山田祥平のRe:config.sys

トムという名のパソコン



 NHK朝の連続テレビ小説『わかば』の主人公、高原若葉の母親、田中裕子扮する詩子はパソコンの手習いを始めるのだが、そのパソコンを彼女はトムと呼ぶ。

 「トムさん!」と、パソコンに呼びかける詩子。彼女の壮大な目標は、家族三人が居候している実家、村上酒造が造る芋焼酎「金のまほろば」を日本、いや、世界に認めさせるためにウェブサイトを作ることだ。その壮大な計画を意気揚々と語る詩子にあきれ顔の姉弟……。

 テレビドラマや映画に登場するパソコンというのは、かなり演出の手が入り、現実とはかけ離れたものが少なくない。このドラマでも、詩子は人差し指でポツポツとキーを叩くだけで、ポインティングデバイスを使う気配がない。文字を入力しているわけでもなさそうだ。まだ、ドラマのシーンでは、パソコンの画面が映っていないので、何をしているのかよくわからないのだが、キーを押した瞬間に、アッと叫んだかと思えば、今までの作業結果が失われてしまったりもする。アンドゥはできないんだろうかと、よけいな心配をしてしまう。

●名を名乗るパソコン

 それにしても、パソコンに名前をつけるようになったのは、いつごろからだったろうか。個人的には、1993年に、米国においてWindows NT3.1とWindows for Workgroupsが発売され、自分の仕事場に小さなLANを敷こうとしたときに、初めてパソコンに名前をつけた覚えがある。当時は、NTは英語版のままで動かしたが、Windows for Workgroupsは、英語版Windowsを日本語化するためのユーティリティ、西川和久氏率いるC.F.ComputingのWin/Vを使っていた。

 まだ、マイクロソフトがインターネットにさほど熱心でなかったあの時代、Windowsは、ネットワーク内のパソコンを特定するために名前を使っていた。プロトコルはNetBEUI。このプロトコルは、それぞれのコンピュータに16Byte以内の文字列としてつけられた名前で、各コンピュータを識別していた。

 現在は、Windowsを自前でインストールする場合も、メーカー製のパソコンを購入した場合も、必ず、最初のセットアップ時にコンピュータ名の入力を求められるので、ほとんどのユーザーは、自分が今使っているパソコンに名前をつけているはずだ。

 ただ、自分のパソコンのことを、うちのVAIOとか、うちのLaVieなどと言う人はいても、うちの××はなどと、名前で呼ぶ人はあまりいないのではないだろうか。パソコンに名前をつけるようになったのは、コンピュータネットワーク側の都合だが、そのことを強いられるようになった結果、人間とパソコンの距離感は、ちょっと縮まったのではないかとも思う。少なくとも、それまでは、テレビや冷蔵庫に名前をつけて呼んでいる人はいなかったろう。かろうじて、自分のクルマのことを○×号などと呼ぶのをきいたことがあるくらいだ。

●親しみをこめて名前をつける

 今週、千葉・幕張で開催されていたCEATECでは、DLNAによるネットワーク接続で、家庭内のサーバーがコンテンツを配信するデモンストレーションが公開されていたが、この分でいくと、今後は、家庭内にあるあらゆるデバイスに名前をつけなければならなくなりそうだ。テレビなどの電子機器はもちろん、将来的には冷蔵庫や掃除機、洗濯機も例外ではなくなりそうだ。ネットワークにつながるデバイスは、そのすべてが名前を持つようになるだろう。

 DLNAのネットワークでは、見たいときに見たいコンテンツを見ることができることが重要であって、そのコンテンツがどこにあるのかはさほど大きな問題ではない。たとえば目の前のパソコンに対して、ビデオが見たいと指示すれば、ネットワーク内を探し回り、各サーバーからビデオコンテンツだけを探して一覧表示するのだから、コンピュータの名前を意識する必要はないわけだ。

