COMPUTEX TAIPEIの目玉は言うまでもなくPCI Expressとそれに対応した製品、そしてIntel、AMDそれぞれのCPUメーカーの新しいソケットによるインフラだったと言ってよい。だが、日本のノートPCユーザーにとって、実は気になっていたのがNVIDIAのMXM(Mobile pci-eXpress Module、エムエックスエム)と、ATIのAXIOM(Advanced eXpress I/O Module、アクシゥム)というノートPC用GPUモジュールの規格争いではないだろうか。 NVIDIAはCOMPUTEX TAIPEIの展示会場近くに開設した自社のスイートにおいて、いくつかのモバイルソリューションを展示して見せた。その模様については、COMPUTEX TAIPEIのレポートを参照していただきたいが、実際に動作するMXMのほか、台湾のODMメーカーが製造したMXMも展示した。 これに対して、唯一AXIOMを見ることができたのは、ATIの発表会でのみであり、それについてはATIの発表会のレポートでお伝えした通りだ。 本レポートでは、これらMXMとAXIOMを巡る両陣営の状況をお伝えしていく。 ●MXMがオープンなソリューションであることをアピールするNVIDIA
NVIDIAのモバイル&エンベデッドビジネス ジェネラルマネージャのロブ・コスンガー氏は「MXMの最も重要なポイントは、それがオープンな仕様であるということだ」とMXMのメリットを説明する。MXMはNVIDIAが規定した仕様ではあるが、利用するのにロイヤリティも必要ないし、ライセンスも必要なく、誰であっても(たとえそれがATIであったとしても)自由に利用できる。 それなら、なぜPCI Expressの仕様を決定するPCI SIGで規格化をしなかったのか? 当然の疑問である。実際、ATI Technologiesのデーブ・オートン社長兼CEOは「規格というのは1社で規定するのは難しい。業界全体で決める必要がある」と、NVIDIAの規格に疑問を持っていることが、ATIがAXIOMに取り組む理由の1つであると説明している。 この点について、NVIDIA モバイルプロダクトマネジメント担当ディレクター ビル・ヘンリー氏は「もちろんPCI SIGで規格化するのが最良だと認識している。しかし、業界団体での規格化には非常に時間がかかり、モバイルでPCI Expressが必要になるタイミングに間に合いそうにないこともわかっていた」と説明する。 「だから我々はODMメーカーと協力しMXMの仕様を決定した。MXMは、ODMメーカーのニーズをくみ上げた仕様なのだ、そしてオープンな仕様でありATIもこの仕様を利用可能だ」(ヘンリー氏)と、実際の顧客であるODMメーカーのニーズを満たす仕様で、かつATIも含めてほかのGPUベンダもこの仕様を利用できるのだから、結果的に業界団体で決定したのと同じではないかとする。そして「将来的にはPCI SIGのような標準化団体に採用を呼びかけていきたい」(ヘンリー氏)という。
NVIDIAのコスンガー氏は「ATIのプレスリリースをチェックしたが、みてわかるようにAXIOMにはTMマークがついていた。つまり、それは彼らの独自の規格であり、ATIしか利用できない」と指摘する。 「ODMメーカーにとって重要なのは、ATIチップで互換性があることではない。あるシーンにはNVIDIAを、あるシーンではATIをというのがODMメーカーの希望なのだ。その証拠に、我々はほとんどのODMメーカーの賛同をすでに得ている。それに対してAXIOMのサポートを表明したメーカーはほとんどないのが現状だ」(コスンガー氏)とODMメーカーにとって、MXMこそが正しい選択であり、実際多くのODMメーカーからもサポートされていることをアピールする。 ODMメーカーの関係者も多くはコスンガー氏と同じ意見だ。筆者がいくつかのODMメーカーの関係者に取材してみたところ「ODMにとって重要なことは、ATIだから、NVIDIAだからということではなく、どのGPUでも自由に選べることだ。