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Intelにもインターネットは壊せない



 インターネットの父と呼ばれるVint Cerf氏は、Bob Kahnとともに、現在のTCP/IP標準を作った人物だ。二人は、1973年末までに『パケット・ネットワーク間の相互通信のためのプロトコル(A Protocol for Packet Network Intercommunication)』を書き上げ、それが、翌年1974年春の『IEEE Transaction on Communications』に掲載される。これは、インターネットの起源を物語る歴史的な論文として、後の世まで語り継がれることになる。今年2004年は、その掲載から、ちょうど30年目にあたる。

 彼らは、どちらの名前を論文の先頭に出すかをコイン投げで決めることにし、Vint Cerfが勝ったという(Katie Hafner and Matthew Lyon 加地永都子・道田豪訳『インターネットの起源』アスキー、2000年)。

 人生とは、そんなものだ。このTCPからは、後に、パケットの伝送経路制御を行なう部分が切り離され、それがIPとして定義された。IPv4の標準化は1978年、そして、1981年、TCPは、TCP/IPとなった。

●異質なものをつなぎあわせる

 Intelは、開発者向けのカンファレンス、『Intel・デベロッパ・フォーラム(IDF)』を毎年2回開催している。ぼくにとって、IDFの楽しみのひとつは、毎回、3日目に行なわれる同社CTO、パトリック・ゲルシンガー氏の基調講演だ。ゲルシンガー氏の講演には、現実をちょっと離れた夢を感じることができるので、ぼくのお気に入りだ。

 9月初旬、サンフランシスコで開催されたIDF Fall 2004での同氏の講演は「The New NET」と題され、近い将来の広域ネットワークの構想が提案された(ウェブキャストはこちら、トランスクリプトはこちら、概要に関する日本語のプレスリリースはこちら)。

 ゲストには冒頭で紹介したインターネットの父としてのVint Cerf氏(現MCI 技術戦略担当上席副社長)が招かれ、現状のインターネットが抱える問題点、そして、その打破に関するディスカッションが披露された。

 Cerf氏は、当時、ARPANETが運用されていた既存のパケットネットワークの上に、ゲートウェイという概念を持ち込み、新たなネットワークプロトコルをオーバーレイした。今日、ルータと呼ばれているこのゲートウェイによって、異なるネットワークが結ばれ、相互通信ができるようになった。

 ゲルシンガー氏、すなわち、Intelが提唱する構想もまた、今の、インターネットの上に、新たなレイヤーをオーバーレイしようとするものだ。この方法はオールマイティではないが、少なくとも前進はできる。つまり、ここで大事なことは、いったん完成してしまったものを否定し、破壊してしまうのではなく、そこに新たな考え方を重ね合わせようとしている点だ。

 Intelほどの力をもってしても、もうインターネットは壊せない。悪い言い方をすれば、汚い畳の上に新品のカーペットを敷くようなものだ。それでも、見かけはよくなるし、快適にもなる。

 ステージ上で、Cerf氏は、現在のインターネットアーキテクチャに限界を感じていると吐露する。これからも増え続けるインターネット人口としての新たな5億人を受け入れるためにはIPv4ではもう無理だし、帯域幅も狭すぎる。信頼性においてもバラツキが出てくる可能性があるという。

 けれどもネットワークは一夜では変わらない。IPv6の普及にも時間がかかるだろう。場合によってはあと20年は難しい。けれども、ネットをゼロからやり直すわけにはいかない。それでも、時間をかけて進化させなければならない。グローバルシステムでは、既存のシステムの上に、次の世代のシステムを載せなければならない宿命があるとCerf氏。今こそ、パラダイムをもういちど見極める時期であるとアピールした。

●ルーティングからサービスホスティングへ

 ゲルシンガー氏のThe New NETは、ネットワークオーバーレイによって、根底にあるネットワークを維持しながら、より高いアブストラクトレイヤーでそれを処理する、いわば、サービスオーバーレイというアプローチだ。それによって、アクセス要求に応じてストレージリソースのキャパシティを動かすといった、経路制御以上のことができる。

 スポーツのワールドカップ中継にデマンドが殺到しても、経路やストレージの在処が調整され、それがうまくさばかれる。また、自己治癒するネットワークとして、攻撃を監視し、その発生を見極めたりすることもできるという。

 思いっきり簡単にいうと、今日、ルータにゆだねられている経路制御の役割を、各パソコンが担い、単なるルーティングからストレージ管理まで、さらにインテリジェントなサービスホスティングプラットフォームという新たなステージに引き上げるという構想だ。

 現在の、P2P通信のアーキテクチャにも似ているし、トンネルの技術に通じるものもある。すでに、PlanetLabとして、青写真もできているという。今のアカマイのようなことを、パソコンのパワーでやってしまおうというわけで、そのためには、処理性能の高いプロセッサが必要でしょうというオチまである。

 確かに、いったんできあがってしまった土台を撤去し、新たな地盤を築くのはたいへんだ。考えてもみてほしい。

 「今日からインターネットの方式が変わります。その切り替えのために、協定世界時の×年×月×日午前零時から24時間、全世界同時にインターネットが停止します。再開後は、新たな方式でサービスをご利用ください」

 なんてことになったら、いったいどういうことが起こるだろう。今、地球上のビジネスの1/5はインターネットに依存しているそうだ。それが一瞬でも止まってしまったらパニックは必至だ。

●Overが作ってきた過去

 オーバーレイはゆるやかな移行にはとてもいい方法だ。今、使っているパソコンも、オーバーレイを経験しながら、かつてのPC/ATアーキテクチャとは、すでに別物といってもいいものになっているし、Windowsも、MS-DOSの上に築かれながら進化してきた。そのMS-DOSにしたところで、増築改築を繰り返し、グラグラになって破綻しそうになりながらも、屋台骨としてパーソナルコンピューティングを支えてきたわけだ。

 英語では、記号の「/(スラッシュ)」は「over」を意味することが多いようだ。スラッシュは分数の記号としてもお馴染みだが、きちんとした表記で分数を書くと、スラッシュの左側は分子、右側は分母となり、当然、分子は、分母の上に位置する。すなわち分子は分母の「over」となる。そうすると、TCP/IPは、TCP over IPであることが理解できる。

 Cerf & Kahnは、異質なネットワークを結ぶために、ゲートウェイというアイディアを思いつき、それが現在のTCP/IPになった。インターネットを支える重要なテクノロジーだ。ぼくらは、ここのところ、パソコンとの関係を「with」で考えすぎてきたように思う。これを機会に「over」をキーワードに考えてみれば、新たな発見ができるかもしれない。


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【9月11日】【IDF】パット・ゲルシンガー氏基調講演レポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0911/idf06.htm

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(2004年9月17日)

[Reported by 山田祥平]

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