 けれども、今目の前で再生されているコンテンツの場所を気にする必要がないと言われても、それを気にしてしまうのが人間だ。第三者が作ったコンテンツを閲覧するWebでは、そのサーバーがアメリカにあろうが、杉並区にあろうが関係ないが、確実にうちの中にあるというなら話は別だ。ストレージの残り容量などを気にしつつ、不要なものは削除するといった管理作業も必要になる。すなわち、家庭内においては、ユーザーとアドミニストレータは兼任であって、多くの場合、ユーザー専任ではいられないわけだ。

 デバイスに名前をつけるというのも、本来はアドミニストレータの仕事だ。ネットワーク内で名前が重複しないように、体系立てて考えなければならない。DHCPは、IPアドレスの割り当ては引き受けてくれるが、名前づけのめんどうはみてくれない。勝手に名前をジェネレートするようなソリューションが出てくる可能性もあるが、それは、やっぱり味気ないし、わかりにくい。名前というのは、そういうものだ。

●他人が名前をつける携帯電話

 きわめてパーソナルな持ち物であるにもかかわらず、名前をつける習慣のないデバイスのひとつに携帯電話がある。携帯電話には、端末を購入した時点で電話番号という識別子が埋め込まれる。それでネットワーク内での端末を特定することができるので、わざわざユーザーが名前をつける必要がない。

 ただ、電話番号というのはIPアドレスと同じで数字の羅列に過ぎないので、人間には実に覚えにくい。その不便を回避するために使われるのが電話帳というソリューションだ。

 特定の電話番号と名前の対を自前で持つのが電話帳だ。この場合の名前は電話番号の持ち主ではなく、電話帳の持ち主が考えてつける。090-1234-ABCDという電話番号を持つ携帯電話の持ち主が山田祥平であった場合、フルネームで山田祥平なのか、山田なのか祥平なのか、ヤマチャンなのかを決めるのは電話帳の持ち主だ。そして、その電話番号にダイヤルしたいときには、名前で検索するし、その電話番号からの着信があれば、名前が表示される。そこでは表示はされるものの、電話番号を気にする必要はない。

 インターネットで使われているTCP/IPネットワークでは、DNSのおかげで名前とIPアドレスが対になり、順引きと逆引きができる。複数のIPアドレスを持つパソコンもあれば、複数の名前を持つパソコンもあるが、階層型ドメインの構造によって、広域ネットワーク内での矛盾は起こらない。その仕掛けのおかげで、われわれは、相手のコンピュータのIPアドレス意識することなく、名前だけで、各種のサービスを利用できている。

●コンピュータ技術者の愛

 TCP/IPネットワークの場合も、電話帳の仕組みを使うことができる。この仕組みはWindowsにも実装されていて、C:\WINDOWS\system32\drivers\etcをのぞくと、hostsというファイルが見つかる。この中に、IPアドレスとコンピュータ名を対にして書いておけば、DNSに優先して、このファイル内の情報が調べられる。デフォルトでは127.0.0.1がlocalhostという名前で登録されている。これは、そのパソコン自身を示すエントリーだ。

 hostsファイルの管理はたいへんだ。新しいデバイスがひとつ増えるたびに、既存のデバイスすべてのhostsファイルを書き換え、新たなデバイスの情報を加えなければならない。デバイスがなくなったときも同様だ。外に持ち出したときにはどうするかという問題もある。きっと、こういう仕組みが必要になったときは、ブロードバンドルータが、ダイナミックDNSとして機能し、名前の問い合わせに応える役割を担うようになるのだろう。

 こんな手間をかけなくても、ネットワークインターフェースは、MACアドレスという一意となる文字列を持っているのだから、それを名前として使えばいいではないかという論理もありそうだ。でも、人間にとっていかに親しみやすいかという点で、MACアドレスは失格だ。

 そういう意味では、いにしえのコンピュータサイエンティストたちは、どうしても、コンピュータを擬人化したかったにちがいない。そして、そのためには、まるで人間のように名前をつけなければならなかったのだ。その背景には、マシンに対する愛のようなものを感じる。冒頭の高原詩子のトムと同じかと思うと微笑ましい。今、コンピュータは、それほどまでに愛されているだろうか。


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(2004年10月8日)

[Reported by 山田祥平]

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