山田祥平のRe:config.sys

モニタの向こうに感じる気配



 電気通信事業法の改正によって、各社が運用を開始したパソコン通信サービスだが、そのアイデンティティを支えたといってもいいものがコミュニケーションサービスだった。

 当初は、最新ニュースサービスやデータベースサービス、そして、トランザクションサービスとしての電子ショッピングや予約業務などが注目された。自宅にいながらにして最新情報が得られ、個人輸入もラクラクといった点が喧伝されたのは、商用利用が始まった直後のインターネットでも同様だったのではないだろうか。

 だが、ユーザーの興味は、不特定多数のユーザーを対象にしたコミュニケーションサービスに向いていった。それらのサービスは、SIGやフォーラム、電子会議、電子掲示板、BBSなどと、様々な呼ばれ方をしていた。

●BBSがパソコンに与えた役割

 各種の不特定多数ユーザー対象のコミュニケーションサービスを総称し、ここでは便宜上、BBS(Bulletin Board System)と呼んでおく。そこでは、ユーザーがメッセージをボードに書き込み、それを読んだ別のユーザーがリプライを書き込むという行為が繰り返された。

 パソコン通信サービスの黎明期から、その匿名性の問題が議論されていたが、現在のインターネットにおけるほど匿名性は高くなかったと思う。というのも、BBSにメッセージを書き込めるのは、そのサービスの会員だけだったし、会員になるためには、サービス事業者に対して書面等で申し込み、IDを取得しなければならなかったからだ。

 もっとも、その後、大きな流れとなる個人運用の草の根BBSはその限りではない。これに関しては機会を改めて振り返ってみたいと思う。

 BBSでは、誰かが提供した話題に対して、他の誰かが反応し、また、それに誰かが反応するという連鎖が続く。その過程は多くのユーザーが読んでいるのだが、沈黙を続ける限りは、読んでいること自体が、第三者に知れることはない。

 だが、情報民主主義の元、他人のメッセージに対して積極的にレスポンスをつけるユーザーは、自ら振り出したメッセージにもたくさんのレスポンスがつく。つまり、情報は、与えるもののところに集まる。

 BBSは、パソコンに、メッセージ作成という新たな役割を与えた。しかも、ほとんどの場合、そのメッセージは、ディスプレイに表示されたものが読まれる。それまでのパソコンでの作業は、常に、プリンタに出力することが前提になっていたと思う。この場合のパソコンの役割は清書機だ。

●メッセージの改行位置は何が決めたか

 ワードプロセッサで書く文書とBBSに書き込むメッセージでは改行の文化が違う。

 日本語における段落という概念の元には、ワードプロセッサでの文書作成時、改行は改段落を意味する。適当なところで改行してしまうと、挿入や削除によって、文書の体裁がガタガタに崩れてしまう。だから、ワードプロセッサでは、改段落以外の改行は行端の折り返しにゆだねる。そして、その改行位置はマージンや用紙サイズに依存する。

 ところが、BBSのメッセージは、1行あたりの文字数制限という当時のシステム的な都合もあり、区切りのいい位置に強制的な改行を入れて書き込まれた。

 ちょっと長いメッセージは、まるでワープロで印刷したかのように、一定の文字数で句読点をぶらさげながら改行し、全体がきれいな矩形に見えるように整形したものがアップロードされた。

 ぼくは、こうしたメッセージの書き込みのために、知人の日下部陽一氏といっしょに「Fin」というユーティリティを作った。UNIX環境で使われていた文書整形ツールの「roff」を参考に、というよりも、ほとんど真似て仕様を考えたものだ。

 また、そのオリジナルは、旧アスキーネットの実験システムのPDSボードにポストされていた、花田さんという方の作品である「jroff.exe」だ。ぼくらはjroffを元に、その仕様に対して、若干の拡張を加えたプログラムを書いた。

 このユーティリティーは、MS-DOS の標準テキストファイルを、その中に埋め込まれたコマンドにしたがって整形、インデントや行の追込み、ヘッダー、フッターなどをつけ加える処理を行なうためのプログラムだ。fin の道具としての主な仕事は「行」を追い込むことであり、多少の整形、そして印刷時のプリンタ制御のための各種の機能を備え、見た目により美しい文書を作成することができる。

