このところ全くケアしていなかったPDAというカテゴリ。しかし、元麻布春男氏が紹介しているソニーの「PEG-TH55」に触発され、久々にPDAというカテゴリを見直してみようと考えていた。実は本誌ライター陣も多くが出席していたIntel Developers Forum Spring 2004の会場で、元麻布氏が使っているTH55を見せてもらい、これならばもう一度、PDAの個人的な活用について検討する価値があると思ったからだ。 ところが日本に帰国してみると、店頭にはTH55の姿が見あたらなかった。どの店も売り上げ好調で品切れなのだという。仕方がないと様子を見ながら、ソニー・ハンドヘルドコンピュータカンパニープレジデント吉田雅信氏への取材アポ(こちらは別途、取材終了後にレポートする予定)を入れていた矢先、発表直前のデル「Axim X3i」を試用する機会に恵まれた。 ●スリムになった国内初のAxim Aximシリーズはデルが販売する初めてのPDAとして、そのコストパフォーマンスとともに話題になった製品だが、国内への投入は見送られてきた。その理由は定かではないが、安価ながら無骨なデザインや、日本におけるPDA市場の狭さなどを嫌ってのものと考えられる。 元々、Pocket PCは個人用よりも、業務用途での評判が高いプラットフォームだ。マイクロソフトのこなれた開発ツールや、“重さ”はあるが機能豊富なOSの機能などにより、業務アプリケーションにアクセスする端末として、カスタムアプリケーションを構築しやすい。モバイルソリューションも含めたトータルのシステム提案を行なう上でも、Pocket PCをラインナップに持つ意味はある、と語るPCベンダーも少なくない。 しかし、“重い”と言われ続けたWindows CEベースのPocket PCだが、近年は肥大化の方向には向かっておらず、その間に半導体技術の方が追いついてきた。プロセッサやメモリの高性能化、小型化などが進み、スリムで軽量、かつレスポンシブなPocket PCを実現することが可能になってきている。 また今年になって無線LAN内蔵Pocket PCが話題に上るようになってきた。スリムで軽量、無線LAN内蔵、といった要素を安価に提供できる。ここまでの材料が揃って、初めてデルがこの市場で“刈り取り”を行なうべく参入してきたと見る。
Axim 3iの主な機能は、この分野で人気の高い「HP iPAQ Pocket PC h4150」に非常に近い。400MHzのXScaleに16bitカラーの半透過型TFT液晶パネル、SDカードスロット(いずれもSDIOに対応)、無線LANを内蔵。Windows Mobile 2003 software for Pocket PC(Pocket PC 2003)仕様であることやメモリサイズももちろん同じだ。バッテリ容量も、ほとんど同じ。 異なるのはデザイン、サイズ、重さ、Bluetoothの有無、ACアダプタなどの周辺機器/ケーブルなど、そして価格だ。僕自身は製品版のh4150を手にしていないため、細かなユーティリティや使い勝手の違いなどは報告できないが、横幅や厚みがAximの方が大きく、多少角張ったデザインを採用しているため、片手での持ちやすさは一歩譲る。 筆者の手は比較的大きな方だと思うが、それでも若干の持ちにくさを感じた。青く光る無線LANのインジケータも、見やすいと言えば見やすいがデザイン的にはスマートさに欠けるように思う。しかし価格は約5,000円安く、操作ボタンもAximの方が豊富である。無線LANのON/OFF、およびジョグシャトルが追加されている。また約2倍の容量の大容量バッテリがオプションで用意されている。 もっとも、h4150と比較して多少大きめとはいえ、少し前までのPocket PCに比べれば携帯性は大きく向上している。無線LAN内蔵で薄く軽量だと言われているクリエTH55よりも、本機の方が軽いのである。ボタン類のクリック感、スタイラスの持ちやすさ、そして全体的な質感などは良好である。
添付されているユーティリティ類のデキも突出したものではないが、Pocket PCのユーザーインターフェイスが不得手なアプリケーションの切り替えや終了を適切にサポートしてくれる。無線LANユーティリティの使い勝手も、Windowsユーザーならば抵抗無く受け入れられるはずだ。 ただ、機能の本質には関わらないものの、DELLの名前が入ったユーティリティのヘルプファイルは、あまりにもわかりにくい。実際の日本語ダイアログとヘルプ内容の整合性が取れておらず(異なる日本語に翻訳されている)、しかも不必要な単語まで無理に日本語になっている箇所もあり、非常に分かりづらい。 本体そのものに問題があるのに比べれば、些細な問題かもしれない。しかし、日本市場に本気で、しかもコンシューマ市場に取り組むのであれば、こうした些細な部分にこそ気を遣って欲しい。 ●様々なアプリケーションを載せる基盤 上記のようなデザインやサイズに関わる違いを除けば、違いはベンダーが添付しているユーティリティぐらいにしか差はない。iPAQがiPAQ Backupという自動バックアップソフトを添付していることを除けば、実質的な差はほとんどない。PCがそうであるように、ハードウェアがほぼ同じなら、独自に何らかのソフトウェアを積み上げなければメーカー間の差はほぼない。これはAximがどう、という話ではなく、Pocket PCというパッケージが“こういうものだ”と捕らえるのが正しいだろう。 これに対してクリエTH55は、Palm OSをベースにしてはいるが、その上で独自の世界をソニーは築き上げた。