■笠原一輝のユビキタス情報局■同床異夢のWintelと家電陣営 |
International CESは、前日(現地時間5日)の夜に行なわれたMicrosoftのビル・ゲイツ会長兼CSA(最高ソフトウェア開発責任者)の基調講演より実質スタートした。初日となる6日の朝には、Intelのクレイグ・バレットCEO(最高経営責任者)の基調講演も行なわれ、早くもMicrosoft、IntelというIT業界のビッグ2が登場したことになる。
その模様は別レポート(「ビル・ゲイツ氏 基調講演レポート」、「Intel CEO クレイグ・バレット氏基調講演レポート」)に詳しいので、ここでは触れないが、日本人聴衆の感想は、「総じてピンとこない」だったのではないだろうか。
Intelのクレイグ・バレットCEO | Microsoftのビル・ゲイツ会長兼CSA |
この最大の理由は、昨日の記事でも指摘した“ブロードバンド配信”への期待度の違いとも言える。ゲイツ会長の基調講演で行なわれたIP-TVのデモに代表されるように、ゲイツ氏にせよ、バレット氏にせよ、話題の中心はブロードバンド配信にあったからだ。
だが、このことは、もう1つ大きな問題を浮き彫りにしている。HDコンテンツの配布メディアの選択肢は、日本で考えられている「HD DVDかBlu-rayか」という構図ではなく、「次世代DVDかブロードバンド配信か」という構図であることを示している。
●今年のCESのキーワードの1つとなっている“HD”
基調講演の中で、両首脳は盛んにHD、HDという言葉を繰りかえした。HD(High Definition)は日本語に直せば“高解像度”で、一般的には“HD Contents”(高解像度のコンテンツ)の略語として利用されることが多い。両首脳は講演の中で、HDTVやHDコンテンツという文脈の中でHDという言葉を盛んに使った。
もっとも、これはゲイツ氏やバレット氏に限らず、今回のCESで講演や記者会見などに登場するほとんどの関係者が“HD”という言葉を必ず一度は使っている。つまり、今回のInternational CESにおける“流行語大賞”をあげるとすれば、HDだと言って良いほどだ。
実際、注目の製品を見ていくと、なんらかの形でHDに関係する話題となっている。例えば、液晶TVやプラズマ、リアプロなどのHDTVは、今年米国においても加速的に普及すると見られており、やはり多くの来場者が製品に群がっている。また、HD DVDやBlu-rayといった次世代DVDと呼ばれる大容量メディアも、HDコンテンツを流通させるためのメディアとして大きな注目を集めている。
ゲイツ氏の基調講演でデモされたIP-TVのデモ。4つのHDクオリティのビデオストリームをIPネットワークで配信するシステム | バレット氏の基調講演では、HDクオリティのコンテンツをブロードバンド配信する模様などがデモされた |
日本において、HDコンテンツの供給媒体として大きな注目が集まっているのは、言うまでもなくHD DVDとBlu-rayだろう。いずれも大容量のリードオンリー媒体も用意されており、大容量というメリットを利用し、DVDに替わる次世代コンテンツ流通媒体として注目されている。日本人の感覚から言えば、HDコンテンツを配信するための媒体と言えば、HD DVDないしはBlu-rayだと思うところだが、両首脳ともHD DVDにも、Blu-rayにも言及が無かった。
なぜ、言及が無かったのかと言えば、実のところ両社ともHD DVDとBlu-rayに対する姿勢を明確にしていないという理由が真っ先に考えられる。両社がどちらの陣営につくのか、というのは以前より注目を集めており、両社のトップがいる場では必ずといってよいほど記者陣から質問がでるほどだが、両社とも旗幟を鮮明にはしていない。実際、筆者もIntelのクレイグ・バレットCEOに遠回しに質問してみたが、「市場が決めることだ」と、はぐらかされてしまった。
どちらかがPCの標準機能として、MicrosoftやIntelからのサポートが得られるとすれば、普及の弾みとなることは間違いない。このため、両陣営とも、積極的に話をしていると言われているが、依然として両社は態度を明らかにはしていないのだ。
だから、両首脳がHDを叫びつつも、HD DVD、Blu-rayのいずれにも言及できなかったというのも、当然と言えば、当然だ。
●ブロードバンド配信という第3の選択肢が浮上しつつある米国
それでは、なぜ、両社は態度を明確にしないのだろうか?
