第276回
次世代光ディスクとブロードバンドサービスは相容れぬ関係なのか?



 昨年も終わりにさしかかって以降、次世代光ディスクに関連した話題がいくつも続いている。1月早々のInternational CESも然りだった。フルHD映像をパッケージ化できる次世代光ディスクの動向は、特にハイエンドのAVマニア層には気になるところだろう。

 しかしAVに余り興味がない、しかしPCには興味があるというユーザーには、今ひとつピンと来ないのではないだろうか。むしろ次世代光ディスクよりも、ブロードバンドネットワークを前提としたコンテンツ供給の方が、ずっと有益な議論と感じている人の方が多いように思う。

 今回はこの辺りの情報を少し掘り下げてみる事にしよう。

●大容量ストレージとしての用途が主となるPC向け次世代光ディスク

 次世代光ディスクと言われている規格には、ご存じのように「Blu-ray Disc(BD)」と「HD DVD」がある。実際にはBDは既に世の中に出ているため、次世代と書くべきか迷うところだが、“406nm波長の青紫レーザーダイオードを用いた高密度12cm光ディスク”を次世代光ディスクと定義すると、この2つに絞られる。

 現在、これらが注目されているのはDVDの高付加価値版として有望だと考えられているためだ。いずれも1,920×1,080ピクセルのHD映像と高品質サラウンド音声をパッケージ化可能で、記録型を用いればハイビジョン放送の録画用途にも利用できる。

 ただし、HD映像は動画向けとして最後の解像度とも言われており、業務用デジタルシネマを除けば、これ以上、高解像度の映像コンテンツが投入される可能性は薄い。理由は画面サイズで、家庭向けではどんなに頑張っても壁の面積より広くは投影できない。また、視聴しやすさなどを考えると、さほど近くで映像を見るわけでもなく、結果として1,920×1,080ピクセルで十分な解像度になるためだ。

 映画会社に限らず、映像コンテンツの再販で成り立つ企業にしてみれば、情報量を削減してパッケージ化していたSD(標準解像度)コンテンツよりも、ずっと徹底した著作権保護が盛り込まれなければ、積極的には手を出しにくい分野だ。唯一の財産である映像資産が、万一組織的な違法コピー業者に簡単に盗まれるようになっては、ビジネスモデルの根幹が揺らぐことになる。本来なら、じっくりと時期を見極めながら取り組みたいところだ。

 ところが各種リサーチ会社の調査では2006~2007年にかけて、DVDの売り上げが下降に転じると言われている。加えてDVDのコピーが蔓延しているのも頭痛の種と言えるだろう。現在、映像コンテンツベンダーの多くはDVDから大きな利益を得ているから、継続的な成長を保つにはDVDに加えプラスαの収入が必要となる。

 つまりDVDの置き換えは不可能だとは考えているが、DVDでは満足できないユーザー層に手持ちのカタログコンテンツを再販できれば、成長をまだ継続できると考えているという事だ。昨年も10月以降になって、映画スタジオの動きが活発になったのも、目の前に収入減という現実が差し迫ってきたからに他ならない。また家電ベンダーにとっても、放送のデジタル化が世界的な動きになり、HDTVの普及率も上がってきた中、高品質映像の市場を少しでも早く立ち上げたい気持ちがある(実際にはベンダーによって温度差はあるが)。

 だからこそ次世代光ディスクへの注目が集まっていると言えるが、PC向け光ディスクドライブは、こうした議論の中にはない。当面はPCで次世代光ディスクを用いたHD映像を再生することは難しいからだ。その理由は簡単で、PCでセキュアに映像を扱う手法が確立されていないからだ。従って、次世代光ディスクドライブがPCに搭載されるようになっても、それは大容量光ストレージ、もしくはコピーフリーコンテンツ録画編集用としてしか使い道がないことになる。

●それでも大切なPC向けの用途提案

 一番の問題とされているのは、現行PCのアーキテクチャでは、コンテンツ保有者が求める著作権保護の枠組みに対応するのが難しいことだ。次世代光ディスクは、両規格ともに「AACS」という規格に対応することになっている。