従って、最初からインストールされているソニー製アプリケーションだけで、PDAに必要とされる機能を広範にサポートする。別途、ソフトウェアをインストールしなくとも、クリエの中だけであらゆる機能が完結することを目指して作られている(もちろん、だからといって他のPalm OS用ソフトが動かないというわけではないが)。 家具付きの家に引っ越すのか、それとも何もない空き家を基礎に自分で住みやすい家へとカスタマイズしていくのか。前者がクリエTH55なら、後者がPocket PC。ただしアプリケーションの開発しやすさに関して、Pocket PCはPalm OS以外も含め、この分野では抜きんでた開発環境がサポートされている。 つまり、OSベンダーが用意している標準のPIMツールで満足できるかどうか。ここがPocket PCを高く評価できるかどうか、最初の分かれ目だと思う。もちろん、Pocket PC用アプリケーションの中には、標準でインストールされているPocket Outlookのデータベースを別のユーザーインターフェイスで置き換えてくれるものもあるが、機能連携とハードウェアの操作ボタンと密接に関係した操作性などは、やはりベンダー独自のソフトウェアの方がスマートだ。 購入してスグの状態でベストなPDAということであれば、クリエの方が上だ。いろいろな汎用アプリケーションで遊ぶのであれば好みに選べばいいが、プロセッサのパフォーマンスは本機の方が上。たとえばデジタル写真の表示を行なうならば、Axim X3iの方が快適だと感じる。 ●Outlookとの密な連携が最大の長所 とはいえ、PDAの本質はやはりPIMデータを手軽に持ち歩ける点にあると個人的には思う。無線LANを内蔵したことで無線LANが利用可能な場所での、情報アクセスの容易さが向上し、PDAの使われ方も通信端末としての性格が強くなっているが、それでもデジタルで管理されている情報を切り取って、いつでも手軽に小型のデバイスで閲覧できる便利さは普遍的なものだ。 非常に個人的な都合になってしまうが、筆者は個人情報をExchangeとOutlookで管理している(Exchangeのバージョンは古い5.5だが、Outlookは最新版)。これは複数のPCで同じデータベースを共有し、また家人との間でスケジュールデータの共有を行なうために5年以上前から使い続けてきた環境だ。勤務先で同じようにExchangeが導入され、Outlookをフロントエンドとして使っているなら、Pocket PCは魅力的なプラットフォームである。 またあるPCベンダーが行なったユーザー調査によると、コンシューマ機においてもOutlook Expressに次いで2番目にユーザーが多かったのがOutlookだった、という話も何度か聞いたことがある。また最新版のOutook 2003は、標準入力フォームのレイアウトが改善された他、非常に優秀なスパム対策機能が実装されるなど、単体アプリケーションとして魅力あるものに仕上がっている。こういうとマイクロソフトのOffice担当者には申し訳ないが、現行Officeでもっともバージョンアップに値するのはOutlookだと思う。 話が横道にそれたが、Outlookが広く使われている以上、それとの同期機能の重要性は高い。マイクロソフトは自社製品であるOutlookとの連携を前提にPocket PCを構築しているので、同期速度、項目の整合性など、様々な面で非常に親和性が高い。もしPIMデータベースの同期が重要なファンクションで、なおかつOutlookユーザーであるなら、Pocket PCを選ぶ方が余分なトラブルを抱えずに済む。 クリエにはプーマテクノロジのInteliSyncが同期用コンジットとしてバンドルされているが、クリエのPIMデータベース形式はOutlookとの非整合もあって、なかなか理想的には同期してくれない。InteliSyncのバージョン5以上は同期速度の改善が行なわれ、デフォルト状態でもかなり使えるものになったが、マイクロソフトのActiveSyncには及ばない。 Pocket PCの評価に関しては、ユーザーがOutlookを使っているか否かで大きく揺れる。独自アプリケーション以外にも、より高い解像度のディスプレイやバッテリ持続時間などクリエTH55の魅力は多い。しかし予約してまで急いで手に入れよう、とまで行かなかった理由はここ(Outlookとの連携)にある。クリエは今後、この問題に取り組むのか? それともマイクロソフトのOutlookは無視してしまうのだろうか? Outlookユーザーの筆者にとって、その部分の差は決して小さなものではない。そう考えていた過去の記憶を、Axim X3iは改めて思い起こさせた。 □関連記事【3月8日】デル、国内PDA市場に参入 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0308/dell1.htm 【2月25日】【元麻布】CLIE「PEG-TH55」を試す 屋外編 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0225/hot306.htm 【1月29日】日本HP、無線LAN搭載PDA「iPAQ Pocket PC h4150」 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0129/hp.htm (2004年3月9日) [Text by 本田雅一]
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