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SCEI 久夛良木社長インタビュー(1)
「PLAYSTATION 3でコンピューティングを変える」




久夛良木健氏
 PLAYSTATION 3(PS3)を来年投入するソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)。

 同社は、PS3をゲーム機を超えたコンピュータエンタテインメントのためのコンピュータと位置づける。同社を指揮する代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏に、PS3とCellコンピューティングのビジョンを伺った。



●PLAYSTATIONを大文字にした理由

豊富な機能とインターフェイスを持つPLAYSTATION 3
【Q】 PS3は、スペックだけを見るなら完全にフル機能のコンピュータだ。なぜ、ここまでリッチな構成にしたのか。

【久夛良木】 我々は、最初から子供のためのゲーム機ではなく、世界中の大人が楽しめるエンタテインメントのためのコンピュータをやろうとして来た。コンピュータを徹底的にやろうと考えてきた。一方、ここへ来て、PCはついに行き着いちゃった。だから、今度は、確実に、IBMなどのパートナーと一緒に、次のコンピュータをやりたい。

 今回考えてるのは、徹底的にコンピューティングそのものを変えること。(コンピューティングの)パラダイムを変えたい。PS3がすべてのベンチマークという風にしたい。

【Q】 目指すところは汎用的なコンピュータだけど、形の上では最初はゲーム機を取った。

【久夛良木】 ゲーム機……かな。E3だとゲーム機だし、アプリケーションもゲームだけど。僕らは本当にコンピュータエンタテインメントをやりたい。他社は、ゲーム機と言ってるかもしれないが、我々はずっと発表文でもコンピュータエンタテインメントと言っている。エンタテインメントでありかつコンピュータなんだと。そこが重要。

 今回の3で、プレイステーションって単語は、初めて全部大文字の“PLAYSTATION”にした。Workstationが僕らの夢のコンピュータだったから、最初にPlayStationってつけた。PlayStationは商品名で、PとSで始まっているから「PS」ってロゴをつけたわけ。でも、今回は大文字のPLAYSTATION。

 なぜかというと、要するに、PCも全部煮詰まったから、これはPCですかゲーム機ですかといっても始まらない。次のPlaystationは何なんですかという時代に入ったと思っている。だからPLAYSTATIONは“The playstation”。ちょっと気負いもこめてそうしている。

 今までは、アーケード基板やワークステーションのこの機能を持って来ようとか、Microsoftだったら最先端PCをゲーム機にするとか言っていた。だけど、もうそうじゃない。PLAYSTATIONが、PLAYSTATIONとして発展していく。

●Cellプロセッサの演算が違いを産み出す

【Q】 PS3は、コンピュータであり、その目的はエンタテインメントだと。

【久夛良木】 もちろん、最初はゲーム機として、コンピュータエンタテインメントとして何が面白いかという話になる。

 PS1というのは3Dを作るか作らないかが最差別化要因だった。PlayStation 2は、3Dを完全にシングルスタンダードのフォーマットつまり、完全なNTSCとPAL解像度にフルカラーで持ってくることがミッションだった。今度は、全部コンピューティングにすることが、他のプラットフォームとの決定的な違いになる。グラフィックスの裏側で、膨大な演算をして、それが違いを産み出す。

【Q】 物理シミュレーションなどの各種シミュレーションやAI、シンセシス(合成)などの演算をバックグラウンドで行なう。

【久夛良木】 綺麗なHD(ハイデフィニション)映像を表示できても、それをCellプロセッサで計算しているかどうかなんて、ぱっと見た目にわからない。でも、よく見れば、演算しているものと、変換して置いただけのものでは明らかに違う。演算しているから、見ていても凄いと感じられる。これまで見たことがないものができる、コンテンツそのものを楽しめる。

