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SCEI 久夛良木社長インタビュー(2)
「PS 3のHDDにフル機能Linuxを搭載」




●ネットワークドライブの時代

【Q】 PLAYSTATION 3は、あれだけのスペックなのに、ローカルHDDがデフォルトで載っていない。なぜなのか。

久夛良木健氏

【久夛良木氏】 HDDはデフォルトでは載せない。なぜかというと、いくら載せても足りないから。次はもう、間違いなくネットワークドライブ。(ストレージが)Cellサーバーにあって、ネットワークを経由してどこからでもアクセスできる。自分の家の中でも、友だちの家でも、どこにいても論理的に(同じネットワークドライブが)見える。そういう世界。

 とは言っても、本体にもHDDがついてないとっていうのはある。だから、今回は2.5インチHDDを入れられるようにして、80GBとか120GBが入る。全然足らないけど、でも、単体でOSを走らす必要があるから。ネットワークドライブで、こっち(ネットワーク上のサーバー)にテラバイト(のストレージ)がついてるからいいやと言っても、単体でコンピュータの認証を取る時には、OSが走るドライブが必要となる。

●コンピュータとして見なされるためにOSを載せる

【Q】 コンピュータとして使うためのOSを走らせるということか。

【久夛良木氏】 僕がおかしいと思うのは、僕らはコンピュータだとずっと言ってるのに、同じ業界の中で任天堂さんが外に向かって玩具だ玩具だと言い切っている。だから、こちらはスーパーコンピュータ並みで輸出入管理が必要なモノを作っているのに、役所とかには玩具だと思われてしまう。

 PlayStation 2でさえ、Emotion Engineみたいなものすごいチップを作ってLinuxまで動かしているのに、ゲーム機でしょと。IT業界から、Microsoftが来たから少しよくなるかと思っていた。だけど彼らも、自分らのビジネスを壊したくないから、そうは言わない。Xboxで、Windowsが動いちゃったら困ると思っているから、あえて、Xboxはゲーム機ですよと言っている。面倒くさくてしょうがない。

 今回、我々は(PS3は)スーパーコンピュータですという位置づけにする。でも、コンピュータとして申請しないとコンピュータとして見ない人がいるから、OSを走らせる。CellはマルチOSが同時に動く。だから、OSをそのまま動かして、はいコンピュータですというためにHDDがいる。

 だから、最初から(HDDに)Linuxを載せちゃうんじゃないかと思う……、おまけでね。コンピュータとして申請するために。

【Q】 Cell上で動かすOSとしては、Linuxが出てくる。

【久夛良木氏】 Linuxもレガシーだけど、最初のきっかけになる。Cellの場合、OSはアプリだから(笑)。カーネルはCell(Cell OSのハイパーバイザ層のこと)で動いていて、複数のOSがアプリとしてその上に(仮想マシン上に)載るスタイルになる。Linuxは当然載るでしょ。Linuxが載れば、Lindowsでも何でも載っちゃう。

 ほかのPC OSも、彼ら(OSベンダー)が載せようと考えるなら、WindowsでもTiger(Mac OS X 10.4)でも載せることはできる。ひょっとしたら、違うOSが出てくるかもしれない。

●PLAYSTATION 3でエコシステムを回す

【Q】 OSがあれば、その上のプログラムを書く人が出てくる。Cellがコンピュータとして成功するためには、Cell上でエコシステム(生態系)が回らなくてはならない。多くの人が、自然発生的にCellのプログラムを書いて、それがCellの普及をさらに促すようなエコシステムの確立が必要だ。

【久夛良木氏】 Apple Computerがかつてそうだったように、PLAYSTATION 3が出てオープンになると、エコシステムが回るんじゃないかな。Macintoshになると、Appleが全部やらなくても、Adobeが出てきて何が出てきてと、エコシステムが回って盛り上がった。PCも本来はそうだった。なのに、(MicrosoftがWindowsに)みんな吸収して行くから……。まあ、それが美学なのかもしれないけど、(肥大化した結果)OSって何なのかもわからなくなっている。

 今までは、僕らがライブラリを提供したり、ゲームソフトメーカーがインハウスで作ったりしてやってきた。でも、もうそれは無理でしょう。何するにしても、もっと広がりが必要。でも、そうなって来ると思う。例えば、PSPで僕らがびっくりしたのは、iTunesとの同期ソフトが速攻で出た。面白いと思ってもらえると、その上で動く色々なものが出てくる。

【Q】 Cellの利点を生かした、ゲーム以外のソフトウェアも次々に出て来るようになると。

【久夛良木氏】 何の上でどんなソフトを書くかということになる。例えば、HD映像を編集するソフトウェアって、基本的には放送局でやっているノンリニアの編集システムと同じ。PS3の上でやろうとしているのは、そのレベルのソフト。ノンリニアの編集システムってすごいけど、あれCellの上に持ってきたら、もっとすごいことになる。PCの上でもなんとかできるけど、PS3の上ならスパンとできるといった風に、違いが見えてくる。他にも、PCの上にあった色々なアプリケーション。例えば、フォトレタッチとか。ああいったソフトも、どんどん(PS3上で)出て来ると思う。

