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Xbox 360のキーパースンJ Allard氏に聞く(後編)




J Allard氏

 E3で華々しくデビューを飾ったMicrosoftの新ゲームコンソール「Xbox 360」。

 Microsoftで、XboxプラットフォームとXNA(Microsoftのゲームプログラミングフレームワーク)を担当するJ Allard(J・アラード)氏(Corporate Vice President, Chie XNA Architect)に、Xbox 360とライバルのPlayStation 3について伺った。


●トランジスタ数で見ればXbox 360とPlayStation 3は同等

【Q】 PlayStation 3(PS3)のアーキテクチャについてはどう見るか。Xbox 360とはかなりアプローチが違う。

【Allard】 次世代の勝者は誰かとあるメディアに聞かれた。答えは簡単だ。IBMだ。全ての次世代ゲームコンソールのCPUを作るIBMが最大の勝者だ(笑)。

 いろいろな意味で、ソニーの発表にはもっと何かがあるんじゃないかと考えていた。しかし、基本的にはテクニカルスペックだった。テクニカルスペックについては、2つのシステムのパフォーマンス比較に、誤解を招くところがあったと思う。スペックを、もう少し巨視的に見て、トランジスタ数で比較すると面白いことがわかる。

 両者の(チップに使っている総)トランジスタ数は、ほとんど同じだ。我々とソニーは、同じ数のトランジスタを、同じタイミングでアレンジしている。トランジスタ数が同じだから、相対的なパフォーマンスもそれほど変わらない。問題は、どうトランジスタを配置するかだけだ。

 私は(ソニーとMicrosoftは)どこにプライオリティを置くかについて、根本的に意見の相違があると思う。最大の違いは、我々がゲーム開発者が望むものにプライオリティを置いていることだ。例えば、我々は分離型のメモリアーキテクチャをとらなかった。512MBのユニファイド型メモリを採用した。開発者は誰も、PS3のような256MBずつに分離されたメモリは望まないからだ。こうした柔軟性が、Xbox 360の長所になりうる。

●整数演算性能ではXbox 360はPS3の3倍

【Q】 しかし、CellはシンプルCPUコアのヘテロジニアス(異種混合)構成を取ったために、浮動小数点データ処理性能では、Xbox 360 CPUの2倍に達している。

【Allard】 彼らの主張は正しい。確かに、システム全体で彼らの浮動小数点演算性能は我々の2倍だ。なぜなら、彼らのハードは浮動小数点演算用に設計されているからだ。しかし、忘れられているのは、今日の典型的なゲームプログラムでは、浮動小数点演算は20%で、残り80%は一般的な整数演算や分岐などの命令だということだ。彼らは、その部分を無視している。整数演算系命令こそ、ビデオゲームプログラムで最もコンピュテーショナルサイクルを消費する部分なのだ。そして、Xbox 360は、整数演算性能はCellの3倍(*)だ。

 もうひとつ重要なのは、ATIのパーツに入れているeDRAM(GPUパッケージ内のインテリジェントeDRAMチップ)のことだ。これも、PS3に対する、もう1つの利点だ。Xbox 360もPS3も、どちらもメモリは512MBで、10MB程度のeDRAMは差別化にならないように見える。しかし、これをグラフィックスチップに載せるとなると話は違ってくる。グラフィックスチップに極めて広帯域なメモリが接続されていると、非常に低いレイテンシでメモリにアクセスするシェーダプログラムが可能になる。

 トランジスタの数的なレベルでは、Xbox 360とPS3は等しいと言える。しかし、そのトランジスタをどのように配置したかというレベルでは、ゲーム開発者のニーズに最適化した、我々のほうが勝っていると思う。ゲームコンソールのような複雑で非常に洗練されたシステムでは、本当のカギはソフトウェアになる。我々のほうがよいソフトを届けられることに議論の余地はない。

*注 Allard氏が指摘しているのは、Cellは汎用のコントロール用CPUコアが1個、Xbox 360 CPUは汎用コアが3個である点。Cellのデータ処理用CPUコアの整数演算能力はカウントしていない。

●CPUアーキテクチャの違いはXbox 360の利点

【Q】 Xbox 360 CPUは対称型マルチコア、Cellは非対称型マルチコアという違いはどう見るのか。

【Allard】 私は、それはアドバンテージだと思う。なぜならプログラマはすでにマルチプロセシッングを体験済みだからだ。PCサイドでは、Intelが同じタイプのアーキテクチャーに移行しつつある。だから、もしプログラマがマルチプロセッシングに馴染んでいなくても、本、ツール、大学の講義など、全てがこのスタイルのプログラミングにフォーカスして行くため、情報はいくらでも手に入る。