 他社だと、グラフィックスがHDになっても、中身は同じ。ほとんど演算していない。フィジクス(物理シミュレーション)なんてほとんどしてなくて、モーションキャプチャで動きをつけただけとか。ぱっと見た目で区別がつかなくても、こうした違いはすぐにわかる。

【Q】 ソフトウェア開発者にも、その点は理解されているか。

【久夛良木】 デベロッパの方達は、それが理解できていると思う。E3のデモでも、プリレンダリングとかプリカリキュレーションではなく、その場でリアルタイムに計算しようとしてくれた。E3では、多くのデモが、背後でさまざまな計算をしている。グラフィックスも、どういう動きをするかは全部演算でやる。今までは、とてつもない時間でないと演算できなかったのが、Cellの上で(リアルタイムで)できる。彼らは、それを生かしたゲームを作ろうとするだろう。

 オーディオにしても、音源の石(チップ)がないのも当たり前。(オーディオはCellで)演算して動かすから。音源は、ボイスが何個といったものではなく、音源そのものもオブジェクトとなる。

 我々のデモと、向こうのデモでは、こういった工夫が明らかに違う。見た目以上に違う。E3でプレスカンファレンスに参加した人たちの多くは、それを理解してもらえたと思う。ある有名な記者がポロッと、Xboxは「1.5」、PSは思った以上だったから「3.5」なんて言ったけど、それだけの違いがある。

●スペック表だけではわからないPS3とXbox 360の違い

【Q】 Xbox 360とPS3では、メッセージが明らかに異なる。Xbox 360はプラットフォームとして充実したゲーム機が用意できたというイメージを押し出した。PS3はテクノロジの可能性を強調した。

【久夛良木】 今回、Microsoftは、はっきりPlayStationを追っかけていると公言している。でも、彼らが追いかけているのはPLAYSTATION 3じゃなくてPlayStation 2。なぜなら、3は僕らが作って最中だから彼らは知らない。彼らは2を見ているから、ああなる。目指すところが違っている。

 もっとも、多くの人はスペック表だけを見ても、違いがわからないと思う。PS1の時も同じような誤解をされたことがある。3DOと並べて両方とも3Dだといつまでも言われた。PS1は3Dをちゃんと演算していて向こうはそうじゃないと言っても、どっちも3DでCD-ROM積んでいるでしょと言われて、大変だった。

 今回も、スペック表で並んだら、PS3とXbox 360の違いがわからかもしれない。でも、E3では、相当数の人がスペックじゃなく、来て見れて良かったと言ってくれた。実際に(PS3が)出るときはもっと波及して、理解されていくと思う。

【Q】 PCが行き着いたということは、レガシーに引きずられたPCでは変革が難しく、行き詰まったと言うことか。

【久夛良木】 (今のコンピュータは)個々のデバイスにパフォーマンスがあっても、トータルとしてそれを生かし切れない。組み合わせるといろいろなボトルネックが出てくる。もし、生かし切れるなら、3.X GHzのPentium 4に、NVIDIAやATIのボードを入れれば相当なことができるはずなのに、できない。

 トータルと言っているのは、(各コンポーネンツが)同時に動くときのバスや負荷や諸々の要素。これは、(負荷が高い)ゲームをやっていないとわからない。我々は、そうしたことを全部考えてアーキテクチャを作った。例えば、それぞれのSPEが独立で動き、そこにSRAMメモリがついていて、膨大なGPR(汎用レジスタ)もついている。だからこそ、膨大な演算をリアルタイムでできる。こうしたアーキテクチャが重要。

●PLAYSTATION 3は、明瞭なメッセージ

 PS3での、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のメッセージは明瞭だ。1つは、今回こそ、完全なエンタテインメント“コンピュータ”を作る、という点。もう1つは、新しいコンピューティングパラダイムを構築する、という点。つまり、メッセージとしては、ゲーム機戦争という枠は超えて、コンピュータエンタテインメントというジャンルのための、コンピュータを追求したというものだ。

