富士通が、4月19日に開催したPC新製品の記者発表は、同社が開催するいつもの会見とはやや雰囲気が異なっていた。 例えば、本社24階の会見場には、新製品を一堂に展示しただけでなく、宣伝部の協力を得て、実際の利用シーンを再現するリビングの様子まで再現して見せた。汐留の本社内に、こんな大道具を持ち込んだのを見たのは初めてのことだ。 なぜ、同社は、この会見にこれだけ力を注いだのか。 というのも、同社がPCで新製品の発表会見を行なうのは、2000年9月25日に開催した初代LOOXの発表以来、実に5年ぶりのこと。それだけに、富士通サイドにも、自ずと力が入っていたのだろう。 また、100人以上の記者が集まり、しかも、PC専門誌各誌の編集長クラスが続々と会見場に訪れていたのも見逃せない。その点では、聞く側にも力が入っていたのかもしれない。加えるならば、富士通本社広報室で、歴代PCを担当した社員も、次々と会見場に顔を見せていた。長年、広報に携わっている社員にとっては、先頃富士通が「社運をかけて」発表した基幹IAサーバーよりも、FMVに対する思い入れの方が強いのだろう、といっては言い過ぎか。 ●新FMV発表会の背景
実は、今回の会見は、PC事業を担当するパーソナルビジネス本部の強い要望によって実現した。 過去5年間に渡っては、富士通が各編集部を訪問し、個別に新製品を説明するという形式をとっていた。新製品の機能を編集部がしっかりと掌握できるという点では、この手法は最適だ。富士通が訴えたいポイントも、個別にしかも的確に伝えることができる。だが、その一方で、事業トップが打ち出す方針や、今後の方向性に関しては、この手法では、なかなか編集部側に伝わってこない。 また、一般紙などに対しては、「投げ込み」と呼ばれるリリースだけでの告知に留まり、結果として、それほど紙面に取り上げられることがなかった。 今回の会見では、新製品のインパクトとともに、いま富士通のPC事業部門が、どこに向かって事業を推進しているのかを訴える場にする狙いがあったといえる。 「事業部から、会見をやりたいという要望を受けて、すぐに快諾した。社内でも黒字を維持し、注目されている部門。記者のみなさんに話すことはたくさんある」(富士通広報室)というように、5年ぶりの会見は、富士通のPC事業の元気ぶりと、今後の方向性を訴えることに主眼が置かれたといっていい。 黒川博昭社長は、昨年の就任以来、ハードウェアを重視する方針を打ち出したことで、秋草直之会長が社長時代に打ち出していたソフト・サービス路線とは一線を画す体制となっている。そこにも、PC事業部門が会見で明確な事業方針を打ち出す土壌があったのかもしれない。 ●新たな市場の開拓 発表された製品の詳細は別稿に譲るが、会見の内容は、製品発表とともに富士通のPC事業が新たなフェーズへと突入したことを訴えるものとなった。 それは、「美しい映像はPCが創り出す」という、今回の会見で掲げた言葉でも明らかだ。 富士通パーソナルビジネス本部長の伊藤公久経営執行役は、「これまで富士通は、見る、録る、残すをキーワードに、AV&モバイルの市場を常にリードしてきた自負がある。今回の製品では、より美しく見る、より美しく録る、そして、より美しく残すという進化を果たした」と語る。 同社が、今回の製品で最も強力に訴えたのが、「Dixel(ディクセル)」というハイブリッド高画質化テクノロジである。CPUやHDDの容量、形状などにフォーカスされがちだったPCの製品紹介において、ここまで高画質化技術をクローズアップした会見は珍しい。その部分だけを捉えれば、まるで家電メーカーの薄型TVの発表会と変わらない。 プレゼンテーションの資料のなかでも、「ハイビジョン・クオリティ」、「大迫力液晶」、「ホームネットワーク」と、まるで薄型TVの会見と間違うような言葉が次々と並べられた。 伊藤経営執行役は、「くれぐれも皆さんにお願いしたいのは、『富士通、家電メーカーへ挑戦状』などとは書かないでほしいこと」といって会場の笑いを誘ったが、こうした数々のキャッチフレーズからもわかるように、PCで培った販売ノウハウに加えて、薄型TVのマーケティング手法などをかなり研究した様子であることがわかる。 ●新技術、新サービスへの挑戦