 名前の由来は“fill in”で、これに加えて、仕上げの意味での“final”、“finish”といった英単語を連想せよと、配布アーカイブの中のドキュメントに書いてあった。finは、将来的にもっと美しい出力を得られるようになって、fineという名前になることを願い、最後に“e”をつけることをためらったのだが、ついに、それがかなうことはなかった。

 ちなみに、1989年11月13日に公開したものが最終版となっている。今でも検索サイトで「fin119.lzh」という文字列を検索すれば見つかる。久しぶりにダウンロードして展開し、アーカイブに含まれたドキュメントを読んでみたが、なんだかタイムカプセルを開けたときのような懐かしさを感じてしまった。

●書く側と読む側の表示環境

 話がずいぶん脱線してしまったが、BBSに書き込まれるメッセージは、書く側と読む側の表示環境がほとんど同じであるという背景を持っていた。1980年代末時点で事実上の標準でもあったNECのPC-9800シリーズで動くターミナルソフトは、横80桁×25行表示で文字を表示した。2Byteの日本語文字なら横40文字だ。書く側も読む側もその環境下にあったのだ。

 しかも、丁寧に書けば丁寧な字が書けるというわけじゃない。酔っぱらって書いても、正座して書いても、表示されるのは98シリーズの日本語フォントだ。

 今、携帯電話に届く、携帯電話で書いたメールには、あまり改行をみかけない。これは、改行を入力しにくいという理由もあるかもしれない。ぼくの使っている携帯電話は電話開始ボタンの長押しで改行を挿入できるが、ほとんど使うことがない。携帯電話の場合は、機種ごとにディスプレイの解像度も違うし、インターネットメールアドレス宛のメッセージの場合は、携帯のディスプレイよりもはるかに大きなディスプレイで読まれるため、改行のことなど考えても無駄だからだ。

 でも、BBSのメッセージは違った。読む側と書く側に暗黙の了解としての表示環境があったのだ。

 その結果、漢字やひらがなにして約36文字分が1行の事実上の標準文字数になった。ベストセラーワープロ、ジャストシステムの一太郎のデフォルト値がそうだった。1行がそれよりも長くなると、ディスプレイの右端で折り返してしまう。

 また、段落を意味するために、空行をあけるという行為も定着した。

 この暗黙の了解は、今もそう大きく変わっていないと思う。というのも、多くのユーザーのデスクトップはXGAによって表示されているし、それよりも高い解像度であっても、一行の文字数が長すぎては読みにくいだけなので、36文字程度が目安になっているんじゃないだろうか。

 ちなみに、PC Watchの記事掲載に際するページのスタイルは、かなり柔軟だ。ぼくの手元の環境では横スクロールの発生しない横幅のもっとも狭いウィンドウサイズで横30文字、ブラウザのウィンドウ幅を増やしていくと、1行あたりの文字数は際限なく増えていく。試しに横3,200ピクセルのウィンドウで記事を表示してみたが、これではあまりに読みにくいのはいうまでもない。

●よいメッセージ、悪いメッセージ

 かくしてBBSのユーザーは、読む人のことを考えてメッセージを書くようになり、読みやすいメッセージのあり方、レスポンスを集めやすいメッセージはどうあるべきかといったことを考えるようになった。

 従来のメディアは、すでに、書く人、編集する人、デザインする人に徹底分業され、さらに、読む人は書く人とは隔絶された状態にあったことを考えれば、その意味は大きい。新聞の投稿欄だって、編集や整理に携わる多くの人の手が加えられた結果なのだから。

 自分が書いたメッセージが、最終的に第三者の目に触れるまで(読んでもらえるかどうかは次の問題だ)、すべてが自分だけの掌握下にある。パソコンがメディアとしてとらえられることが多くなったのは、こうした面とも無関係ではあるまい。いずれしても、そのころから、無機質なモニタディスプレイの向こう側に、ヒト、あるいは、世界の気配を感じるようになった。


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(2004年7月30日)

[Reported by 山田祥平]

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