 SCEがその象徴として打ち出したのは、商品ブランド名を「PS3」と全部大文字に持ってきたこと。ちょっとわかりにくいが、この裏には、PlayStationという単語が、もはや商品名ではなく一般名詞になったという自負がある。Playstationという名詞は、WorkstationやPCのようなカテゴリを示す一般名詞になったと言いたいわけだ。だから、久夛良木氏は、言い換える際に、わざわざPlaystationに“the”をつけて集合名詞であることを明示した。つまり、“The playstation”で、playstationという概念を示すわけだ。

 これは、とりもなおさず、PlaystationがポストPCの、次世代コンピュータを目指すという宣言でもある。つまり、PCやワークステーションのように、Playstationがエンタテインメントコンピュータのカテゴリとして確立するという含みだ。また、Playstationというカテゴリの中で、さまざまなフォームファクタのPlaystationが増えていくことを暗示しているようでもある。技術の流れも、他のコンピュータから持ってくるのではなく、PlaystationはPlaystationとして、独自の技術革新を重ねて行くという意味合いも持っている。

 実際、インタビューからはPLAYSTATION 3がPlayStation 2と大きくスタンスが異なっているのがわかる。久夛良木氏が強調しているのは、今回こそ“確実に”コンピュータをやりたいという点。PlayStation 2でもある程度はそれを目指したが、ハード自体の柔軟性などさまざまな要素で十分ではなかった。しかし、今回は、IBMも巻き込んで、コンピュータとして革新的なアーキテクチャを追求できたと考えているようだ。

 つまり、今回は、本気で次世代コンピュータの座を狙うということだ。こうした構想が本当に成功するかどうかはともかく、久夛良木氏のビジョンは明確だ。

 では、ゲームはどうなのか。これも、SCEのビジョンは明らかで、コンピュータエンタテインメントを追求したコンピュータなら、ゲームも革新的になりうるというのがメッセージだ。その理由は、リアルなグラフィックスの裏側で、膨大な演算能力を使ったシミュレーションや合成などを行なうことで、リアリティを与えることができるという点にある。

 SCEは、数年前から次世代アーキテクチャのポイントは、バックグラウンドでの演算にあることを強調している。2002年のGDC(Game Developers Conference)のキーノートスピーチで、当時SCEのCTOだった岡本伸一氏が、「リアルタイムCG+ワールドシミュレーション」が目標だと説明していた。インタビューにもある通り、先月のE3時のプレスカンファレンスでは、まさにそうした要素を強調したプレゼンテーションをSCEは見せた。

 こうしたビジョンが、実際にデベロッパに受け入れられ浸透していくかどうかはまだわからない。SCE側は、とりあえずデベロッパに対してボールを投げた格好だ。

 もっとも、実際のところ、MicrosoftもSCEも、ゲームテクノロジの今後について、語っているポイントはそれほど極端には違わない。MicrosoftのJ Allard(J・アラード)氏(Corporate Vice President, Chie XNA Architect)も、物理シミュレーションやプロシージュアルシンセシス(リアルタイムのグラフィックス要素の生成)といった、バックグラウンドの演算の重要性を語る。確かに、Cellの方がこうした処理での性能は高くなるが、Xbox 360でもある程度のレベルまでは問題なくできるはずだ。

 しかし、こうしたバックグラウンドのシミュレーションやシンセシスの重要性についての、メッセージとしての打ち出し方はかなり異なる。SCEは“ここに未来がある”的に強調し、Microsoftは“重要なゲーム技術の1つ”として並べた雰囲気だ。そのため、イメージはかなり異なっている。この違いは、両社のビジョンの違いでもある。未来のエンタテインメントコンピュータを目指すSCEIと、ゲームプラットフォームの確立を目指すMicrosoftとの違いなのだ。

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【5月18日】【海外】ベールを脱いだPlayStation 3の姿
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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0603/kaigai185.htm

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(2005年6月8日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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