塩田紳二のPDAレポート

ZaurusとPHS定額通信カードを試す



 シャープが6月に発表したZaurus SL-C860と、京セラコミュニケーションシステムのPHS通信カードのセット商品を使用できたので、レポートをお届けする。

●Zaurus SL-C860

SL-C860は、一見、初代SL-C700と似ているが、匡体カラーは銀色である(C700は白)。また、キーボードの配色も違う

 SL-C860は、シャープのZaurus SL-Cシリーズの最上位機種。SL-C750、C760、C860は、基本ハードウェアは同一で、バッテリ、内蔵フラッシュメモリ容量、内蔵ソフトウェアなどに違いがある。そのほか、筐体色やキーボードの色も違っている。スペックや価格からみると、C860は、C760の後継的なポジションにある。

【SLシリーズ比較】
 バッテリ内蔵FlashUSB Strage追加ソフト
C750通常(5時間)64MB×
C760大容量(8.5時間)128MB×辞書
C860大容量(8.5時間)128MB翻訳、辞書

 SL-C860がこれまでの機種とちょっと違っているのは、PCとの接続でUSB大容量ストレージ機能が使えることだ。これは、ZaurusをUSBカードリーダのようにするもので、接続したSDカードもしくはCFがPC側から見えるようになる。

 ただし、この機能は、Zaurus自身のPC接続機能との切替になっており、この機能を使っている間は、シンクロ機能などが利用できない。そのぶんPC側からのアクセスは簡単で、Windows XPであればドライバも不要。どんな場合でもUSBケーブルをつなぐだけで接続でき、最低限のファイル交換は行なえる。

 内蔵ソフトウェアとしては、C760で搭載された電子辞書に加え、翻訳ソフトが搭載されている。

 電子辞書は、学研の国語、英和、和英、カタカナ語辞典および漢字辞典が収録されている。最近では、電子辞書専用機も普及しているが、PDAと同じようなものを持ち歩くのはちょっと不便だから、簡単な辞典であれば、こうしたPDAの辞書ソフトを使うほうがラクだ。シャープは携帯型の電子辞書の専門メーカーでもあるから、それなりの信頼感もある。

 この電子辞書は、国語、英和、和英、カタカナ語辞典をタブで切り替えて使うようになっており、同じ検索語を国語辞典、和英辞典で調べるといった使い方ができる。また、漢字辞典は、これとは別にアイコンから起動し、読み仮名や部首からの漢字検索ができる。検索したものは、クリップボードにコピーされるので、メインの辞書ページに戻って、検索を行なわせることも可能。つまり、読み方のわからない漢字を漢字辞典で検索し、その意味を国語辞典などで調べることもできるわけだ。

 また、他のアプリケーション内の単語に対して辞書検索を行なうことも可能で、この場合には、検索ウィンドウをポップアップする「ポップアップ検索」と、クリップボード内の単語を検索する「クリップボード検索」の2つの方法が用意されている。

 翻訳ソフトは、「翻訳これ一本」。日英、英日の翻訳が可能。翻訳する文章は、直接入力のほか、テキストファイルからも読みこみができる。ちょっとしたソフトの解説文書などを見るのにも利用できる。

 この手のソフトの場合、文章が複雑になると、誤訳や翻訳不可能になることがある。また、英語から日本語への翻訳に比べ、日本語からの翻訳の場合、原文の状態によって翻訳のクオリティが大きく違ってくる。特に日常会話にありがちな省略は作成される文章にかなり影響する。人間同士なら、「駅までどのぐらい?」で意味が通じるが、翻訳ソフトに対しては情報不足。せめて「駅までどれぐらい時間がかかりますか?」ぐらいにはしないと破綻した翻訳になってしまう。また、いくつかの設定は、翻訳に影響し、特に主語を省略した場合の仮定をどうするかで翻訳が変わってくる。デフォルトはItになっているが、会話を前提にするなら「I」を選択しておいたほうがいいようだ。

 こうした前提を理解しているのなら、ちょっとした英会話、たとえば、海外旅行にいって、日常的な会話をする場合の役に立てることはできると思う。また、前述のように、英文ドキュメントのざっとした理解にも使える。

 翻訳ソフト、USBストレージとも、改良点としては地味だが、何かを削って詰め込んだというわけでもなく、段々と改良されてきたという感じである。SL-C860は、すでに発売から半年以上経過しているので、そろそろ新機種を期待したいところだ。

SL-C860付属の辞書ソフト「電子辞書」。国語、英和、和英、カタカナ語の辞書はタブで選択、漢字辞典は、入力欄左のアイコンで起動する 翻訳ソフト「翻訳これ一本」は、日本語、英語の双方向での翻訳が可能。テキストファイルを入力して翻訳させることも可能