 私もコンピュータギーク(ヲタク)としては、PlayStation 3のスペックは好きだし、電子エンジニアの目から見れば非常に面白いと思うし、コンピューターサイエンス的にも興味深い。でも大事なのはゲームなのだ、開発者なのだ。

 開発者にとって、アーキテクチャ全体を理解するのはそう簡単ではない。そのため、(ハードウェアを隠蔽する)ソフトウェアを用意することが重要となる。そして、よりハードウェアが複雑な分、ソニーのほうが我々より優れたソフトウェアツールを用意する必要がある。しかし、我々のほうがよりよいソフトウェアを用意できるだろう。そうしたことに経験を積んでいるからだ。

【Q】 CellのSPE(Synergistic Processor Element)のように、データのストリーム処理に最適化したプロセッサコアは、CPU業界では注目を集めている。

【Allard】 CellのSPEの場合、シンクロナイゼーションが問題になる。それから、キャッシュも問題になるはずだ。彼らはキャッシュアーキテクチャ(*)がどうなっているかの詳細を、まだ全ては明らかにはしないと思う。いずれにせよ、こうした問題は、PS2の時と同様、システムにとってボトルネックになるだろう。

*注 実際にはCellのSPEの内部メモリ(Local Store)は、コヒーレントを取る必要があるキャッシュメモリではない。ソフトウェアマネージメントを行なうことでキャッシュとして使うこともできる。

●SCEのコンピュータエンターテインメントのビジョンについて

【Q】 SCEはゲームを超えた、包括的なコンピュータエンターテインメントを構築しようと言っている。素晴らしいコンピュータエンターテインメントのプラットフォームを作れば、その上で素晴らしいゲームもできるというビジョンだ。そして、革新的なアーキテクチャによって、コンピューティングパラダイムも変えて行きたいと考えている。

【Allard】 それは本気か?(笑)

 私は、E3でのフォーカスはきちんとゲームに絞るべきだと思う。プレスカンファレンスでも関心が向けられたのはゲームについてだった。

 しかし、我々もゲームを超えたエンターテイメントについて、無視しているわけではない。Xbox 360でのそうしたエクスペリエンス(ユーザーが得られる新しい体験)についても、簡単にだが触れている。例えば、我々は、ゲーム中に、望む音楽を何でも聴けるようにするといったイノベーションについて話をした。ミュージックプレーヤーやデジカメといったUSBツールを接続して楽しむことができるとか。フォトスライドショウを作るとか、インターネット上で友人と音声でコミュニケートするとか。

 もし、技術ではなく、こうしたエクスペリエンスを、人々に届けたいなら、もっと具体的に説明する必要があると思う。Gigabit Ethernetがエンターテイメントにどう関わるのか、1,080ドットのHDTVをサポートする2つのHDMIポートがエンターテインメントにどう関わるのか。私は、久夛良木氏の、こうした設計上の決定が、どんなエクスペリエンスにつながるかには興味がある。

 私の決定は、ハードウェアとソフトウェアとサービスの融合で、これはユーザーに信じられないようなエクスペリエンスを与えてくれる。我々はエクスペリエンスにフォーカスし、そのエクスペリエンスができるようなハードウェアを作る。ハードウェアを作って、あとからサービスを考えるのとは違う。

【Q】 ゲームそのものよりビジョンを前面に押し出したSCEのアプローチは、それなりに好評だった。

【Allard】 あなた方は、PS2がIEEE 1394ポートを持っているのを覚えているだろう。HDDポートもUSBポートもある。そして、彼らが'98年から'99年に、PS2について語ったことを覚えているだろうか。「コンピューティングパラダイムを変える」と非常に大きな夢を語り、広範囲なコンピュータエンターテイメントの未来を語った。インターネットブラウザだの、LCDスクリーンだの、マウスだの……。色々なことを語ったが、実際にはほとんど何も実現しなかった。

 なぜ? 簡単なことだ。重要なことは、エクスペリエンス、すなわちゲームだったからだ。そこにフォーカスしない限り、意味がない。だから我々はゲームのための製品を設計する。