 ただしAACSというのは、あくまでも暗号化の仕組みやコンテンツ運用の枠組みなどを規定した仕様書であって、実際に機器に実装する際には、ハードウェアやメディアに個別の機能へと落とし込まなければならない。つまりHD DVDとBDは、同じAACS準拠でも異なる実装となる(たとえばメディアごと固有IDを振る場合、IDの読み取り方法などは規格ごとに異なる)。

 とはいえ、基本ルールは共通認識として存在している。たとえばセキュアではないバスに、暗号化されていないHD映像を流してはいけない。デジタルインターフェイスで接続する場合は、HDCPやDTCPなど機器同士の認証を行なった上でデータを暗号化して通信する仕組みを使わなければならないなどだ。

 音声に関しても、高品質コーデックのストリームはHDMIの音声チャネル(S/PDIF×6チャンネル)かiLINKを用いることになっている。これらに例外は認められない。例外を認めれば、他のあらゆる努力が無駄になるかもしれないからだ。

 家電の視点で見れば、これはHDMIとiLINKによって解決できる。DVIしか装着されていないテレビであっても、HDCPに対応さえしていれば映像だけは伝送できる。音声は最悪でも、ダウンコンバートさせればDolby DigitalもしくはDTSストリームをS/PDIFから出力させればいいだけだ。その場合でもビットレートが高いため従来比で音質は向上する。

 ところが、PCアーキテクチャを考えた場合、NGSCBが実装されたOSと対応するプロセッサ、チップセットなど新しい基板技術の上でしかこれらの要求には応えられない。PCのDVI出力をHDCP対応にするとしても、PCIバス上を暗号化されていないHD映像が流れてしまえばコンテンツを盗まれる可能性は残るため、プラットフォームレベルで改善を施さなければ安全とは言えないからだ。

 従って将来、PCでHD映像パッケージが再生可能になるとしても、それはLonghornをベースにした新しいPCプラットフォームとなる。本格的にHD映像パッケージが揃うとすれば2007年になってからだろうから、タイミング的にはさして悪くはない。

 ただHP、デル、NEC、東芝は、次世代光ディスクを今年からPCに搭載していく。大容量光ディスクのニーズが、HD映像パッケージ以外にはPC用ストレージぐらいしかないからだ(PC用ストレージとしても、もはや魅力的ではないと言う者もいるだろうが)。

 ドライブのコスト次第ではあるが、PCベンダーは少しでもプレミアム性を持たせる事ができるならば、次世代光ディスクドライブの搭載は厭わないかもしれない。さらに今後、増加が予想されるHDカムコーダとの連携などを絡めれば、そのコストを正当化することも不可能ではない“かも”しれない。

 そして、大手PCベンダーのどれか1モデルにでも次世代光ディスクドライブが採用されれば、相当数のドライブを出荷できるだろう。光ディスクドライブの消費数は、家電よりもPCの方が圧倒的に多い。PCにおける次世代光ディスクの用途提案は、PCの新しい付加価値を模索することであると同時に、次世代光ディスク戦略にとって初期のコストダウン目標を達成するために重要ということになる。

●意外に醒めた目で見られている映像配信事業

 HD DVD、BDともにPCドライブの開発は終盤を迎えている。

 HD DVDドライブはNECが早ければ5月ごろにはデスクトップ向けを発表可能。また東芝は年内にもノートPCに搭載すると話している事から、スリムドライブの発表もそれまでには行なわれるだろう。

 BDは、夏にはデスクトップ向けドライブをパイオニアが発表する見込み。また以前、本誌でも伝えたことがあるが、ノートPC向けも9.5mm厚こそ開発難度が高いようだが、12mm厚ならば年内にできるようだ。ピックアップとメディアのクリアランスも、0.5~0.6mmを確保できるとのことなので、現行DVDの9.5mm厚ドライブよりもむしろ広い。

パイオニアのデスクトップPC向けBlu-rayドライブ NECのHD DVDドライブ

 ただ冒頭にも述べたように、光ディスクに拘るよりも、ブロードバンドネットワークとHDDを活用したシステムを構築する方が良いのでは? という意見も根強い。標準メディアの座を争いロイヤリティで利益を上げるといった回りくどい事をするより、さっさとブロードバンドを活用した方が将来性はあるという考え方だ。