●KWINS for PDA

 今回試用した製品は、シャープのSL-C860と京セラコミュニケーションシステムの「KWINS for PDA」のセット商品である。KWINSは「クインズ」と読み、“KCCS Wireless IP Network Service”の略。ちなみにKCCSとは、サービスを運営する京セラコミュニケーションシステムの略である。

 SL-C860は、発売当初、So-netが運営する定額制PHSパケット通信サービスであるbitWarp PDAに対応していた。これは、接続する機器をPDAに特定することで定額サービスを実現したもの。SL-C860は、今年6月より、京セラコミュニケーションシステムが運営するKWINSにも対応した。また、同時に従来機種であるC750/760もバージョンアップとソフトウェアの提供でこれらのサービスが利用できるようになった。

 こうしたサービスは、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)と呼ばれ、自身ではネッワークを所有せず、他社のインフラを利用してサービスを提供する方式だ。KWINSは、そのスペックから、DDIポケットのPHS網を使っているとみられる。これは、ベストエフォートのパケット通信を行なうもの。KWINSでは最大128kbpsの通信が可能だが、ベストエフォートであるために実際の転送速度はネットワーク状態や電波状態などに左右される。

 DDIポケット自身も定額の通信サービスを提供しているが、それに比べると、MVNOのほうが安くなる。これは、音声通話サービスを行なわずにデータ通信のみとし、大量利用を前提とした契約をキャリア側と結び、安価に回線を仕入れているからだ。

 またKWINSでは、利用者契約を半年または1年単位とすることで、実質「前払い」としている。お金というのは不思議なもので、同じ金額であっても、いま手元にある現金と半年後にもらえるお金では「価値」が違うのである。この仕組みを使えば「前払い」なら割引というビジネスが行なえるのである。

 通信カードの料金を別にすれば、KWINSでは、1年契約で1,750円/月(税込。12カ月分のライセンス料金から算出)となっており、DDIポケットの「つなぎ放題コース+オプション128」の場合の8,851円/月(税込)よりもかなり安い。ちなみに通信カード込みでも12カ月ライセンスと合わせて35,175円で、月割りすれば、2,931円/月となる。

 これは、利用できる機種がZaurusに特定されているからで、KWINSでも、PCで利用できる契約(PC向けインターネットサービス)では、約6,387円/月(税込。通信カード分を除く。12カ月分のライセンス料金から算出)となる。なぜ、Zaurusでは安くなるのかというと、この機種ならどんなにがんばっても、送受信するデータ量が限られるからだ。

 KWINSでは、接続に専用の通信カードを利用する。Zaurusとセット販売されているのは、本田エレクトロン製KW-H128C2である。カード自体は、PC用のものと同じだが、Zaurus内のドライバが、ネットワーク側と通信することで、利用マシンが特定される機器認証機能がある。このため、PDA向けインターネットサービス契約では、通信カードをPCに取り付けても接続が行なえない。C860は、bitWarp用としてこの機構に対応していたが、システムROMのバージョンアップでKWINSにも対応した。C750/760では、ROMバージョンアップおよび専用ソフトをインストールすることでKWINSに対応できる。

提供される通信カードは、本田エレクトロン製のKW-H128C8。ハードウェア的にはPC用KWINSサービスなどで提供されているものと同一である SL-C860のネットワーク設定では、ダイヤルアップの設定に「機器認証を使用する」というチェックボックスがあり、これでKWINSの機器認証機能をオンにする

●KWINSの実力は?

 KWINSのサービスでは、最大128kbpsの通信が可能ということになっている。実際のところどの程度の実力があるのか、ベンチマークを行なってみた。

 テストは、筆者宅のFTPサーバーにKWINS経由でアクセスして、ファイルのダウンロード時間を測定するというもの。参考として無線LANを使って同じサーバーからダウンロードしてみた。これは、SL-C860自体が転送のボトルネックになっていないことを確認するためだ。また、同じく無線LANで、ファイルの書き込み先を内蔵フラッシュメモリにした場合と、ヌルデバイス(/dev/null。書き込み処理は行なえるが、実際にはどこにも書き込まないデバイス)で比較してみた。このテストで、2秒程度の差があったため、KWINSのテストでも、ダウンロードしたファイルは、フラッシュメモリには書き込まずヌルデバイスに書き込むようにした。

