元麻布春男の週刊PCホットライン

Microsoftが、MCEとTablet PCに注力する理由



●WinHECで目立つMicrosoftの注力ぶり

WinHECの基調講演で登場した“Home Tablet Concept PC”。Media Center Editionが導入された家庭用のTablet PCだ
 久しぶりにWinHECに行って感じたことの1つは、Windows XP Media Center Edition(以下MCE版)およびWindows XP Tablet PC Edition(以下Tablet PC版)にかけるMicrosoftの情熱だ。

 キーノートスピーチ、展示会、個別セッションなど、機会をとらえてはMCE版とTablet PC版の話題が登場する。特に日本国内では、MCE版、Tablet PC版ともにあまりパッとしない状況だけに、その熱心さが目立つ。何せ、国内では量販店の店頭でMCE版やTablet PC版を搭載したPCを見つけることさえ難しいのだ。

 しかし、冷静に米国内の現状を分析しても、WinHECでの露出に見合うほど売れているとは思えない。たとえばTablet PC版は、世界最大のPCベンダであるDellの採用がまだない(一方の雄であるHPはCompaqからの流れで製品化している)。

 MCE版はもう少し採用率が良いが、さりとてベストセラーのリストに名前を連ねるほどではない。日本よりは売れているのかもしれないが、大きくPCベンダやMicrosoft自身の売り上げに貢献するには至っていない、というのが率直なところだろう。

 では、WinHECでの高い露出が、Windows XPファミリの売り上げを伸ばしたいMicrosoftのひとりよがりなものかというと、それもちょっと違うようだ。なんというか、Microsoft以外のPCベンダ、量販店、さらには米国内のメディアも含めて、MCE版やTablet PC版に対する期待のようなものを感じる。このあたりが、現地にいってみないと分からないところだ。

 確かに現状でのMCE版やTablet PC版の存在感はそれほど高くない。が、いずれ家庭に設置されるデスクトップPCや、携帯して使われるモバイルPCで、MCE版やTablet PC版が主流になる日がくる、あるいは来て欲しい、という雰囲気があるのだ。

 PCの歴史は、コストパフォーマンス向上の歴史とも言い換えられる。ムーアの法則を1つの推進力として、ひたすらコストパフォーマンスの向上につとめてきた。かつて40万円ほどしたPCの販売価格は10万円を切ることが当たり前となり、その性能はしばらく前のスーパーコンピュータにも匹敵する。インターネットバブルの時代、無料のPCまで登場したことを思えば、もはやPCにとって価格も性能も問題ではない。

 問題なのは、日常的に利用するアプリケーションを前提にする限り、大半の消費者が満足するようなコストパフォーマンスを達成した今、それに代わる課題が見つからないことなのである。

 今でも米国の量販店に並ぶPCの主流は、国内の量販店ではあまり見かけなくなってしまった、ミニタワーケースのデスクトップPCや、何の変哲もないA4サイズの2スピンドルノートPCだ。こうしたいわば「素」のPCは、まさにコストパフォーマンスの権化であり、いわばPC界の「カローラ」とでもいうべき存在だ。しかし、カローラだけを売っていては、量販店は疲弊してしまう。もっと利幅のとれるモデル、アクセサリの拡販につながるようなモデルもラインナップに欲しいというのが本音だ。MCE版を搭載したPCは、売れる、売れないにかかわらず、量販店店頭の展示スペースを確保しやすいという声も聞いた。

 事情はPCベンダもそう変わらない。カローラの背後に1兆円の年間利益を誇るトヨタ自動車がいるように、コストパフォーマンスを追求したモデルでも利益を上げられることは、世界最大のPCベンダであるDellが示している。が、すべてのベンダがDellになれるわけではないし、逆にそうなったらPCの世界は味気ないものになってしまうだろう。

 自動車の世界に、カローラだけでなくクラウンがあり、スカイラインがあり、オデッセイやパジェロがあるように、PCの世界にも素のPC以外のビジョンが欠かせない、というわけだ。

 幸い、わが国では産業としての家電が健在であり、多くがPCベンダを兼ねていたおかげで、PCとAV機能の融合が早い時期から試みられてきた。オフィス事情や家庭事情の劣悪さが、逆にPCの省スペース化や、ノートPCの普及を促した。カローラ以外の車種の展開という点で、わが国の方が先行していることはまず間違いない。

 家電産業が事実上消滅した米国では、PCにAV機能を取り込むにも、MicrosoftやIntelのリーダーシップが求められる、という風にも考えられる。そういう意味において、米国のPCベンダはMCE版や、Intelが提唱するHigh Definition Audioを必要としているわけだ。米国でMCE版が普及し、一つのセグメントを構成する可能性があるとしたら、わが国のPCベンダもこれを傍観しているわけにはいかないだろうし、むしろ積極的にMCE版に打って出ることも必要だろうが、母屋まで乗っ取られないよう、気をつけておくことも必要だろう(その前に、特殊な国内事情が良くも悪くもMCE版の席巻を簡単には許さないだろうが、「外圧」で業界がひっくり返る、というのは過去にもあった話である)。

●コンバーチブルタイプのTablet PCが主流に

 Tablet PC版について、今回のWinHECで最も印象的だったのは、現時点においてピュアタブレットタイプ(スレートタイプ)が事実上ニッチ向けという烙印を押されてしまったことだろう。モバイルPC市場の中のTablet PCという限られたセグメントの中で、ピュアタブレットタイプは企業が独自開発した専用アプリケーションとセットで導入されるバーチカル向けのPCという位置づけになり、の主流は普通のノートPCと同様なキーボード付のコンバーチブルタイプとなっている。

