笠原一輝のユビキタス情報局

再び修正を迫られるIntelの無線LAN戦略
~11n対応製品は2006年第4四半期に投入





Intel Developer Forumの展示会場で行なわれていた次世代無線LANとなるIEEE 802.11nに関する説明

 1月に発表されたIntelの組織改編では、それまでネットワーク関連製品を担当してきたコミュニケーションズ事業本部(ICG、Intel Comunications Groups)は解体され、主に新しく設立されたモビリティ事業本部(Mobility Group)に統合された。

 実は、ICGはずっと赤字続きで、“Intelのお荷物”とまで言われていたのだが、今回モビリティ事業本部というCentrinoモバイル・テクノロジ(以下CMT)という大ヒット商品を抱える部門に統合されたことで、そうした状況からうまく離脱することができた形になる。

 ところで、そのICGの最大の失敗作であり、かつ同時に最大のヒット作となった製品があるのだが、なんだかご存じだろうか? それが、Intel Pro/Wireless 2xxxxシリーズ、言わずと知れた、CMT向けの無線LANモジュールだ。

●Intelにとって失敗作でもあり成功作でもあるIntel PRO/Wirelessシリーズ

 Intelは、2003年3月のCMTのリリース時に、本来はIntel PRO/Wireless 2100Aと2100という2つの無線LANモジュールを同時にリリースする予定だった。前者はIEEE 802.11a/b対応の無線LANモジュールで、後者はIEEE 802.11bのみに対応した無線LANモジュールとなっている。だが、実際には2003年3月のCMTリリース時には、Intel PRO/Wireless 2100のみリリースされ、2100Aはリリースされなかった。2100Aの開発が遅れ、CMTのリリースに間に合わなかったのである。

 しかも、Intelにとって痛かったのは、Intelが考えていたよりも早くIEEE 802.11gという11bと同じ2.4GHzの帯域幅を利用する無線LANの規格に対応した製品を各社が投入し始めたことだ。11gの規格が完全に策定されたのは2003年の7月だったのだが、実際には各社が11gのドラフト規格に基づいて製品を投入し、規格策定後にファームウェアのアップデートで対応するということを始めたので、さらに話はややこしくなった。

 Intelは完全にこの流れを見誤った。Intelは、11gの普及は11gの規格が確定した後でだいぶ経ってからだと考えていたようなのだが、実際には規格がフィックスされる前から普及が始まってしまったのだ。

 このため、OEMベンダ各社は高速な無線LANを実装するためにIntelの無線LANモジュールを諦め、BroadcomやAtherosといったサードパーティの無線LANモジュールを利用せざるを得なくなったのだ。ちなみに、Intelが11gに対応した製品(Intel PRO/Wireless 2200BG)をリリースできたのは2004年に入ってからで、対応は後手後手に回ってしまった。

 だが、その後は2004年の秋にIEEE 802.11a/b/gのすべてに対応したIntel PRO/Wireless 2915ABGをリリースして、現在ではほとんどのPentium M/Celeron Mを搭載する製品で、Intelの無線LANモジュールが搭載されるようになっている。

●デスクトップPC向けの無線LANモジュール計画は一時的に凍結

 このように、ノートPC向けの無線LANモジュールでは、紆余曲折の末に、なんとか形になったIntelの無線LAN事業だが、2005年は別の挫折を経験している。

 Intelは、2004年の第2四半期にリリースされたデスクトップPC向けチップセットであるIntel 925/915シリーズと同時期に、デスクトップPC向けの無線LANモジュールであるIntel PRO/Wireless 2225BGを提供している。このチップは、Caswellの開発コードネームで呼ばれていた無線LANモジュールで、IEEE 802.11b/gに対応している。Intel 925/915シリーズのサウスブリッジであるICH6のグレードの1つであるICH6Wとしてチップセットにバンドルされる形で出荷されてきた。

 だが、実際には、OEMベンダはほとんどのこのICH6Wを選択してこなかった。以前、East Forkの記事でも説明したように、どんなアプリケーションがあるのかまったく見えてこないし、実際搭載したからといっても“売り”にならないからだ。

 Intelは第2四半期に次世代CPUであるデュアルコアプロセッサのSmithfieldを投入するが、そのタイミングで同時に次世代チップセットであるIntel 945ファミリーを投入する。これまで開発コードネームでLakeportで呼ばれてきたIntel 945にも、無線LANモジュールのオプションは用意されていた。それが、開発コードネーム“Caswell2”で呼ばれる製品だ。

 しかし、ここにきて、IntelはOEMメーカーに対してCaswell2をキャンセルすると伝えてきたという。実は、Caswell2がキャンセルされることには伏線があった。というのも、1月の記事でお伝えしたように、2004年末にデスクトップPCのEast Forkの要件から、無線LANが外されていたのだ。企業向けのデスクトップPCでは無線LANがほとんど意味をなさないことを考えると、家庭向けのデスクトップPC、つまりEast ForkのPCがターゲットになることは自明の理なので、そのEast Forkの要件から外されたとあっては、実質的には消滅したも同然だった。

 ただ、Intelは、依然としてデスクトップPC向けの無線LAN実装を諦めたわけではない。実際、Intelは2006年の前半をターゲットにKirtlandの開発コードネームで呼ばれる無線LANコントローラを計画しているとOEMベンダなどに説明しているという。ただし、IntelはOEMメーカーに対してKirtlandの詳細はこれから決めると説明しており、事実上計画は白紙の状態と言ってもよい状態にある。このままこの計画がお蔵入りになる可能性も高いのではないだろうか。