【Q】 SCEのCellコンピューティングのビジョンはどう見るか。

【Allard】 私はすごいゲームを作りたい。カスタマは誰も、新しい分散コンピューティングパラダイムを買いたがってはいない(笑)。

●リアリズムのカギはシンセシス

【Q】 ゲームグラフィックスがリアルになるにつれて、ゲーム中のキャラクタやオブジェクトの振る舞いのリアルさが重要になりつつある。リアルな動きをしない、リアルな絵は不自然だからだ。そのため、フィジックス(物理)シミュレーションなどが、今後は重要になって行くと予想しているが。

【Allard】 次世代ゲームを成功させるために重要な要素はたくさんある。もしリアリズムにだけフォーカスするなら、フィジックスが重要と言うあなたの意見は正しいと思う。他の要素では、例えば、ライティングも重要だと指摘しよう。また、「プロシージュアルシンセシス」と私が呼んでいる、テクスチャやジオメトリをリアルタイムに作成する能力も重要だ。完璧に光を当て完璧にデザインされた森を作っても、並んでいる木が同じものばかりなら、不自然だ。なぜ我々が木を生成するプログラムを書いているか、なぜ我々が木に貼るテクスチャを生成するプログラムを書いているのか。それらをみんな違った見かけにするためだ。

 こうしたこともリアリズムには重要だと思う。だから、E3では、こうしたシンセシスがビジュアル的にどう見えるかに力点を置いた90秒のトレーラ(予告編)を作った。

 しかし、繰り返して言いたいが、そういったテクニカルな視点からは、Xbox 360とPS3両プラットフォームは、とてもよく似ている。どちらも、全体パフォーマンスから見れば同じことができる。

●テクノロジよりも、どんなサービスを提供できるかが重要

【Q】 新世代のゲームコンソールの高パフォーマンスは、ゲームを革新すると思うか。ハードのスペックだけでは、明確な違いが出てこないと懸念する声もある。

【Allard】 振り返って見ると、この10年間で最も重要なゲームアイデアは4つあった。ポケモン、 グランド・セフト・オート(Grand Theft Auto)、シム(SIM)シリーズ、ヘイロー(HALO)だ。このどれもが、立派な90秒のトレーラなど持っていなかった。唯一、グラフィックスやフィジックスやリアリズムがすごいと言えるのはHALOだけだ。

 だから、私は挑戦すべきことの概念を広げるべきだと思う。リアリズムやフィジクスなどは大事な要素だと思う。しかし、この産業をドライブするのは偉大な革新だということを忘れてはいけない。

 プラットフォームとその上での革新には密接な結びつきがある。PCプラットフォームはSIMシリーズを革新するのに正しいプラットフォームだった。ゲームボーイとポケモンの組み合わせを見れば、それも正しいプラットフォームだったことがわかる。我々はHALOを成功させるために、Xboxプラットフォーム上でいろいろなことをした。XboxはHALOを革新するプラットフォームだった。しかし、Grand Theft Autoではグラフィックスは重要ではなかった。新しいゲームメタファーである点が革新的だった。

 こうして見ると、スペックがゲーミングをドライブすると言う見方は、注意しなければならないことがわかる。私は、ソニーに勝る競争力を持つ、非常にハイパフォーマンスなシステムを設計したと思う。

 しかし、我々が抱えている課題は、ゲーム開発者に、未来(の革新的なゲーム)を考えさせることだ。そのためには、テクノロジでなくエクスペリエンスこそが重要だ。どんな新しいゲーム体験を推進できるのか、どんな新しいサービスを開発者に与えられるのか。そのサービスによって、開発者が革新して、ユーザーに新しいアイデアを提供できるようになる。

 新しいアイデアはXbox1の時のHALOのように、Xbox 360のパワーを使って、信じられないようなリアリズムやグラフィックスやフィジクスを持つものかも知れない。しかし、Grand Theft Autoのように単に素晴らしいアイデアだけかもしれない。さまざまな革新的ゲームを産み出すには、テクニカルスペックだけではなく、ハードとソフトとサービス、これらを一体にして提供することが重要だと考えている。

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【6月2日】【海外】Xbox 360のキーパースンJ Allard氏に聞く(前編)
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【5月26日】【海外】Xbox 360から見えるUnified-Shader時代のGPUの姿
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【5月14日】【海外】ベールを脱いだ「Xbox 360」
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【3月29日】【海外】キーパースンが語る次世代Xbox“Xenon”と開発環境
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0329/kaigai167.htm

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(2005年6月3日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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