筆者は、両社とも本音ではHD DVDもBlu-rayもあまり普及して欲しくない、と考えているのではないかと思う。両社の立場になって考えてみると、光学ディスクを媒体とするよりも、ブロードバンド配信のような形でコンテンツを配信できる方が、メリットが大きいからだ。
本連載でもたびたび指摘してきたように、PCとデジタル家電の大きな違いはプログラマビリティだ。ソフトウェアを追加することで、機能を追加できるという点は、どんなに逆立ちしてもデジタル家電がPCに追いつくのは難しい。
ブロードバンド配信を行なう場合には、受信機はプログラマビリティを備えている方がよりよいサービスを提供できる。ブロードバンド配信では、配信業者は複数の業者であり、それぞれの業者は異なる方式のファイルフォーマットやDRMを利用することになる。さらに、ユーザーが接続するWebサイトなども、あるサイトはFlashを利用しているかもしれないし、別の業者はXMLベースかもしれない。こうした状況に、家電側で対応するのは不可能ではないかもしれないが、かなり難しい。
光ディスクを媒体に供給されたコンテンツは、HDDに格納することはできないが、ブロードバンドで配信されたコンテンツは、HDDに格納しておけるので、いちいちメディアを入れなくても手軽に再生できる。
また、今年の半ばには、DLNAにおいて、次世代のDLNAガイドラインが策定される予定で、そこでは、DTCP-IPが仕様に盛り込まれる可能性が高い。そうなれば、PCに格納したプレミアムコンテンツを、他の部屋にあるDMA(Digital Media Adaptor)からネットワーク越しに再生できるようになる。
仮に、ブロードバンド配信が急速に立ち上がるのであれば、HD DVDも、Blu-rayも必要ないということになる。そして、ブロードバンド配信プラットフォームの最有力候補はすでに述べたようにPCだ。
もちろん、PCは両社にとってビジネスモデルの根幹であり、その売り上げの大部分を依存している……という状況であり、MicrosoftやIntelが、次世代DVDには触れたくないと考えても不思議ではない。
もっとも、世の中そこまで話は単純ではないから、もちろんMicrosoftやIntelも、最終的には、それがどちらかだけになるにせよ、両方になるにせよ、HD DVDやBlu-rayのサポートをどこかのタイミングで表明することになるだろう。なぜなら、彼らにとっての最終目標はPCが売れることであり、HD DVDやBlu-rayを搭載することによってPCの魅力が高まるのであれば、それを断る理由は何もない。
●鳶に油揚げをさらわれかねない日本の家電ベンダ
日本にとって重要なことは、このままいけば、次世代DVDが来るはずだった位置に、ブロードバンド配信がきてしまうという可能性だ。
日本の家電メーカーが2つの陣営に分かれてHD DVDだ、Blu-rayだとやっている間に、米国ではブロードバンド配信という新しい選択肢が現実のものとなりつつある。実際、両首脳の基調講演はそれをコンシューマに対して強烈にアピールしたことは間違いない。
例えば、2つの規格が併存状態が今後も続き、コンシューマがどちらを買うことも敬遠している間に、米国でブロードバンド配信サービスが立ち上がってしまい、結果的にディスクメディアはどっちも立ち上がらない。そういう(日本の家電メーカーにとっては)最悪のケースも想定できるだろう。
それなのに、International CESでは、日本の家電メーカーは相変わらず両陣営に分かれて争いを続けている。両陣営ともにそれなりに言い分はあるのだろう。どのベンダも、新しい技術の開発に多大な投資をしている。その投資を特許の形で回収する必要があるので、自社の技術を次世代規格に入れてもらおうとする。
たとえば、ある技術で他社が似たような技術を提案してきた場合、自社の言い分を通さないと投資を回収できないことになる。そのため、お互いに譲れなくなり、結果、2つの陣営に分かれて市場で競争するという事態を迎えることになる。ビデオテープ、リライタブルDVD、そして次世代DVDと繰りかえされてきた歴史だ。
確かに、巨額の開発投資が回収できなければ、今では株主代表訴訟ものだし、どうしても譲れない部分があるのは理解できなくもない。しかし、そんなことをしている間に、鳶がやってきて油揚げをさらっていく事態が現実に迫っているかもしれない。そんなパラダイムシフトが発生するかもしれない状況でも、目先の小さな利益を争う必要があるのだろうか? もう一度、そのあたりのことを問い直すタイミングにきていると思うのだが、いかがなものだろうか>関係者の皆様。
□関連記事
【1月7日】【笠原】米国と日本でこんなにも違うリビングPCへの評価
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0107/ubiq90.htm
【1月7日】【CES】Intel CEO クレイグ・バレット氏基調講演
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0107/ces04.htm
【1月7日】【CES】ビル・ゲイツ氏 基調講演レポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0107/ces02.htm
(2005年1月8日)
[Reported by 笠原一輝]