山田祥平のRe:config.sys

貴重品、壊れ物はございませんか



 パソコンを携帯するようになって、過去においては考えられないほどの情報を気軽に持ち歩くようになった。A4サイズの書類2,000枚といえば、持ち歩きはちょっと勘弁してほしい重量になるが、その両面にビッシリと文字が印字してあっても、それがPDFなどであれば、きっと100MBに満たないだろう。実際のノートパソコンには、それを遙かに超える容量の情報が詰まっている。

●ハードウェアは壊れても損害はわずか

 飛行機を利用したときのこと。背負っていたデイパックが分厚すぎて、頭上の荷物入れに入らない。困っていたら、客室乗務員に声をかけられた。預かってくれるというので、お願いすると、「貴重品、壊れ物はございませんか」と尋ねられた。こいつは困る。デイパックの中身は、カメラとパソコンだ。貴重品といえば貴重品だし、壊れもする。そういうと、客室乗務員は困った顔をして、離着陸のときには、膝の上に抱えていることを条件に、そのまま手元に置いておくことを許可してくれた。この日の座席は、非常口横の席で、前の座席の下という定位置が確保できなかったのだ。ただ、離陸前に、隣の席が空席であることが判明、客室乗務員は、デイパックを空席に置き、しっかりとシートベルトで固定してくれた。

 ホテルのクロークなどでも同様だ。手荷物を預けようとすると必ず聞かれる。貴重品、壊れ物は預かってくれない場合もあるらしい。しょうがないので、まあ、大丈夫でしょうといって、ノートパソコンの入ったカバンをそのまま預けてしまう。これが、パソコンよりもずっと高価そうな毛皮のコートならどうなのだろう。そういう衣装には縁がないのでよくわからないが、そのまま預かってくれるんじゃないだろうか。

 ノートパソコンが壊れ物であるのはともかく、貴重品であるかどうかは難しいところだ。もちろん、本人にとって、かけがえのないデータが入っていれば、それは貴重品には違いないが、パソコンではデータのバックアップが簡単にとれる。大量の情報を持ち歩いていたとしても、そのバックアップが別の場所に保管されていれば、ノートパソコンを紛失したり、破壊されたりしても、さほど困るわけではない。

 もちろん、買い直すためのコストや、設定のやり直し、環境の構築などで手間はかかるだろうが、致命的な被害にはならない。それに、ハードウェアに関しては、うまくいけば、保険で補償されるかもしれない。

●データが漏洩することの恐怖

 データを気軽に持ち歩けるようになった結果、それが失われてしまうことよりも、もっと別のことを気にしなければならなくなった。というのも、情報の一部は、自分以外の第三者に関する個人情報でもあり、他人に漏れては困るものだからだ。HDDの破壊などは、データが読めなくなるだけなので、それはかまわない。だが、紛失は困る。データの紛失は、現物が目の前にあったとしても、電子的な盗難に遭っていることもあり、それには気がつきにくいので余計にやっかいだ。

 たとえば、ぼくの場合、普段持ち歩いているノートパソコン内のもっとも重要なデータは電子メールだ。1995年秋頃からやりとりしたメール約10万通、約5年分のニュースやお知らせ、メールマガジンなどが約4万通、ほぼ3GB分のデータが入っている。これらのデータは、複数のパソコンで同期しているので、同じものが複数存在するため、ひとつが破損しても大騒ぎになることはない。けれども、メールの本文中には、他人の電話番号、住所、プライベートな話題など、数々の個人情報が書き込まれている。これが、可読状態で、そっくり、どこかのWebサーバーにでもアップロードされたらたいへんだ。

 そこでぼくは、ノートパソコンを持ち歩くときには、ワークステーションをロックするようにしている。Windowsキー+Lで簡単にロックができるが、ディスプレイを起こしてスタンバイから復帰するたびに、パスワードを入力するのはめんどうだ。最近は、指紋認証ができるノートパソコンも登場しているので、それがちょっとうらやましい。