ATIのAXIOMではNVIDIAのチップは使えないんだろう? だったら意味がないじゃないか」(あるODMメーカーの関係者)という意見が大半だった。「ATIは現在モバイル市場のリーダーだ。彼らは自分たちの庭に他のプレイヤーが入ってくることを望んでいない。だからAXIOMを導入したのだろう」とコスンガー氏は指摘する。 コスンガー氏は、一方でMXMを導入することで、ATIのモバイル向けGPUのアドバンテージであるFLEXFIT(ピン互換戦略)のメリットを薄めることができることが、NVIDIAに利益があることを認めている。「確かに弊社にとってもメリットがあるということを否定するつもりはない。しかし、どちらかと言えば、業界にとって大きなメリットがあるということを強調しておきたい」と主張する。 たしかに、PCI Expressによってバスアーキテクチャが変わる機会をとらえ、業界標準のモジュールを導入するのは理にかなっている。MXMがスタンダードな規格でODMメーカーはATIでもNVIDIAでも好きなGPUをチョイスできるようになる、という点では明らかにAXIOMの方が旗色が悪い。 ●DTR市場においてOEMメーカーのBTOに対応するためのAXIOM
では、ATIがAXIOMを導入する狙いはなんだろうか? そのヒントは、オートン社長のAXIOMに関するコメントに隠されている。「AXIOMのようなモジュールを発表したのは、OEMメーカーとこれまで取り組んできたことの延長線上にある。こうしたモジュールはDTR市場で主に採用されることになるが、問題はGPUの発生する消費電力をどのように対処するかにある。弊社は、AXIOMでMOBILITY RADEON X600だけでなく、M28のような高い処理能力を発揮するが消費電力も大きいGPUまでサポート可能だ」と説明している。 これには若干の解説が必要だろう。先日ATIが発表したMOBILITY RADEON X600は、開発コードネームで「M24」という開発コードネームが付けられている。M24はデスクトップPCでいえばRV370相当のコアで、従来のMOBILITY RADEON 9600/9700(M10/M11)のPCI Express版と言える製品だ。 それでは、オートン氏のいう「M28」とはなんだろうか? OEMメーカー筋の情報によれば、ATIは開発コードネーム「M28」と呼ばれる製品を、ノートPC用のPCI Express対応GPUとして投入する。こちらはデスクトップPCでいえばR423、すなわちRADEON X800コアに相当する製品で、こちらはデスクトップリプレースメント(DTR)市場に投入する予定となっている。 ただし、M28ではGPU単体の熱設計消費電力で15Wを越えるため、いわゆるデスクトップリプレースメント(DTR)ノートPCと呼ばれる市場に投入されることになる。OEMメーカー筋の情報によれば、M28には、TDPが20W前後の「M28」と、TDPが25~35Wあたりを狙っている「M28PRO」の2つのラインナップが計画されているという。 さらにATIは、同時期にデスクトップPCでは、X300に相当する「M22」と呼ばれるPCI Express対応GPUをバリュー市場向けに投入する。また、R423コア(X800)のアーキテクチャのメインストリーム向けローコスト版(RV4xx)のコアに相当するPCI Express対応GPU「M26」も今年の後半に投入する。 つまり、IntelがAlvisoチップセットを投入する第4四半期頃には、ATIはPCI Express対応モバイルGPUとして、ローエンド向けのM22、メインストリーム向けのMOBILITY RADEON X600(M24)、ハイエンド向けのM26、DTR市場向けのM28とM28 PROという5製品が並び立つことになる。 オートン氏が説明していることは、AXIOMの熱設計デザインをM28 PRO(~35W)にそろえ、かつ製品グレードとしてM22、MOBILITY RADEON X600、M26、M28、M28 PROの5製品を同じAXIOMで提供し、OEMメーカーは出荷時にGPUを選択して出荷可能になるということだ。 OEMメーカーには、AXIOMを実装する際には35Wの前提に設計してもらい、ユーザー側でGPUモジュールをアップグレードを可能にするという別のメリットもある。例えば最初はM22をAXIOMで搭載した製品を購入した場合、あとからM28 PROのAXIOMを入手して載せ替えることも不可能ではない。
