笠原一輝のユビキタス情報局

PCベンダの賛同が得られない“East Fork”





International CESで基調講演に登場したクレイグ・バレットCEOだが……

 今月初旬に行なわれたInternational CESは、ITベンダの攻勢が目につくイベントとなった。基調講演に登場したのは、Microsoft(OSベンダ)、Intel(CPUベンダ)、HP(PCベンダ)という、IT系ベンダのコンポーネントから最終製品までという3つのリーディングカンパニーだったし、実際展示会場でも元気があったのはサウスホールの2階というPC関連の展示だったと言っても良い。

 IT系ベンダが家電分野においても勢いを増してきたと感じられたCESだったが、1つだけ筆者が「あれ?」と思ったことがあった。それがIntelのクレイグ・バレットCEOの基調講演だ。

 その模様は、既にお伝えした通りなのだが、本来その目玉となると思われていた“East Fork”について、バレット氏は何も語らなかったのだ。


●本当はCESで大々的に発表されるはずだった“East Fork”

 “East Fork”については、以前この連載でも取り上げた。East Forkとは、Intelのデジタルホーム市場向け新ブランドの開発コードネームで、CPU、チップセット、有線LANチップ、デジタルホーム向けソフトウェアなどを1つのパッケージとし、それらにEast Forkのロゴをつけることで、モバイル市場におけるCentrinoモバイルテクノロジ(以下、CMT)キャンペーンでの成功を、もう一度繰りかえそうという取り組みだ。

 Intelは、単に新しいPCのブランドとしてだけでなく、プレミアムコンテンツプロバイダーや家電ベンダなどにも働きかけることで、デジタルホームのエコシステム立ち上げを狙っている。

 OEMベンダ筋の情報によれば、昨年の夏にこのプランがOEMベンダなどに説明された当初、2005年初頭のInternational CESにおけるクレイグ・バレットCEOの基調講演で本計画が発表されると説明されてきた、という。

 ところが、すでに述べたように、バレット氏の基調講演ではEast Forkについて一言も触れられることはなかった。

 なぜか?

●OEMベンダ側の反発を受けて軌道修正を図らざるを得なくなったEast Fork

 実は、East Forkの計画自体が、まだ完全に固まりきっていないことがその背景にあった。Intelは昨年の夏にOEMベンダ向けにEast Forkの説明を実施したが、ベンダ側の反応はイマイチだったという。このため、年末ぎりぎりまで計画の練り直しに迫られ、そのためCESでの発表は見送られたという。

 そもそも、日本のOEMベンダの多くはEast Forkそのものに不信感を示している。ある日本のOEMベンダ関係者は、「East Forkの計画が今のままであれば受け入れるのは難しい。単にチップセットやLANチップの抱き合わせ販売になってしまうのであれば、こちら側にメリットはないからだ」とその理由を明らかにした。

 実際、East Forkにはそういう面があるのは事実だ。IntelがOEMベンダに対して提示しているEast Forkに対応した“EF PC”になる要件は以下のようになっている。

【デスクトップPCの場合】
・デュアルコアのSmithfield
・Lakeport+ICH7DH
・有線LANコントローラ(EkronないしはTekoa)

【モバイルPCの場合】
・Yonah-2P
・Calistoga
・有線LANコントローラ(EkronないしはTekoa)
・無線LANコントローラ(Golan)

 さらにこれ以外にも、10フィートUIの実装、HDオーディオの実装、プラットフォームドライバソフトウェアと呼ばれるソフトウェアの実装、シリアルATAドライブの実装などが要件になっている。

 重要なのは、IntelのCPU、チップセット、LANコントローラという3点セットでなければ、OEMベンダはEast ForkのロゴをPCに張ることができないことだ。むろん、East ForkでもCMTと同じように、IIP(Intel Inside Program)における広告のキャッシュバック率が高めに設定されるだろうから、OEMベンダにとってEFを名乗ることは大きな意味がある。

 この点がOEMベンダ関係者が指摘する“抱き合わせ販売”という非難になるわけだ。これらOEMベンダ側の反発を受け、Intel側も若干後退を見せている。それは、デスクトップPCの要件から無線LANを外し、奨励要件に変更したことだ。

 10月時点の記事では、無線LANがデスクトップPCの条件に入っていたのに、12月末に説明された新プランでは無線LANが無くなっているのはそうした理由からだ。

 この決定は昨年末に行なわれ、すでにOEMベンダ側などに通知されはじめている。これは妥当な判断と言えるだろう。以前、日本では無線LANを搭載したデスクトップPCがいくつか投入されたが、最近では搭載例が少なくなっている。有り体に言ってしまえば、搭載してもあまり売りにはならなかったということではないだろうか。この状況で無線LANを搭載しろと言っても、強行に反対されて当然だろう。

●プレミアムコンテンツのブロードバンド配信への懐疑がネックに

 だが、問題の本質は、無線LANを外したぐらいでは何も解決していない。East Forkの条件が変更された後も、懐疑的な関係者は多い。では、どうすれば“単なる抱き合わせ販売”という非難から前向きな反応へ変えることができるのか?