会見のなかでも、リリースにも一切触れられていなかったが、今回の新製品投入で、富士通は新たな挑戦を開始している。それは、オンサイトサービスの開始である。 32型の液晶を搭載したTXシリーズは、41kgもの重量がある。とても、1人では持ち運びができない重量だ。デザインを担当した富士通総合デザインセンターカスタマー・ソリューションデザイン部 上田義弘部長は、「PC、TV、レコーダ、地上デジタル放送、スピーカを1つの筐体のなかに、いかに効率よく配置するかに苦心した」と語る。 多くの機能がひとつの筐体のなかに組み込まれているだけに、PCとして見た場合には、あまりも重たい重量となる。その点でも、TVと同様のオンサイトサービスが必要になるのだ。 今回の製品では、オンサイトサービス体制の構築が富士通社内にとっては大きな挑戦だ。この体制がスムーズに動き出せば、今後の同社の大画面TV PC製品の製品戦略にも弾みがつくことになる。 富士通では、製品発表のなかで、32型の液晶パネルを、提携関係にあるシャープから調達。亀山工場製であることを明らかにした。 関係者によると、当初は26型で製品計画が進められており、32型版は将来の方向性の1つとして検討されていたという。だが、急激な液晶パネルの価格下落に伴って、32型が製品化できる範囲に入ってきたことで、再検討を開始。最終的には、今年に入ってからゴーサインを出したという。 だが、同製品の年間出荷計画は5万台。32型薄型TV市場という観点でみれば、わずか4%。富士通の年間PC出荷見通しの720万台からすれば、1%にも満たない。この分野の製品としては意欲的な出荷計画だといえるが、数量から見れば、これは事業推進上の足がかりにすぎない。 ただ、これまでの大画面TV PCに対して、伊藤経営執行役自身、「それほど数が出るとは思っていない」として、数量に関しては明らかにしてこなかったのに対して、今回の製品では、「個別のモデルの出荷計画は公表しないのだが」と前置きしながらも、「年間5万台の出荷を目指す」と明確に計画数値を明らかにしたことは、大きな変化であり、これまで以上に市場性に手応えを感じてのことだろう。 「家電メーカーとの対決構造とは異なり、新たな市場創造が目的」と、伊藤経営執行役は話すが、それは、同じ画面サイズの薄型TVと単純に価格を比較すれば高価であること、PC機能を搭載することで、ノンリニア編集など、現在の薄型TVではできない使い方ができ、新たな利用シーンを提案しなければならないこと、そして、実際には家電売り場ではなく、あくまでもPC売り場に製品が展示され、PCとしての提案が必要となることなど、条件が異なる点が見逃せない。そして、TVを購入しにくるユーザーではなく、あくまでもPCを購入するユーザーに提案する施策が前面に打ち出す必要がある点でも、薄型TVとは顧客層や戦略が異なる。 富士通の新製品による挑戦は、TVの大画面化とともに、求められる映像技術への挑戦に留まらない。むしろ、マーケティング、営業、そしてサポートまでを含めた新たな提案や体制づくりへの挑戦だといっていい。 木村拓哉さんを採用したTVCMは、23日からTXシリーズ用の新たなバージョンが放映されるが、これまでのCMの雰囲気とは異なり、同時にPCのCMという印象も薄い。これも新たなマーケティング戦略の1つだろう。 複数の同社関係者の声を聞くと、37型液晶を搭載したさらなる大画面TV PCの開発に前向きに取り組んでいる段階だという。早ければ年内にも製品化されるかもしれない。その製品化に際して、技術的問題はほぼ解決されているといっていい。製品化の切り札を握っているのは、コスト面での解決や、今回発売した新製品に対するユーザーからの評価に加え、新たに挑むマーケティング戦略や体制づくりが、どこまで確立できるかにかかっているといっていい。
□関連記事 (2005年4月25日) [Text by 大河原克行]
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