DTR市場は、ATIにとって、残されたフロンティアとも言える市場だ。現在、DTRの市場では、NVIDIAがかなりシェアを伸ばして来つつある。A4スリム(シン&ライト)の市場をほぼ席巻したATIにとって、このDTR市場でNVIDIAを打ち破るGPUを投入するのが次の戦略となっていたのだ(その武器がM28/M28 PROだ)。DTR市場では、PCメーカーが簡単にBTOできるように、GPUをモジュールで供給することが必要とされていたため、ATIはAXIOMを作ったということが考えられるだろう。 そして、AXIOMには、もう1つの秘密が隠されている。オートン氏は「AXIOMではGPUだけでなく、マルチメディアの機能も提供していくつもりだ。そのいくつかは発表済みだし、そうでないものもある」と述べ、将来的にAXIOMにマルチメディア系の機能を搭載していく方針を明らかにしている。 OEMメーカー筋の情報によれば、ATIはAXIOMでALL-IN-WONDERのようなソリューションを展開していくと説明しているという。その情報筋によれば、ATIからハードウェアMPEGエンコーダチップと小型のシリコンチューナが供給され、それがAXIOM上にMOBILITY RADEONシリーズと一緒に搭載され、OEMメーカーに供給される計画があるという。 つまり、OEMメーカーはAXIOMに対応するだけで、GPUだけでなく、TVチューナの機能もBTOできるようになる。あるモデルは、通常のWindows XP搭載PCとして、他のPCはWindows XP Media Center Editionを搭載したPCとして出荷可能になるというのが、ATIのストーリーなのだ。この点は、GPUだけの機能に特化したMXMとの大きな違いといえ、AXIOMのアドバンテージと言える。 ●最終的に決定するのは市場の判断だが、今のところMXMが一歩リード
少なくともDTR市場においては、NVIDIAの持つ市場を奪い返したいと考えるATIと、それにMXMで対抗するNVIDIAというのが、このモバイル用GPUモジュールを巡る構図であると言える(A4スリムの市場に関しては別の話で、そちらは別の機会に触れていきたい)。 問題は、ODMメーカーにどのように評価されるのかということだろう。すでにコスンガー氏の発言で紹介したように、MXMは多くのODMメーカーから賛同を受けている。NVIDIAは、Quanta、Wistron、Uniwill、Alienware、AOpen、FIC、Clevo、Arima、TatungというODMメーカーがMXMに賛同していることを明らかにしている。特に、Quanta、WistronというノートPCのODMとしてはかなり大きな2社を押さえていることはMXMの強みと言える。 これに対して、ATIはプレスリリースをよく読んでみると、Acer、Samsung、Gateway、ASUSTeK、Uniwill、Arimaの担当者がコメントを寄せているが、この中でAXIOMに触れているのはASUSTeKとArimaだけだ。他のベンダはPCI ExpressのモバイルGPUについてのコメントをしているが、AXIOMについては触れていない。そうした意味でも、すでに多くのODMからサポートを得ているMXMに対して出遅れた感があるのは否めないだろう。 最終的には、市場の判断、つまりODMメーカーやOEMメーカーがどのような判断を下すかによるだろう。今のところMXMが一歩リードというところだが、AXIOMにもTVチューナ機能を搭載できるなどのメリットがあり、どちらが生き残るのかまだまだ予断を許さない。その結果はPCI Express時代のモバイルGPUの行方を決定づけるものになるだろう。 □関連記事
(2004年6月8日) [Reported by 笠原一輝]
【PC Watchホームページ】
|
|