 測定は、FTPが表示する転送時間を使い、ファイルをバイナリモードで転送した。電波状態はKW-H128C2のLED点滅なし(最も良い状態)である。ネットワークの混雑状況などを見るために、同じベンチマークを日を変えて2回行なった。また、各ファイルについては4回ダウンロードを行ない、最初の1回目の結果を捨てている。これは、サーバー側のキャッシュなどの問題で、1回目の転送には時間がかかることが多いからである。

 また、モバイル利用では、メール送信などでアップロードを行なう可能性もあるので、同じ環境でFTPによるデータ転送のベンチマークも行なってみた。

 ベンチマークの結果は、表のようになった。ベストエフォートということで、時間帯が違うと同じファイルサイズの転送でも平均転送速度が多少違う。ただ、全体を平均して60kbps程度は出ている。128kbpsは、通信経路の速度であり、実際には、TCP/IPやマルチリンクPPPのオーバーヘッドがここに含まれる。それで、ユーザー側からみて、この程度の速度が出るのであるから、そこそこの速さがあるといっていいだろう。

 また、アップロードのほうがダウンロードよりも多少速いようである。こちらは1回だけの測定だが、80kbps程度出ている。この結果には、ちょっと気になることがあったので、調べてみた(後述)。

 もちろん、このテストは、筆者宅という特定の電波受信環境での結果であり、いつでもどこでも、このような結果になるという保証もない。しかし、この結果を見るに、PHSやISDNによる64kbps接続以上の速度は出ており、モバイル用としては十分と思われる。

 実際に使っていても、SL-C860内蔵のWebブラウザであるNetFrontを使って、Webアクセスしてみると、画像表示で多少待たされるが、ストレスを感じるほどではない。これについては、NetFrontに依存する部分もある。NetFrontでは、先に文字部分が表示され、画像部分は後から表示される。画像自体を見ないと意味をなさないページを除けば、たとえば、PC Watchのトップページのようなものであれば、画像の表示に多少時間がかかっていても、文字部分を先に読むことができるので、「待たされている」感じがあまり強くないのである。

 実際、SL-C860でPC Watchのトップページが完全に読み込まれるまでには2分近くかかったが、文字部分は15秒程度で表示された。

 Zaurusだと、プログラムや画像のダウンロードといっても、せいぜい数MB程度。どんなに大きなファイルをダウンロードしても、CFやSDカードの容量が限界である。最近ではGBクラスのメディアもあるが、そんな大きなデータは、受信したとしてもZaurusで処理することは不可能である(だから機種を特定することで通信料金が安くなるというわけだ)。

 扱うファイルサイズが仮に5MB程度だとすれば、64kbpsあれば、11分も待てばダウンロードが終わる。ちょっと長いが、外出先であっても待てない時間ではないし、料金は定額制である。ちょっとしたプログラムをインターネットからダウンロードしてその場でインストールといった使い方も不可能ではない。

 なお、KWINSでインターネットアクセスを行なう場合のIPアドレスは、KWINS.NETというドメインに属したものになる。つまり、DNSでIPアドレスを逆引きするとxxx.kwins.netというドメイン名が得られる。ただし、得られるアドレスはどこかのプロバイダのもので、クラスAのIPアドレス。その一部がKWINS用として使われているようだが、事前には、どのアドレスが割り当てられるのかはわからない。従って、ドメイン名によるアクセス制限は可能だが、IPアドレスを直接指定するようなパケットフィルターでの制御はしにくい(ある時点ではよくても、あとで変わる可能性もある)。

 ファイアウォールなどの内側にあるサーバーへのアクセスには、PPTPやSSH(どちらもZaurus用のモジュールがある)を使ったほうがいいだろう。

ファイルサイズKWINS無線LAN
ダウンロードアップロードダウンロード
1回目平均2回目平均書込あり書込なし
4.5MB(4,686,873)73.1687.8692.492548.723946.98
1.6MB(1,672,639)56.2262.2391.12
0.5MB(559,533)54.8585.27103.62
平均61.4178.4595.74
単位 kbps(=1,000bps)
ダウンロード:FTP → Zaurus
アップロード:Zaurus → FTP

●アップロードの謎

 KWINSは、その仕様から推測するにDDIポケットの128kbpsパケット通信サービスを使っている。DDIポケットの発表時のプレスリリースによれば、このサービスは、下り128kbps相当、上り68kbpsとなっていた。しかし、今回のベンチマークでは、上り速度は、この値を大きく越えており、誤差というにはあまりにも違いすぎる。

 FTPの圧縮を疑って、最大限に圧縮したファイルの転送も行なってみたが、結果は変わらない。測定方法が間違っていなければ、実際には、最大値以上の転送レートが出ていることになる。

