とか、Cellならそういうこともできる。専用プロセッサを作ったとしても、Cellのカットダウン版とどっちが安くつくだろう。(Cellなら、将来的に)安くする方法は、いくらでもある。

●家庭から始まるCellコンピューティング

【Q】 Cellの次のステップとして、ネットワークで分散処理を行なうCellコンピューティングがある。以前、家庭内でCellコンピューティングを実現、次に広域ネットワークに広げるという話を以前伺った。

【久夛良木氏】 そのために、(PS3に)Gigabit Ethernetをつけた。家の中でネットワークを組む時に、マックスのバンド幅でつなぎたいから。家の中は、(広帯域化など)いろんな意味で理想的な環境だ。だから、当然、Gigabitでしょうと。本当は、Gigabitだって足りない。だから、何年かしたらPHYは10Gibabitにするだろう。さらに次は100Gigabitも行きたい。40Gigabitという議論もあるけれど、100Gibabitへ持って行きたい。

【Q】 ネットワークがコンピューティングのバスになるから、ローカルのネットワークも、バスとして十分な帯域が欲しいということか。

【久夛良木氏】 コンピューティングのためだけではない。カメラにしても、E3で触れたフルHD解像度のIP CAMとかだと、生データにほとんど近いモノを転送する時には、Gigabitでも足りない。ところが、HDといってもたかだか2メガピクセル。デジカメが数メガピクセルある時代に、その程度でしかない。だから、Cellコンピューティングだけではなくて、オーディオとかビデオのデータを転送する時も絶対必要になる。もちろん、Ethernetでなくて専用のインターフェイスという考え方もあるが、僕はやっぱりEthernetで、IPで行きたい。

【Q】 Cellコンピューティングのためには、ソフトウェアCell(Cellの分散処理向けのオブジェクトフォーマット)をハンドルするソフトウェアレイヤがOS上に必要になるはず。いつ実装するのか。

【久夛良木氏】 もう、社内ではどんどん研究を進めている。いつからやるか? それは、順番だよね。

 まずはとにかくPS3を立ち上げる。PS3なら(ハードウェア的には)全部レディになっているわけだから、Cell OSを(ソフトウェアCellに)対応するようにする。そうすると、ある時点で、ネットワークにつながった複数のPS3やCell同志が互いに通信し合うCellコンピューティングが実現する。Cellコンピューティングは、我々の基本のビジョンだから、必ず実現する。

 また、色々なデータやプログラムがネットワーク上を飛び交う時には、モジュールとしてセキュアな状態をハードウェアレベルできちっと保ちたい。Cellはそれをハードウェアで備えている。

 Microsoftの場合、(セキュリティも)ソフトウェアソリューションになるから、必ずソフトウェアで破られる。Cellの最大のメリットは、Cellというユニークなモノがあって、セキュアな状態でデータとプログラムを動かせること。どちらかと言えば、ビル・ジョイ(Bill Joy, 元Sun MicrosystemsのChief Scientist兼共同創業者)の昔の構想に近い。ビル・ジョイ氏も(Cellには)すごく興奮していた。

●CellコンピューティングがSCEIの目標

 PS3の次の展開は、当然Cellプロセッサを載せた他のデバイスということになる。Cell搭載機器で、至近距離にあるのはCellホームサーバーだ。他のインタビューでも久夛良木氏はCellホームサーバーについて語っているが、この構想にあるのは、単にデータをストレージして配信するだけのマシンではない。データの熟成を行なって、自動的により高品質なデータにして行く、そうした付加価値をつけたシステムを想定している。

 なぜかというと、理由は簡単で、Cellのパフォーマンスは単なるホームサーバーにはオーバーキル(過剰)だからだ。データのトランスコードやストリーム配信だけなら、Cellのごく一部の処理能力だけで事足りてしまう。それなら、膨大な余剰コンピューティングパワーを、もっと付加価値のつけられる作業に回そうという発想だ。

 Cellの利点は、膨大なコンピューティングパワーを、フルプログラマブルに使えることだ。固定機能のデコーダ/エンコーダASICやASSPは、高速な処理はできても、柔軟性を持たない。そのため、BDのようにマルチプルフォーマットのデコードが必要だったり、ネット配信のさまざまなフォーマットに対応しようとすると、対応が難しくなる。プログラム性を持たせた柔軟性のあるチップを作るなら、Cellとどちらが使いやすいかという話になる。そのため、Cellがデコーダ内蔵TVやSTBに浸透できるチャンスがあるというわけだ。

