山田祥平のRe:config.sys

インターネットという言葉



 1985年4月、旧電信電話公社は日本電信電話株式会社として民営化された。つまるところは今のNTTだ。電気通信事業法の改正によるもので、これを期に、電気通信は自由競争の時代に入り、新規民間通信事業者が次々に電気通信事業に参入した。

 この法律の改正は、民間の企業が他人の通信を媒介することが許されるようになったという点で画期的だった。さらには、お墨付きの通信機器以外を自由に回線に接続することもできる。すなわち、パソコンに市販のモデムをつなぎ、電話回線を介しておおっぴらにデータ通信ができるようになったのだ。

●通信の自由化とパソコン通信サービス

 通信の完全な自由化に至るまでの道のりは遠く、1971年に第一次回線開放として公衆通信回線と特定通信回線の相互接続が認められ、1982年に第二次回線開放としてデータ処理を加えて他人の通信を媒介する限り、相互接続が自由になったというステップがある。逆にいえば、データ処理をしないストレートなメール配信のような、他人の通信の媒介は許されていなかったのだ。だから、一般の企業がパソコン通信サービスの運用を開始するには、この年を待たなければならなかった。

 ぼくは、1985年春に、アスキーから発売されたパソコン通信のムックを手に入れた。このムックには袋とじ特別企画として、アスキーネットワークに無料で加入できるという特典があった。

 申し込み後、数週間で発行されたIDを記した文書が届いた。そしてぼくは、29,800円という当時としては画期的な低価格で発売されたアイワ製のモデムと、9,800円というこれまた戦略的な価格でアスキーから発売されたCTERMという通信ソフトを買い求め、300bpsのフルスピードで、アスキーネットのホストコンピュータにパソコンをつないだのだった。

 当時のモデムにはNCU(Network Control Unit)がついていなかった。モデムが自動的にダイヤルをすることができなかったのだ。だから、モデムには電話機を接続しておき、指でダイヤルを回して回線を接続した。六畳一間のアパートで、モデムから聞こえるピーギャーという音を確認し、黄色いDATAボタンを押すと、パソコンの画面にはlogin: という、これまた愛想のないプロンプトが表示された。ここに、今でも覚えているが、asc16813という愛想のないIDを入力し、続いてパスワード。無事にログインが成功し、オープニングメッセージが表示されたときには、ちょっとした感動を覚えた。

●ネットワークもどきとしてのパソコン通信サービス

 今にして思えば、この瞬間は、単に、離れたところにあるホストコンピュータに、手元のパソコンがつながったにすぎない。クロスシリアルケーブルでコンピュータ同士をつないだって同じことができるわけだ。そのパソコンにしても、やっているのは、8ビット、ノンパリティ、1ストップビット、Xコントロールあり、いわゆる調歩式非同期無手順という名前のプロトコルを使って文字コードを送受信することだけで、今から見れば、お世辞にもインテリジェントな処理とはいえないものだった。それでも、その経路上に公衆電話回線が介在したというところに意味がある。目の前にあるパソコンと地球の裏側にあるコンピュータを相互接続するために、自分でケーブルを敷設する必要がないのだ。

 パソコン通信サービスは、離れたところにあるコンピュータを電話回線を介して不特定多数のユーザーが共有するリモートコンピューティングシステムに接続するものにすぎなかった。これをネットワークといってもよいものかどうか。

 もちろん、電子メールの世界も閉じていた。ホストごとにアカウントが用意され、複数のサービスに加入している場合は、自分宛の新着メールをチェックするために、それぞれのホストが用意する電話番号にダイヤルし、個々にログインしてメールの到着を確認する必要があった。サービス相互のメール配信が一般的になるのは、ずっとあとになってからだ。それまでは、ズラリと複数のメールアドレスを並べた名刺をよく見かけた。

●メディアと情報民主主義

 当時、盛んに論議されていたのは「情報民主主義」という概念だった。情報を送る側、受ける側といった階級は存在せず、簡単にいえば、情報は金銭のように価値を持ち、情報を与えるものには多くの情報が入ってくることを意味した。

 それまでのパソコンは、ゼロからものを創るための道具として使われることが多かったが、パソコン通信サービスの浸透によって、他者、しかも、マスメディアではない、不特定多数の中の第三者が創り出した情報を読むために稼働している時間が増えていった。SIGやBBSと呼ばれる電子会議システムへのメッセージの読み書き、そしてそこで知り合った相手とやりとりする電子メールなどで、コミュニケーションの幅は広がった。「長いメッセージは注目されるが読まれにくい」という名言を残したのは件のパソコン通信ムックの編集人であった宮崎秀規氏だったか。