●CMT向けのGolanは当初はIEEE 802.11a/b/gのみに対応

 IntelはCMT向けの次の無線LANモジュールとして、2006年の第1四半期にIntel PRO/Wireless 3945ABGを計画している。Intel PRO/Wireless 3945ABGは開発コードネームGolan(ゴラン)で知られる無線LANモジュールで、Intelが現在のCMTの後継プラットフォームとして計画しているNapa(ナパ)プラットフォームの一部としてサポートされる。Napaプラットフォームは、CPUのYonah(ヨナ)、チップセットのCalistoga(カリストガ)、そしてこのIntel PRO/Wireless 3945ABGから構成されている。

 Intel PRO/Wireless 3945ABGの特徴は、IEEE 802.11eで規定されているQoS(Quality of Service、帯域保証)に対応しているほか、IEEE 802.11kにも対応している。また、電気インターフェイスが、Intel PRO/Wireless 2xxxxシリーズのPCIバスからPCI Expressへと変更されていることも特徴の1つといえる。ただし、純粋なPCI Expressというわけではなく、電気的にはPCI Expressと互換だが、若干異なる仕様となる模様だ。

 このため、現在のCMT(Sonomaプラットフォーム)のサウスブリッジであるICH6Mではサポートすることができない。Napa用のCalistogaのサウスブリッジであるICH7Mが必要になる。なお、Intel PRO/Wireless 3945ABGでは、より小型のフォームファクタのモジュールとなるmini Cardもサポートされる予定だ。

●最初の世代のIntel PRO/Wireless 3945ABGは11nのドラフト仕様をサポートしない

 問題は、このIntel PRO/Wireless 3945ABGで、Intelは再び11gの時の過ちを繰り返しはしないのか? ということだ。

 実は、すでに市場は次世代の高速無線LANとして知られるIEEE 802.11nに向けた取り組みを始めている。たとえば、米国でのPCの周辺機器ベンダとして知られるBELKINは“Pre N”と呼ぶアクセスポイントとPCカードのクライアントを販売し始めている。この“Pre N”とは、言ってみれば“11nの規格を先取りした”という意味であるようで、MIMO(Multi Input Multi Output)の技術を利用して、現在の11g(54Mbps)の倍の帯域幅である108Mbpsを実現するというものだ。このMIMOは、11nでも採用される見通しとなっており、それを取り入れているので“Pre N”だというわけだ。

 ただ、IEEE 802.11委員会で11nの仕様を話し合っているTGn(タスクグループn)では、実のところまだドラフトの仕様も決定していない。このため、少なくとも現在のPre Nとして販売されているものは11nとは互換性がないことは確実なので、とりあえずあまり気にする必要はないだろう。

 現在11nの仕様を巡っては、各社がつばぜり合いをしている段階で、現在のところIntelなどを中心としたTGn Syncと呼ばれるグループとMotorolaなどを中心としたWWiSE陣営の2つに分かれて、それぞれTGnにドラフト仕様の提案を行なっている。TGnでは、11nのドラフトを5月には決定する予定で、その段階では両陣営の仕様がすりあわされることになる。

 IntelはIDFで、11nに関する説明会を行なったが、その中で11nの最終仕様の策定は2007年の第1四半期になる見通しだと説明している。それでも2005年の5月にはドラフトができるとすれば、遅くとも2006年の第1四半期までには11nのドラフトに基づく製品をリリースする会社がでてきてもおかしくない。

 だが、Intel PRO/Wireless 3945ABGでは11nのドラフト仕様がサポートされない。つまり、Intel PRO/Wireless 3945ABGでは11a/b/gと現行の無線LANモジュールと同じレベルでのサポートになっているのだ。

●2006年の第4四半期に11nドラフトに対応した無線LANモジュールを投入

 これでは、再びIntelは11gの時と同じ過ちを繰り返すことになるのだろうか? Intel自身は、それを防ごうと対策は立てているようだ。

 Intelは2006年の第4四半期にIntel PRO/Wireless 3945ABGの後継として、11nに対応した製品を計画しているとOEMメーカーに説明している。すでに述べたように、11nの最終規格は2007年の第1四半期に策定が予定されているので、2006年の第4四半期の段階では11nの規格はまだドラフトしかないことになる。つまり、Intelが2006年の第4四半期に予定しているIntel PRO/Wireless 3945ABGの後継製品では、11nドラフトに基づいた製品ということになる。

 OEMメーカー筋によれば、IntelはこのIntel PRO/Wireless 3945ABG後継製品は、11nの最終規格が完成した段階で、ソフトウェアアップグレードにより11nの最終規格に対応することができるようになるという。つまり、11gの規格策定を待っていて、11gへの流れに乗り遅れた教訓が生かされ、とりあえずドラフトの段階でもリリースする戦略がとられているというわけだ。

 果たして、2006年の第4四半期というのが、早いのか、遅いのか、そこが争点になる。筆者個人の感想としては、11gの時を振り返ってみるとわかるように、各社とも少しでも他社を出し抜くために少しでも行けると踏めばドラフト仕様の製品を投入してくると考えられるだけに、Intelの動きはかなり遅いのではないかと思うのだ。

Intelの無線LANモジュールロードマップ

□関連記事
【1月21日】【笠原】PCベンダの賛同が得られない“East Fork”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0121/ubiq94.htm
【1月18日】Intel、大幅な組織再編と人事異動を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0118/intel.htm

バックナンバー

(2005年3月3日)

[Reported by 笠原一輝]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp 個別にご回答することはいたしかねます。

Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company.All rights reserved.