 この問題は非常にセンシティブな問題を孕んでいる。なぜかと言えば、日本では米国とは異なるローカルな問題があり、Intelがそれを解決するのは難しいと日本のPCベンダが考えているからだ。

 IntelがEast Forkで目指していることは、簡単に言ってしまえば以下のようなことだ。

(1) East Fork印のPCをリリースしてもらう(Intel製CPUなどが売れる)
(2) East Forkというプラットフォームに対して、コンテンツホルダにブロードバンドによるプレミアムコンテンツを提供してもらう
(3) ユーザーにEF PC+コンテンツで魅力を増し、EF PCを購入してもらう(PCが売れる)

 要するに、この(1)>(2)>(3)>(1)>(2)……という循環モデル、つまりはエコシステムを構築することにある。このエコシステムが実現できるなら、PCベンダは新しいアプリケーションをユーザーに提供できるのだから、East Forkを受け入れることに何らためらいは感じないだろう、CMTがそうであったように。

バレットCEOの基調講演で行なわれた、プレミアムコンテンツのブロードバンド配信デモ

 だが、エコシステムを構築することは決して簡単なことではない。エコシステムを構築するには“鶏と卵”論議から逃れられないというのは、この連載で何度も指摘してきた。今回の場合やっかいなのは、Intelが“鶏”を作ったからといって、“卵”としてのプレミアムコンテンツが本当に提供されるのかという問題だ。

 ブロードバンドによるプレミアムコンテンツに対する日米の温度差は、何度も触れたとおりだ。米国ではプレミアムコンテンツのブロードバンド配信(米国ではブロードバンドの普及率がまだまだ低いので、決してブロードバンドではなくナローバンド配信と言った方が正しい状況だが……)への期待は明らかに高く、すでにサービスが始まっているほか、コンテンツホルダー側も新しいビジネスへの取り組みに熱心になっている。

 だが、日本では、正直そこまで行ってないというのが現状だ。最大の問題は、プレミアムコンテンツのブロードバンド配信で、誰も儲かっていないという状態をどうするかだ。すでにiTunes Music Storeという成功例を持つ米国では、ブロードバンド配信への移行は必然のように思われているのとは、全く状況が違う。

●日本でのEast Fork成功の鍵はコンテンツホルダーの説得に

 重要なことは、どうすればコンテンツホルダーも儲かる仕組みが導入できるか、これにつきる。

 結局、コンテンツホルダーが既存の配信方法(放送、CD、DVDなど)に頼るのは、少なくともその方法であれば利益がでるからだろう。音楽レーベルがCCCDという不格好なやり方をしてまでCDという配信方法にこだわったのは、それ以外では儲からないからと考えたからに違いないと筆者は思う。

 だが、少なくとも音楽に関してはかなり状況が変わりつつある。米国Microsoftの古川亨副社長は「音楽業界の意識は急速に変わりつつある。ここ近年、彼らの売り上げが金額ベースでフラットだったのは、『着うた』に代表されるような配信ビジネスがCDの売り上げ減をカバーしたからだ」と指摘している。つまり、レーベルがCCCDという方法をあきらめたのは、もうCDというメディアに頼っていては、彼らのビジネスが成り立たないと理解した(気が付かされた)からにほかならないということだ。

 結局、IntelのEast Forkが日本で成功する鍵もここにある。Intelが、コンテンツホルダーに対して、East Forkのプランに乗ることで“こんなに儲かりますよ”という提案ができ、かつそれに賛同してもらえるかどうかが、成功への大前提となる。

 今後、Intelがどのようなアクションを起こすのか、それを日本のOEMベンダは注意深く見守っている。

●新しく誕生したデジタルホーム事業本部がこの問題を担当

2003年の2月にサンノゼで行なわれたIntel Developer Forumの基調講演で、Centrinoモバイル・テクノロジのデモを行なう、Intelのドナルド・マクドナルド副社長(当時、モバイルプラットフォーム事業部 マーケティングディレクター)。CMTを成功に導いたとされる手腕がEast Forkでも試されることとなる

 とりあえずIntelは、17日(現地時間)に公開した組織再編で1つの方向性を示した。それが、“デジタルホーム事業本部”(Digital Home Group)の新設だ。

 このデジタルホーム事業本部のトップに指名されたのが、ドナルド・マクドナルド副社長。彼がデジタルホーム事業本部のトップに指名されたのは、CMT立ち上げの貢献度を買われてのことと受け止められている。

 マクドナルド氏は'99年頃~2003年夏頃まで、当時のモバイル・プラットフォーム事業部で、マーケティングディレクターの任にあり、CMTの立ち上げに多大な貢献をしてきた。以前も指摘したように、East Fork計画そのものが、CMTの“2匹目のドジョウ”を狙ったものであるから、CMTの立ち上げに貢献したマクドナルド氏をこのポジションに置くというのは、ある意味理にかなった配置と言えるだろう。

 ただ、CMTとEast Forkでは状況が大きく異なっているのも事実だ。CMTがITと通信業界という比較的近かった2つの業界をまたがったプログラムであったのに対し、East Forkでは、コンテンツ業界というこれまでITからは遠かった業界を巻き込む必要がある。

 しかも、残された時間は少ない。IntelはEast Forkの立ち上げを、従来予定していた今年半ばよりやや延期して9月~10月あたりと設定している。1四半期分余裕ができたといっても、あと3四半期程度しかない。そこまでに、どのようにしてコンテンツ業界をEast Forkのプログラムに取り込んでいけるのか、その成否がEast Forkのみならず、Intelのデジタルホーム計画の成否をも左右していると言えるだろう。

 とりあえずは、マクドナルド氏のお手並み拝見というところだが、果たして彼はどんな答えを我々に提示してくれるのだろうか。

□関連記事
【1月18日】Intel、大幅な組織再編と人事異動を発表
~デジタルヘルス事業部とチャネル製品事業部を新設
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0118/intel.htm
【1月7日】【CES】Intel CEO クレイグ・バレット氏基調講演
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0107/ces04.htm
【2004年10月25日】【笠原】Intel、デジタルホーム向け新ブランド戦略“East Fork”を展開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1025/ubiq83.htm

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(2005年1月21日)

[Reported by 笠原一輝]


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