 それまでのカルチャーの中では、見知らぬ第三者とのコミュニケーション手段というのは、アマチュア無線くらいしか思いつかない。今から振り返れば、このタイミングが、パソコンのリ・コンフィギュレーションのひとつの兆しとなっていたように思う。このとき、パソコンはメディアになったのだ。ちょうど、19世紀の後半に、写真が印刷技術の発達によって、マスメディアに推移したタイミングに重ねて考えることもできるだろう。

●インターネット、ホームページ、半角

 こうしてパソコン関連の文章を書く立場にしてみると、自分では納得しないままに、仕方なく使わざるを得ない言葉がある。言葉は生き物なので、時代の推移によって、使われ方は変わっていくものとされているが、どうにも違和感を感じる。

 ひとつは「インターネット」という言葉の誤用だ。Windows XPのスタートメニューには「インターネット」と「電子メール」というアイコンが並んでいる。後者はわかるにしても前者は理解に苦しむ。これに関しては、2001年6月に、Microsoftがサンフランシスコで開催したプレス向けのイベント、Windows XP Reviewer's Conferenceで、そのユーザーインターフェイスを見せてもらったときに聞いてみたことがある。

 そのときの答えは、世の中の多くの人々にとって、「インターネット」≒「ブラウザでネットサーフィンをすること」であるからだというものだった。だったらこのメニュー項目は「ウェブ」でもよさそうなものだが、そうはならなかった。だからこそ「電子メールは読み書きできるのに、インターネットができない」といった、わけのわからない言い回しが成立してしまう。

 もうひとつは「ホームページ」。こちらは、Internnet Explorerが起動時に参照するページの呼称でもあるから余計に始末が悪い。これは「ウェブサイト」とか「ウェブページ」とするべきだろう。ちなみに、ドコモの携帯電話のメニューを見ると、「サイト」という言葉が正しく使われていて、サイトは括弧つきで「番組」を意味し、さらに「番組」は「コンテンツ」によって構成されているのがわかる。ただ、iモードコンテンツの作り方の説明の中で、「iモード向けホームページ」という言葉が使われているのは、ちょっといただけない。

 最後のひとつは「半角」という言葉だ。確かにパソコン通信サービス時代には、この用語はアリだったろう。事実を反映していたし、当時のワープロソフトは表現力の向上のために、横幅をさらに倍にした倍角文字、縦にも伸ばした4倍角文字といった文字装飾機能を持っていた。ターミナルソフトの画面にはサイズが均一の等幅フォントしか表示されなかったし、1byteの文字は2byteの文字の半分の幅で表示されていた。

 ところが今は違う。自由にフォントやそのサイズが選べるのはもちろん、プロポーショナルフォントが当たり前になり、全角文字と半角文字の幅の概念は崩壊している。なのに、URLや電子メールアドレスは半角で入力しましょうなどと言ったり書いたりしている自分の言葉にちょっとした自己嫌悪を感じてしまう。

 かくして、パソコン通信サービスによって、個人のパソコンはネットワークもどきに相互接続された。事実としてはリモートコンピューティングにすぎなくても、実質的には、それは人と人を結ぶ「ネット」であり、人と人をつなぐインターフェースでもあった。用語の混乱は、その過渡期に生まれたものにすぎず、もし、言葉が生きているのなら、次第に淘汰されていくだろう。

●ネットワークがつながる

 そして、そのネットを相互に結びつける「インターネット」が、パソコンを大いなる世界に誘う。インターナショナル、インタビュー、インターハイ、インタラクティブ、インターチェンジ、インターバル、インタプリタ、インターフォン……、「インター」を冠する言葉は数多いが、internetプロトコルによって有機的に相互接続された「状態」としてのネットワークがThe Internetとして商用利用されるようになったことが、パーソナルコンピューティングの位置づけを大きく変えることになる。いわゆる定冠詞Theのついた大文字のIで始まる固有名詞としてのインターネットだ。


バックナンバー

(2004年7月23日)

[Reported by 山田祥平]

【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp 個別にご回答することはいたしかねます。

Copyright (c) 2004 Impress Corporation All rights reserved.