 ユーザーインターフェイス(UI)も面白くなるだろう。PCだと、XPのUIから次のLonghornまで何年も待たされる。でも、こっちはもっと速く発展する。例えば、アイトーイ(EyeToy)みたいに身振りや言葉で操作するインターフェイス(でアプリケーションを操作できる)なら、(映画の)「マイノリティ・リポート」状態になっちゃう。当然、そうした進化はゲームにも反映される。

【Q】 その時のCellコンピュータもPLAYSTATION 3フォームファクタのままか。

【久夛良木氏】 この形が一番先に普及するだろう。キーボードだって接続できるし、必要な全ての口(インターフェイス)がついている。メディアもネットワークもいくらでもできる。これだけ汎用のものが、オープンになっている。

 例えば、Linux載せちゃったら全部オープンに使えるから、(プログラマが)どうとでもできる。グラフィックスにしても、Shaderがあって同じ(プログラマビリティを備える)。

●エコシステム成立が発展の基礎

 前回のインタビュー記事でレポートした通り、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)がPLAYSTATION 3で狙っているのは、本格的なエンタテインメントコンピュータとしてPS3を確立することだ。その中には、ゲームだけでなく、もっと多彩なアプリケーションも走らせることが含まれている。

 しかし、そのためには、SCEIはCellソフトウェアで“エコシステム”を立ち上げる必要がある。つまり、Cell向けのソフトウェアを書けば、それでビジネスが成り立つように生態系がきちんとできないと、ソフトウェアは増えていかない。いったんエコシステムができると「ソフトウェアが自然に増える→Cellを使う人が増える→Cellソフトウェアでビジネスが成り立つようになる→より多くのソフトウェアがCellに登場する」といったポジティブスパイラルが回り始める。

 久夛良木氏が指摘しているように、これこそが、PCとMacintoshの成功の源だった。だから、SCEIは、PS3でも、同じところを狙う。そのために、今回はHDDにはデフォルトでフルのLinux OSを載せることを検討しているようだ。つまり、PS3+HDDを買った場合には、今回はこれまでと違って、フル機能のOSがあり、コンピュータとして使えるようになると推定される。そうすれば、SCEIが全部面倒みなくても、自然発生的にソフトウェアも増えてくると期待しているわけだ。

 じつは、IntelやMicrosoftの幹部が、Cellを批判する時に、必ず出るのがこのエコシステムの話だ。例えば、今年2月のIntel Developer Forum(IDF)時にIntel幹部はCellについてこう語っていた。「ソニーはこのアーキテクチャをサポートするエコシステムを構築しなければならない」Justin Rattner(ジャスティン・ラトナー)氏(Intel Senior Fellow, Director, Corporate Technology Group)。「ソニーは全く新しいソフトウェアシステムを、市場にもたらさなければならない」、「ある意味では、プロセッサを作るよりも、OSやアプリケーションを得ることの方が難しい」Craig R. Barrett(クレイグ・R・バレット)氏(Intel, Chairman of the Board)。

 今回の久夛良木氏の言葉からわかるのは、SCEI側もこのポイントを理解しているということだ。つまり、ソフトウェアが産まれる土壌として、OSを普及させる必要性は認識している。そして、そのための具体的な手段も取ろうとしている。もちろん、プログラミングのためには、そのほかにもさまざまな要素が必要で、特に、Cellの特殊な構造とプログラミングモデルに合わせた開発環境は重要だ。それも、ゲーム開発向けのNDAベースの高価なシステムではなく、もっと手軽な環境も重要と思われる。

 SCEIがCellアプリケーションで期待しているのは、もちろん、膨大な浮動小数点演算性能を活かしたソフトだ。HDムービー編集などはその最たるものだが、他にも恩恵を得られそうなソフトウェア分野はいくつもある。いわゆる「RMS」つまり、「Recognition(認識)」、「Mining(マイニング)」、「Synthesis(合成)」といった分野のアプリケーションは、Cellが最も得意とするだろう。そうでなくても、フォトレタッチのプラグインといったレベルでも効用は大きい。また、自然発生的にソフトウェアが産まれていき、エコシステムが拡大していけば、SCEIが想定していないようなアプリケーションがどんどん出てくる可能性もある。

 ちなみに、Cellでは「OSはアプリだから」と久夛良木氏が語っているのは、Cellがバーチャルマシン支援機能を備えているからだ。これは、CPUの上で複数の仮想CPUを作り、それぞれの仮想CPU上で異なるOSを走らせることができる「VMM(Virtual Machine Manager)」をハードウェアで支援する機能だ。

 Cellの場合、CPUの最深の特権レベルで走るのは「ハイパーバイザ」と一般に呼ばれるタイプのVMMソフトウェアで、一般的な意味のOSはその上で走るようになる。Cellには、Cell OSと呼ばれる独自のOSがあるが、このCell OSのハイパーバイザ層(VMM)がまず走り、その上で、LinuxやCell OSの上層レイヤが走る仕組みとなっていると推定される。だから、LinuxなどのOSもハイパーバイザから見ればアプリケーションと同じようなものというわけだ。

 Cellのこの仕組みは、Intelの「VT(Virtualization Technology)」やAMDの「Pacifica(パシフィカ)」と同様の機能だ。というより、そもそもこの機能は、IBMがメインフレームなどに導入してきた技術で、その意味では、IBMこそが技術的な蓄積を最も豊富に持っている。

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(2005年6月9日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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