「Trends」の項にNotebook form factorsと書かれているのがいわゆるコンバーチブルタイプのことで、写真で紹介されているのもすべてコンバーチブルタイプ

 日本人にとって、ただでさえ重くなりがちなコンバーチブルタイプは、左手で抱えながら右手でペン入力するというスタイルをとり難いのだが、体力的な違いか米国人にはあまり気にならないらしい。それどころか、2スピンドルタイプのTablet PCも登場してきているくらいだ。

 ただ、こうした構図が永遠に続くとは限らない。Microsoftによるモバイルプラットフォームのビジョンでは、2003年に新しいノートPCの1種として登場したTabletが、2004~2005年にはメインストリームノートPCが備える1機能となる。

Microsoftのモバイルプラットフォームに関するビジョンとフォーカス。大規模な見直しは2006年以降になるとも読める

 2006年にはすべての顧客が求めるモバイルPCを実現するため、モバイルコンピューティングを最大化できるようなフォームファクタや機能の検討が行なわれるとされており、ここでピュアタブレットタイプも再検討される可能性はある。逆に言えば、2004~2005年では、Tabletの機能を最大限引き出すようなソフトウェアの抜本的な改善は行ななわれないことになる。おそらくそれはLonghornベースのTablet PCまで持ち越されるのだろう。

 実際、キーノートにおいて家庭向けのTablet PCのコンセプト機(ピュアタブレットタイプのフォームファクタに、MCE版風の文字によるユーザーインターフェイスを採用したコンセプトモデル)がデモされたくらいだ。

 現在のTablet PCは、特に日本市場において、そのメリット(手書き入力、立ったまま使えるフォームファクタ等)とデメリット(高価格、限られたアプリケーション、手書き認識の精度、液晶の見え具合、重量とバッテリ寿命のペナルティ等)がバランスしない状態であるため、苦境に立っている。

 それでも将来ひょっとするとTablet PCが大化けするかもしれない、と思わせるのは当のMicrosoft自身がTablet PCを大量に導入しているからだ。彼ら自身がTablet PCを使った経験は必ず将来のTablet PC版に反映され、改良に役立てられることだろう。

 もちろんMCE版やTablet PC版が、本当にPCの世界にカローラ以外の車種をもたらす効果を生んでくれるのかどうか、Microsoft以外のメンバーが確信しているかどうかは不明だ。おそらく、MCE版やTablet PC版の支持の裏側には、ほかに選択肢は見当たらないという消極的な支持も含まれていることだろう。あまりにも高性能化したカローラは、MCE版やTablet PC版の挑戦をやすやすと退けてしまうかもしれない。

●充足してしまった基本性能

 Intelは先日発表したPentium Mプロセッサから、それまでの動作周波数を前面に押し出した呼称から、プロセッサナンバを用いた呼称に切り替えた。このプロセッサナンバの最大の特徴は、たとえ同じファミリであろうと、数字の大小がもはや性能とリンクしていないことだ。カローラのエンジンの性能が10馬力上がっても、カローラという車を買い換える人はいない。もはや十分な動力性能を持っているからだ。それと同じことがPCにも起ころうとしている。もはや性能が問題ではないからこそ、プロセッサナンバの大小は性能と直接リンクしないのである。

 2003年を通してPentium Mプロセッサの動作周波数は100MHzしか向上しなかったし、3.06GHz以降Pentium 4プロセッサの動作周波数は壁に当たったように伸び悩んでいる(ついには後継プロセッサの開発中止まで明らかになった)。

 しかし、PC業界にとって最大の問題は、プロセッサの動作周波数が単純に伸びないことではなく、動作周波数が伸びないことをユーザーが気にしなくなりつつあることだ。

 Pentium Mのクロックが100MHzしか上がらなかったことについて不満をもらすユーザーなどほとんど見られない。Longhornにしても、Windows XPに対して処理速度が上がるかどうかは、ほとんど話題にさえならない。米国でさえコンシューマー市場におけるノートPCのシェアが50%を超えたという市場調査結果等が報道されたが、これも見方を変えれば、PCを選ぶ際の基準の第1の尺度がもはや性能ではないことを意味している。

 どうやら今までひたすらエンジン馬力の向上をセールスポイントにしてきたPC業界は大きな方針転換を求められている。MCE版やTablet PC版は、単純なエンジン馬力競争とは違う価値観をPCの世界にもたらそうとする試みだ。

 おそらくIntelがデュアルコアのプロセッサに専念するということにも同じような意味が含まれていることだろう。このような試みが成功するかどうかは不明だが、こうした試みなしにはPC業界は成り立たなくなってしまう。PCの世界に様々な車種が共存できる多様性をもたらすカギが何であるのか、その答えはMicrosoftやIntelでさえ完全には掴めていないように思われる。が、少なくとも多様性をもたらせる何かが必要だということは広く理解されているようだ。と同時に、エンジン(CPU)やシャーシ(チップセット)から、自動車(PC)そのものにフォーカスが移ろうとしているように思える今は、システムベンダが復権するチャンスかもしれない。

□WinHECのホームページ(英文)
http://www.microsoft.com/whdc/
□関連記事
WinHEC関連記事リンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/link/winhecs.htm

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(2004年5月13日)

[Text by 元麻布春男]


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