 パスワードによって最低限のセキュリティは保てる。Windowsにログオンできなければ、メールのデータは読むこともできない。ただ、物理的にHDDをはずされて別のパソコンに接続するなり、USBでブートデバイスを接続して、別のOSを起動されるようなことがあれば、HDD内のデータは参照できてしまう。だから、ノートパソコンのマイドキュメントやデスクトップには、極力、重要なものはおかないようにしている。幸い、メール以外はオープンなデータばかりだ。

 いずれにしても、守らなければならないのは、自分のデータというよりも、他人の個人情報である。データを持ち運ぶに際しては、それが漏れることによって、自分よりも、他人に迷惑がかかることを考えなければならない。被害者は、それだけで、加害者になってしまうからだ。

●データが壊れることの恐怖

 紛失がもっとも怖いと書いたが、出張などの場合は、出先で発生したデータの管理にも気を使う。こちらは、束の間の話だが、かけがえのないデータになるわけで、失われてしまっては、取り戻す術がない。出先で書いた原稿は、メールで送るので、それに関しては送信トレイにも残るし、相手の受信トレイにも残るので安心していていい。だが、デジタルカメラで撮影した画像に関してはそうはいかない。

 ぼくの海外出張は、多くの場合、5泊7日というパターンだ。ほぼ1週間、東京を離れている間には、取材の種類にもよるが、1,000枚や2,000枚の写真は撮る。容量にして10GB前後といったところだろうか。とりあえず、夜、ホテルの部屋に戻ると、デジタルカメラからメモリカードを抜き、カード内のデータをノートパソコンのHDDにコピーする。さらに、外付けのUSB HDDをパソコンに接続し、カード内のデータを、今度は移動する。これで、カードは空っぽになるので、カメラに戻し、パソコン内蔵のHDDと、外付けHDDの両方に同じデータが残る。この作業を毎日繰り返す。

 帰国する際は、パソコンは機内に持ち込み、外付けHDDはスーツケースに入れて預ける。どちらかが紛失しても、片方は残るというもくろみだ。往路には、東京にいるときに時間がなくて見られなかったテレビ番組などが外付けHDDに入っていて、飛行機の中や、待ち時間などを利用して見る。それを消したところに、出先で新たに生成されたデータが収まるわけだ。

●デジタルの箱を開けるデジタルな鍵束

 デジタルデータには形がないこと。物理的なサイズがないこと。それによって、膨大な量のデータでも、それを記録する媒体の物理的なサイズも無視できるほどに小さくなったこと。デジタルデータのこうした特質によって、ぼくらは毎日、膨大な量のデータを持ち運ぶ。

 けれども、今後は、もっと別のことを考えなければならなくなる。というのも、たとえ、それらのデータを、物理的に持ち運ばず、別のところに置いてあったとしても、そこにアクセスできる権限が、持ち歩いているパソコンに保管されていれば、それは、データを持ち運んでいるのと同じ意味になってしまうからだ。

 たった数byteのパスワードデータがパソコンの中にあるだけで、それが流出した結果、致命的な被害を被る可能性もある。ネットワークの帯域が十分に広ければ、データの在処がパソコンに内蔵されたHDD内であろうが、遠く離れた極東の地のレンタルサーバー上にあろうが関係ない。こういうことを考えると、コピーすると劣化するデジタルデータというのも、将来的にはニーズが高まるかもしれない。すでに、記録メディアの時代ではなくなりつつあるのだ。

 鍵の束をつけたキーホルダーは、きっと貴重品だ。ホテルなら、クロークじゃなく、セーフティボックスに入れるべきものだろう。パソコンもそれに近い存在になりつつある。物理的なデータが保管された入れ物ではなく、時空を超えて存在するデジタルの箱を開けるデジタルな鍵束。困ったことに、パソコンがスッポリと収まるようなセーフティボックスは、なかなか見かけることはない。


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【2004年9月30日】ノートPCの社外持ち出し、ガイドラインなしが2割~ガートナー調査(INTERNET)
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(2005年1月7日)

[Reported by 山田祥平]

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