 この手の用途に適用される場合の、現在のCellの問題は、明らかにオーバーキルなチップである点だ。おそらく、現在のCellより構成の小さなカットダウン版チップが、この手の機器には導入しやすい。インタビューからは、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)も同様に考えていることがわかる。

 PS3は、Cellコンピューティング構想と密接に結びついている。Cellコンピューティングは何かというと、ネットワーク上のCellプロセッサ同士の間で、ピア・ツー・ピアで通信してリアルタイムに分散処理を行なうこと。Cellコンピューティングが実現すると、単体のPS3だけでなく、ネットワーク上の他のCellのパフォーマンスも使って、より規模の大きなソフトウェアも実行できるようになる。インターネット上でCellコンピューティングをすれば、理論的には、地球シミュレータを大きく超えるコンピューティングパワーも手に入ることになる。

 これまでの久夛良木氏へのインタビューでは、CellコンピューティングはCellプロセッサの本質と結びついており、SCEIが本気で推進するつもりでいることがわかる。ハードウェア的には、最初のPS3からCellコンピューティングレディにしている。

 Cellコンピューティングの第一歩は、広帯域で低レイテンシのネットワークが簡単に得られる家庭内ネットワーク。家庭に入った複数のCell搭載機器の間で、Cellコンピューティングによる分散処理をやらせようという構想だ。PS3の“謎の3ポートGigabit Ethernet”の謎は、これで一応解けたことになる。インターネットだけでなく、Cell機器間を広帯域で結ぶために、Gigabitのポートを3つつけたというわけだ。

 また、Gigabitの広帯域は、生マルチメディアデータの転送にも必要だという。PS3の発想には、データをCellでセントリックに処理するという発想があるからだと思われる。端末の機器で、データを圧縮するのではなく、Cellに持ってきてそこで圧縮したい、そのために広帯域のデータパスが必要ということだと推定される。

 SCEIのCell関連と見られる特許を読むと、Cellでは、分散処理化を行なうためのオブジェクトフォーマット「ソフトウェアCell」を定義しようとしていることがわかる。ソフトウェアCellは、ネットワーク上の送り出し元のCellプロセッサのアドレスや必要なコンピューティングリソースなど、さまざまな情報をヘッダなどに格納できる。オブジェクトのフォーマットを規定することで、スムーズにリアルタイム分散処理を実現できるようにしようというのが、Cellのコンセプトだ。ちなみに、ソフトウェアCellで交換するのはSPE(Synergistic Processor Element)プログラムだけが想定されている。

 そのため、Cellコンピューティングの実現のためには、ソフトウェアCellをハンドルするランタイムがソフトウェア層に必要になるはずだ。しかし、現状のCell OSには、これが実装されていないという。ソフトウェアCell用ランタイムは、Cellコンピューティングを実現する時までにOSに実装されることになると見られる。

 もちろん、PS3の場合はPCと異なり、だからと言ってOSのアップグレードは必要がないだろう。少なくともゲームタイトルの場合は、光ディスク側にほとんどのOSモジュールは載っているはずだ。Cellコンピューティング対応ゲームタイトルなどが出てきた場合には、そのディスクに含まれるCell OSもソフトウェアCell対応になっていると見られる。

 では、ハードディスク上のLinuxなどのOSはどうなるのか。これについては、今のところわからないが、何らかの形でソフトウェアCell対応のモジュールを拡張することになるのではないだろうか。ちなみに、PS3用Linuxは、SPEをハンドルするランタイム自体は最初から載せている。

 なぜ、ここで、ビル・ジョイ氏が出てくるのか。Sunの理念は“The Network is the Computer”つまり、ネットワークこそコンピュータというビジョンにある。その中から、ヘテロジニアスネットワーク上でのオブジェクトの安全な分散化を実現するベースとなるJavaも産まれてきた。Cellの発想は、言ってみれば、Javaのアプローチのハードウェアアシスト化で、基本ビジョンは共有している。

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(2005年6月24日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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