 それで京セラコミュニケーションシステムにこの件を問い合わせてみた。すべての基地局でそうというわけではないが、基地局のソフトウェアチューニングや設備増強などのために、上りスピードも向上しているということらしい。

 DDIポケットの128kbpsパケット通信サービスとは、32kbpsのパケット通信を4チャンネルで行なうことで合計128kbpsとなるものだ。

 で、128kbpsパケット通信だが、最初の発表では、1つの基地局が持つ4チャンネルの通信経路のうち、通話に使われない制御用チャンネルを使ってパケット通信を行ない、それを4つの基地局と同時に行なうというものだった。1つの制御用チャンネルを使う通信が32kbpsパケット通信サービスである。

 このサービスが実現できたのは、制御用チャンネルは帯域の5%程度しか実際に使われていないこと、基地局は、ISDNでネットワークと接続しており、ここにも帯域が余った部分があったからだ。この空きをうまく利用したわけである。ただし、制御チャンネルには、本来の制御用データのやりとりが行なわれるため、上りに関しては、約17kbpsという制限がついていた。128kbpsパケット通信サービスの上り68kbpsとは、この17kbpsの4倍の値である。

 最初128kbpsパケット通信では、4つの基地局との通信を前提にしていたが、その後、1つの基地局と2チャンネルで通信することが可能になった。つまり、通話用に使われる3チャンネルのうちの1つもパケット通信用に使えることになったわけだ。こうすることで、端末は2つの基地局とだけ通信すればよく、より広い範囲で高速な接続が可能になる。

 また、最近では、1つの基地局が4つのチャンネルを使って、1つの128kbpsパケット通信を行なうことができるようになってきたという。ただし、すべての基地局が2または4チャンネルの通信に対応しているわけではないようだ(基地局自体のハードウェアにより対応不可能なこともあるらしい)。

 制御用チャンネルの空き帯域を借りた場合には、上りは最大でも17kbpsまでとなる。しかし、通話用に使われる通常チャンネルならば、上り下りとも、最大32kbpsでの通信が可能である。それゆえ、上りについては、1つの基地局と2または4チャンネルで通信する場合には、68kbpsを越える速度が出る可能性がある。また、接続する基地局の数が少なくなることで、電波状態のいい基地局だけが選ばれる可能性が高くなり、高速で通信できるようになる。

 外出先にノートPCを持ち歩く理由の1つに、メールやWebアクセス機器としてというのがあるが、Zaurus+KWINSならこれをほぼ代用できる。携帯電話でもメールとWebアクセスは可能だが、画面サイズやメモリの関係で限界があるし、多くの場合、従量制である。Zaurusだと、小さくてもLinuxなので、わりと応用範囲が広く、メールソフトも選べるし、セキュアな通信が必要なら、SSHでもIPsecでもPPTPでも選択可能だ。表計算とワープロもあるし、最近ではUSBホストカードも使えるようになった。小さいとはいえ画面はVGAで、Web表示もなんとかこなせる。できることをみるとかなりノートPCに肉薄しているわけだ。なので、KWINSをZaurusで使うのと、ノートPCで使うのでは、通信に関してはほとんど差はないと思われる。

 ノートPC用に必要なファイルのダウンロードだって、Zaurusでダウンロードして、メモリカード経由でPCに渡せばいい。KWINS経由で数時間以上にもなるような大きなデータの転送は、エラーなどによりかなり難しい。しかし、これは、KWINSをノートPCに接続しても同じである。

 前払いとはなるが、他のサービスに比べて毎月の負担はそれほど大きなものではない。NTTドコモのデータ通信向け従量制プランでも2,079円/月(税込。うち無料通話分1,000円)、DDIポケットの接続先限定の従量制プランTwo Link Dataでも1,029円/月(税込。無料通話分なし)である。毎月の基本料金が不要なのは、H"INの「使っただけコース」ぐらいだが、これは、ノートPCに組み込みでハードウェアが限定される。各種の割引と併用すると月額料金は変わってくるが、それがないとすれば、KWINS for PDAは定額制でありながら、さほど変わらないランニングコストとなる。

 モバイルインターネットを考えるなら、常時接続というメリットは大きく、ある程度の通信量が予想できるなら、選択肢の1つとして考えて良いのではないかと思う。

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【6月7日】シャープ、ザウルスとPHS定額通信カードのセット
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0607/sharp.htm
【2003年11月12日】シャープ、翻訳機能とUSBストレージ機能を搭載したザウルス「SL-C860」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1112/sharp.htm

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(2004年7月28日)

[Text by 塩田紳二]


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