シリコンバレー、サンノゼのダウンタウン。かつて、Intelのデベロッパーフォーラムが年に2回開催されていたコンベンションセンターの斜め向かい、2ブロック先のビルがAdobeのヘッドクオーターだ。宿泊していたヒルトンホテルの部屋の窓から、そのビルの看板が見えていた。 ビルの看板というのはおもしろい。その看板、すなわち、表札がなければ、そのビルが、どのような企業のものなのかがわからないからだ。表札がなければビルはビルそのものだ。だから、表札というメタデータを付加することで、ほら、うちのビルなんですよと主張する。もっとも最近のビルは、多くが雑居ビルなので、ひとつの建物を占有する自社ビルを持つ企業は多くはなく、ビルの看板も様変わりしている。 ●AdobeのXMP構想 そんなわけで、メタデータの話を聞きにAdobeに行ってきた。もっとも訪れたのは日本のオフィス、すなわち、アドビシステムズ株式会社だ。東京・大崎のビルの19Fに本拠地を持つ同社だが、このビルには「Adobe」という看板は掲げられていない。山手線大崎駅を利用する乗降客のほとんどは、その脇にそびえるタワーの1フロアに、Adobeが居を構えていることを知らないし、興味も持たないだろう。 AdobeがXMP構想を立ち上げて久しい。XMP(Extensible Metadata Platform)は、Adobeの説明では「ワークフローにおいて1つのコンテンツを印刷、Web、eBookなど異なるメディアへシームレスに流用するためのフォーマットです。たとえば、PhotoshopファイルにXMPメタデータが組み込まれていれば、ファイルの中のキーワードをインターネット上のサーチエンジンで検索できるようになり、検索する人がその画像を見つけ出しやすくなります」とある。 この説明からもわかるように、Adobeではクリエイティブプロフェッショナルが、ひとつのコンテンツをマルチメディア展開するためのソリューションを提供するとともに、一般のユーザーにとっても、メタデータが情報の探しやすさに貢献することをアピールしている。そして、こうしたメタデータを持つデータのことを「インテリジェント・ドキュメント」という呼び方をしている。 現時点で、Adobeのアプリケーションは、そのすべてがXMPをサポートしている。コンシューマ向けのデジカメ管理ソフト「Photoshop Album」でさえそうだ。 このソフトを使うことで、デジカメ画像に名札(英語ではタグ)をつけることができ、その名札を使って画像を分類検索することができる。ひとつの画像に対して名札を複数つけることができるので、「イタリア旅行」、「フランス旅行」という名札のついた画像から、食事シーンだけを探して「食事」という名札をつけておけば、イタリアとフランス旅行の画像の中から食事シーンだけがたちどころに抽出される。 いわゆる画像のAND検索、OR検索を名札というUIで実現したこの機能だが、フォルダを使った画像整理では、複数のフォルダにひとつのファイルを属させるには、コピーするかショートカットを置くしかない。使い勝手では名札がフォルダを上回ることはいうまでもない。 そして、ユーザーには知らされてはいないものの、この名札こそが、XMPデータだ。名札が埋め込まれた画像をPhotoshopなどで参照すると、キーワードとして名札名が登録されていることを確認できる。 Photoshop Albumは、こうしたメタデータの付加に際して、オリジナルファイルにいっさい変更を加えない。画像の回転や補正処理でも同様だ。ファイルの置かれたフォルダ位置も元のままだ。カタログと呼ばれるオリジナルファイルとは別のデータベース内に、これらのデータを格納し、ファイルをエクスポートする際に埋め込む仕組みになっている。 なお、Photoshop Albumは、その機能限定版がMiniバージョンとして無償公開されている。体験版ではなく、かなり実用として利用できるバージョンなので、ぜひ、一度、ごらんになっていただきたい。 一方、Photoshopでは、ファイル情報として、明示的にXMPメタデータを書き込むことができるほか、ファイルブラウザ機能を使えば特定のメタデータを持つファイルを検索することができる。さらに、Adobe Creative Suiteでは、「Version Cue」と呼ばれるコラボレーション用のワークスペースサービスが提供され、個々のワークステーションからワークスペースを共有し、クリエーターは、Photoshop、Illustrator、InDesignのデータファイルやPDFなどの履歴や素性を検索し、目的のファイルを素早く見つけ出すことができるようになっている。 ●人間にもコンピュータにも理解できる共通言語 アドビシステムズ株式会社マーケティング本部クリエイティブプロフェッショナル部フィールドプロダクトマネージャ、西山正一氏に話を聞いた。 西山氏はiTunesのユーザビリティを例にあげ、曲にタグが埋め込まれることで、さまざまな利便性が提供されるが、そのことがメタデータによる恩恵であることをユーザーは意識しないでいられるという。つまり、アプリケーションごとに用途に応じてXMPが使われればそれでよいのではないかということだ。だから、今後も、必要なものに関しては、UIが統一されていくだろうが、完全な共通UIの実装には、それほど、積極的ではないという印象を受けた。 Adobe Creative Suiteのデビューに際して、Version CUEの存在は、本当なら目玉中の目玉でもあった。だが、そのXMPとの関連性は、情報過多を心配し、少し隠蔽したのだと西山氏はいう。ただ、市場的にも、ファイルを管理することの意識が高まりつつあり、多くのユーザーが検索から作業を始めることを指摘し、WindowsなどのOSレベルでメタデータが使われるようになれば、その意義や哲学がわかりやすくなっていくだろうということだった。 ●コンピュータの未来を決めるメタデータの重要性 Microsoftもメタデータに注目している。2003年秋のPDCでは、Longhornの新ファイルシステムである「WinFS」を紹介するに際して、そのサポートを表明した。ビル・ゲイツCSAの基調講演では、メタデータが今後のパーソナルコンピューティングを変えるとも表明されている。 Appleも同様だ。先日のWWWC2004において、新Mac OS“Tiger”を発表するに際して、“Spotlight”が、こうしたメタデータを使うことにより、ハードディスク内のファイルを効率的に探し出せるようになる環境を提供することを表明した。 メタデータは、コンピュータが扱う情報のあり方を大きく変えようとしている。そして、それによって、コンピュータの使い方も大きく変わっていくにちがいない。そのときに、ぼくらユーザーが考えなければならないのは、どういうことなのか。まだまだ話は尽きない。 □Photoshop Album 2.0 Miniダウンロードページ
(2004年7月16日)
[Reported by 山田祥平]
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