 ところがブロードバンド配信に関しては、特にハリウッドの映画スタジオなどでは醒めた見方をされているようだ。ビジネスの可能性がない、というわけではない。ビジネスとしての可能性はあるが、あくまでもレンタルビジネスの延長線上にあるという考えに基づいているからだ。

 ディズニーのスタジオニューテクノロジ担当上席副社長クリストファー・キャリー氏は「ネットワークが光ディスクに取って代わるという議論は、DVDの規格策定時からあったが現実的ではない。顧客は商品を購入する際、形あるものを欲しがる。将来、僕らの子供や孫の世代になれば、形あるものに価値を見いだすといった風習はなくなるかもしれないが、それはまだずっと先の事だろう」と話したが、他スタジオの技術担当役員も似たような意見だ。

 米国は日本よりも家庭向けブロードバンドネットワークの整備が遅れているため、必ずしも日本と同列に比較はできないが、まだ議論するには早すぎる段階というのが、多くの映画スタジオの意見だった。また映像配信事業が立ち上がり始めたとしても、当面はSDコンテンツが中心になるだろう。画素数で6倍となるフルHDコンテンツがネットワーク配信される時期など、予想もできないというのが正直なところかもしれない。

●映像配信とパッケージメディアの共存関係

 では映像配信サービスは、ニッチでマイナーなものに終わるのか? というと、実はそう考えているわけでもないようだ。次世代光ディスクドライブを搭載したプレーヤーやレコーダにはEthernetが装備されるようになるが、ダウンロードコンテンツと連携した新しいインタラクティブ機能をパッケージメディアの中で提供しようとしているからだ。

 たとえば東芝のHD DVDプレーヤーには、再生機でありながら数十MB程度のフラッシュメモリが内蔵されるという。これは字幕やボーナスコンテンツを蓄積したり、ネットサービスにアクセスするためのもので、製品パッケージを起点にしたサービスを提供するために使われる。

 BD側もまだ議論の最中だとしながら、技術デモではネットサービスとの連携を行なう様子を見せたことがある。

 ネットワークを用いたサービスならば、パッケージ発売のタイミングにかかわらず、タイムリーにプレミアムコンテンツを提供できるため、新しいビジネスの可能性が見えてくる。

 たとえば「スパイダーマン2」を見ていると、ある時、突然、「スパイダーマン3」のメニューが現れて予告編が視聴できるようになったり、劇場チケットの電子割引クーポンを携帯電話に送ったり、さらに時間が経過するとスパイダーマン3のパッケージメディアを割り引き予約できるなど。時間に束縛されないからこそのサービスが生まれる。

 今年、米国でのHDTV(720P以上の解像度を持つテレビ)の世帯普及率が10%を超える見込みという。これは昨年の予測よりもおよそ半年から1年ほど早いペースだ。またHD化が遅れていた欧州も、やっと一部の国でHD放送が開始された。受け皿さえ整えば、HDコンテンツは受け入れられると業界関係者は考えている。

 Longhornが予定通りに出荷されれば何も問題はないのだが、おそらく何の波乱もなくスケジュール通りにリリースされることはないだろう。Microsoftは家庭向けPCを家電ライクなものに仕上げようと、毎年のようにMedia Center Editionの強化を行なっているが、Longhornのリリースがさらに大幅に遅れた時のバックアッププランを持っているのだろうか?

 次世代光ディスクを起点にした新しいパッケージコンテンツの市場は、ゆっくりとしたペースでしか立ち上がらないだろう。しかし、Longhornへの歩みはそれよりもさらに遅く見える。PCが取り残される事がないようにして欲しいものだ。

□関連記事
2005 International CESレポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/link/ices.htm
【1月17日】【笠原】今年末商戦の目玉「PC用次世代DVDドライブ」に立ちふさがる課題
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0117/ubiq93.htm

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(2005年2月2日)

[Text by 本田雅一]


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