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WiFiがスポーツ観戦にもたらす新しい波




 いったんできあがった秩序というものは、よほどのことがない限り、それを壊してまで再構築しようという気にはなりにくい。まして、それが大きなビジネスとして成立しているものであればなおさらだ。

●パソコンで楽しむスポーツ観戦

 東京・両国の国技館において「Sumo Live TV powered by Intel」というサービスが始まった。相撲を観戦しながら、手元のノートパソコンで、各種の情報を無線LAN経由で受け取れるサービスだ。

 スポーツをテレビで見ていると、実況アナウンスや解説があるのは当然だし、気になる展開は、随時、あの手この手の映像でリプレイされ、スローモーションなどで再確認ができる。今の時代にこうしたサービスが始まるのだから、目の前で見ている勝負が、クリックひとつでリプレイされ、望めば、異なるアングルも選べたり、あるいは、取り組もうとしている力士の経歴や過去の取り組み履歴など、テレビ中継のアナウンサーや解説者が見ているような資料をたちどころに調べることができるのかと思っていた。でも、当初提供されるコンテンツはそこまで凝ったものではないようだ。

 目の前ではものすごい迫力で取り組みが行なわれているのであって、それから目をそらすことはないと思う。でも、名勝負はもう一度見てみたいと思うし、好取り組みなら、双方の力士のことをもっと知りたいと思う。テレビを見ていれば、好むと好まざるにかかわらず、自然に耳や目に入ってくる整理された情報だが、現実のスポーツの現場では、なかなかこうした情報を得るのが難しい。そのスポーツに詳しい生き字引のような友人に説明してもらいながら観戦できるのが理想であり、その役割を、オンデマンドコンテンツが果たしてくれればと思う。

 もちろん、そうしたコンテンツを作り提供するためには、そのための莫大なコストがかかる。放っておいても観戦者がやってくるのなら、投じる必要がない余分なコストにすぎないのだ。無償のサービスに、そこまでやるつもりはないというのもひとつの見識だとは思う。

 記者会見会場でその点について日本相撲協会に尋ねてみたところ、始まったばかりのサービスであるからであって、コンテンツに関しては、いろいろな試みを模索していきたいということだった。ノートパソコンを持ってでかければ、観戦が何倍も楽しいものになるというようなコンテンツが揃っているのが理想だ。

 今回のサービス提供はインテルがからんでいる。Centrinoのブランド浸透にはこうしたサービスの後押しが重要だという戦略なのだろう。同社はスポーツの現場でのコンテンツ配信にきわめて熱心で、レース場やゴルフ場などでの実績もある。レースもゴルフも目の前に見えているシーン以外の展開が、いわゆる勝ち負けに大きく影響するので、特定の場所にいながら、ほかの場所で進行しているいろいろな情報が得られるのはうれしい。相撲の場合は取り組みと取り組みの合間に比較的時間の余裕があるので、こうしたコンテンツを楽しむには向いているといえるかもしれない。これが、サッカーやラグビーなど、フィールドから一瞬でも目を離したら、その間に点が入ってしまって大逆転というようなタイプのスポーツではちょっと事情は違ってくるのだろう。そんな観戦では、パソコンなんてさわっている余裕はない。

●インターネットはブロードキャストとコミュニケーションを置き換える

 相撲協会側のコメントでちょっと気になったのは、世の中がインターネットの時代に入っていることを認めつつも、今はまだ、テレビやラジオなど、いわゆる放送という情報伝達手段、あるいは形態に、とってかわるものではないと認識されている点だ。実際、国技館内には「どすこいFM」という館内に閉じた放送局があり、観客はFMラジオを使ってそのコンテンツを楽しめるようになっている。

 もし、国技館内に閉じた無線ネットワークで楽しめるコンテンツが、売り物として、相当額の代金を払ってもいいくらいに充実したものであれば、テレビ中継を見ながらでも、それを利用するユーザーが出てくるだろう。今の技術をもってすれば、オンデマンドで、ライブ中継でありながら、テレビを超えたコンテンツ構成が可能なのだから、知恵とコストをかければ、現在のテレビ中継よりもずっとおもしろいものになる可能性を秘めている。けれども、日本相撲協会にとってはイチバンはやっぱりテレビであり、残念ながらそこまで積極的に取り組もうという姿勢は感じられない。

 個人的にはインターネットは将来、テレビ、ラジオ、CD、DVD、電話など、あらゆるブロードキャスト、コミュニケーションメディアを包含し、最終的にはそれらを置き換えるものだと思っているので、このコメントには、少し寂しい想いをした。今、できそうなコンテンツ配信の充実に取り組まないのは、放送への遠慮ととられても仕方があるまい。

 考えてみれば、生でスポーツを観戦するという行為は、指定された席から自分の視野に入る光景を眺める行為にすぎない。単純な話、いってみれば固定されたライブカメラを設置し、ズームインするわけもなく、パンするわけでもなく、その場で拾える音声とともに、ずっと試合を映し続けてくれるだけでいいという視聴者もいるはずだ。それなら大きなコストもかからないだろう。十分な帯域があれば、高精細なストリームを送りっぱなしにするだけで、必要な視聴者だけが、クライアント側でズームインしたり、タイムシフトしたり、スローモーション再生すればいいわけだ。

●魅力を加速するテクノロジー

 記者会見当日、短い時間ではあったが、中入りまではかなり時間もある早い時間の取り組みを、土俵からはかなり離れたイス席から初めて生で相撲を見て、それでも、テレビとは違うスピード感、迫力を感じることができた。

 遠近が圧縮されるテレビカメラの望遠レンズでは得られないライブ感だ。この遠近圧縮による錯覚は、マラソン中継などでも特に強く感じる。先日、シアトルでイチローを見るために、恥ずかしながら生まれて初めて野球場で野球を観戦したのだが、そのときも同じことを思った。テレビで見ていたそのスポーツとは、何か違う別のスポーツのように感じたのだ。

 放送が使うメディアがインターネットに置き換わったとしても、こうした点が解決されるわけではないのはわかっている。生には生の魅力があり、人間の意志や機械の特性が介在する中継とは別物と考えるべきだろう。双方を組み合わせることで、新しい魅力が生まれる。それがテクノロジーによる魅力の加速ということなのだろう。せっかくの加速なのだから、置き換えを超える凌駕を期待したいところだ。

□関連記事
【5月9日】日本相撲協会、無線LANによる国技館内の情報配信サービス
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0509/sumo.htm

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(2005年5月13日)

[Reported by 山田祥平]


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